ドメキア王家と至宝の会談2

 セリムはフォンが机の上にアシタカの鞄を置いたのに気がついた。フォンが鞄を開いた。黒くて四角い大きめの金属製の箱。機械?


「さて、この会談を聞いていたドメキア王国の民よ。兵士達よ、誰を信じる?」


 フォンがアシタカの前に機械を移動させた。もしや、音響収集機スピーカー


「私はこの国の王と会談にきた。議論というのは何度も繰り返して、熟考して結果を出さないとならない。会談は日暮れまで。今の提案よりも素晴らしい案が欲しい。覇王ペジテ大工房をうならせドメキア王を説得する者がいれば是非声をあげて欲しい。誰でも、自由に。これがペジテ流だ」


 大広間にいるアシタカとフォン以外が絶句している。セリムも声が出なかった。予想だにしていなかった事態。シュナも信じられないというように、アシタカを見つめている。


「面白いだろう?国内中には無理だが、可能な限り公平に音を伝える技術を配った。このような大事な会談。開かれている方が良い。内乱という愚行を行なった、いや行なわされてしまった勇気あり悲しき民よ。僕は君達こそ救いに来た。ペジテ大工房の交渉相手はドメキア王。今日の議題への回答と、その交渉相手を十日後に用意して欲しい。無血革命でなければ協定自体を白紙にする」


 シュナの大空色の瞳が、アシタカへ惜しみない賞賛を浴びせている。ティダを救う最大の手段は、ペジテ大工房が掲げる科学技術の持ち出し禁止の掟破り。アシタカと二人で話す機械でさえ、議会で大論争だったと言っていた。それなのに、国中へ声を届けられる程の機械持ち出し。国民を説得してきたのか?しかし護衛人達は困惑した様子。独断だろう。フォンのように誰かが手助けしたとしても、国民の総意である議会の決定ではないはずだ。


 フォン以外の護衛人達が信じられないという風なのに、アシタカに敬礼している。


 さあ、というようにシュナを守るようにアシタカがシュナの肩を抱いた。困惑しているシュナの唇わ真っ青で震えている。演技には見えない。


「ア、アシタカ殿……。これは掟破りでは?。侵略に来た国へ……。兄弟姉妹仲良く父上を立てて大国の平和を目指す。そしてペジテ大工房が大陸和平を推進するのを手伝う。その提案でさえ信じられなかったのに……貴方は流石ペジテ大工房の至宝。慕われている理由が良く良く分かりました……。兄シャルルもこのシュナも相応しい王がいるのなら席を譲ります」


 シュナは何と自然に嘘をつくのだろう。シュナは誰よりもアシタカの真心を、深く知っている。セリムは目を大きく見開いてシュナを観察した。こんな演技力があると知られると疑われてばかりにならないだろうか。


 しかし、部屋中の誰もがアシタカにしか注目していない。


「我等が至宝の護衛に来ましたアンリです。大技師名代アシタカ様は平和を何よりも愛する方。報復戦争に決まりかけていた国民の憎しみを溶かしました。ペジテ大工房の民は殺戮者さつりくしゃではなく平和の使者となるのです。この機械持ち出しは掟破りの追放ものの暴挙。祖国で大議論となります。何て真似を……私達は至宝を追放したくないのに……。この機械持ち出しの結果が至宝アシタカ様の追放処分を撤回させるものであると信じます」


 アンリが突然口を開いた。正しい使い方をしたら、許される。そういう意味の言葉。アシタカへの敬意と、ドメキア王国への信頼提示。素早過ぎる。アシタカが苦笑いしていた。


 アンリが早く喋れというように、フォンの首根っこを捕まえた。


「同じく護衛のフォンです。一兵士です。心臓に剣を突きつけられても真心を忘れるな。憎しみで殺すよりも許して刺されろ。アシタカ様の口癖は本当でした。これは掟破りではありません。機械持ち出し禁止は、蛮行の道具になるのを防ぐ為。かつてペジテ大工房の科学技術が外界を滅ぼしそうになったからです。しかし、今、これはそうではなく真逆。このような方、絶対に追放せずに国に置いておきます。逃がしません。たまに憧れの大自然に逃げてしまいそうですが連れ戻します。アシタカ様の暴挙について、会議をして処分をしなければなりません。私は無期限謹慎を提案します」


