ペジテ戦役【現状と平野各地での思惑】
※前半はおおよそのまとめ
セリムは
蟲を使役する道具。
ラステルは蟲の王の血を引く
***
蟲は人間を劣等と位置づけ監視している。
テルム--
テルムが殺されれば、大陸の人間は全員殺すという。
そして執行猶予を言い渡した。
人の全滅はテルムに選ばれたパズーとテトの存在、そしてホルフルの蟲の許しとペジテ大工大工房の大技師ヌーフの嘆願により避けられた。
事を成した本人達は何も知らない。
***
アシタバの蟲はペジテ大工房へ怒りを向けて滅ぼさんと進行している。憎悪の理由は定かではない。
ホルフルの蟲は家族の
***
ホルフルの蟲である
姫と呼ばれていた
テルムを選び、家族を従わせ憎しみの暴力を振るわせる
無自覚の反乱は失敗。
***
何一つ知らないペジテ大工房の御曹司アシタカは、ラステルの祈りで蟲がペジテ大工房を許そうとしていると信じていた。
対立する蟲と蟲。人と蟲を繋ぐ者であるセリム、そしてラステルを頼ろうとマルチロール機でノアグレス平野に飛び出した。
アシタカは、自分達の祖先が「悪魔の火」で蟲と外界を破壊し尽くしたという過ちが再び起ころうとしているのを恐れている。これは逆にセリムもラステルも知らない。
***
一方
パズーは怒り心頭だったが、怖くて何も言えずにティダの後ろをとぼとぼ歩いていた。正確にはティダと
「ったく!何なんだあの女!狂っていやがる!急に蟲を呼び出して消えるとか何なんだ!やっぱり化物じゃねーか!」
「違うって!蟲が襲ってきたからラステルが守ってくれたんだ!」
精一杯の勇気を出してパズーは叫んだ。ティダの部下は誰も馬に乗せてくれない。ティダもパズーに歩けという。故郷にはない雪で歩きづらい上に死ぬ程寒い。おまけに行きたい方向と別の方へと進んでいる。
「あ゛あ゛ん?どういう目ん玉してたらそう考えるんだよ!」
振り返ったティダの釣りあがった眉毛と怒声に体が竦む。パズーの人生の中で一番怖いのはこの男だ。ベルセルグ皇国の王子だと聞いているが乱暴で粗野なティダと、崖の国の王子であるセリムは真逆だ。
同じ王子なのに。パズーは心底セリムが自分達の王子で良かったと感じたが、同時にこの未曾有のトラブルに巻き込んだのはセリムだということを思い出した。思わず雪を蹴飛ばそうとしたが、ズボッと足が埋まって転んだ。
「どうって……ラステルは蟲と行ったけど僕らは無傷だ。どう考えたって……」
差し出されたティダの腕にパズーは目を丸めた。
「本当に鈍臭い奴だな」
小馬鹿にするような笑みを浮かべるティダはパズーが手を伸ばす前にパズーの腕を引っ張った。それからまた戦闘機を結んだ綱を握って歩き出した。
「クソ女が。あんな奴を利用すると火傷じゃ済まねえ」
また舌打ちをしてティダはぶつぶつと「イかれてる」「大馬鹿娘」「蟲女め」とラステルを侮辱する言葉を呟いた。ここまであからさまに侮辱されると、最早文句も出ない。パズーは大きく溜息をついた。優しい所はセリムに似ているのに、理解出来ない。
「本当にチグハグな男だな」
パズーの脇で白馬に跨るシュナが呆れ声を出した。生まれつきだろう奇形で顔も体型も美しくはないのに、シュナの声はとても綺麗。風の神様は平等だ。
「その大嫌いな娘を追っている。しかもわざわざ戦闘機を準備して」
シュナが愉快そうに笑うと、シュナと共に白馬に跨り手綱を握る兵士からもハハッと笑い声が漏れた。
「え?そうなの?てっきりペジテへ向かっているんだと」
パズーはティダの横まで駆け寄った。
「当たり前だろう!あの女がいないとセリムが使えねえ。大体匂いで分かるだろう。ペジテは向こう、あの化物娘はこっちだ」
指で示された方向に向かって、パズーは鼻をクンクンさせてみた。サッパリ分からない。ペジテの兜越しでは冷えた空気の匂いさえしない。ラステルを化物と呼ぶティダこそ化物男だ。怪力で猛々しく、
