蟲の民セリムの激昂 3
助けてセリム
怖いよセリム
おこりんぼは嫌だよ
***
一筋の光のような意識だけに集中する。
〈
アシタバの民、
全ての蟲の頂点にしてアシタバの民の王。
〈了承した。人の王シュナ・エリニュスでは無いという時点で人は圧倒的不利。我慢しきれない
目の前に岩が落ちたように、意思疎通の輪から切断された。家族であるホルフルの民の
ホルフルの民は姫と同じく人を諦めない。
セリムは親を押しのけて、遊べ、遊べ、遊べば大丈夫だ。セリムなら大丈夫だと大合唱してくるホルフルアピスの子達からの激しい声援に吐きそうになった。強すぎる思慕が、逆に重い。重過ぎる。
セリムの行動が、変わろうとしている世界を崩壊に導く。失敗すれば再び停滞ではなく、蟲は益々人を憎悪する。そして嘆き悲しみ引きこもる。
--ここに何しに来たヴァナルガンド。死んだら戻らねえ。次は己の言動に気をつけろ。ここは仲良しこよしの田舎小国じゃねえんだ
セリムの
目の前で撃たれる者を放置するのは、崖の国の王子ではない。血を流していれば手当てする。泣いていれば寄り添う。正しさを貫きたければ、成す力がなければならない。セリムが生きてきた十八年間が、無駄な時間であったのかを試される。
自信と不安が交互に押し寄せて、体がそれで揺れるというように震える。
〈欲深く罪にまみれようというセリムよ、少しだけ見せてやろう〉
招かれた。
何処にか分からない。
息が出来ない、激情の唐紅の中だ。
あまりの人への憎悪と嫌悪に倒れそうだ。
人の王ならば蟲とも同等に近いから信じても良い。
人の王さえ殺そうとする人間は、下等中の下等。害なす存在。嫌な臭いがする人は全員いつか死ねばいい。絶対に
〈
〈破壊神よ止まるか?止まらないだろう。ならば見届ける。それだけだ。ホルフルの民は従うようだからな。それほどまでに信頼されて慕われている。セリム、それこそお前が殺されれば大陸中の人
勝手に招かれて、衝撃的事実だけ叩きつけられて追い出された。
ヴァナルガンドは古き言葉で破壊。
--これ程知能が高く群れを形成する種族との共生。今までは互いに拒絶し合って均衡を保っていたのだろう。それをお前が破壊した。
破壊神。
セリムは人からも蟲からも
寒気が酷い。
両手の温もりで、セリムは我に返った。正確に言えば蟲の意識から帰ってきた?眼前にはまるで化物を見るような顔付きのルイとシャルル。アシタカは、不信と信頼混じった複雑な表情でセリムを観察していた。
「アシタバの民の王と対話するのに、我が王子はこのようになります。セリム・ヴァナルガンドは特別中の特別なのです。だから蟲と人との誤解を解き、不要な争いを止めようと決意して行動しています。本来、蟲の民は傍観者。滅びゆく人の愚かさを伝承する。そして未来に同じ過ちを繰り返すないようにと残すのが使命。しかし王子は不幸を見て見ぬふりができないと声を上げて、行動を起こしている。迫害の危険も
シッダルタがあらかじめ決めておいた台詞を淡々と告げた。ルイとシャルルから恐怖が消えて、むしろ畏敬を浮かべてくれた。なんて心強い。
「秘密を教えたという理由を考えて欲しいです」
ラステルが繋いでいる手に更に力を込めてくれた。
「ルイ国王を交渉相手として認めたそうです」
セリムは大きく深呼吸して、動揺などないというように振る舞うように勤めた。
「ありがとうございます」
明らかに
「貴方では役不足だと言われました。僕はシュナ姫にこれ以上荷を増やしたくない。その一点で、判断を誤ったかもしれません。賠償に相応しい内容を考えるのはルイ国王です。僕は関与出来ません。蟲は人の感情を読む。蟲の王は思考も読み取る」
血色良くなったルイが、また顔色を悪くした。
「シュナ姫ならば良かった、いやシュナ姫でないとならなかったと言う事ですか……」
ルイがやはり、というように益々顔色を悪くした。シュナのあの取り乱し様、賢いからか勘が働くのか、どちらもなのか。彼女は己こそが交渉相手だと自負し、そしてセリムの拒絶と理由にも思い至っていたように見えた。一方、ルイは今更気がついている。
性根に覚悟、才能や努力の結果も何もかもがルイではシュナに見劣りし過ぎる。
「もう変更出来ません。蟲の思考については、知っているだけそして話せるだけを話します。色々と質問して下さい。それから二日間、境界線を越えないように。空に蟲が激昂の赤い瞳をして並びます。手を出さなければ、攻撃してきません。絶対に手を出さないで下さい。暴走する国民を全力で止める。それもルイ国王の仕事です」
ルイが頼りなさげに
もう既に口を開いている滅びへ、足を踏み入れたかもしれない。
「セリム。本来なら有無を言わさずにドメキア王国は消滅。君はそれを止めた。他の誰にも成せなかったことだ。何が起ころうとそれを誇れ。どうなろうと君に責任はない」
シッダルタの小声に、セリムは「違う」と叫び立とうとしたが、ラステルとシッダルタに強く手を引っ張られて止まった。ラステルも大きく
微かに小さな声援が聞こえてくる。
〈セリムがアピスの子を守ってくれた。アピスの子は偉いからおこりんぼは嫌だ〉
セリムの胸の奥で何かがチリッと焼けた気がした。
何だろう?
