いつかの空、君との魔法

角川スニーカー文庫

プロローグ-1

 

 箒が一本落ちていく。


 それは曇天に消えた彼女のものだったはずだ。


 そうとわかってはいても、できることは何もない。

 彼女を助けに雲中に飛び込むでもなく、無力感と一緒に箒の柄にしがみついているだけ。


 でも仕方がない。だってこわいのだ。

 目の前に広がる暗くて黒い雲海が、彼女が姿を消してしまった薄暗さが、ただただこわくて堪らない。


 涙は流す。

 恐怖にも震える。

 なのに、一粒たりとも勇気を奮い起こすことが出来ない。

 みじめさとくやしさとこわさが混じり合い、どうしようもない無力感を胸に抱かせる。


 肌が汗ばみ、じっとりと湿っていく。

 それがどうしようもなく気持ち悪く感じる頃には、意識は浮上し夢から覚める。


「あー……」


 あれは幼い頃の記憶だ。

 助けたいのに助けに行けなかった幼馴染の少女。雲の中できっと泣いていたであろう少女。あの時から彼女との間には、手を伸ばした程度では届かない距離が開いてしまった。


「……揺月ゆづき


 もうずっと昔のことなのに、いつまでたっても拭うことのできない情景に、気分が沈み、それでようやく目が覚めた。

 べたつく汗と最悪の夢見。それらがカリム・カンデラの迎えた今日の始まりだった。

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