 フォンが言い切るとアンリが良くやったとフォンの背中を叩いた。アシタカが苦笑いしている。この一連の流れは学ばないとならない。それにセリムの信念はアシタカの信念になっていたらしい。嬉しくてならなかった。


「大技師名代ともあろう方が率先して掟破りなど!そもそもアシタカ様は何から何まで掟破り。定められた居住区を飛び出す。何をするかと思えば誰よりも働いた。追放なんて出来ません。戦が近づくと知れば、勝手に民の亡命援助国交渉に飛び出した!一人で外界などもっての他なのに!蟲が荒ぶれば、得体の知れない者を信じて議会を脅して祈りを捧げよ?いつも勝手だ!我等の仕事がまた増える!アシタカ様の追放検討会議は何回目だと思っているんですか⁈なのにいつもアシタカ様が正しい!いつか絶対追放して居住区に戻しますからね!死なれたら困ります!」


 護衛人達がアシタカに詰め寄った。ドメキア王国の民に聞こえているのを忘れている様子だ。


「どうして自国の民だけの至宝でいてくださらない!我等がもっと豊かになれる。ああ……その目はやめてください。いつもこうだ。二千年も続けてきたのに、さあ外へ出よう。外も内も鮮やかな未来を作る。何て無茶な夢。諦めてくれないどころか、ついに外界の王族達という後ろ盾を得て先陣切り出した。私は諦めます。ついていきますアシタカ様」


 年配の護衛人がアシタカに縋り付いた。アシタカはこの道を絶対やめないという、強い決意の目をしている。


「大人しくしていてくださいアシタカ様。独裁だと言う者に暗殺されかけたばかりなのに。独裁ではなく追従できない!大量のそれも質の良い提案ばかり!たまには俺達の案も通したいのに、アシタカ様ばかり。たまに勝てたと思えば、疲れのせいでの書類不備や書きかけ。超えたいのに全然超えられない」


 嘆くように、そして尊敬しているように若い護衛人が額に手を当てた。そういえば、船で見ていない顔ばかりだ。セリムは腕の腕章に今更気がついた。護衛人長官がアンリを含めて、六人いる。そうか、アシタカを連れ戻しに来たのか。


「アシタカ様!どこにも行かないで下さい!勝手に会談に向かって!親書とシュナ姫へたくすだけと議会に説明していたのに飛び出してしまった。連れ帰ろうにも断固拒否。大自然は美しすぎてずっと滞在したいが、我等の国はドームの内側です。領土内で満足していなければならないのに……。そりゃあ他国も幸せな方が良いですが危険で無謀過ぎます……」


 アシタカと同年代風の護衛人が泣きそうになっている。アシタカが立ち上がって肩を抱いた。アンリに向けるような親しげな視線で、友人なのだろうと察した。


「素晴らしい提案が思いつくと楽しくてならない。恋人や多くの友を失った。しかし僕の趣味は仕事だ。共に働く者は全員が僕の友人となる。君もだ。沢山いて楽しいよ。追放されたくないから常に良い案を提示して、行動する。外界には晴らしい提案をする友がいるので、帰らない日があるかもしれない。しかし僕の家、そして最も大切なものはペジテ大工房と家族と国の誇り。ヤナン、それを忘れないで欲しい」


 アシタカがヤナンをそっと抱きしめた。


「ペジテ大工房の大技師であるティダ皇子がこの地で死ねば交渉は即座に白紙。むしろ報復戦争も辞さない!墜落した飛行機から我らが至宝アシタカ様を救い出した命の恩人。シュナ姫を守り抜き、会談の交渉を姫に頼み込んだ。我等が至宝の隣に立ち、ペジテ大工房、ドメキア王国、ベルセルグ皇国三国に和平をもたらそうとしている名誉ペジテ人を殺すということは平和の拒否です!」