「セリムはラステルと会えたのかな……」
パズーが崖の国不在中に結婚したという二人。耳にした時、パズーが居ない時にずるいとは思ったが心から嬉しかった。崖の国のどんな女にも興味を示さず、蟲森にばかり心を寄せて民の生活ばかりに心を砕いていたセリム。ついには他国の心配までして争いを止めようと励んでいる。いつも他人の事ばかり気にしているセリムが宝物みたいに大切そうにラステルを連れてきて、妻にした。きっと、崖の国中が祝福しただろう。その場に居たかった。
「蟲森に通う僕は妃を望まない。どんな病が伴侶を襲うか分かったもんじゃない。それでも添い遂げたいと願うのは自分勝手だろう」
たった一度だけセリムがパズーに零した異性に対する本音。蟲森の民のラステルなら心配ないと考えたのか、理性を越えて本能に従ったのか。パズーは後者だと睨んでいる。セリムは民を率いる王族として理性的であろうとしていても根は直動的。単にラステルがセリムの
「何泣いてるんだよ。鬱陶しいな!」
セリムがラステルと結婚して良かったという気持ちと、二人が離れ離れである現状にパズーはつい泣いていた。ティダの蹴りが尻に入る。
「痛い!何するんだよ!」
「男が泣くな!しかも雪の中を歩いてるだけだろうが!」
グルルルルルと
「セリムとラステルが可哀想だと思ったんだよ。新婚早々こんな……」
ティダの体に隠れるとパズーは肩を落とした。楽しい収穫祭のはずが逆突風に襲われて、アシタカを運ぶためにペジテ大工房へ、そして戦争に巻き込まれた。パズーも何て不幸なんだろう。
「自ら火に飛び込んできたんだろ。あいつらは。自業自得だ。思い上がった馬鹿な夫婦」
ティダの嫌味にカチンときた。
「お前達と崖の国の為だ!!」
ティダに向かってパズーは大声を出した。
「二度とそんな侮辱をするな!セリムはそういう男だ!誰かが傷つくのを黙って見てられないんだ!何でも背負う!ラステルはそんなセリムを支えようとついてきたんだ!僕の国の王子と妃の悪口は良いけど侮辱は許さないぞ!」
ティダが足を止めた。睨まれると思ったがティダは好戦的に微笑むだけだった。
「侮辱?事実だ。ああいう奴は誰かが庇護してやらないとすぐ死ぬ」
「それって……」
「あのイカレ女と同じ方向にセリムの匂いがする。さっさと行くぞ」
しれっと歩き出したティダの肩をパズーは軽く叩いた。鬼のような形相で睨まれたが怖くなかった。
「みんなセリムの事好きになるんだよな」
強い力でティダに腕を叩かれて、痛みでまた涙が出てきた。
「俺が好きなのは矜持だけだ」
ブスッと眉間に皺を寄せているが、照れ隠しのように感じられた。シュナが言ったチグハグな男の意味が分かってきた。
「なら崖の国も好きになるよ」
自然と笑みが浮かんだ。ティダが何故か爆笑した。
「俺好みの女が居るんだろうな!」
あわあわしながら振り返ってシュナを見ると涼しい顔をしていた。
「正妻は大事にするさ!当然だろう!遊ぶだけだ!」
ティダは戦闘機を引きながらシュナの事など気にもせずに笑い続けている。パズーが再び後方を見ると、シュナは面食らったように目を丸めていた。それから口をへの字にして顔を歪ませた。
「おいパズー!お前になら大狼の群れを見せてやるよ。ふはははははは!お前が食われるの見てやるからな!」
自分をトラブルに巻き込む王子を自らの手で増やしてしまったと嘆いて呻いていた。崖の国の女はティダみたいな猛者が好み。みんなの人気者セリムが結婚した今、こんな男が現れたら傷心の女はイチコロだ。面倒な事になる。テトにも会わせたくない。
そして遠い未来だろうが、ティダは絶対にパズーを大狼の群れの前に投げる。そして今みたいな高笑いするに違いない。パズーはまたやっちまったと自分の軽い口を恨んだ。
***
一方
