蟲の民セリムの激昂からの反省
轟音がしてセリムは内心恐怖に
〈ふんっ。やはり我が民に傷をつけたな。では心置き無く
〈いや、
この声は何処まで聞こえているのだろうか。国民に届いているのならば、セリムの声も伝えられるのか?アシタカがペジテ大工房から持ち出した科学技術のように。
--このような大事な会談。開かれている方が良い。
アシタカのように平和的に話合いで解決したい。
〈
遊べと
〈人も蛇一族も両者決して傷つけ合うな!会談にて平和的に解決する!〉
叫ぶと激しい
漆黒の大渦。
違う。見つめるべきはそこじゃない。
人が何か言っている。何だろう?
人が何か言っているが、憎い相手の言葉など聞きたくない。
憎い。
憎い。
何て憎い。
〈お兄様、シュナはお母様と同じ道を生きます。死して尚、永遠に生きるのです。止められるのはきっと
大好きな、澄んだ大空色の瞳。
〈
大好きな、深く広い母なる海の瞳。
「ーー-ーーー!」
「--ム!----ア!」
どうする?
甘い甘い蜜の香がする。以前蜜を食べた。どこで食べたのだっけ。そうだ、美しい景色の中で食べた。
突風。
風が吹いている。
「風が届けてくるくる巡る」
強風の中を優しい風がさらさらと大地の色の髪が
どこまでも駆け抜けた広大な地。
「大丈夫よセリム。セリムだもの」
深紅の瞳。
真紅ではない。激怒も憎悪も閉じ込める 深い紅の瞳。決して消えない、この世の希望の
「セリ--!」
人が何か言っているが、憎い相手の言葉など聞きたくない。
憎い相手?
--そうだ、中途半端な理解不能な伝承も
--やり甲斐しかない人生だ!
人だ。憎い相手じゃない。肯定してくれた、幸福をもたらしてくれた人。
--人よりも幸福に自由に生きよ。共に生きて欲しい。
大切な想いの結晶。
「おい、セリム!」
痛みに
誰に殴られた?ああ、自分か。
左側でラステルが微笑んでいた。泣きそうに涙を浮かべて、小さく歌ってくれている。これだ、この祈りがセリムを引き戻した。右側にはシッダルタ。そうだ、シッダルタが孤独に過ごすと思っていた研究人生を彩ってくれる。
今、どうなっている?土煙が上がっているが増えていない。
無抵抗という敬意か。
〈
セリムも無抵抗という敬意を示そうとその場に座って両手を挙げた。武器は持っていない。ラステルがすぐに同じように座ってくれた。シッダルタを見上げる。伝わるかと思ったが言葉にしようという約束を思い出してセリムは口を開いた。シッダルタはもう兜を脱いでいた。シッダルタがセリムの前に兜を置いた。
「無抵抗という敬意に、同じものを返すべきだと僕は思う」
セリムがシッダルタを見上げると、シッダルタが大きく
「俺は王の方針に従う。あと尊敬する兄貴分も見習うことにしている」
シッダルタが後方に武器を投げようとした。その時、シッダルタの頭に小石が当たった。
「借り物を投げるな。と、王の目が訴えている。あと王なのか兄貴分なのかはっきりしろ。男が揺れるな。嫌なようだから今日が最後だシッダルタ。
ティダがシッダルタに手を伸ばして、触れずに腕を下ろした。ティダの誤解にシッダルタが悲しそうに眉毛を下げた。ティダは気がついていない様子。ティダはシッダルタが告げた「兄貴分」の言葉がティダにかかっていると考えていないらしい。鋭く、多くのことを見抜くのに変な男だ。
人から借りている装備を投げるのは良くない。ティダには伝わったというよりも、同じような考えを持っているのだろう。
ティダがセリムの前に立ち、それから進み始めた。
大きな背中。
並ぶべき、並びたい背。
〈
少々不安定なので。ティダはセリムの今の状態を良く理解してくれている。気を抜くと蟲の憎悪に意識を持っていかれる。蟲?今怒っているのは蟲ではなく蛇一族。蛇の記憶に触れたのか?