 したり顔をしたアンリに、アシタカがまた苦笑いした。


「我を忘れていないか?護衛人諸君……。全く、僕を連れ戻そうなどとはそれこそ平和の拒否だ。このように我が国は自由の国です。報復戦争も辞さないとは勝手過ぎる。一介の兵士が脅迫をしないで欲しい。君は本日で解雇だ。追放処分。険しき大自然で、つても無い世界で生きろアンリ長官」


 これはアシタカからティダへのメッセージかもしれない。名誉護衛人はどうなったのだろう。


「アシタカ様!それはあんまりです!我等はすぐに間違えます!どうか彼女をお許し下さい!過酷な自然でいきなり暮らすなど、死ねということです!」


「そうです!長年お仕えしてきたのにあんまりです!」


「こんないきなりの独断、それこそ独裁だ!独裁は許しませんアシタカ様!アシタカ様こそ追放しますよ!」


 さわぎ出した護衛人長官達がアシタカに詰め寄った。はいはい、というアシタカの表情にピンときた。


「当たり前だ。口は災いの元。そういう意味だ。アンリ長官には反省文と改善点を提出してもらう。あと謹慎だ。全く、また仕事が増えた。ドメキア王国諸君、このように自由に発言して欲しい。各領地に僕の部下を配置する。王族へ直訴などできないでしょうからね。それから僕本人はドメキア城眼前にテントを張る。直接話をしたい者を待っている。挨拶だけでも構わないよ」


 アンリが腹を抱えて笑っていた。完全にアシタカの脳内を読んでいる。そしてティダを殺すなと、自ら先陣切って発言した。大満足なのだろう。


「王の決め方はこの国の規則に従って欲しい。国王の指名か長子でしたっけ?今、グスタフ王に権限がある。彼で良いのなら彼のまま。嫌なら言葉で脅す。王に名乗りを上げたものが死んだら、僕の部下が死んだら協定は白紙にします。今のところ、いませんね。僕か部下の元へ自薦、他薦問わず王の名乗りを上げて欲しい。庇護する。そして明日、正午より大蛇の間で自国の会議を行え。時間と期間は全て任せる。当然だが僕は不在だ。是非、多くの者に参加してもらいたい」


 アシタカの完全な独壇場。これを聞いている国民はどう思うのだろうか。崖の国なら、突然訳が分からない声がして、放心。それから動揺。戦をするだろうか?王族揃って話し合いをするということだけ、想像出来る。


「部下を配置⁉︎連れ戻しにきた我等をこき使おうなどど……はかったんですね!卑怯者!こんなの拒否出来ないと分かっていて」


「アシタカ様は卑怯だ!しかしこの素晴らしい提案を無下に出来ません」


「俺は帰ります!速やかに本国へ報告して会議です!会談終了後は即時連れ戻します。引きずってでも!第何回目の追放会議なのか……。どうせまた否決でしょうけどね。貴方はこの地を救いにきた!この真心を蹴り飛ばすなんて、俺ならしませんけどそんなの知りません!我が国の至宝は国へ連れ戻す!絶対に!」


 告げるや否や、壮年の護衛人長官が大広間を出て行った。完全に置いてきぼりのドメキア王国王族一家。そして家臣に騎士達。


 聞いているだろう民も同じだろう。反乱軍も聞いてくれていれば、足を止めているかもしれない。


「ア、アシ、アシタカ殿。ここまで。夜な夜な不安を聞いて……それだけで……。危険なのに。追放ですよ!母から何となく聞いています!どうして……。ああ、私も伝えないと。私にはこの国は大きすぎて背負えません……」


 すっかり取り乱した様子のシュナにアシタカが近寄った。おまけに抱きしめた。声が届くだけで良かった。こんなのを見たら、覇王ペジテ大工房の至宝アシタカが平和ではなく私情の為に来たとなってしまう。いや、いいのか?目的は同じだ。アシタカが少しシュナから体を離して頬を撫でた。シュナが真っ赤になって口をパクパクさせた。


「シュナ姫、貴方の声の寄る辺なさに耐えられなかったのです。建設的で前向き、そして真心こもった提案の数々。夜通し仕事をしていても楽しかった。貴方と語り合うのは、国益。背負わないならば僕と帰りましょう。貴方のもう一つの故郷へ」