「ヴァナルガンド殿、まず聞きたいのは報復される相手がどうして国中なのかです。グスタフ王が蟲を操れる者を探すために、アシタバ蟲森へ兵を送った。なのに……」
なのにどうして?ルイの
「蟲と人では考え方が大きく違うからです。ですよね、王子?」
シッダルタに強く見つめられ、我に返った。油断するとすぐに蟲側に意識を持っていかれる。
「そうです。蟲は満場一致で王を選びます。一番賢く、平等で、先見の明がある指導者。選んだならば基本的には従う。蟲から見れば、掟を破り他種の領域に侵略する
納得しなさそうなルイに、セリムは口を閉ざした。
「我等が王を選んだ訳ではありません。そんな権利は無かった。人の王とはグスタフ王のことでしょうか?」
「悪しき王に素直に従う。蟲には分からないことです。まあ、蟲はそもそも個人ではなく群れ全体で思考するような生物です。悪しき王ならば全員で声を上げ、命令に背けば良い。人はそれをしない。人の王は、蟲が敬意を示す人のことです。命を差別せず尊重する者。グスタフではありません」
セリムを人の王、今は人の王子に格下げされたらしいが、そう呼んでもらった。他にも何か意味がある名称だろう。蟲は何もかもは語ってくれない。むしろセリムに教えてくれるのは、かなり少ない情報。
ルル達三つ子は人の王。兄アシタカ暗殺未遂に父ヌーフ暗殺に際して即座に許しを選んだ。兄へ訴えた。カールに殺されたアシタバアピスの子の
シュナは違う。
セリムやルル達とは大きく異なる。何も知らず、むしろノアグレス平野で蟲の凶暴さや
本物の「人の王」を選ばないから、また同じことを繰り返すだろうと強い不信感。
蟲が激しく怒っている、根本はこれか。巣を侵略した人への報復は終わった。兵達は全員死に、グスタフはセリムが裁いた。
「人はそれをしない?私達は立ち上がりました」
セリムは目を丸めた。ルイの尊大そうな表情が気に食わなかった。この男は勘違いをしている。
「立ち上がった?貴方は暴力を選んだ。反省するならまだしも、今のように胸を張るべきことではない。恥じるべきだ」
ルイは少し不満げだった。顔にお前に何が分かる?と描いてある。
「貴方はこの国の内情を知らない」
余所者が、何も知らない若造に何が理解出来る?そういう態度。
「僕は貴方を王と呼びたくありません。ルイ、では聞こう。教えてくれ。シュナ姫は何を成した」
こんなところから話をしないとならないなんて、二日で交渉相手に相応しい考えまで成長するのだろうか。
それから、お前が言うなというように微かに唇を尖らせた。
「シュナ姫はこの国を見捨てるほうが自然な立場だった。長年に渡る国民からの裏切り、
ずっと沈黙し、
「私はヴァナルガンド殿を触るな化物男と呼んだ。しかしそんな事気にもしないで、気にしない振りをしてこう言ってくれた。殺そうともしたのに……。励むのはいつからでも遅くない。さあ、困っている民へ変わりたいと思ったことを伝えよう。不甲斐なさを謝りながら、これからは違うと、怖くても踏み出した勇気を見てもらおう。私を貧困街へ連れ出して働かせた。働かせてくれた。石を投げられれば守ってくれた」
シャルルが拳を握って、ルイに触るのを止めた。ルイが戸惑った様子でシャルルとセリムを見比べた。
「僕はグスタフを過信してしまったが、シャルル王子のことはきちんと見抜けた。味方少なく疑心と元来の臆病さで縮こまっていただけだ。己を見つめ直し、偉大な一歩を踏み出した。ルイ、反乱軍はそれを踏み
「結託なんてしてない。貴方が王となったでしょう?シャルル王子は会談で真っ先に貴方の名前を挙げた。見て見ぬ振りをしていたことも謝った。そういう
やっと理解したのか、ルイが
「……シュナ姫が最も相応しいと考えていたのに、どうして私を選んだんですか?」
今度は責任転嫁か。
