鳥人

紅の炎が燃え上がり


大地が震える


風の友人は根を越えて絆を繋ぐ


その者鳥の人



幼い頃に聞かされた言い伝え。父の寝具に縫われた刺繍。ケチャはこの鳥人の話が子供ながらに恐ろしく、今でも苦手だった。城婆のおどろおどろしい話し方がそれに拍車をかけたのだろう。


「父上、お話とはなんでしょうか。」

「セリムが他国から我が国へ友人を招きたいというのだ。滞在中その世話をしてやって欲しい。収穫祭前後の1週間だ。」

「他国からですか?」


飛び回っているうちに友人を作ったのだろう。弟の人懐こさを危ういと思いながらも、羨ましいとも感じる。

ジークの隣でユパが溜息を吐いた。


「ドドリア砂漠の民だそうだ。族長の娘とその付人だという。こちらから正式に挨拶をと言ったのだが、自分が済ませたと聞かないのだ。元々交流もない民。よって来賓としては扱わない。しかしながらそれなりの対応はせねば。」

「まあ良いではないか。植物でも蟲でもないものにやっと興味を示してくれたようだからの。」


ジークが目を細めて微笑んだ。自分共々、末の息子を孫のように愛でる父親の慈愛に満ちた瞳がこそばゆい。ここのところのセリムの落ち着きのなさと、その意味を理解してケチャもつい笑った。


「今回はエルバ連合の各長を招いてセリムのお披露目です。例の見合いもだったのに、そこにこのような事。」

「まあ、本当に縁談を交渉していたのね兄様。」

「あの放蕩者には早く所帯を持たせねばと思っていたら徴兵の可能性。折角ならばエルバの中枢へとも思ってな。」

「放蕩だなんて、あの子は自分なりにこの国を守ろうとしているのですよ。」

「百も承知。されど身を固めて地に足つけて貰わねば困るという事だ。」


また大きく溜息を吐くとユパがガシガシと短い髪の毛を撫でた。ジークが寝台から手を伸ばして、息子の肩に手を置いた。


「あの子は鳥人だ。縛り付ける事は叶わないだろう。」

「鳥の人。」

「言い伝えではなく、そう渡り鳥のようなものだ。この地に帰りはしても、留まりはしない。」


ユパが寂しそうに微笑んだ。


「近々、エルバへ兵と物資を出さねばならない可能性が高い。」

「兄様、それでセリムの心配を?」


細々とした交流しかないが、エルバ連合は古い盟友である。この地で自らの生活だけを考えて暮らしていけるのも、不可侵を約束し国境沿いで戦火の火種を引き受けているエルバ連合あってして。ケチャとてそれは王族として理解している。兄は自らが戦地へ赴くつもりなのだと、胸が熱く、悲しくなった。

父親の大叔父からこの時代まで召集がなかったのは、バルツールの供給と製作支援のお陰であった。それでも足りないという事は、外国で不穏な兆しがあるのであろう。


「お前にはいてもらわねばならぬ。私も明日にも分からぬ身である。クワトロとドーラだけではカイへの指導は足りぬ。」

「父様、ではセリムを?」

「エルバへ婿に出してと、思っていたのだがな。こうなっては気も引ける。」

「ひとまずセリムの招く客人を見定めるのが先決だ。ただの友人であれば縁談を行い、セリムを輿入れさせる。あの様子では恐らく違うと思うがな。」


苦笑いしながらユパはもう1度頭を掻いた。ここのところ妙に浮ついているのはケチャも感じていた。未だ少年のようで、女にも酒にも興味を示さなかった弟の新たな一面。

予感はしていた。


「そのお役目、私に。」

「女同士の方が勘も働く。よく見てやってく例。」


渡された鍵を手にケチャは王室を後にした。兄様は亡くなった義姉様を愛し、後妻は娶っていないのだという。1度も会う事は叶わなかった義姉の肖像を、時折眩しそうに見つめる無骨なユパの姿は印象的だ。

可愛い弟に温かい所帯をというのは兄の望むところなのだろう。

しかし、兄はこの国の要。時期後継者のカイはまだ少年だ。父親のクロトワに似ず、叔父であるユパの血を引くような統率性を有していてもまだまだまだ若い。幼すぎる。

機械技師筆頭のクロトワを出すわけにも行かないし、そもそも兄の性格と腕ではすぐに命を奪われるだろう。


セリムをエルバへ。


その妥当性はケチャにも判断できる。


「鳥人か・・・。」


弟にあのような表情をさせるのはどのような人物なのだろう。ケチャは来賓寝室へと向かいながら、セリムはこの件で飛び立つことになるような予感がして小さく身震いした。

何故だかユパの思惑が外れる気がしてならない。


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