血染めの記者会見1

 第一都市大演説場にて正午より大技師ヌーフおよび次期大技師候補アシタカによるペジテ戦役の説明記者会見を実施。


***


 セリムの隣のラステルがアピをキツく抱きしめて少し震えている。抱いている肩から伝わる怯えは当然だろう。第一都市というペジテ大工房の中心都市。演説場と呼ばれる半円の舞台の前に多くの民が集まっている。セリムも足がすくんでいた。


 舞台袖からヌーフとアシタカが歩いて行くのを見送った。ヌーフは飄々ひょうひょうと、アシタカは強張った表情ながら胸を張って威風堂々と足を進めている。


〈この空気は嫌だな。怖いよセリム。姫が怯えてる〉


「大丈夫だアピ。ラステルも。僕がついている」


 セリムはラステルの頭を撫で、それからアピの黄色い産毛も撫でた。


「俺とお前、どっちが祭られるか賭けようぜシュナ。俺が勝つけどな」


「笑止。蛇の犬にしてやる」


 腕を組んでシュナに尊大な笑顔を向けるティダ、澄ました無表情のシュナ。何故かその間にオロオロとしているパズー。


「勝った方が相手の良いところ言うとかは?三つか、いや五つくらい」


 パズーの発言にラステルが噴き出した。シュナがまばらな眉毛を潜め、ティダがクククと喉を鳴らし笑いを堪える。


「何だその提案」


 シュナが不思議そうにパズーを見上げた。セリムもパズーの提案が不思議だったのでパズーが何て答えるのか興味深い。


「だって二人のどっちかがペジテと和平を結んでドメキアへ嘆願に行く役を得るんだろう?どっちにしたって協力するならさあ……」


 ごにょごにょとパズーの語尾が消えていった。被さるようにボンボンと響く音がした。ラステルの唄子の歌を届けた音響収集機スピーカーだ。舞台の中央に立ったアシタカが短い棒のようなものを左手で握りしめている。


「皆の者、忙しい中よく集まってくれた。これより先日の戦役についての会見を行う」


 アシタカの凛とした声が広間に響き渡る。舞台前方で望遠鏡のような物を手にした者達がパシャパシャという音と瞬く光を作り出した。


「ヤンさん、あの光を出しているもの何です?アシタカが持っているのは?」


 セリムは隣に立つ護衛人長官ヤンに問いかけた。


「カメラです。写真撮影と映像を市内へ送っています」


「カメラ?写真?映像?」


 ラステルが肘でセリムを小突いた。


「分かってるよラステル。後でにする」


 後でゆっくりとアシタカから聞かせてもらおうとセリムはヌーフとアシタカに視線を戻した。反対側の舞台袖から男が三人舞台上へと進んでいた。すらりと背が高くて線の細い賢そうな中年、白髪混じりで口髭たっぷりの愛嬌がある中年、そして護衛人のブラフマー長官。三人がアシタカとヌーフに向かい合った。


「これより進行は私、大総統ネルが行います。大技師ヌーフおよび次期大技師アシタカからこの度の戦役の全貌を話していただきます。なおその後議会会議で取りまとめた質疑を大総統ネル、裁判長ハンネル、護衛人長官代表ブラフマーが責任を持って行います」


 大総統ネルがチラリとこちらを見た。正確にはティダを確認していた。嫌悪と侮蔑を隠していない。


「あの男を潰せばいいって訳だ」


 ティダは言葉とは逆でニコリと柔らかく微笑んで大総統ネルに会釈した。パズーがそれを驚いたように見ていた。


「ではまず大技師ヌーフよりお願いいたします」


 舞台中央、前方までヌーフが進んだ。はちきれんばかりの拍手、歓声。しかしそれだけではない。妙に静かな場所や鋭い視線も注がれている。


「まずノアグレス平野の死者を弔ってくれてる民にまず感謝を」


 ヌーフの声はとても穏やかだ。まだ彼と二人で話せた事はないが、これから時間を取れるはずだ。いや、必ずそうしないとならない。巨大都市の代表、古代遺跡の唯一の管理者。


「それから先に感謝しよう。大掟をよく守った。他国の戦に関与するべからず。侵略するべからず。先制攻撃するべからず。見よ、国は守られた」


 静まり返る会場に、実際には吹いてはいないが冷たい風と温かい風が渦を巻いているように感じる。これだけの人数、同じ方向を向いていないというのは明らかだ。


「では、この度我らので起こった悲劇について話をしよう。突如空に蟲が、大地にも蟲と異国の軍が現れて驚き、戸惑い、恐怖を覚えたであろう」


 途端に"ドメキアを許すな!"という罵声や"ベルセルグを討て"という怒声が湧き上がった。ヌーフは身じろぎせずに穏やかに微笑んで大衆を眺めている。


「ドメキア王国とベルセルグ皇国が同盟を組んで軍を送ってきた。この巨大要塞を打ち砕こうと蟲を引き連れて。それが今回の争いじゃ」


 セリム達を囲む護衛人にはシュナとティダを憎々しげに睨みつけている者も多い。当人達は無視してヌーフを見つめていた。


「ドメキア王国は自国の軍を囮に使った。同朋を道具にして見捨てようとした。どんな生物も生存の為には牙を向ける。巨大要塞に攻撃する前に内乱が起こった」


 ヌーフが穏やかに淡々と話しているうちに再び会場が静かになった。


「両国から引き連れてきた蟲はそもそも容易く操れるような存在ではない。些細な争いがきっかけで矛先は我らペジテ大工房になった。争いを諌めず傍観した。過去の過ちも許されていない。むしろ二千もの歴史で罪をまだ償っていないと蟲は怒っておった。悪魔の炎を勝手に使用しようとした者もあったようだしのう」