「僕が選んだのが気に食わない、ね。どうして?むしろ問いたい。シュナ姫は母親が愛した国、自らを守ってくれた者がわずかばかりいる国のためにどれだけの犠牲を払った?眠れぬ夜を幾夜越えた?敵陣、自陣関係なく正しい者へ手を差し伸べてきた。相手に伝わらなくても、国を自分なりにどうにか守ろうと必死だった。国民全てを背負おうとし、そして成した!シュナ姫にはそこまでの権力があったか?それに対するルイ、君の回答がこれか。全身血塗れで、本当の願いも口に出来ないか弱い娘にまだ背負わせるのか?」
セリムはちらりとアシタカを見た。今すぐにルイへ
「ルイさん……。シュナは毎晩ろくに眠れてなかったわ。ずっとこうだから特に気にならないって笑ってた。国に帰りたくない?って聞いたらこう言ったわ。帰りたくないなど口が裂けても言わない。傾国と共に滅びるか、国を立て直すか二つに一つ。選んだのは一番難しい方法よ。血を見たくないって言ってたわ。アシタカさんは不在の予定だった。同じ道を全部シュナが、あの音の機械とかないのにやるつもりだったの。逃げたら死んでも死にきれない。本当は帰ってきたくなかった。だって、言ってたもの!ペジテ大工房では安心して飲み物を飲めるって!」
ラステルがポロポロと涙を
「でも私はルイさんを許すわ。セリムが貴方ならシュナの代わりに蟲と仲直りするって選んだんだもの。シュナも王としてやれるって信じた。ちょっと頭が悪くて人を信じられない人みたいだけど仕方ないわよ。見る目もないみたいね。でもアシタカさんだって、とても口が悪いし私のことを嫌ってる。アシタカさんも見る目が少しないの。こんなに凄い人なのに。でも、変われば良いだけよ。シュナがクソ豚って言ってたシャルル王子をしぶしぶ兄上と呼ぶことにした。だから、私だって許せるわ」
セリムの目が点になった。アシタカも同じ様子だった。シャルルが「やはりそうか……」と大きな溜め息を吐いて辛そうに
「待ってくれ、ラステルさん。僕は貴方を嫌っていない。どういう誤解だ?確かに得体が知れないと不信を投げつけたが、それは僕の至らなさ故だ。ああ、謝るべきだったか。すまなかった」
ラステルはツンと澄ましている。
「私、幼く少々
セリムはラステルの手を引っ張った。シッダルタもラステルに向かって首を横に振った。このままでは、話の方向が変わってしまう。ティダはアシタカに対抗心を燃やした結果、味方を増やすつもりなのか?ラステルに何を吹き込んだ。
「すみませんでした。貴方達の気持ちは分かりました。シュナ姫にもう責務を負わせたくない。シュナ姫でないなら私だと決めてくれた。指摘に感情的になってすみません」
ラステルが満足したように首を縦に振った。
「そうよ。シュナが言ってたもの。エマダラダ家のルイさんは民想い。慕われている。武力行使を望まなくても周りが許さない。絶対に担ぎ上げられるって。止めてやらないといけない。狩りは嫌いだし、人の代わりに殴られる人だって言っていたもの。国に必要なのはルイさんみたいな人だって」
セリムはラステルの言葉で、冷静さを取り戻した。エマダラダ、は間違って覚えているようだがシュナの言葉は正しく覚えていそうだ。ルイが涙ぐんだ。
「ルイ国王。申し訳なかった。僕は貴方をシュナ姫と比べた。不信には不信が返ってくる。僕が先に不信を投げた。妻の言う通り、貴方は胸を張って下さい。僕がするべきなのは、貴方が蟲の王と交渉するのに必要な材料を与えること。非難じゃない」
アシタカが顔をしかめて頭を掻いた。
「ラステルさん。誤解は後で解かさせて欲しい。今は話が逸れるから戻そう。ルイ国王、突然の重圧に己を信じられないだろう。逃げたいだろう。しかし、貴方なら成せると評価されている。シュナ姫を楽にし、国も守れる。その選択肢がルイ国王。君を援護するのが遅くなってすまなかった。むしろ背中を刺すところだった。シュナ姫に君を頼まれたのに」
ルイはアシタカに小さく会釈した。それからセリムを見据え、背を丸めずに大きく深呼吸した。
「すみませんでした。
決意と闘志燃える瞳にセリムは少し体を仰け反らした。王としても?