〈まずは聞こう。セリム・ヴァナルガンドとは話したいと思っていた。しかし今は難しそうだな。我等も
ティダが大地に大きく踏み鳴らした。ルイを睨んでいる。セリムが立ってルイを連れて行こうと思った時には、シッダルタがルイの腕を掴んで連れて行った。ラステルが「セリムは私とここで落ち着いているのよ」と小さく告げた。
ラステルの瞳は深紅に染まっている。
〈
〈蛇の子セリムが怒ってる。遊ぼう〉
セリムの頭上に
問いかけようとしたらブツリと意思疎通の輪が途切れた。
「セリムはお仕事なの。私はラステルよ。セリムの奥さん。
ラステルが立ち上がって大きく手を広げた。
雰囲気がいつもと違う。表情がいつもよりも全然無い。しかし、言動はいつものラステル。
「ラステル、蛇達ではなくアングイスとセルペンスだ。一緒にすると怒る。君の言葉が通じているようだが……。僕は急に
ラステルが「まあ」と手を口に当てた。やはり表情に乏しい。
「ごめんなさいアグスにセルスさん達」
「ラステル、アングイスとセルペンスだ」
「アングンスとセルペイスね」
セリムは首を横に振った。
「アン君とセル君ね。
一同がラステルを見つめているが、ラステルは別段気にする様子もなくセリムから離れていった。
〈何だあの生物。
〈子らに悪影響だからとセリムを子らから無理やり意思疎通分断したら姫がセリムの地位に君臨した。おまけに
覇王とは誰のことだろうか?
〈ラステルの奴、何をしたんだ?変な扉を作りやがって。まあ後でにするか。
変な扉?聞きたいことが山程あるが、ラステルが遠くに行くと一気に不穏な空気が周りを支配した。
〈それがセリム・ヴァナルガンドの主張か。ティダ皇子よ。同じ手段を使った者として意見が欲しい〉
〈あくまで推測也。俺は行動に常に矜持抱く。目的の為ならば手段を選ばずに己の最善を尽くす。しかし先程このヴァナルガンドに説教された。
〈そのように言われたら引くしかあるまい。
頭部を上げた
〈我も民を巣へ帰そう。怒りで判断を間違えた。いきなり
ティダが再び大地を足で踏んだ。先程よりも大きな音が立った。
〈申し訳ないが人は意識の共有が出来ない。そちらの民を追いかけ傷つけようとする者がいれば敵対してもらって構わない。今の状況の前、決して蟲に手を出すなという話をドメキア王国の民にしてある。王の命令としてだ。民は蛇一族を蟲の仲間だと思う
ティダが振り返ってセリムを見た。セリムは首を横に振った。参加しようにも言葉発しようとすると泥沼に引きずられそうな、恐れを感じてなにも言えない。
〈ふむ間違えた。代弁とは難しいな。殺すよりも逃げよ。無理なら説得しろ。それでも駄目な時にようやく拳を振り上げる。生きている尊さを愛し、命を愛でよ。憎悪では誰も従わない。それがヴァナルガンドの矜持である。許せないのならば安易な死ではなく、罪に相応しい償いを提示して欲しい。今、俺達は言葉通じぬ相手ではないからだ。もう冷静なようなのでまずは怒りの理由を説明して欲しい。国王ルイに伝える〉
今度のティダは振り返らなかった。ティダはセリムの意見を分かっていてわざと自分の意見を述べた。セリムはそこまで理解されているとは思っていなかったので驚いた。それからティダは分かっていてセリムの考えを基準に行動してない。指摘したことが恥ずかしく思えた。言わなくてもティダは知っていた。それでもセリムとは別の道を行く。しかし謝ったのはセリムの考え方を尊敬しているからだ。
ーー現実を見ろ!理想じゃなくて夢だ!手に入らねえ虚構!具体的に何をするつもりなんだよ!阿呆か!
