鶴の恩返し living for poem

@lalalagi

第1話

「つるのおんがえし ~LIVING FOR POEM~」


 むかしむかしあるところに、まずしい詩人のおじいさんとおばあさんがいました。ある寒い雪の日、おじいさんが町へ薪(たきぎ)を売りに行った帰り道、罠にかかって苦しんでいるツルを見つけました。

「おやおや、かわいそうに、さあさあ、はなしてあげる。介抱は苦悩からの解放であり、逃走は苦悩との闘争なんだ」

 かわいそうに思ったおじいさんは、詩的な説教をして悦(えつ)に浸(ひた)ったあと、ツルを逃がしてあげました。

 何日かした雪の夜、おじいさんの家の戸を、トントン、と叩く音がしました。

 おじいさんが戸をあけてみると一人のむすめが立っていました。

「雪で道に迷ってしまいました。どうかひとばん泊めてください」

「それは、たいへんだったね。迷いというのは、きみがなにかを分けた結果だ。もしきみにとってすべての道がひとつならば、迷うことなんてなかった。もともとひとつだったものをふたつに分けたとき、ひとは迷い始める」

「いや、わたし、ひとじゃな……」

「え?」

「あ、いえ、なんでもありません。おっしゃるとおり」

「分かれ、迷い、そしてまたどこかにたどり着く。それはとても楽しいことでもあった。迷うことは娯楽だったのだ。きみもいま、ここにたどり着き、その出来事をどこか楽しんでいることだろう」

「はあ」

「とにかく寒いから入りなさい。進入するということはじぶんではない他者に出会うということだ」

「ありがとうございます」

 ほんとうは迷ってなんかいないんですけれどね、とむすめは小声で付け足します。その声は、まるで計算されたかのようなタイミングで、雪まじりの速くおおきな風によって、一文字のこらずさらわれてゆきました。

 その日から、むすめはおじいさんの家で暮らすようになります。

 あるとき、むすめは言いました。

「おじいさん、おばあさん、わたしに機(はた)をおらせてください。でも、どうかわたしが機をおるところは、けっして見ないでください」

「わかった。眼差(まなざ)すということは、単に他者を視覚の対象にするということだけではない。愛(まな)ざしと言えるように、心の動きでもある。見られたくないというのは、単に眼差しの対象になりたくないというだけではなく、知られたくない心がそこにあるということだろう。あるいは眼差された瞬間に、知られてしまうだろう心があるんだ」

 〈トントンカラリ、トンカラリ、トントンカラリ、トンカラリ〉--おじいさんは、この詩的な反復音(リフレイン)が気に入りました。

 むすめは、朝もはやくから、夜おそくまで、その日から、部屋の戸をしめきって、機をおりました。

 そして、何日かしてむすめは一反(いつたん)の布をもって部屋からでてきました。それは、とてもとてもうつくしい布でした。

「おじいさん、これを町へもっていって売ってきてください。きっとたくさんお金がもらえますよ」

「なんとうつくしい。夢のようだ。この機は、なんともはかない。いまにも消えてしまいそうで、なくなってしまいそうで、だからこそ空っぽであることのうつくしさが宿されている。まるできみはきみ自身をおっているかのように、あるいは、きみ自身がすでに機になっているかのように」

 おじいさんは伏線っぽいことを言いながら、評論しました。

 その反物(たんもの)をもって町へいくと、あまりうつくしい布なので、たいへん高く売れました。よろこんだおじいさんとおばあさんは、またむすめに布をおってくれるようにたのみました。

 数日後、むすめはつかれた顔をして部屋から出てきました。

「もう、これきりですよ」

 むすめはそう言いましたが、布を高く売ったおじいさんとおばあさんは、また、むすめに布をおってくれるようにたのみました。

「ほんとうに、これがさいごですよ。なにより詩や評論がうるさいし」

「すまない」

 〈トントンカラリ、トンカラリ、トントンカラリ、トンカラリ〉--むすめが機をおる音をききながら、おばあさんは、どうしてあんなにうつくしい布をおれるのだろう、ちょっとのぞいてみよう、と思いました。

 おばあさんがのぞき見のモーションに入ると、おじいさんも詩的に便乗しました。

 むすめが、けっして見ないでくださいと言ったのをわすれて――。

 すると、どうでしょう。一羽のツルが、じぶんの羽を抜いて機をおっているではありませんか。おじいさんとおばあさんは、おどろいて戸をしめてしまいました。

 つぎの日、むすめは一反の布をもって部屋から出てきました。

「おじいさん、おばあさん、あんなに言ったのに、わたしのすがたを見てしまいましたね。わたしは、おじいさんにたすけられたツルです。でも、すがたを見られたので、もういっしょに暮らすことはできません。どうかお元気で」

 むすめはそう言うと、ツルのすがたにもどりました。あちこち羽の抜けたみすぼらしいすがたのツルでした。そして、ひとこえ「ケーン」と鳴くと、とんでいってしまいました。

「あのむすめは詩そのものだった。詩は、現実的な理論を乗り越えながら、あらゆる恩を肯定できる唯一の場所である。わしは詩に出会い、詩を教えられた。なあ、ばあさんや、あのむすめは詩だっただろう」

 おばあさんは、機の売り上げを計算するのに必死で、おじいさんの詩論をよく聞いていませんでした。


---おしまい---

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