「僕は若輩。王としてもと言われても、王ではない。ああ、僕の父について教えて欲しいと言うことですね。それならシャルル王子に沢山文書を作りました。蟲については、早急に理解してもらわないとなりません」
ルイが何故か苦笑いを浮かべた。シャルル王子がルイに何か耳打ちした。今度のルイは素直にシャルルの言葉を聞いた。ルイも大きな器だ。どんどん注がれて、器に見合う男になる。セリムも励み続けないと横並びから、置いてかれる。いや、ルイはこんなにも大きな国王の道を選んだ。ルイがセリムを見て、驚いたように目を丸めて止まった。
「王子の良いところはその貪欲さだが、もっと大きな男になりたいからルイ国王から学ぼうという気持ちは一旦横に置いておいて下さい。それこそ話が横道に逸れる」
シッダルタがセリムの背中を三回叩いてくれた。
「シッダルタ!君は人の心を読めるのか?ならば蟲と同じだ。僕にも出来るようにな……。すまない。これを今は止めろということだな」
ルイがクスリと笑った。
「読めませんよ。むしろ王子の方だ。本当に不思議な方だな。それより蟲の思考と、賠償内容の話し合いですよね?」
シッダルタが「変」ではなく「不思議」と使ってくれたのが妙に嬉しかった。
それから蟲の思考、その単語で一気に心が重たくなった。
口にすると止まらないかもしれない。だから誰にも言わなかった。しかし今はシッダルタとラステルがセリムを支えてくれている。二人と繋いだ手の温もりと力強さに勇気が持てる。
「ヴァナルガンド殿?」
セリムはルイを見据えた。人の王とはとても呼べない男。しかし、素質は十分。信じると決めたのはセリムだ。
--俺が信じるのは自分だけだ。だから自分が選んだものは決して裏切らん。何でもしてやる。
迷うことなく言い切る、信念貫くティダ。まだ彼のようにはなれない。しかしセリムに自信が無いからといって、裏切って良いことにはならない。ルイは自分で選んだ男。シュナやアシタカ、ラステルにシッダルタの後押しもあるが何よりセリムが決断した。いざという時に責任を取るのはセリム。だから
この前提を見失うところだった。
「ルイ国王。無礼を許してくれてありがとうございます。僕が分かる限りを話します。蟲は大なり小なり血に記憶を宿しています。だから人に何をされたのか、本能が覚えています。見世物にされ、殺し合いをさせられ、
血が
触れれば戻ってこれないような
伝えないとならない。蟲達が人を憎む理由。知らなければ寄り添えない。
ーー守っても守っても殺される。どんどん暮らせる場所が無くなっていく。共に生きようとしてくれてる蟲の家族ばかり滅ぼされてしまう。逃げて欲しいのに逃げない
「蟲は人に道具や材料として作られた。しかし大昔に自由を与えた人がいたんです。道具ではないと、生物だと肯定してもらった。人よりも幸福に自由に生きよ。共に生きて欲しい。そう願いを込めて救ってもらった。だから、だから守ってきた。人をずっと守ってきた。今も守ろうとしている」
バチンッとセリムの中で何かが弾けた。
立ち上がって机を叩く。感情的になりたくない。
しかし、そうだ。何故人を救わなければならない?
「毒の森を巣にしたも人の為!
