大工房ペジテにキング潜入

 まだ秋だというのに雪がちらつくノアグレス平野。一面雪景色になればティダ唯一無二の親友、大狼王狼ヴィトニルの白い体躯は雪と同化するだろう。わずかに舛花色ますはないろの頭部から背中にかけてだけが王狼ヴィトニルの存在を見出す目印。


「作戦は以上だ。だがお前は故郷へ帰れ。山を守れ。必ず迎えに行く。お前の死は許さぬ」


 柔らかな毛並みを撫でてティダは王狼ヴィトニルから鞍を外した。それから剣と短剣、短旋棍トンファーを鞍の横に置く。身を守る武器はもう何もない。王狼ヴィトニルがティダの周りを一周して鞍を口で噛んで持ち上げ放り投げた。それから前脚で短旋棍トンファーを軽く蹴る。短旋棍トンファーも鞍もティダの脚にぶつかった。


「この地で共に死ぬか」


 王狼ヴィトニルが小さく吠えた。


「山が死ぬぞ」


 グルルルルルと王狼ヴィトニルが唸ってティダに牙を剥き出しにした。


「死んだら噛み殺すというわけか。ならば待て。死の神に心臓を刺されても馳せ参じよう。共に山へ帰る」


 片膝をついてティダは王狼ヴィトニルの首に抱きついた。それから鞍を装着し直して武器を括り付ける。王狼ヴィトニルが防護布に覆われたティダの頬に顔を寄せた。


「しばしの別れだ。また会おう我が親友にして偉大なる王」


 サッと立ち上がりティダは振り返らずに歩き始めた。王狼ヴィトニルが背中で三度小さく吠える。最大の敬意に見送られてティダはペジテ大工房へと向かった。


***


 上空から数度見たことがあるペジテ大工房。円形都市が7つ。透明な窓のような凸屋根がついた小都市を更に大きく囲う二重の砦。大陸一の科学技術を有するペジテ大工房のその屋根は砲弾を撃ち込んでもヒビ一つ入らないらしい。最外層の砦は外界から身を守る為に砲台が連なる。侵略しようと試みれば砲撃だけではなく火炎や槍、酸までも降り注ぐという。不可侵を掲げるペジテ大工房の強大すぎる自己防衛力。ペジテ大工房の別名は巨大要塞。


「前回は威嚇射撃してきたが、今回はどうかな」


 ティダは前回と同様に右手に白旗、左手にベルセルグ皇国黒国旗を握ってそれを引きずりながら巨大要塞の関所門へ足を進めた。ふわふわと舞い落ちる雪が夕日に染まる。動物一匹寄り付かない巨大要塞前の平野にはティダの足跡と、旗を引きずる音だけが響いていた。そこに微かな機械音が聞こえてきて、ティダは周囲をうかがった。


「飛行機か?」


前方左手上空、黒煙がティダの方角へと向かってくる。速度が速くあっという間に近寄ってきて飛行機だと分かった。見たことのない形をした飛行機。


「双頭竜。ドメキアとは形が違うか?」


 機体に飾られたエンブレムは双頭竜だが互いの背中を食らっている。その飛行機はガタガタと前後左右に揺れながら徐々に速度が落ちていった。ティダの上空を飛行機が通り過ぎた時に操縦座席から一人飛び降りた。パラシュートが開く。別の操縦席にはまだ人が残っていた。その人は体をよじって、墜落しそうな機体を必死に持ち上げようとしているように見える。パラシュートがティダ目掛けて飛んできた。雲の流れの速さからいって、こちらへ飛んで来るのは不自然なのに迷いなく飛行して来る。パラシュートが着陸するとティダの左脇を転がるように去っていった。


「大丈夫か?」


 ティダは駆け寄ってパラシュートに埋もれた人物を探した。


「痛ってー!だからエンジンが壊れるって言ったのに!それに無茶振りを!」


 男の声だ。ティダがパラシュートをどかす前にそいつは叫びながら自力で立ち上がった。視線がぶつかった瞬間にゴーグルの奥の青い瞳が恐怖で歪んだ。目の周りは白い肌。ドメキア人か?