アシタカの眼下に並ぶ若草の蟲の群れ。時折瞳を黄色く点滅させながらも小さく揺れる。ヌーフとペジテ大工房の民が膝をついて祈りるように手を握る。迫り来る憎悪に染まった真紅の瞳の蟲の大群。
〈王は断罪を止めた。執行猶予である。アシタバの民よ鎮まれ〉
〈
〈戦を始めたのは他国である。ペジテは関係ない〉
〈地下室があるからだ。遺跡を破壊しなければ我らはまた道具となる。我慢の限界だ〉
〈古きテルムの子が必ず誓いを守る〉
〈許せ〉
〈許さぬ〉
対立し合う蟲の声。ペジテ大工房への蟲の進軍はカールの子蟲殺しが原因ではないのか?アシタカは押し寄せてくる蟲の会話で混乱していた。
〈ペジテは平和を独占して見て見ぬ振りを続けてきた〉
〈人間は正しく道具を使えない。だからペジテは隠してきただけだ〉
〈力を独占して傍観した。それは罪である。二千もの間罪を重ね続けてきた。そしてついに罪が破裂した〉
〈王では無い何かに従うアシタバの民よ巣に帰れ。我らの姫のように許すのだ〉
〈ホルフルの民は
アシタカはマルチロール機を逆走させるか悩んだ。ラステルが祈り、蟲がペジテ大工房を守ろうとしてくれている。そう思っていた。しかし蟲が蟲に裏切りだと糾弾され和解などとは程遠い。
〈過去は変えられない。しかし未来は違う。今新たな子により変わろうとしている。猶予を下され〉
ヌーフの声だった。セリムを探し出して人と蟲との絆を繋いでもらおうとしているアシタカと、自ら前線に出ているヌーフ。偉大すぎる父にちっぽけな自分。他人の力を借りるしかないという不甲斐なさ。
「父上、すみません。僕は非力です。セリムを連れて行きます。その代わり……」
一人呟き、操縦ハンドルを強く握りしめてアシタカはそのまま直進した。その代わり身を盾にしてもセリムを守ろう。アシタカは唇を真一文字に結んだ。その時衝撃により体が大きく揺れた。操縦ハンドルに勢い良く頭がぶつかりアシタカの意識は途切れた。
目を覚ました時、足元が地についていない事にまず驚いた。何かで宙に釣られている、しかも動いていると顔を上げる。そこには鉛色があった。そして緑色の三つの目。それも沢山。飛行する何匹もの子蟲がアシタカを掴んで飛んでいた。丸くて胴体にフワフワとした水色の柔らかそうな毛が生えている。人間の顔くらいの大きさをした子蟲は周りにも飛んでいる。
「助けてくれたのか?」
返事は無かった。代わりに蟲の独り言が胸の奥に響いてきた。
〈ゴヤから来たのに王はもう帰れだって〉
〈ホルフルアピスの子はへんてこ人間に遊んでもらってた。ずるいずるい〉
〈ゴヤアピスの子も遊んでもらう〉
〈お土産お土産〉
まるで鼻歌みたいな無邪気な声が響いてくる。アピス?この飛行蟲達の名前だろうか。ゴヤは北東のグルド帝国領土内にある蟲森の名前。そんな遠いところからも蟲が集まっていたのか。アシタカは驚愕で声が出なかった。
〈ゴヤアピスの匂いがするへんてこ人間なのにホルフルアピスの子と遊んでた〉
〈へんてこ人間だからやっぱりへんてこりんだ〉
〈ヘンテコ人間〉
〈へんてこりん〉
〈ホルフルアピスの子の匂いがするお土産持って行く〉
〈きっと遊んでくれるよへんてこ人間〉
お土産はアシタカ。ならヘンテコ人間は?
--起きるまで遠くに行こう。ここは怖い。怖いよ。テルムを起こそう。テ、テ、テ、テ、テルム。ラステル姫の婿テルム。へんてこ人間テルテテテルム
そう言ってセリムを連れ去った子蟲の群れ。あれがホルフルアピスの子。アシタカは呆然と吹雪を眺めた。
--ホルフルアピスの子はへんてこ人間に遊んでもらってた。ずるいずるい
この状況で小蟲と遊び、異国の蟲森の小蟲にまで遊んでもらいたいと言われている友。セリムはとんでもない男だ。一体何処で何をしているのだろう。アシタカは大人しくしていた。この子蟲がセリムの元へと連れて行ってくれるのだけは明らかだった。
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