脚③
「だろうね、勉は本気で彼女が友彦に何かしたと思い込んでいる」
あたりが薄暗くなる中、パラパラめくったノートにはびっしりと彼女の『ゴキブリ』の行動記録が書き込まれている…これは本気だ。
「うへぇ~マジかよ? やべぇな…」
ボクの横からノートを覗いていたケントはドン引きだと顔をしかめる。
「んで? どーするよ? ゆっぽん…」
「ああ、取りあえず明日からボクとミカは彼女に事情をきいてみよう」
「え?! み、ミカも!?」
ミカは、あからさまに嫌そうに眉を寄せいやいやと首を振った。
まぁ、相手はクラス1の嫌われ者だ…ともこに目をつけられる可能性を考えると怖いのは分かる。
「…仕方ないな…分かった。 彼女への接触はボクがやろう…ケント!」
「なんだ?」
「ケントは、友彦が怪我でバスケ部に来なくなってからの様子をそれとなく探ってくれ…あと勉の事を頼みたい」
「は?! オレは勉のお守かよ!?」
「仕方ないだろう? あの状態ではまた何かするかもしれんし…彼女との接触は同じ女子であるボクが適任だ」
ケントは、ボクの指示に渋々頷く。
「じゃ、二人ともボクはこっちだから…ケントはミカをちゃんと家まで送ってくれ」
薄暗い街灯が照らす道の突き当り。
ケントとミカは家が近いので、同じ方向に別れる。
「ゆっぽん…もう暗いから気をつけてね…」
「おい、一人で勝手になんかしようとすんなよ?」
二人はまるで小さな子供にでも言うみたいに口をとがらせる…全く、普段面倒をかけるのは一体どっちなんだい?
「大丈夫、大丈夫、ボクの事よりも二人とも自分の事を心配しなよ」
「何言ってんの! ゆっぽんは女の子なんだよ? ミカはゆっぽんの事が一番心配なんだよ~…」
はぁ、一番心配なミカにこんな事言われるなんてボクもやきがまわったもんだ。
「大丈夫だよミカ、知っているだろう? どんなヤバい奴が襲ってきたってボクのこの足には誰も追いつけないさ!」
「うん、でもね…」
「安心して、ボクは最速だ」
ボクは、ケントにミカを早く連れて行ってと手を振た。
「ふぅ…全く…」
なんとかその背中を見送ったボクは、街灯を離れ家路へと脚を________!?
「…なっ!?」
「わっ!?」
ボクは振り向きざまに、『誰か』にぶつかって尻もちをつく!
「ぁ ぁぅ ごめんなさっ…!」
蚊の鳴くような声。
夕闇にもそもそ蠢く太った体。
「ぁ、友華…ちゃん? こんな所で…? お家ここら辺なの?」
「…!」
太った体に似つかわしくない高い声が、アンバランスで不愉快だ。
「友華ちゃん?」
ちっ…まさかこんな所で『対象』に出くわすなんて…!
「下の名前で呼ばないでくれるかな? ボクはその名前が嫌いなんだ」
「ご、ごめんなんさい…月島さん…」
びくびくと怯える肉の塊。
…勉、やっぱり君の考えは間違ているよ。
こんなビビりに殿城や友彦をどうこうするとか無理だ…が…折角こんなクラスの誰にも見られなくて済む場所で接触できたんだこれを利用しない手はないだろう。
「…いや、もういいよ、次から気をつけてくれれば…ボクはたまたまこの近くに用事があったんだけど、君の家はこの近くだっけ?」
ボクは、かなり白々しく彼女に問う。
勉の家こそ今日把握したが、探偵たるもの受けた案件の対象の家の位置くらいマッピング済みだ。
「…うん、私の家はあの角を曲がったところ…」
グローブのように肉厚の手から生えた太い指が突き当りを左に指さす…ん?
「なんだ? 血が出てるぞ?」
彼女の指、痛々しく絆創膏が赤く染まって先から血が滴る。
「あ、うん…ちょっとね」
そう言って、慌てて引っ込められた手はよく見れば絆創膏だらけだしもう片方の手だって手首には包帯が巻かれて痛々しい。
ともこ達にやられたのか?
いや、あのあくどい奴がこんな見えるところに傷をつけるとは考えにくい…。
なんて、一瞬考えを巡らせたがボクはすぐに切り替える。
今は、彼女の虐めの件はどうでもいい…まずは勉の妄想を止めてやらなくちゃ…そのためにも…。
「なんだい? よく見たら結構な怪我じゃないか! …もうこんなに暗くなってきたしボクが家まで送ろう!」
どうしよう。
なんたるわざとらしさ、なんたる大根役者、ほぼ唐突に脈絡もなくこんな風に言い出す奴がいたらボクならまず怪しいと思う。
「ここが私の家…送ってくれてありがとう…」
そんなボクにニキビだらけの顔でぎこちなくほほ笑む君は、きっとものずごく優しい。
「そうか、此処が…っ…」
君が指さす『家』と呼んだその建物にボクは正直言葉を失った。
ボロ家だ。
そりゃぁもう年季の入った、平屋建て…電気もついてないせいかより一層不気味だコレが人の住まう場所なのか?
「友…じゃなかった、月島さん?」
家を見上げたまま防戦としていたボクに、流石に様子がおかしいと思ったのか彼女が訝し気に話しかける。
「あ、ああ! それじゃ_______」
とり会えず接触には成功したから今日はもう帰ろうと、ボクが踵をかえした時だった。
ぽつ。
鼻先に冷たい感触。
「え?」
ざぁああああああああああああ!!!
あ、雨!?
しかもかなりの豪雨!
え? さっきまで月が見えそうなくらい雲一つなかったのに…コレがゲリラ豪雨と言うやつか!
「あ、雨…」
彼女は慌てて鍵を開け、サッシの戸を引く。
「取り敢えず入って、濡れちゃうから…」
「え? ぁ、ああ…」
サッシの向こうの真っ暗な空間。
ボクは一瞬たじろいだが、激しい雨に後押されて中に足を踏み入れた。
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