「あ、あ、あ、あの!いっ、一緒に来てください!」


震える声でそう告げると男はティダから目を逸らしてパラシュートを体から外していった。それからもう一度ティダを見下ろした。背はティダより高い。だが身体は細くあまり鍛えられていなそうだ。


「ま、まだ友が!た、たす、助けてください!」


 脱兎の如く走り出すと男は飛行機に向かっていく。ティダはすぐ追った。飛行機は今にも地面にぶつかりそうだ。操縦席で男が踠いている。飛行機まであと100mもないところまでくると男は止まって上下に揺れる機体の旋回を目で追った。ティダは隣に並んで男を見上げる。


「あいつは脱出できないのか?」


「あ、あの。僕の名前はパズーです」


 質問の答えになっていない。ティダがパズーへ体を向けると、パズーは一歩後退りした。しかししっかりとティダを見据えてきた。


「ティダだ」


 短く告げるとパズーはビクビクしながら両手を挙げた。


「やっぱり……。アシタカの言う通りだ」


「どういう事だ?」


 飛行機の騒音が近づいてきてパズーが視線を動かしたのでティダもチラリと目線を向けた。まっすぐこちらに飛行機が突っ込んで来る。正確にはやや右側に逸れた方角。操縦席にいる者と目が合った。凛々しく決意のこもった瞳。こいつがアシタカか?踠いていたのが嘘のように、揺れていた機体が幻のように飛行機は安定して飛行する。そしてノアグレス平野に胴体着陸した。瞬間操縦席から操縦者が飛び出す。汚れきった白い装束に黒いズボンはペジテの古き民族衣裳。ティダは拳を握って身構えた。


「我が名はアシタカ!ペジテ大工房大技師の息子!」


 そう叫んでアシタカは両手を挙げて飛行機の前で足を広げて立った。ティダが今一番会いたいと言っても過言ではない相手。一体何を企んでいる?パズーがアシタカに向かおうとしたのをティダは足を引っ掛けて転ばした。それからパズーの背中に右足を叩きつけた。パズーが呻いたがアシタカは微動だにしなかった。


「何故助けぬ。こいつはお前を友だと言ったぞ」


 さあ何と答える。こちらへ攻撃してくるのか?


「手を出さぬと確信したからだ!ベルセルグ皇国ティダ皇子とお見受けする!先日の忠告に礼を言う」


 こいつ誰だか分かっていて着陸したのか。パズーのようにどもりもしないアシタカ。迷いのない黒い瞳が気に入った。それに度胸も。しかしもう少し探るか。


「先程は油断させて俺を殺す気だったか?」


 右足に力を込めるとパズーが痛いと叫んだ。アシタカの殺気のなさから違うと予想はしている。ティダが予想するアシタカの行動理由には正直敬意を示さねばならない。ティダの大義のために。はたして正解なのか。


「我が命の恩人をペジテ大工房へ招く。その大義名分を謝礼として渡しにきた。僕は貴方と話がしたい」


 決意のこもった目と着陸直前の飛行機の様子で分かった。目的があって飛行機を操縦していると。その答えがこれか。飛行機を墜落させない高い操作技術を有し墜落を偽装。パズーでティダを誘導してティダの前に胴体着陸。実に過激なパフォーマンスだ。


「ふははははははは!随分と豪気だな!まさかこのような男が空から降ってくるとはこちらこそ願っても無い!」


 ティダはパズーの背中から足をどかすとパズーの腕を掴んで引き上げた。


「すまなかったなパズー。ティダだ。一発殴ってくれても構わない」


 握手をと思って手を差し出したがパズーは折角起こしてやったのにへなへなと座り込んだ。


「殺されるかと思った……」


 泣き出しそうな情けない声でパズーが呟いた。ティダはパズーの前にしゃがみ込む。もうじき日が落ちる。最後の輝きといわんばかりに茜色がノアグレス平野を染め上げていく。


「勇猛だったぞ。俺はドメキア王国シュナ姫の婿ティダ。祖国はベルセルグ皇国。無礼を謝ろう」


 パズーは目を丸めて呆気にとられた様子だった。アシタカは無言でティダとパズーをジッと見つめている。ティダはアシタカを無視してパズーの顔を覗き込んだ。怯えている青い目の奥にチラリと火が灯ったようで揺れが止まった。パズーが立ち上がってグッと胸を張る。ティダを見下ろすのかと思ったらパズーは斜め上に顔を向けて空に向かって叫んだ。


