三つ子娘と姫と妃1

 気合十分というように拳を繰り出す練習をはじめたラステルを笑って眺めているとノックの音がした。


「誰かしら?」


 ラステルが部屋の扉を躊躇ためらいなく開けようとした。味方の国内とはいえこの警戒心のなさは大丈夫なのだろうか?とシュナはラステルの肩に手を置いて静止した。


「身を守りたいならまずは疑え」


 シュナがささやくとラステルがハッとして、それからしょんぼりとした顔つきになった。それから今度は腰に巻いていたベルトに下げている短剣を抜いて構えた。いや、今度はやり過ぎだ。力になりたいと言うには頼りなさ過ぎる。シュナはラステルを押しのけて前に出た。短剣を貸せと掌で合図するとラステルは素直に応じた。ラステルがシュナの後ろで拳を握ったのでやめさせた。


「どちら様でしょうか?」


「ララです」


「リリです」


「ルルです」


 僅かに声色が違う似たような女性の声だった。


「お兄様のご友人のお姫様達にご挨拶にきました」


「お食事を御用意しましたの」


「ゆっくり眠れたかしら?」


 シュナは短剣を背中に隠して反対の手でそっと扉を引いた。すぐに後ろに下がる。扉を押し開いたのはラステルよりも少し若そうな娘だった。12、3歳くらいだろうか。そっくりな顔をしている娘が三人、寄り添うように並んでいた。真ん中にいる少し背の高い娘が手に布のかかったトレーを持っている。三人娘の他には誰もいない。


「お兄様?」


 ラステルがずいと前に出た。本当にすぐにでも殺されそうな女だ。そこまで面倒見きれないとシュナはとがめはしなかった。


「私達アシタカお兄様の妹です。お姫様達のお世話を頼まれました。リリです」


「ララです。初めまして崖の国のお妃様とドメキア王国のお姫様」


「ルルです。おはようございます」


 顔のほくろの位置と数が違うくらいで後はよく似ている容姿。黒く長い髪のまとめ方は違うが、下がり気味の眉毛に大きいが切れ長の目元、そしてぷっくりとして小さな唇。多胎児たたいじというのを目にするのは初めてだった。


「初めましてラステルです。こちらはシュナ姫よ。アシタカさんにはこんな可愛らしい妹さん達がいたのね」


 ラステルが軽く会釈した。顔は見えないがニコニコしているに違いない。


「可愛いですって」


「可愛いのね私達」


「嬉しいわね」


 ねーっと顔を見合わせて唇を綻ばせる三人娘。


「お部屋に入れてくださる?食事を持ってきましたの」


「お兄様に見つかってしまうからお部屋に入れてくださる?」


「ルル!それは内緒よ!」


 世話を頼まれたというのは嘘らしい。大技師ヌーフの一人息子アシタカの名は良く知っている。忙しいらしく護衛人にシュナ達を任せて姿を見せないがそのうち会いに来るとティダが言っていた。


 血縁ではシュナの従兄弟。つまりこの三人娘もシュナの血縁か。ペジテ大工房からは再三の亡命拒否、情報だけは欲してきて誠意をと漏洩しても見返りは一度も無かった。いやカールを助けたという一点だけはあったが非道な人体実験。それも向こうが勝手にして恩を着せてきただけだ。定期検診でペジテ大工房に入国するカールが暴れないようにと"盟約を交わした"とシュナは嘘をついてきた。


 ふつふつと怒りが湧いてくる。


「何の用事でしょうか?小さなお嬢様方」


 抑えたつもりでも声に棘がこもった。


「平和を望んだ偉大なナーナ叔母様の娘に会いたかったのです」


「何度手紙を書いてもお返事がありませんでした」


「お父様もとても心配していらしたの。こんなに重い胞病ほうびょうを患っているだなんて知りませんでした」


 三人揃って涙ぐみはじめた。


「きっと大総統の仕業ですわ。力がないばかりに……恨まれても仕方がないわ」


「お父様も私達も何度も頼みましたのに……ごめんなさい」


「病死したナーナ叔母様の愛娘とお連れの方をペジテ大工房へ呼びたいと沢山頼んだのよ……」


 三人はその場でうわーんと泣き出してしまった。ラステルがシュナが後ろ手に握っていた短剣を取り上げて鞘におさめた。それからシュナを引っ張って部屋の奥に入れると三人娘の前に屈んだ。


「私達とてもお腹が減っていたの。一緒に食べてくれるかしら?シュナ姫はとても優しいのよ。きちんと話をすれば分かってくれるわ」


 ラステルがさあどうぞと三人娘を部屋へ招き入れた。何を勝手なと注意する間も無く三人娘が入室して寝台に三人並んで座った。


***


 泣いていて要領を得なかったが、要約するとドメキア王国へ平和を諭しに自ら嫁いだのがシュナの母親ナーナ。病死したという報告を受けてからナーナの父大技師ヌーフはシュナを見受けようと努めていたらしい。産まれた娘達、息子アシタカ、そして三人の末娘も父の支援をした。しかし外交関係には権限が無い大技師一族の画策はいつも火を消されてきたとのこと。


