戸惑いの日の出

城が雲の上に浮かぶ島のようになる、秋の日の出はセリムのお気に入りの景観の1つだった。


「自慢ですか?」


冷たく感情を抑えた声。そんなつもりはなかった。傲慢だと指摘され、そういう捉え方もあるのかと胸の内で自省する。

彼女達が望むのならば、この厳しくも美しい国で共生したい。至極単純な事なのに、人というのはすぐに掛け違う。ただ話し合いを求めているのに、何故こんな風に拗れてしまうのだろう。上から目線、そう指摘された。そのせいだろうか。もっと言い方や、時期があったのか。


「お前はいつも前のめり過ぎる、熟孝する事を覚えなさい。」


父親の口癖を気に留めているつもりだが、中々実行出来ていないのだろう。一先ず交渉の場は設けられそうだが、今の自分では上手く事が運ばないかもしれない。まずは単身で信頼を得るべきなのか、それともユパにだけでも相談するべきか。


燃え盛る炎のように崖の国を照らす朝焼けに、ラファエの零した涙の理由を問いかける。


美貌が霞む、憤慨と憎悪に歪んだ彫刻のような顔。朝日が赤く染めて、まるで血のような雫。


「化け物か・・・。」


エルバ連合の各国王達を迎える前に、少し休もうと体を回転させた。それと同時に屋上にアシタカが現れた。怪訝そうにセリムを見つめ、それからゆっくりと向かってくる。


「おはよう。」

「何をしていたんだ?」


えらく不躾に問われた。苦虫を潰したような顔。


「朝日を見に来たんだ。」

「1人で?」


浮かぶ懐疑に、セリムは否定の意思を伝えるために頭を横に振った。


「ラファエさんとすれ違ったのか。」

「あの佳人、泣いていた。うら寂しい様子だったよ。」

「それならまだ良い。僕には悲憤の表情に見えた。」


アシタカが隣に並んで壁外に腕を伸ばした。


「伴侶がいるのに、他の女に手を出すとはあまり関心しないな。この国が一夫多妻なら謝罪する。」


こちらを見ない横顔は物憂げだった。朝雲は晴れ、橙も消えゆく1日の始まり。

けれども海へ畝る風、湿気の匂いが強い。昼過ぎに晴天を一雨が貫くかもしれない。


好機に忍び寄る影か。


「ラステルは妻ではないよ。まだ。」

「まだって。」


食って掛かってきそうなアシタカに、大きく首を振った。


「ラファエさんはラステルの姉。僕が2人を収穫祭に招いた。彼女達の里とも、ラステルの家族であるラファエさんとも友好を結びたい。けど……。」


セリムは肩を竦めて両手を肩まで上げた。


「前途多難。あの目に燃え盛ってたのは憎しみだった。困ったよ。」

「まだって、いずれってことか。ふーん、似てない姉妹だな。」


弛緩した様子でアシタカが城壁にもたれかかった。その隣に同じように並び、一息つく。


「乳姉妹だからね。」

「それにしては纏う雰囲気が違いすぎるな。」

「僕もそう思う。」


ラステルが野に咲く愛くるしい花なら、ラファエは鋭い棘で身を守る豪華絢爛な薔薇。


「で、どうしてそんなに怒らせたんだ?まあ、僕にはそうは見えなかったけど。あの表情は……。」

「信号弾!」


身を乗り出して薬草園向こうの丘から上がった、鋭い黒煙に目を凝らす。人影が3人。うち1人は腰を抜かしているのか座り込んでいる。

服装は衛兵。位置的に砦の巡回警備から帰国途中だったのかもしれない。


「あれ、蟲か?」


同じように体半分を城外へ出したアスベルが目を細めた。


「ガン?」


よく見覚えのある蟲の姿。羽をやたら落ち着きのない様子で羽ばたかせているが、飛びはしない。黄色く染まった3つ目がチカチカと点滅している。


セリムがオルゴーに駆け寄るとアシタカもすぐ後ろについてきた。


「予備のマスクしかない。ゴーグルも。」

「襟を上げれば簡易マスクになる。目は何とかするさ。人手は多い方がいいだろう!」


よれていた襟首を伸ばすとアシタカの鼻までしっかり覆われた。それを確認してセリムは用具入れから風笛と予備の防護マスクを引っ張り出した。風笛を首にかけると武器庫の扉を開いた。

鉈長銃を掴みアシタカに放り投げた。続けてクロスボウも渡して、矢の入った円筒を肩から下げた。


「こんな誰でも入れる所に物騒だな。」

「それは後で。乗れ!武器を片手で抱えて反対の腕で舵しっかり掴んでいろ!」


安全装置をアシタカにだけつけて、彼の体制を確認した。


「エンジン全開!」


滅多に使わないエンジンペダルを踏み込む。風を引き裂いてオルゴーが飛び出した。両柄を力強く握り両足を踏ん張る。飛べば数分もかからない場所だ。


割と乱暴に着陸すると、アシタカから鉈長銃を引ったくり、セリムはすぐに走り出した。アシタカは急な飛行に目が回ったようで、少しおぼつかない足取りで歩き出した。


「セリム様!」

「あれ、あの、急に!」


セリムの姿を捉えたのだろう、オットーとベルトルトが叫び駆け寄ってくる。座り込んでいる誰かは置き去りなか。


「戻れ!誰か残してきてるんだろう!」


全速力で走ってくる2人に叫び返した。


「怪我はしてません!だからもうすぐ来るはずです!」


走ってきた2人は安堵のためかセリムの眼前で足を止めて、体を折って荒い呼吸をしている。それに怒鳴るように言葉を投げた。

「私の後ろでいいから、着いてこい!」


迷う顔が近づく。


「セリム様、ある程度人数が増えたら……。はあ、はあ……。トマもじき……。セリム様!」


オットーの台詞を無視して、セリムはそのまま走り続け、2人の横を通り過ぎた。城の屋上から、オルゴーの上から確認した限りでは、丘の頂上の少し向こうにいるはずだ。


いた。


震えて腰を地面にへばり付けながら後ずさるトマ。その前にやや小ぶりなガンがギギギギギと短い声を周期的に繰り返している。


交互に動く8つ羽のうち、1枚がぼろぼろに破れていた。凹凸激しい鉛色の身体は泥だらけで、所々木の枝が刺さって緑の体液が零れ落ちていく。痛々しい様に、黄色く染まった点滅する瞳。


「迷ってきたのか。」


ギギギギギ


ギギギギギ


絞り出すように助けを乞うような短く、悲痛な鳴き声。


「セリム様……。」


足に縋り付いたトマと傷だらけの迷い蟲。


蟲は蟲を呼び集める。


その体に毒胞子を纏って。


取り出した仕込み鉈に、完全に顔を出した太陽が戸惑うように光を伸ばした。







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