ペジテ大工房の至宝アシタカの演説

 ノアグレス平野に蟲が進行しペジテ大工房へさらに接近中


***


 ペジテ大工房緊急総会議へ大技師ヌーフ出廷命令。可決された案の承認要求。ドメキア王国軍と蟲の殲滅作戦が可決されていた。つまるところペジテ大工房の総戦力で眼前の敵を薙ぎ払う許可をしろということ。基本的には形だけの承認であり大技師は飾りである。本来は。


「大技師名代アシタカ・サングリアルは本件を承認せず棄却とする!」


 普段は議会席に着席しているアシタカ。突き刺さるような強制の視線と、嘆願の瞳が浴びせられる円形会議室の中央で叫んだ。途端に会議室中が騒ぎ出す。


「越権だ!」


「さすがアシタカ様よく言った!」


「両機関の可決だ!大技師と言えど拒否権は存在しない!」


「法の過大解釈だ!賛成者は恥を知れ!」


「滅びを受け容れるなど許さぬ!」


「アシタカ様は我らに死ねと申すか!」


 老若男女、七都市の代表である議会議員総勢三百五十名、それから護衛軍長官三十八名の罵声が入り乱れる。裁判長、大総統が静かにと叫んでも止まらない。


「裁判長!ペジテの大掟を述べよ!」


 血管が切れそうになるほど大きな声を出した。会議室をぐるりと見渡してからアシタカが裁判長ハンネルを見据えるとやっと静かになる。


「他国の戦に関与するべからず。侵略するべからず。先制攻撃するべからず。それが我らペジテ大工房の大掟です」


 纏う雰囲気からハンネルは味方のようだ。アシタカは大総統ネルへと目を向けた。澄ました顔をしているが、腹黒い強かな男だ。再審議はこいつの差し金だろう。


「大総統!我らの領地を述べよ!」


「外壁とその内側全てです。しかし実質的にはノアグレス平野も含まれるかと考えられます。どこの……」


「どこの国の領地でもなく中立だからか?ふざけるな!先程誰かが法の過大解釈だと発言したな。誰だ?起立しろ!」


 大総統ネルの言葉を遮って叫ぶとアシタカは会議室を見渡した。


「第二都市ハバルです!」


「ハバル議員に問う。我らの領地を述べよ」


 込み上げる苛立ちを出来るだけ抑えながら、アシタカは静かに質問した。


「外壁及びその内側です」


 ビクビクしながらハバル議員が答えた。アシタカが手で座れと指示するとハバル議員はほっとした様子で着席した。


「そうだ。昨日可決された通り静観せよ。ノアグレス平野の戦況は内紛だ。一般市民は地下室へ避難。護衛人であれど志願があれば避難対象だ。全員退避しても構わん。しかし攻撃は許さぬ!再審議の提唱者及び殲滅作戦提案者!それに賛同者全員起立せよ!」


 誰一人席を立たない。大総統ネルが会議室中を睨みつけている。


「異議あり!大技師一族の越権行為である!我らは民主主義。大技師一族は象徴であり指針であるが我らの統治への……」


 大総統ネルが口を開いたが、アシタカはまた遮った。


「大掟破りに関しては別だ!大工房法第一条を述べよ裁判長」


 裁判長ハンネルが胸を張って立ち上がった。


「大掟に添わぬ場合は大技師一族によりペジテ大工房内国民は国外追放と処する。その裁断は大技師の了承を得た場合にのみ実施される」


 アシタカはよく言ったと裁判長ハンネルに向かって大きく頷いた。


「再審議の提唱者及び殲滅作戦提案者!それに賛同者全員起立せよ!誰もいない場合は本件の可決は無かったということだが良いな」


 バラバラと人が立ち上がった。アシタカを睨むもの、怯えている者、侮蔑や軽視に不服の嵐。


「起立者は退席せよ。大掟破りの大反逆者として追放とする。第一親等まで全員追放だ!恥晒しが!」


 起立者は誰一人として動かなかった。アシタカは全員を睨みつけて顔と名前を記憶する。必ず処分してやる。


「異議あり!恥晒しはアシタカ・サングリアル!貴様の方だ!還俗し議会議員となった挙句に異国と勝手に協定を結び、更にはヌーフ様の体調不良を良い事に権力を振りかざすとは!」