 切なそうにアシタカがシュナを見つめている。他の誰も目に入らないというように。途端にシュナが冷静な様子になった。


「ええ、従兄弟の貴方と暮らしたいです。貴方の家族も皆さんとても優しかった。しかし、私は背負う者の頭脳となります。この地に一つでも多くの平穏を残します。私の名はかつて民を守った女神シュナと紅の宝石エリニース。名前に相応しい生き様だ、美しいと言われたいのです」


 ラステルがセリムの隣にトコトコと寄ってきた。それから耳打ちした。


「これ全部聞こえているのよね?良いのかしら。アシタカさんってシュナ姫のこと大好きなのね」


 アピが部屋中を飛び回り始めた。なのに誰も気にしない。


〈古いテルムの子がお祭りだ!お祭りは遊ぶんだ!〉


 セリムに言われた通り、繁殖期の言葉を使うのはやめてくれたらしい。しかし、もうお祭りの理由を知っているのでセリムは目頭を押さえた。無自覚そうなアシタカに、やかましいアピ。アピの兄弟も「祭りだ遊ぶ!」の大合唱。そしてセリムに早く帰れ、遊べの猛追。閉じたいのに、こじ開けて「遊べ、遊べ」の大連呼。頭が痛い。


 ラステルが兄弟に感化されて、歌い出しそうだったのでセリムはラステルを揺らした。


「ラステル、ラステル・レストニア。後で歌おう。踊ろう。崖の国の宴のように。この国が新たな時代を迎えたら祝わないとならない」


 ラステルの若草の瞳が、幸せそうに揺れた。


「ええ、セリム。今度はティダ師匠とアシタカさん、シュナ姫も増えるからきっともっと楽しいわ。他にも船の方も来てくれるかしら」


 どうやら蟲になってないらしいので、心配要らなそうだ。


「ふむ。シュナは病も治りかけて美しくなった。しかしもっと輝くだろう。流れ星に愛された姫と同じだからな。私もこの巨大国家を背負うのは正直辛い。反乱ということはやる気がある者がいるのだろう。私とシュナは王の手伝いに回るのでも構わない。ドメキア一族の使命は国家繁栄と存続。王でなくてもそれは出来る」


 シャルルの発言に一同が固まった。特にグスタフ。汚物を見るような瞳でシャルルを見据えている。セリムはグスタフの本質はこれかと落胆した。大国の王だから偉大、そういうことでも無いらしい。セリムには見る目がまだまだ足りなかった。自信が一気に失われた。


 しかし、シャルルのことは見抜いた。それは胸を張って誇って良いだろう。人を立場で測ってはいけないという教訓だ。


「反乱した者達を許すと?シャルル王子」


 セリムの問いかけにキリッとしたシャルルは、セリムに似ていた。親戚だと話したら、もっと仲良くなれるだろう。


「反乱というならメルダエルダ家ルイだろう。ジョンがいつも蹴落としていた。なのに領地を必死に守っていた。私はジョンが怖いから見て見ぬ振りをしていた……」


 後悔しているというな、悲しみの声。セリムは思わずシャルルの肩を叩いた。


「こんなにも大きな国だ。君は一歩踏み出したじゃないか!人は変われる。怖かったのに踏み出した。今も震えているのに、声を上げた。これからは兄妹仲良く助け合える。ルイさんという方が王に相応しいなら助けてあげられる。平和の為ならアシタカがいる。それにティダだっている!」


 ティダの名前を聞いた途端、シャルルがパズーのように情けない呻き声を出した。


「グスタフ王は倒れた。よって代理は私となる。シュナ、体が辛いかもしれないが反乱軍の前へ行こう。ここまで言われたら、数の暴力で鎮圧など出来ない。二人で反乱軍の前に立つ。反乱軍の代表は会議の相手だ。誰だか分からないが、迎えに行こう。王国軍は全員待機。武器を手に持っていれば捨てて欲しい。戦場にいれば帰宅せよ。今日の会談は終了させて下さい、アシタカ様。国民が考える時間は多く必要です」


