第12話 かまちょな彼女と学校帰り

 夕方の六時ごろを過ぎた頃――。

「ただいま」

 今日も千寿が俺の家にきた。

 学校帰りに直接寄ったのだろう、紺色のセーラー服姿だ。

 突然だが諸君、俺は紺のセーラー服が好きだ。

 某少佐のように演説をするつもりは毛頭ないが、ただセーラー服は紺に限る。

 そして千寿はひいき目に見ずとも美人だ。

 そんな彼女が紺色のセーラー服を着ている。

 美人と紺セーラーの組み合わせは足し算ではない、掛け算だ。

 つまり何が言いたいかというと、制服姿の千寿は俺にとって癒しなのだ。

「お疲れ」

 労いの言葉をかけながらさりげなく振り返り、目の保養にはしる。

 そのとき。

「ふうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ」

 めっちゃ深いため息をつかれた。

「ひぇ」

「……どうしたの?」

 ぐったりとうな垂れながら千寿が首をかしげる。

「いや、ドン引きされたのかと思って」

「……?」

 どうやら俺の密かな楽しみがバレたわけではなかったようだ。

 よかった……。

「いや、なんでもない。それより千寿こそどうしたんだよ、そんな深いため息ついちゃって」

 追及されても気まずいので話を進める。

 すると。


「かまちょっ!」


 千寿が吼えた!

「いきなりか!? しかも今日のはちょっと強めだし!」

「う~~~~~~~~~~」

 そして俺のベッドへとダイブし、枕を抱きかかえながら転がる。スカートが太もものあたりまでめくれあがっているが、彼女はお構いなしだった。

 コロコロ。

 荒れておる……。

 コロコロコロ。

 俺の癒しが荒れておるっ。

 ピタリ。

「自分が嫌になる」

 うつ伏せになって止まった千寿がぽつりと漏らした。

 そして、ベッドに腰をかけるように座る。

「……学校で何かあったのか?」

 俺が尋ねると、少し間を開けてから彼女が口を開いた。

「私ね、周りから頼られることが多いんだ。別にそれ自体はいいの。嫌々頼まれごとをやったことなんてないし。でもね、そんなことばかりしてたから友達や先生から“優しい”とか“頼りになる”とか言われるようになっちゃって……それがちょっと窮屈」

 千寿の枕を抱く腕に力が入る。

「みんな勘違いしてる。私は周りの人たちより前向きな意欲がないだけ。自分がないし、波風立てたくないから安請け合いとかしちゃうんだよ。私は別に優しくなんてない……っ」

 千寿が下唇をきゅっと噛みしめる。

 千寿自身の過小評価。

 周りの過大評価。

 その齟齬を上手く受け流すことが出来ず、自分が嫌になっちゃってるってことか。

 これは難しい問題だよなぁ。

 自分のことなんて自分でも分からないことが多いってのに。

「千寿」

 俺は俯いてしまっている彼女の頭にそっと手を置いた。

 そして。


「気のせいだ」


 親指を突き上げてそう言ってみせた。

「え?」

 虚を突かれたように目をぱちくりとさせる千寿。

「本当に優しくない人間はな、こんなことで落ち込んだり悩んだりしないよ。だから千寿は優しいよ、間違いない」

「え? え?」

「それに裏表のない人間なんて俺はどうかと思うぞ。だってそれって悪い意味で空気を読めないってことじゃん。猫かぶりでいいんだよ、猫かぶり最高っ」

「え? え? え?」

「ただ――」

 忠告するように人差し指をぴっと立てて、

「俺にだけは千寿の全部を見せてくれ」

 そう続けた。

「……」

 俺の矢継ぎ早な主張にぽかんとしていた千寿。

不意にふっと吹き出した。

「あはは、何今の。シゲくん作家なのに言うことが雑すぎだと思う」

「うむ。別に高尚な言葉を並べるだけが作家じゃないのだ」

「しかも私の全部見せてとかどさくさに紛れてえっちなこと言われたし」

 じろり。

 非難の色をした視線でねめつけてくる。

 し、しまったぁ!

 確かに言葉通りに受け取られるとアウトすぎる!

「あっ! ちょ、それは誤解で――」

「冗談」

 千寿の表情が和らぐ。

「ぐむ……」

 どうやらからかわれてしまったらしい。

 くそぅ。

「慰めてくれてありがとう」

「別に。年寄りの冷や水みたいなものだ。寝たら忘れてくれていいぞ」

 急に照れ臭くなったのでそっぽを向くと、千寿はまたおかしそうに笑った。

「先ほどは取り乱してしまって申し訳ありませんでした。心機一転、新しい滝ノ沢千寿さんにご期待ください」

「なんか打ち切り漫画みたいだが、まあその調子だ」

「そう言うことだから――」

 千寿が俺の前まで来てちょこんと座る。


「かまちょ」


「あんま変わらんやないかい」

 それでいい。

 背伸びして。

 失敗して。

 落ち込んで。

 そして、笑って。

 そうやって少しずつ進んでいったらいい。

 俺は……どうなってもお前の味方でいるぞ。

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