桜の奇跡が舞い降りる

@sakupin

第1話 うさぎピンクの恋わずらい


桜の奇跡が舞い降りる



僕は、桜舞う春、美しい少女に出会った。


桜の花びらのように、儚げで、淡く、優しいピンク色の似合う女の子だった。

それは、ただのプロローグに過ぎない。

これから、もっと僕は記憶を遡らないとならないのだ。

二年前、本当に彼女と出会ったときから・・・。



僕は、中学三年生の高校受験生で、

彼女は、入学してきたばかりの中学一年生だった。


十三歳、それにしては、横顔が大人びていたと思う。


四月、何かを探すように、彼女は桜の木々の中に佇んでいた。

最初、僕は校内で迷っているのかと思い、彼女に声を掛けた。


「どうしたの?道に迷ってる?」

そのときに、振り向いた彼女のあまりの可愛さに、僕は目を奪われた。


「いえ、ただ、桜を見ていたのです」彼女はふんわりと微笑んだ。

その場が淡いピンク色に染まるような、優しい空気が漂った。


長い髪が、花びらに混じって、なびいていた。

僕は、多分、顔が火照っていたと思う。


思えば、これが初恋と言えるものだったのだろう。

このときから、彼女は僕の中でピンクという名前がついた。



もしかしたら、また出会えるだろうか。


そんな予感に、少しだけ心をときめかせながら、僕はフワフワした気持ちで毎日学校に来ていた。



ある日、学校の花壇でピンクの姿を見つけたとき、僕の心臓は飛び跳ねた。

花の手入れをしている彼女のそばに近づいて、しゃがんで話しかけた。


「こんにちは」ぎこちなく、僕の声が響く。

「あ・・・先輩」ピンクは、にっこりと僕のほうを見た。


その笑顔が天使のように愛らしく、僕は何だか胸が苦しくなる。


「私、驚きました。

桜の花もきれいだけど、他にもたくさんお花が咲いているのですね、

この世界には」

彼女があまりに不思議なことを言うので、思わず、


「はあ? まあ、そりゃそうだけど・・・君、桜の花以外見たことないの?」

と聞いた。


「ええ・・・私は、桜咲く場所から、一歩も出たことなかったから」

意味深なピンクのセリフに、ちょっと変わった子だなあ、という印象を抱いたかもしれない。


「チューリップさん、パンジーさん・・・

いろんなお名前をこの学校のお友達に教えて頂きました。

みんな、とても優しく、私を迎えてくれて、何だかうれしくて」


僕は、その場で頭を抱えてしまった。


ピンクの甘い声が、僕の脳天に突き刺さったようである。

心地よくもあり、いたたまれないようなもどかしさがそこにはあった。


「君は、頭の中が春なんだね」ついつい、こんな言葉が口に出た。

「えっ?」

「うーん・・・ずいぶんと、お気楽でうらやましいよ」


彼女の純粋な瞳を直視できなかった。

もしかして、少し反抗していたのかもしれない。


「君の家族構成を想像してみよう。

パパとママに、砂糖菓子のように甘やかされて、


大事にされて、育っただろう。お兄さんが二人くらい、いる感じかな」

僕の言葉に、彼女はクスクス笑い出した。


「確かに、私は桜の花びらの精で、

あの桜の樹で、桜の花びらのお母様のもとで

大切にされて育ちましたけど。


男の人とは、あまり話したことがありませんね。

齢十三歳、初めてこの地上に舞い降りました」

ピンクのほうが一枚上手だった。



いや・・・もしかしたら、それも真実なのではと思わせるくらい、自然な口調で話してくれた。


それから、僕は、早朝、昼間、放課後、

ちょくちょく彼女をこの花壇で、見かけた。


気がつくと、目で追っていた。


あるとき、一年生が体育の時間を行っていたので、窓から、ピンクの姿を探した。


(走っている・・・あいつ、走れるのか)体操服を着て、グラウンドをピンクが走っていた。


ただ、それだけのことだ。なのに、僕の胸はドキドキと鼓動を打っているのを感じた。


その日の昼間、僕は、彼女が花壇で水やりをしていたので、偶然を装って話しかけた。


「よっ」僕は、彼女の目線に合わせようと、しゃがみこんだ。

ピンクは少し驚いたように振り向いて、

「先輩。お久しぶりです」と柔らかく微笑んだ。


「体育の時間、走っているのを見たよ。

何だか、君があの大きなグラウンドを一周できるとは思えないのだけど」

僕が、深くため息をついて言うと、


「どうしてですか」とピンクは、クスクスと笑い出した。

「だって、桜の花びらの精なんだろ?


普通の人間みたいに、授業受けたり、汗かいたりしなさそうじゃん」

僕はからかったつもりだったが、彼女は、まっすぐ僕を見ていたので、戸惑ってしまった。


「・・・そうですね、でも私、体重が軽いので走るのはそんなに辛くはないんです。

風が吹かれるままに、飛んでいけばいいだけですから」

ピンクは、またニッコリと笑う。


「風が吹かれるままに? じゃあ風がない日はあまり走れないね」

「はい、そういう日は少し鈍りますね・・・」ピンクは、少しだけうつむいた。


「クスッ」僕は、吹き出した。

「君は、変な女の子だね。僕のクラスに、君みたいな子、いない」

「だって、私は人間ではなくて、花びらの精ですから」

彼女に突っ込んでも、真剣に返されるので、僕はそのまま続けることにした。


「君のほっぺたの形、桜の花びらみたいだね」ピンクの頬は、少し赤みが差していた。


「花びらの精の証が、刻印されているんです。

桜のお母様が、生まれたときにつけて下さったんですよ」


ピンクは、自分の頬を指で突付いて、誇らしげだった。



「入れ墨ってやつか? 君の家系は、極道か」

「・・・たぶん、そういう類のものではないと思います」


この会話は、どこまで続くのか、よくわからなかったが、僕は楽しくて仕方なかった。


そのとき、ぶわっと強い風が吹いた。

ピンクの長い髪が、ふわりと跳ね上がる。よく見ると、耳の後ろに編み込みがされていた。


白い横顔が、ピンク色の頬が、そして甘い香りが僕を苦しくさせて、


瞬間的に、僕は後ろから彼女を抱きしめていた。



「・・・先輩?」

「・・・強い風が吹くと、飛んでいっちゃうのかと思って」


断っておくと、僕は普段このような行動に出る男ではない。


映画やドラマのラブシーンで、わざとらしいものを見ると、早送りで飛ばす質だ。

ピンクは、小さな手で僕の両腕を、軽くつかむと、小さくつぶやいた。


「先輩がずっと、つかんでいてくれたら、私、どこにも行きませんから」


ピンクの言葉に僕は、ハッとしたかのように、突然彼女を腕から離した。


「ごめん。悪かった。じゃあな」

そう言って、急ぎ足でその場を立ち去った。

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