あれだけ激しく反発された。
ーーこの俺が背負ってやるから、好きに生きろ
ーーこのヴァナルガンドは俺の弟分。手を出すなら全面戦争だ!しかし我が友ヴァナルガンドは何もかも守りたいという
今はここまで受け入れられている。ティダは考え方を変えてはいない。なのに最大限、セリムを尊重しようとしてくれている。
ふと見ると、大地に伸びていた蛇の柱が消えていた。
〈はははははは!聞いたか
ティダは三回目の音は鳴らさなかった。それどころか何故か期待外れというように肩を揺らした。
ティダが
「蛇の王は共に民を引いた。話したいことがあるなら話せ。向こうには伝える。逆も通訳しよう」
ルイが進み出ようとするとシッダルタがルイの前に立った。それから片手を差し出した。
「本来ならば
ルイが慌てたようにシッダルタへ剣を渡した。ティダがシッダルタに呆れたような顔を向けたが、シッダルタは気がついていない。セリムはシッダルタが両手できちんと剣を受け取らないというのが不満なので、ティダも同じことを考えているのだろう。ルイも片手なのが気に食わない。こんなでは人に礼節がないというのが蛇一族へ伝わってしまう。
「おいルイ。仲立ちする俺とヴァナルガンドに泥を塗るな。恥をかかすな。背中に負う民を守るのに何が最善か見極めよ。成せると思えるところがあるから手を貸すんだ。それを覚えておけ」
ティダが柔らかく微笑んでからルイの背中を軽く叩いた。三回。それからルイの背中を押して送り出した。ティダがセリムの方へ振り返って、かなり嫌な顔をした。「最悪だ。お前の為だからな」という声が伝わってきた。ティダとしてはルイを後押しするのは嫌でならないらしい。
ルイが蛇の王二匹へと近寄った。恐怖が伝わってくるほど、顔色が悪い。
そういえば蛇一族は肉食なのだろうか?人に人工的に造られた生物だからか、蟲はみんな草食だ。人になるべく害が無いようにと設計されたのだろう。セリムはそう推論している。蛇一族が蟲と親戚関係ならば蛇一族も草食か類似した生態。そんなに恐れなくても良いだろうに。
「ル、ルイと申します。大蛇よ、かつてこの命……」
〈否。蛇の子とはいえ末の末の
〈
セリムは思わずルイのところへ駆け出した。ティダに止められた。その時、強い圧迫感がして振り返った。
「やりたい放題だな俺の弟子は」
ラステルがゆっくりと手を動かしている。白いショールを旗のように振って、風に
セリムはティダの呆れたような顔を
「分からないのか。開いたり閉じたり本当に変な奴だな。訳してやろう。セリムがみんなを仲直りさせるから、お祝いの練習をしましょうね。蟲はもう怒っていないみたいだもの。蛇さんもそうなるわ。うんと可愛い
蟲の女王。ティダがそう小さく呟いた。
〈早くお祝いしたい、ねえ。こんな
〈どうするも会談はティダ皇子、セリム・ヴァナルガンド両名。それから我等の姫へ最終確認。ふむ、セリム・ヴァナルガンドよ我等の女王
蛇の王が両者向かい合って
「なんで後方から来るんだあいつら。それも蟲と一緒とは何している。シュナの格好は何だ?劇薬と結婚式でもするつもりか?にしても俺との偽りの婚姻時の衣装を選ぶとは趣味が悪い。俺に未練でもあるのか?」
ティダがルイをセリムに押し付けて遠くを凝視した。
「ティダ、君の怪力や嗅覚や視力はどうなっている?大狼人間ということは人ではないのか?それとも大狼の輪に入るとそうなるのか?ならば僕もいつか君のようになれるのか?」
ティダが鼻を鳴らした。
「聞きたきゃその
ティダが顎で
〈
爆音が鳴り響いた。いや、幻聴。
〈この大地と残る命を残し続けよう。
エリニース。
エリニースが号泣している。
〈泣くなエリニース。共に守り続けよう。ずっと忘れずに受け継ぐ。必ず。人とは違って残せる〉
〈みんな大丈夫よ。セリムがいるもの〉
ラステルからの惜しみ無い信頼が流れてくる。キラキラと七色に輝きが見えるような気がする。
〈怖いのによく頑張ったな。おこりんぼにならなくて偉い。またセリムが言ってくれる。遊んでくれる〉
ラステルと同じ気持ちが届いてくる。
ティダがセリムの髪をぐしゃぐしゃにした。
「だから止めろ。ほら、なあヴァナルガンド、蛇一族の生態は気にならないのか?相手を知らずに会談すれば誤解により