「え、エルバ連合崖の国のパズーです!や、よろ、よろしくお願いします!」


 体を折るとパズーは右腕を差し出してきた。聞いた事もない国の名。兵士には思えない男。そしてペジテ大工房の御曹司の友。おそらく陰謀だとか策略とは無縁な育ちであろう様子。珍妙だがアシタカよりも信じられる。ティダは立ち上がってパズーの右手を掴んで握手を交わした。


「ほう、エルバの民か。もう一度問う。何故ペジテ大工房の御曹司と共にいる」


 そう尋ねながらティダはアシタカへ視線を投げた。アシタカはパズーと話せと言うように顎でパズーを示した。自分よりもパズーと話した方が信じられるだろうと言いたいようだ。アシタカという男をまだ測りかねる。困ったように視線を泳がせていたパズーもアシタカに促されてやっとティダを見た。


「あー。成り行き?です」


 は?思わず呆れ声が漏れた。パズーがビクリと体を強張らせる。


「えっと。あの。崖の国にアシタカがやってきた時の飛行機が災害で海に沈んで……だ、です。それで……」


「送りに来たのか。臆病そうなのに大胆だな崖の国の王子というのは」


 途端にパズーの目がまん丸に変わった。


「王子?僕は単なる機械技師です」


 その方がしっくりくる。このような愚鈍な王子の崖の国と大陸一の権力者ペジテ大工房が手を組むとは考えにくい。しかし兵士でもない男がペジテの御曹司と二人きりというのは更に奇妙だ。


「ほう。してその機械技師がどうして遠路はるばると西の果てまで」


「え、いや、その。成り行きです」


 流石に同じ台詞にうんざりした。話が進まない。こいつは頭はあまり良くないのか?苛立ちが伝わったのかパズーが目を泳がせる。途端にアシタカが笑い出した。快活明朗な声にティダは眉をひそめた。


「本当に彼は僕に巻き込まれただけなんだ!歩きながら話そう。飛行機がそろそろ爆発する。パズーはティダ皇子の肩を借りろ。名目が必要なんだ」


 そう告げた瞬間飛行機から嫌な音がし始めた。ティダは迷っているパズーの腕を肩に回して引きずるように歩き出した。敵意のないペジテの御曹司に臆病で頭の回転の鈍そうなエルバの機械技師。


「先に言っておく。中々気に入った。お前達」


 自分より背の高いパズーは案の定軽かった。


「僕は全裸の君を要塞前で見たときから尊敬している」


 ペジテ大工房に前回同様の姿を示して捕らえられるか、カールと接触予定の者を脅迫して潜入する筈だった。それなのにこの珍事。ある程度拷問も覚悟はしていたというのに、大歓迎してくれる者が空から降って来るとは夢にも思わなかった。ティダの大義への女神の後押しが、それとも罠か。アシタカのこの気さくさ、良く回る口、果たしてどんな悪意が滲んでくるかティダの胸は少しワクワクした。いつだって自分の小さな脳では開かれる運命は読めない。


「えーっと話が見えないんだけどアシタカ?」


 そうパズーが口にした直後にティダは走り出した。アシタカが僅かに遅く、されど殆ど同時に「走れ!」と叫んだ。轟音と熱、それに暴風背後から急襲してくる。嵐の到来を告げるには少々激しすぎる鐘の音だとティダはほくそ笑んだ。


***


 まだ轟々と火柱の音が鳴る。吹雪き始め、追い風により黒い煙が背中から降り注ぎ視界も悪い。体格差で動き辛いのでティダはパズーを一度放り投げた。それから素早くパズーの口を押さえて左足首を力一杯捻りあげた。パズーの苦悶の声がティダの掌を振動させる。気がついたアシタカが身構えているのが視界の端で確認された。