「母は存命中帰国したいとは決して口にしなかった。てっきりペジテ大工房から毒蛇に売られたのかと思っていた」


 三人娘が用意してくれたスープを飲みながらシュナは呟いた。毒の味がしないごく普通のスープは空腹に最適だった。


「ドメキア王国なんてちっとも怖くないわ」


「今回は怖かったけれどね」


「ペジテ大工房は強固だもの。叔母様は平和と自由を求めたのよ。怖いドメキア王国を変えたかったし本物の庭に憧れた。お兄様と同じ」


 すっかり泣き止んだ三人娘がパクパクとサンドイッチを食べはじめた。


「アシタカさんと?」


「そうよ。私達には庭で大人しく暮らしてなさいって言うのよ。でもお兄様は禁じられているのに街へ出て、議員になって、とうとう外界へ出た。話でしか知らないナーナ叔母様をとても尊敬しているのよ。憧れてもいるわ」


 ラステルが尋ねると右目の下に泣きぼくろ一つが目立つララが胸を張った。


「お兄様はいつも言っていたわ。この狭いドーム内だけが平和だなんて許されないって」


 顎に二つほくろが目立つリリが新しいサンドイッチに手を伸ばした。一番よく食べる。


「私達見てましたし聞こえました。自国に酷い扱いをされて、懸命に生き延びようとするシュナ様達の軍、祈り続けるラステル様の声。あんな争いは二度と許されないわ」


 食事など喉を通らないといった様子なのは、額に三つほくろが並ぶララ。一番背が高い、おそらく三人の中で一番上。顔は似ているが違いは分かってきた。


「母は優しくて教養と身を守る術を与えてくれた。しかし母のお陰で私は毒蛇に何度殺されかけたか……」


 三人娘とラステルが悲しそうな表情になった。同情に苛立つ気にもならなかった。どう見ても温室育ちの娘達は、全員シュナの努力や苦痛など理解出来ないに違いない。しかしつい零していた。


「謀殺されかける事108回。全て生き残った。我が名は不死の蛇ヴォロス。こうして生きてる。そして祖国に民がいる。蛇は蛇の巣へ帰るだけだ」


 許されない、ならこんな小さな娘に何が出来るというのだろう。今まで何一つ成せなかった者達。アシタカを後ろ盾に出来たならと考えていたが意味が無さそうだ。


「私達役立たずです。でもお兄様は違います!」


「うんうんと悩んでいますの。どうやったらペジテ大工房を変えられるのか。今まで手助け出来なかったシュナ姫を助けられるか」


「このままでは信用してもらえないと眠らずにブツブツと考え続けています。話だけでもして欲しいのです。あの怖い旦那さんがお兄様を邪魔するから私達こっそり頼みに来たんです」


 怖い旦那さん?ティダか。シュナに無断で話をしているとは気に食わない。


「お兄様は追放覚悟です。というかきっと追放されてしまいます。だから怖い旦那様に役立たずだって言われていました」


 シュナをセリムの病室に閉じ込めて一人で何処かへ消えていたが、ティダはまた何か企てているのか。


「そんな話良く聞き出したわね、貴方達」


 ラステルが小首を傾げた。


「私達お兄様がいつか脱走すると思って盗聴器……っんんん」


 リリの口をララとルルが塞いだ。


「盗聴器?」


 三人揃って大きく首を横に振ると似たような引きつった笑顔を作った。


「私も同じ結論だと思うが話くらい自分の耳で聞いて、自ら決断しよう。私はそもそも夫をちっとも信用していない」


 シュナは椅子の背もたれに寄りかかってやる気なく告げた。希望だったペジテ大工房の大技師は無権力、アシタカも利用価値が無さそうだ。


「私も付き添います!」


 ラステルは何故か張り切っている。この娘の頭脳は割と阿呆だ。


「偽りの庭へこっそり案内します。私達抜け道を作ったのよ」


 三人の声が揃った。待ちきれないとばかりにシュナとラステルの手を引いて部屋から連れ出した。偽りの庭とは母ナーナが育ったペジテ大工房内の自然区だ。大技師一族が住まう区画だと言っていた。


 シュナはどうドメキア王国へ戻り、国王と第一王子を騙すかを練り直しするかと情報を整理しながら廊下へ出た。雪で固められた第ニ王子ジョンはペジテ大工房の捕虜になっている。その辺りは使えるのか、ラステルやセリムをどのくらい計画に練り込むか。独断で動くティダをどう扱うか。


 考えることは山積みだ。

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