人が何か言っているが、憎い相手の言葉など聞きたくない。
憎い。
憎い。
なんて憎い。
「なのに感謝一つしない!侵略ばかりしてくる!また人が来た。また殺しにきた!未来を作る健気で優しいアピスの子を一方的に
熱いよセリム。
熱いよセリム。
熱いよセリム。
殺すのは悪いことだと、憎むなと言うセリムを信じて死んでいった。逃げようにもまだ幼くて、逃げきれなかった。
体が燃えるように熱い。これはアピスの子たちが感じた痛みだ。
「アピスの子たちは優しいんだ。親が人を殺すと後で苦しむのを、嘆き悲しむのを感じている。親は隠しても親想いの子は気がつく。自分達は偉いから、怖くても人に手を出さないと震えながら我慢する。他の子蟲にも、怒るよりも遊ぼうと
怖いよセリム。
助けてセリム。
おこりんぼは嫌だよ。
--レークスが怒ってる。そうするとみんな怒る。僕らは帰りたいのにおこりんぼになっちゃう。
嫌だよセリム。
憎まされて可哀想だよ。
蟲は人の行いにより刻まれた本能で憎まされている。
「足りないんだ!許すべき理由が全然足りない!今はシュナ姫が
人が何か言っている。
何だろう?
家族の声がする。古い記憶。大事な伝統。刻まれた想い。
私たちの家族
また歌ってくれる
手だ、脚ではなく手。手を握っている。人?嫌な匂いじゃない。しかし人だ。人など嫌いだ。しかしこの二人は嫌いじゃない。手を離してはいけない気がする。
--好きなものが残る限り許しなさい。
手を握っていよう。
許せ。
許せ。
許せ。
憎しみで殺すよりも許して刺されろ。憎悪では人は従わない。敵に真心を捧げ、憎しみを受け止めて許しを選べ。
--なんという痛みに虚無。何も得られない。損しかしていない。
「もう人には十分提供した。十分過ぎるくらい手厚く譲歩した。僕だ、僕が交渉相手となる。そして人として人を裁く。蟲達にこれ以上責務を負わせたりしない。僕のせいで大陸中が滅びる?破壊神と呼ばれたって構わない。蟲じゃない。人のせいだと呪われるべきだ。真実はそうなのだから。ずっとそうだったのだから」
視界が赤い。
赤い乳白色。
しかし、聞こえる。可愛く優しい子供達の助けて欲しいという悲鳴。
--なんという痛みに虚無。何も得られない。損しかしていない
「
許せ、許せ、許せ。己も相手も許せ。
失ったものは戻らない。
大切なのは残ったものを巡らせて、過ちを繰り返さずにより鮮やかな未来を作ること。
蟲は知っている。
しかし許すには理由が必要だ。
身の内の憎悪と怒りが満杯で、いつも限界だから許せない。二千年かけて人が招いた結果。因果応報。
助けるべきなのは人ではない。報復と殺しを選ぶ蟲でもない。命を救った人の王を信じた結果、巣を
助けてセリム。
僕の可愛い子供達の悲痛は、自分達への救済ではない。優しいのに力強く遠くまで飛べる、格好良い
そしていつか脱皮した時に、なりたい姿の
その先にあるまだ見ぬ世界。
「牙には牙!罪を
会いに行こう。
会いに行きたい。
待ってる。
ずっと待っていてくれた。
--共に生きて欲しい
本能と
絶対に許さない!
***
「牙には牙!罪を
アシタカは真っ赤な瞳で
地が揺れ、けたたましい音で大蛇の間の天井が破壊された。降ってきた
総司令室での出来事とまるで同じ状況。
猛風に目を細めると、
父ヌーフより聞いた
--ガンよ。蟲森の監視者。蟲の司令塔
ラファエの考察は間違っていた。ガンは
その背に威風堂々、正に王というように気を失ったラステルとシッダルタを抱えるセリムが立っていた。
〈蟲愛づる姫の瞳は深紅に染まり蟲遣わす。王は裁きを与え大地を真紅で埋める。テルムは若草の祈り歌を捧げよ。我等の父は下等な人間と生きるなど許さない。偽りと
蟲愛づる姫はラステル。人ながら
この状況、蟲の王は
偽りと
--
会話の中の何かがセリムを激怒させた。
蟲の民でテルムと言っていたのに、セリムはテルムではない?テルムは若草の祈り歌を捧げよ?セリムが蟲の王ならテルムは誰だ?
若草の祈り歌とは何なのだ。
ノアグレス平野を虹色に染め上げた男が、今度は背を向けた。誰よりも懐深いセリムの
それだけは確か。なのに……。
アシタカは去っていく
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