「すまん。嘘には信憑性を作らねばならん。さあ背に乗れ」


 どちらかというとアシタカに向かっての言葉。恐らくこのパズーという男は状況を理解していない。反撃する度胸もなさそう。すっかり怯えているパズーはやはり動かなかった。捻られた足首を両手で抑えて呻いている。やり過ぎたか。ティダは伸ばした手をそのままにパズーを見下ろす。気概があるなら殴られてやろうとティダは全身隙だらけでパズーに相対した。


「人生で一番の災難だ。セリムの大馬鹿野郎」


 ティダの手を握るとパズーのゴーグルが曇った。涙のせいだろう。パズーの手は震えているがティダを力強く握った。


「怒らないのか?先程も言っただろう。殴っても構わん」


「誇り高いレストニアの民は敵意の無い者へ殴りかかったりしません。例え足をいきなり捻られても!というか怖すぎて無理!」


 ぐずぐずと鼻をすする情けない声と台詞とは裏腹にパズーは胸を張った。


「理由があるんでしょう。それも悪巧みじゃないね。目がそういう目だ。王子達ってこんな奴らばっかだ。自分勝手!」


 曇りが消えたゴーグルから怨みがましい視線が向けられた。それはアシタカにも投げられた。


「度胸があるのか小心者なのか分からぬな!益々気にいった!」


 ティダは腰を下ろしてパズーに背中を向けた。アシタカへ対しても無防備になる。パズーは素直にティダの背に乗った。


「パズー。君は流石セリムの親友だけある」


 隙だらけのティダを無視してアシタカはパズーの肩を叩いた。


「セリムとは?」


 王子達というパズーの話し振りから十中八九崖の国の王子だろう。


「そのうちここに来る我が国の王子です。あいつのことだから絶対来る。そうだろうアシタカ?お前達何かを企んでるんだ」


 マスクとゴーグルで隠れていてもアシタカが苦笑いするのが分かった。パズーはすっかり頭に血が上っているのかティダの背中でブツブツとセリムという奴の文句を漏らす。「肝心なことは話さない」「自分中心」「何なんだよ」「いつもこうだ」「馬鹿野郎め」その台詞達からはセリムという王子の人物像の姿は固まらなかった。役に立たない情報をティダは無視することにした。


「セリムと二人でこのティダ皇子と接触しようと考えてたんだ。ペジテとベルセルグ皇国。いずれはドメキア王国との橋となる人だ」


 断言してもアシタカの目には懐疑が滲んでいる。逆の立場なら当然ティダもそうなる。自国でなら受け入れても反撃しやすい。ティダのいう男を見定めようと一歩引いた様子、それでも相手をまず信じようとしている点にはやはり好感が湧いた。大都市にはこのような男が一人くらいいるであろうと考えていたが、ペジテの御曹司というのは中々その立場に相応しく育てられているようだ。ドメキア王国やベルセルグ皇国とは違うのか、シュナのようなただの突然変異か。


「過大な期待に感謝しよう。残念ながら四面楚歌さ。本国には宿敵に売られ、婿入り先では早速敵地へ送られ。生き残る為に来た。ただで死んでやるか」


「また密告するのか?僕にはあれがただの自己保身には思えなかった」


「客としてもてなすなら考えよう。こんな顔も見えぬ状態で、すすだらけの汚れた体で交渉するのがペジテ流か?」


 冷静でいるかと思っていたらアシタカは侮辱に目元を歪めた。それを必死に抑えるように拳を握っている。自制により出来た人間の仮面を被っているという訳だ。そういう人間は嫌いじゃない。数日前に契りを交わしたシュナが脳裏を掠めてティダは鼻で笑った。似ているかもな。


「すまない。その通りだ。それにそろそろ足も痛い」


 ふいにアシタカがよろめいた。パズーの身体を片手で支えて倒れこむアシタカを左腕で受け止めた。服越しでも分かる。酷い熱だ。ティダはパズーを下ろしてアシタカを仰向けにし、全身を確認した。黒くて目立たなかったが左ふくらはぎから出血しているのかズボンの半分より下が血で濡れている。ティダの灰色の手袋が血で染まっていった。