 どよめく会場。舞台上の大総統ネル、裁判長ハンネル、ブラフマー長官も目を丸めている。大総統ネルの頬が少し引きつっていた。


「二千もの歴史で繰り返されてきた侵略行為。我等も歴史を目の当たりにした。しかし過去を振り返ってみると祖先は許しを選んだ。子らよ全てを許しなさい。そして全てを愛しなさい。それがテルムの教義じゃ。贖罪しょくざいは未来永劫続く。しかし今回のように必ず救いも希望も現れる。我等の生きてきた道が正しければ」


 ほっほっほっとヌーフが民衆に背中を向けてアシタカの隣に戻った。ヌーフがアシタカの腰を軽く叩いている。今度はアシタカが舞台前方へと進んだ。髭を剃り、髪をあげて整えたアシタカはもう憔悴した様子も迷いもなさそうだ。昂然と胸を張っている。


「他国の戦に関与するべからず。私はその大掟を破った。裁かれよう」


 ざわざわし出した民衆に軽く頭を下げるとアシタカは後ろで手を組んで直立した。


「内乱を止め、蟲を止めたかった。後悔はしていない。知らぬ民に話しておく。独裁を振りかざして議会を口で丸め込んだ。そしてドメキア王国からの密告者を支援した。結果として蟲の怒りを買った」


 明らかに民が動揺して騒めきが巨大になっていった。この時、パァァァンと銃声がとどろいた。アシタカの左肩から血が吹き出して、アシタカの顔が苦悶に歪んだ。しかしアシタカは手を後ろで組んだまま会場を見据えている。ポタポタと滴り落ちる鮮血が床を赤く染めていった。


 しかしアシタカは悲鳴と怒声が湧き上がり騒ぎ出した大衆をジッと見つめている。セリムは思わず飛び出していた。それよりも早くティダが飛び出していたのか先を走った。


「争わないようにと考えるのが何が悪い!血が流れないようにと願う事が悪い筈がない!私は国を背負って守るために大掟を破った!隠しはせず裁かれよう!それが国民の答えであるならその恥を背負うつもりはない。撃つなら撃て、狙うはここだ!」


 アシタカが心臓の位置に指をさして吠えた。アシタカの傍まで走ってきたティダが丸めた外套をアシタカに投げた。アシタカが受け取って左肩に当てる。セリムはアシタカの右側に回って肩を担いだ。


「ありがとうセリム。大丈夫だ」


 痛そうに眉根をひそめながらアシタカは微笑んだ。思わずセリムはアシタカから音響収集機スピーカーに繋がっている棒をひったくった。それをティダがそっと奪った。全身から怒りが満ちているが顔には笑顔が貼りついている。ティダがアシタカの前にそっと立った。


「我が名はティダ・エリニュス・ドメキア。祖国はベルセルグ皇国。覇王ペジテ大工房の民よ話は最後まで聞くものだ。蛇やハイエナでさえ出来ることです」


 丁寧で柔らかな声を出しているのにティダの身体中から威圧感が放たれている。水を打ったように静寂が訪れた。


「侵略行為を止められないと判断して私はペジテ大工房に忠告した。眼前で内乱が起ころうと無視するようにと。巨大要塞は蟲でさえビクともしないと考えたからだ。ところがアシタカ殿は手を貸した。蟲を森へ返せば侵略作戦は頓挫する。自国だけでなく他国と悍ましい蟲にさえ同情した。自慢よりも掟破りの謝罪をする、ペジテの至宝に相応しい方です」


 ティダがセリムを一瞥いちべつした。それからアシタカへ僅かにしたり顔を投げてから前方に視線を戻した。


「ティダの奴セリムの手柄を全部僕に押し付けるつもりだ」


「僕の手柄?全部アシタカが導いたんだろう。間違ってない」


 ティダを信じて忠告を受け取っただけでなく、セリムとラステルの提案を受け入れたのはアシタカだ。この様子だとアシタカは相当苦労して手配をしてくれたのかもしれない。セリムはその事に今更思い至った。


「残念ながら怒り狂った蟲は巨大要塞に穴を開けた。その怒りの原因は……」


 急にまた騒めきが起こった。真っ赤な目をしたアピがアシタカに向かって飛んでいく。そしてラステルが走って追いかけてきた。


〈古いテルムの子は謝ったってみんな言ってた。偉い子は守らないといけない〉


 反対側の舞台袖から護衛人達が飛び出した。


「誰も撃つな!」


 アシタカから離れてセリムは一直線に飛行してくるアピに飛びかかった。


 再び銃声が数発空気を振動させた。

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