DIE9話 暗闇の地使い

「死にたくない…」

 こうちゃく状態の中で突然、自らの首に包丁をかざしていた彼女が呟いた。自然と彼女のほおに一粒の涙がつたう。


 "何だと?小娘め!"


「だから、私を刺して…」


「その本心を受け取った!」

 

 満月が雲隠れした瞬間、カミシノが意表を突き、閻魔の笏刀で彼女を刺す。

 それと同時に狼憑きの断末魔が境内けいだいに叫び響いた。


"うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ"


 カミシノは、刺した時の彼女の笑顔を今でも忘れない。

 それは、束縛から解放されて、涙が弾け飛んだ屈託くったくのない笑顔だった。


「あいにく、閻魔大王様は、悪事が大嫌いでね。」

 そう言いながら、カミシノは、笏刀を彼女から引き抜いた。すると、彼女は魂が抜けたかの様にして倒れ込んだが、笏刀には幽体離脱したような"ある姿"を突き刺し捕らえていた。


"閻魔のイヌがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ"


 満月が雲の切れ間から顔を出すと、その姿を現した。それは、黒々とした禍々まがまがしい程の大きなかげろうだった。


HELL地獄に GONE堕ちろ.」

 

 助走をつけたカミシノが一言呟きながら、振り抜いた笏刀を影狼もろとも地面に突き刺した。その瞬間、影狼は幻影げんえいごとく、その影を地面ににじませながら、暗闇へと消え失せた。それと同じく、地面に突き刺さった笏刀も、元通りに刀から笏へ変化へんげした。


 あれから、手の甲の痛みで目を覚ました彼女は、境内を見渡すが、カミシノの姿は、見当たらなかった。黒いハンカチで手当てをされている聞き手じゃないもう片方の手で、試しに携帯の通話履歴にあるカミシノの連絡先に電話を掛けてみる。

『お掛けになった電話番号は現在、使われておりません』

 小高い山にそびえ立つ浜寺神社の大鳥居から、夜明けの町並みに曙光しょこうが差し込んでいる光景を見つめるしかなかった。

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