「アシタカ!」


 パズーが呼んでもアシタカは意識を朦朧とさせて力なく頷くだけだった。ティダは外套を外してアシタカの太腿を縛った。


「これじゃあ穏便にペジテに入国できるか怪しいな」


 ティダは舌打ちしてから足首に巻いておいた音弾を掴むと地面に叩きつけ素早く耳を塞いだ。それでもキィーーーーーンと大きな耳鳴り音が鼓膜を震わす。パズーも耳を抑えて身を竦めた。大地をかける勇猛な音が近づいてくる。


「ひいいいい!」


 矢の如く早く駆けつける王狼ヴィトニルの姿にパズーが小さく悲鳴をあげてティダにしがみついた。王狼ヴィトニルがパズーに大咆哮すると恐怖で振り切れたのかパズーは気絶してしまった。


「おいおい手間が増えたぞ。早くも再会だなわが友よ。すまないがあの危険な要塞前まで送ってくれ」


 王狼ヴィトニルが小さく唸り後脚を折った。ティダはパズーを右腕に、アシタカを左腕に抱えて立ち上がった。それから王狼ヴィトニルに跨る。


「さてあの大要塞は俺を受け入れるかな。王狼ヴィトニル頼む!」


 成人男性三人を乗せても、雪が積もり始めた大地でも王狼ヴィトニルは力強く駆ける。屈強で誇り高いティダの唯一の親友。腕に抱えた二人はティダの何になるのか。想像すると絶望の淵にわずかな光が見えるような気がしてティダは高笑いを響かせた。


***


 望遠鏡で一部始終を観察していた護衛隊の長官達は護衛人全員待機を言い渡して緊急会議を開いた。第十班隊長ブラフマーは賛成に票を入れた。二十四対十六で賛成多数。向かって来る男を関所門を通過させて取り囲むとの決定にペジテの巨大要塞は口を開けた。


 まさに沈もうとする巨大な夕陽を背に飾り、威風堂々と大狼の背に乗る男。ブラフマーは四十年以上もの年月で初めて武者震いした。ベルセルグ皇国の敗北知らずの狼兵士が巨大要塞の口に怖気もせずに食われる。その腕に抱えられたペジテの御曹司アシタカ。それから正体不明の男。護衛人が銃を向けてぐるりと取り囲んでも大狼兵士は微塵も動揺を表さない。その昂然こうぜんさに皆が息を飲む。ブラフマーもまた体を震わせた。湧き上がる畏敬。ブラフマーは狼兵士の正面、最前列で銃を構えた。


「我が名はティダ・エリニュス・ドメキア!ベルセルグ皇国第三皇子にしてドメキア王国シュナ姫の婿である!ハイエナと毒蛇の裏切り者だ!煮るなり焼くなり好きにしろ!この二人は治療してやれ!」


 大狼が頭を振り上げるとティダはその反動を利用するように宙へ飛んだ。人間二人を抱えたまま楽々と着地する。それから腕で抱えていた二人をそっと地面に下ろした。そこまで背は高くないし大男でもない。しかし怪力なのは相当鍛えているのであろうか。ゴーグル越しの鋭い目が爛々と輝いている。護衛人一同が怯んだ隙に大狼が閉じようとしている関所門からするりと脱出していった。閉じられた関所門に銃弾が数発めり込んだ。ブラフマーは去っていった大狼の背に武器がぶら下がっていたのを見逃さなかった。ティダの全身を観察すると、丸腰か大した武器は仕込んでいないように見える。


「恩人だ!丁重にもてなせ!目が覚めた時に我が側にいなけれ……ば……」


 自力で立ち上がりそう叫ぶとペジテの至宝アシタカが言い終わる前に崩れ落ちた。


「アシタカ様!」


 駆けつけたブラフマーよりも早くティダが横抱きにしていた。さっとアシタカを抱き上げる。


「運んでやろう。案内しろ!」


 その堂々たる皇子の姿にブラフマーは思わずひざまづいていた。戸惑う護衛人達も銃口を下ろしていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る