〈ティダ。ありがとう、大丈夫だ。何だかんだ僕が平気な理由はラステルだ。きっとそうだ。ラステルはやはり僕の
〈我等の記憶とは聞きたい。我等は掟を守る。古き時代にドメキア王族から永劫返すべき恩を得たと残っている。故に守護神として守り続けてきた。時代が代わり、王が代わり、我等もドメキア王族も色々と伝承を失った。しかし残っているものもある。グスタフも我等との掟を知っている。ドメキア王族に人の王が生まれれば死守する。必ず守る。それが古き時代から続いてきた大掟也。理由は知らない。しかし大掟というからには決して破ってはならないだろう。担ぎ上げる?我等の民だと見せつける。我等の民にも教えるために我等王と並ぶ蛇の女王の地位を与える〉
〈
セリムはティダを見つめた。
〈今更気がついたのか?本気で絶滅させるつもりなら宣言なんてしない。この地は地割れで
〈王よ、借りるぜ体〉
ティダの発言の前に
〈
セリムは一瞬言葉を失った。
〈待て!僕の妻は人だ!誤解だ!〉
〈人?人はあのような匂いはしない。ふむ、
セリムが見るとラステルはいつの間にか空に居た。
「とんでもない嫁だなヴァナルガンド。お前もとんでもないから似合いだな。俺も全く扉を開けられん。こんなに固いのは初めてだ」
ティダがしけしげとラステルを見上げている。
「扉というのは意思疎通の輪か?僕も
「セリム、これはどういうことだ?」
「僕にもさっぱり分からないよシッダルタ」
シッダルタがラステルを凝視している。その隣でルイが興味深そうにラステルを見つめていた。ルイは好奇心強そうだなと感じた。
ラステルを乗せた
空に光が上っていく。
セリムはようやくラステルがどうなっているのか分かった。単に子蟲達に感化されているだけ。セリムと遊びたい、怒っているのを止めたいという子蟲達に飲み込まれた。セリムと蟲を繋ぐラステルが蟲寄りになるとセリムは蟲から遠ざかる。いや、分かったのではない。ホルフルの家族からそう伝わってきた。
そもそも親の忠告聞かずに巣から出ている。色々あり過ぎて気に留めるのが遅くなった。
〈セリムを想う気持ちが大き過ぎて無下に出来ない。ここは安全だと思って様子見していた〉
〈そもそもセリムが阻害するからだ。なんという恐ろしい遊びを考えついた〉
「光の柱か。よくもまあこんなの思いついたな」
感心したというようなティダをセリムは殴ろうとしたらヒラリと避けられた。もう一度背中を殴ろうとしたが無駄だった。
「避けるなよ!あれは花火だ!」
ラステルも、
「ヴィトニルめ、アンリと結託しやがって」
ティダが舌打ちした。
瞬間、それが合図のように上空で
やはり花火だ。
流れ星のように落ちてくる光。
夜空に咲いた光の花。
美しい。誰かがそう口にした。シッダルタだ。ルイが涙ぐんでいて、ティダは相変わらず感心している様子。
〈
〈そうだな
暴風の気配がしてセリムは
「どいつもこいつもなってない!あんな危険なの、注意しろ!」
セリムは思いっきり怒声を吐いた。
〈そのような危険を犯すな!子らよ戻ってきなさい!このセリムが全員追放するぞ!おこりんぼと会談は違う!セリムは憎悪に飲まれたりしない!〉
反応無し。
「ラステル!ラステル・レストニア!君は子蟲ではなく人だ!子蟲になってないで戻ってこい!ラステル!」
こちらも反応無し。側まで移動してくれたので、セリムはラステルが立つ
「まあラステル、美しい景色ね。しかしとても危険そうだったわ。気をつけてあげないと」
鈴が鳴ったような声にセリム叫ぶのを止めた。声が届く距離まで
途端にセリムに
〈嘘だ!嘘だ!嘘だ!姫は
〈セリムがおこりんぼだから姫も遊んだんだ!おこりんぼバリム!〉
またバリム。この子達を
「あら、アピ君達にアグ君とセル君達とても楽しそうで
ラステルがセリムに抱きついて花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。もう話せると親が子を呼んで地上の方へと降りていった。蛇一族が自分達の子を迎えている。セリムとラステルも丘に降ろされた。シュナとアシタカも
〈セリムはおこりんぼだから偉い子を怒った。嘘つきバリム!真心には真心しか返ってこない〉
何の話だ!