 シャルルの声はやはり震えている。騎士達がグスタフ王に刃向け、臣下達が口を抑えていた。シュナが目を丸めてシャルルを見つめている。


「ええ。こんなにも安心して外を歩ける日が来るとは思っていませんでした。ありがとうございますアシタカ殿。そして、ありがとう兄上。まだ怖い私の手を握り、大丈夫だと促してくれて。この手があれば怖いものはありません」


 シュナは机の上で、アシタカの手に手を重ねて可憐に微笑んだ。シャルルがシュナの嘘に苦笑いを浮かべている。アシタカは涼しい顔だ。


「危険はないでしょうから行ってらっしゃい。と、言いたいところですが私も参りましょう。国民の方々と挨拶がしたい。僕を見に来てくれる者には全員挨拶をしよう。止まっているだろう反乱軍の前の大地に日が沈むまでいる。会いに来いと不躾ぶしつけですまない。この機械は魔法ではないので、そろそろ使えなくなる。一旦さようならだ、ドメキア王国国民諸君」


 ありったけの軽蔑を込めたというように、アシタカがグスタフを睨んだ。それから機械を触って、鞄にしまった。


「一旦、護衛人が貴方を拘束します。王を続けるのならば会議に出席してもらいたいので明日の正午にここへ連れてきてくれ。謀殺は許しません。王を退くのならば、死んだということにしましょう。ペジテ大工房の大技師一族の居住区を提供します。貴方の場合、踏み入れたら二度と出られませんが、穏やかに暮らせます。どちらにしても生きていける。人は変わる。何度でも、遅いなんてことはない」


 穏やかにアシタカが微笑んだ。まるでグスタフの悪いところなど何も知らないと言うように。グスタフを拘束していた騎士達がしぶしぶという様子で、グスタフを護衛人へと引き渡した。


「何なんだこれは!どういうことだ!脅迫っ」


「脅迫ですよ。僕は自分の信念に権力を振りかざすことにしたんです。手段は問わない。僕は正しい。しかし、間違いならば国民が僕を裁いてくれると信じています。国民に新たな王を選ばせる。現国王が最適であれば望まれる。貴方は会議に参加する権利がある。明日の正午まで、一人で考えると良い。人は変われる。何度でも。僕はそう思わないが、友が言うので仕方なしに信じます。蟲の民ヴァルには貴方の良いところが見えていたようなのでね。彼は人を見る目がある」


 アシタカは視線を落として、グスタフを見なかった。ゆっくりとセリムに顔を向けて、物凄く不満そうな笑顔を見せた。


「グスタフ王は思慮深い。頭も良さそうだった。子を戦争に向かわせるのはいただけない。しかし、王族には苦渋の選択がある。一番国を荒らして、人としてあまり良くなさそうなジョン王子を向かわせた。シャルル王子を王と決めたのもあるだろう。王国軍には賢いシュナ姫が役立てる。シュナ姫が先陣なら、親戚関係の大技師へ降伏交渉も出来る。勝てない戦をする愚王ではなさそうだから」


 どちらかと言うと、もうあまり良いところを思いつかなかった。この会談前までに考えていたことを口にした。


「本当に君は……。僕には無理だ。シャルル王子、シュナ姫、反乱軍の元へ行こう。時間を掛けても良い。血が流れれば交渉は白紙だ。また一から考えないとならない。君達二人でこの国をどうにかしろ。今のところ、君達の国だ。平穏そうになったら、和平交渉をするよ。その時の王か代表が僕との交渉相手に相応しければ」


 アシタカがシュナの手を握って立ち上がった。


「嫌だろうが反対の手は……」


 シュナが嫌そうな顔をしてシャルルへと手を差し伸べた。それから作り笑いになった。


「護衛は要りません。後ろに続くのは許します」


 シュナ達が入り口前に立って、全員を見渡した。


「アシタカ様、もう一度だけ国民に告げておきたい話があります」


 アシタカが目配せするとフォンが片膝ついて、鞄を開けた。それから何やらいじった。


「命令の為にもう一度使わせてもらいました。王国軍へ告ぐ!十日間は武器を捨てよ!王族への護衛不要!国民よ、この十日間は私に対して何をしても構わん!疑え、ののしれ、軽蔑してあざけり笑え!石を投げるも許す!死なない程度なら全て不問とする!何をされようが構わない!毎日必ず城下街最外層へ出る!父に、我等王族に虐げられた鬱憤うっぷん晴らせ!私は今更そんなことに頓着しない!死ぬ覚悟で帰国した!死なぬ程度など生温いが、全てを許すという生き様を多少は見せる!」