 勢いよく立ち上がった大総統ネルがアシタカを人差し指で指差しした。賛同するように怒号が飛び交う。


「名代と認めぬ!」


「俗にまみれたお前などテルム一族ではない!」


「民から国を奪う裏切り者!」


「滅びゆく国を見捨てるのか!」


 今度は裁判長ハンネルが立ち上がった。


「侮辱罪を適応するぞ!アシタカ様はヌーフ様指名の名代だ!私が確認している!」


 今度は裁判長ハンネルの支援者が声を上げた。


「偉大なるテルムの大掟を破る方が滅びの道だ!」


「アシタカ様がペジテ大工房を見捨てるものか!」


「蟲に手を出すな!」


「アシタカ様は誰よりも国を思っている!」


 黙れ、静かにと声を上げても止まらない。大総統ネルと裁判長ハンネルが掴み合いを始めたのをきっかけに会議室中が取っ組み合いになった。


  バン!


 大会議室の大扉が勢いよく開いた。同時に護衛人がなだれ込んできて部屋を占拠した。どうやらドメキア王国だけでなくペジテ大工房も反乱らしい。アシタカは素直に両手を頭の上に挙げた。遅れてブラフマー長官がゆっくりと入室した。


「ドメキア王国軍が動き出しました。皆様の護衛に参っただけです」


 ブラフマーが静かに告げた。確かに銃口は床を向いていて護衛人は壁に張り付くように直立しただけだった。


「アシタカ様。ヌーフ様より伝言です。何をしに飛び何を得た?とのことです」


 アシタカの前に立ったブラフマーは小さく囁いて一枚の便箋を差し出した。


 【鳥の友は絆を結びに行ったようだがアシタカは何を成す?】


 ヌーフからの手紙を心の中で読み上げると崖の国の王、ユパの言葉が蘇った。


『ペジテは王を持たぬ国と聞く。いざという時に誰が孤独と恐怖に支配された避難民を纏め上げる?暴走を諌める?中立として防波堤となる?』


 セリムならどうする?あの男ならこの場で何という?ここが崖の国ならばレストニア王族はどう国民を導く?


「すまなかった!」


 アシタカは腹の底から叫んだ。力みすぎて声が掠れた。中央の出廷場の椅子の上に立つとアシタカはもう一度同じ台詞を叫んだ。


「先に言うべきであった!かつてテルムは滅びゆく世界から民を救った!ペジテは地下生活を忍耐強く耐え、世界を清浄へ導き再び栄えたという!何故だか分かるか?」


 返事は無い。しかしアシタカは続けた。


「我らが誇り高く偉大であったからだ!」


 騒めく会議室。それでもアシタカは続けた。


「国とは土地ではない!例え住居が失われようとも気高きペジテ人が生きている限り国はまた作れる!生きてこそだ!」


 次第にざわめきが小さくなっていく。アシタカは更に続けた。背中につけていた崖の国の王ユパより授かった短剣を鞘から抜かずに頭上に掲げた。

 

「ペジテ大工房が焦がれる風の大地!崖の国が我らを受け入れる!しかし古代のように蟲に手を出せば大陸全てが飲み込まれるぞ!」


 次第にアシタカの言葉が聞き入れられていくような気がした。アシタカは強引に自分の意見を突きつけたが反発心を生むだけだった。この場にいる大多数の者が感じているのは恐怖。自分や家族、愛する者の安全を欲している。アシタカはそれを提供する義務がある。


 ペジテ大工房の象徴であり信奉対象。救世主テルムの子孫。大技師一族。その最大の罪は偽りの伝承。テルムは古代の超科学技術で大陸を破滅へ導いた者の一人。その贖罪は子々孫々終わることはない。テルムの血を引くアシタカはペジテ大工房を守り抜かなければならない。


「また一からやり直すと言うのならば反対しない!侵略者を蟲共々殲滅し大地を破壊するのならまた長い償いが始まる!しかし我らは過去から学び二千年以上もの平穏を過ごしてきた!何故だか分かるか?」