分からないのに誰も教えてくれない。
「セリムのおかげね」
ラステルの信頼の眼差しが突き刺さった。
「いやラステル……僕は何も……」
シュナとアシタカが顔を見合わせて首を傾げた。ラステルがハッとした顔をしてセリムの体を揺すった。
「違うわセリム。結婚式よ!だってシュナを見て!おめでとうよ、おめでとうって言っているんだわ!だってこんなに楽しくて喜ばしいんだもの!」
セリムはラステルの発言に頭を抱えた。この様子、まだ子蟲に微妙に飲まれている。
「僕は何もしていない!何もかも失敗して迷惑かけて
自然と体が崩れ落ちた。悔しい。悔しくてならない。セリムはゆっくりと立ち上がった。
「アシタカが
セリムがアシタカの両腕を掴むと、アシタカが頬を引きつらせた。
「何でだアシタカ!僕はそこまでなってないのか。そうだ、君は偉大過ぎる。そうだよな、遠過ぎる。真似をしようとしたこと自体が
セリムはシュナを見た。
「シュナ姫も手本にならない。アシタカと同じく遠い」
セリムは振り返った。すぐ近くに
「ティダと並びたいのにどうして離れて行くんだ?考え方が違い過ぎて理解出来ない。そのせいか?僕があらゆることで間違えているのか?しかしティダのやり方は時々気に食わない。それにティダは僕を
背中に気配を感じて体を向けるとシュナが眼下に立っていた。少し怒ったような表情に面食らっていると、シュナがセリムの頬をペチペチと叩いた。
「自己認識が不思議な方。セリム様、
シュナがセリムの手を取って両手で包んでくれた。小さな手。左手の薬指に指輪が煌めいている。深紅の薔薇を模した宝石の中央が虹色の宝石。
至宝を飾る紅の宝石。
「セリム様、
背中に気配がしたがセリムは振り向かなかった。髪をぐしゃぐしゃにされて、誰だか分かった。
「任せろと言ったのに励み過ぎだ。何が大丈夫だ、だ。蛇一族に質問しろと言ったのに無視しやがって。シュナの言う通り気負い過ぎだ。ったく。先が思いやられるな。まあ許そう。何もかも許す。好きに生きろ。お前は楽しくてならないからな」
ティダの大きな手に胸を打たれる。アシタカが穏やかに、とても優しく微笑んでくれた。
「僕の真似とは驚きだなセリム。僕がセリムの真似をしようとしている。さて、蟲に蛇一族と人よりも偉大な文明があると発覚したので僕の大陸和平の交渉相手が増えた。セリム、君の願いにすっかり感化されてしまってね。至宝を飾る紅の宝石はそこらへんの宝石とは格が違うので僕は人類の至宝を目指さないとならなくなった。重過ぎる。セリム、君が必要だ。助けてくれるかい?」
セリムは目を丸めた。
「まあセリム。また増えたわ。アシタカさんとシュナがいると千人力が十人分よ。二万人力ね!」
ティダがラステルを見据えた。
「ふむラステル、俺は何人力なんだ?」
「師匠は大狼力よ!特別力よ!」
ティダが高笑いした。それから突然アシタカにデコピンした。軽いデコピンを三回。
「っ痛!何をするんだ!」
アシタカが赤くなった額を抑えてティダを睨んだ。ティダがセリムの肩を抱いた、
「俺の弟分を盗もうとするんじゃねえ。有能な大駒を掻っ
ティダがセリムの
「行くぞヴァナルガンド。ラステルよ、良くやった。夫を良く守った。しかしもう少し頑張ってもらう。しがみついて離れるな。見守るぞヴァナルガンド。動くな、喋るな」
いつの間にか
妻を横抱きにして隣同士。
「大狼に良い男二人。それに美しい妃。さぞ絵になるだろう。神話の端の脇役な上に見てる者が少なく残念だな。しかし伝承者がいないと神話は残らん。俺達の姿を絵に残し、こう残してやろう。蛇神と至宝と紅の宝石を仲立ちした偉大な大狼とその妃。頭上には太陽だ。ソアレの名を刻む。嘘でもなんでも残したもん勝ちだ。同じ目的なのだからアシタカにやらせて横取りし続けるぞ。大国の御曹司。支援者、権力、大駒、そして血脈。あいつは何でも持ってるからな。腹立たしいから一生俺が蹴り上げる。お前は好きに生きろ。それが兄の仕事だ。仕事を奪うんじゃねえぞ」
ティダがまたセリムの髪をぐしゃぐしゃにして高笑いした。アンリとラステルが顔を見合わせて肩を竦めた後にクスクスと笑い声を立てた。ラステルが「私達もっと大家族よセリム。嬉しいわね」と耳打ちした。セリムはぶんぶんと首を縦に振った。
「俺の五感や筋力が優れているのは大狼との
ティダがセリムに破顔した。
「ある。山程あるさ!」
「話ながらのんびりと
セリムにはティダの言葉からアシタカがどう出るか想像出来なかった。
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