 堂々たる声に、アシタカが息を飲んだ。それから、ぼうっとしている。このようなシュナの姿を見ていないのかもしれない。アンリが機械を鞄にしまって、フォンに渡した。それから袖ぐり広がるドレスを脱ぎ捨てた。護衛人の服だった。短剣と銃が二丁。ベルトごと外して、腰につけた鞄と一緒にフォンに押し付けた。


「シュナ姫様の真後ろは私です。両手を挙げて無抵抗を示しますので同行をお許し下さい」


 満面の笑みのアンリの隣にラステルが立った。


「セリムと腕を組んで並んで歩くわ。セリムは皆に手を振るもの」


 ラステルが手首の隠し針を床に投げつけた。セリムはそれを拾って机に置くと、ラステルの横に並んだ。


「物は投げないお妃様。もちろん並んで歩くよ」


 好きにしろというようにシュナが背を向けた。それからシャルルとアシタカに手を掲げられているような姿を無理やり作って歩き出した。引っ張られるように二人も歩き出した。


「二人は私の後ろです。盾になるのに甘んじて下さい。必ず!」


 かなり低い声でアンリが告げて、一歩前を歩き出した。セリムはラステルと顔を見合わせ苦笑し合った。


 玉座の間への階段を、シュナが優雅に降りていく後ろ姿は光に包まれているようだった。玉座の間に足を踏み入れると、シュナがアシタカとシャルルの手を振り払って駆け出した。


「ヴィトニルさん!」


 何の躊躇ためらいもなくシュナが王狼ヴィトニルの首元に抱きついた。体が毛に埋もれる程強く。王狼ヴィトニルが尾ですぐシュナを背に乗せた。王狼ヴィトニルがアンリをしばらく見つめた。


 大咆哮が三回、玉座の間に地響きのようにとどろいた。ポカンとしたアンリを王狼ヴィトニルが前脚で呼んだ。ラステルも見て同じように前脚を動かす。ラステルがハッとしてアンリを引きずっていった。すぐに王狼ヴィトニルが二人を背中に乗せた。


「ヴィトニル!僕は?もう乗れないのなら尻尾で掴んで行って欲しいのだが」


 王狼ヴィトニルが呼んだのはアシタカとフォンだった。二人も?尾は大きく楽々とアシタカとフォンを包んだ。セリムは発言が少なすぎたから、置いてきぼりらしい。気配がするなと思ったら、月狼スコールが脇でセリムを見上げていた。


「スコール君!僕を尾で運んでくれるかい?」


 しゃがんで目線を合わせたら、月狼スコールに首を横に振られた。がっかりして、セリムは遅いが馬を借りるかと立ち上がった。月狼スコールが襲ってくる気配がしたのでセリムは避けた。何か気に障ったのかもしれない。相対した月狼スコールがまた動きそうなので、頭を下げた。怒らせたなら謝るべきだ。


〈背に乗せろと言ってもらいたかっただけだ。スコール、間違えだらけだな。ヴァナルガンドは大狼に命じたり決してしない。さっさと行くぞヴァナルガンド。スコールに飛び乗れ〉


 また話せた!セリムが話しかける前に、ね付けられたと感じた。本当に蟲との会話そっくりだ。王狼ヴィトニルが歩き出したので、セリムは月狼スコールに「よろしくスコール君」と会釈してから背に乗った。


 なんてフカフカなのだろう。背中から伝わる生きている温もり。力強い筋肉の感触。セリムは思わず月狼スコールの背に抱きついた。素晴らし過ぎて息がしにくい。途端とたん月狼スコールが駆け出した。シャルル王子の悲鳴がしたと思ったら、月狼スコールの二尾にシャルルとバースが掴まれていた。


 全身を吹き抜ける風というよりも、自分が突風になるようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る