 裁判長ハンネルがアシタカの足元に移動してきた。


「我らペジテ人は大陸一崇高な一族!敵と同じ道を歩む愚者ではないはずだ!」


 次々と賛同の声が上がる。だが大総統ネルとその支援者の半数程度は苦々しい表情を浮かべている。


「大総統ネル!その地位に相応しい英断。国を想うがあまりの殲滅作戦提唱!我らの家族は酷く不安に怯えている!希望の光を欲している!すまなかった」


 椅子から降りるとアシタカは大総統ネルの前に移動して深々と頭を下げた。


「追放などと軽々しく口にした非礼を詫びる。すまなかった。私はただ誰一人として死なせたくないのだ。例え国と呼ばれる建造物が滅びようとも、宝は民だ」


『憎しみで殺されるよりも許して刺されろ』


 刺されたら終わりだろう。理想論だと思う。だがどちらかが折れなければ意見はまとまらない。矜持や自尊心の押し付け合いでは何も解決しない。そういう意味の言葉だろうとアシタカは解釈した。


「いえ。アシタカ様。私こそ……その滅びなど許されないと。蟲が怒り出す前に対処せねばなりません!」


 そうだそうだと賛成の声が上がる。アシタカは再び部屋の中央へ戻り、出廷場の椅子に登った。


「ドメキア軍など我ら巨大要塞にヒビ一つ入れられやしない!テルムの子孫に伝わる秘術にて蟲の暴走を抑える!テルムは伝え残しているぞ。蟲に手を出さなければ滅びはしないと!蟲一匹に攻撃を加えれば大陸中から仲間が集まると!我らの信仰を忘れるな!テルムの教義に従えば輝かしい楽園へと導かれん!」


 独裁を許さないと誰かが声を上げた。ペジテ大工房は王を持たずに民全員で平和を培ってきた。その通りだ。


「我が名はアシタカ・サングリアル。テルムの再来として救世主となることを約束しよう!大技師ヌーフの予言、審判の再来が間も無く訪れる。眼前の蟲の進行だ!」


 こんな大嘘をセリムならつかないだろうなと自虐しながらアシタカは続けた。どんな手を使っても理想を求める。これは指摘されたように独裁であり全てが終わった時に絞首台から突き落とされるかもしれない。しかしアシタカは胸を張る。憧れていた大自然と共存する崖の国。生活は豊かではないが心はなんと豊かであったか。未来を担うペジテ大工房の子どもたちに見せてやりたい。だから国民にテルムの残した大掟を破らせてはいけない。


「アシタカ・サングリアルは蟲の民を見つけ出しこの地へ導いてきた!」


 心の中でセリムとラステルに謝罪しながらアシタカは大きく深呼吸した。会議室中が静まり返っている。心臓の鼓動が耳の奥で響いた。


「テルムは若草の祈りを捧げる!ペジテの始祖テルムと和解した蟲の女王の血脈を見出してきた!名はラステル・レストニア!同盟国崖の国の王子セリムの妃!アシタカ・サングリアルは蟲の鎮静作戦を提案する!」


 大総統ネルがすぐさま凛とした声を出した。


「その内容は?」


 反発心はかなり減っているような印象を受けた。アシタカの願望かもしれない。


「ラステル・レストニア妃による蟲鎮静。国民はヌーフ大技師の命令に従い避難。なお蟲かドメキア国軍が要塞まで50mを切ったら殲滅作戦を実行する!大技師権限で悪魔の炎の使用を許可しよう!反対者は腰を下ろせ!勿論この場にいる全員が票数対象だ!」


 争いの地へ招いたばかりかその中心へ友を押し上げる暴挙。作戦失敗となればアシタカ共々死刑台送りとなるかもしれない。彼等に裏切り者だと殴られるだろうか。セリムとその妻ラステルならば許してくれるだろう。いや、任務失敗となれば皆死んでいる。許される事も叶わない。生き残らなければ、そして死なせてはならない。

 

 争わないようにと考えるのが何が悪い。


 血が流れないようにと願う事が悪い筈がない。


 アシタカは理想を追う。もう一人ではないから力強く踏みしめてその道を歩く。


 誰一人として座らなかった。アシタカはすぐさま大会議室から去った。何としてでも作戦を成功させなければならない。

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