脚②

 キタナイ・キモイ・ゴキブリ・バイキン・デブ・ブタ・クサイ


 あげればキリがないくらいの侮蔑に目を覆いたくなるような嫌がらせ…それがもし自分ならおよそ耐えられないような扱いを受けながらも彼女は無感動に無関心にまるで生ける屍のようにただ学校に来ては定時に去っていくそれを繰り返す。


 まるで感情失った肉塊のように。

 

 勉が言うに、友彦がいなくなったのは彼女に仕業に違いないとの事だったがボクから言わせれば愚問だ。

 

 まず、彼女が友彦に危害を加える理由が無い。


 それどころか、彼女は友彦に感謝すれ恨みなど持ち合わせているとは考えにくいからだ。


 それはもう一人の行方不明者である殿城ゆうにも言える事だろう。


 二人の共通点。


 それはほかならぬ孤立無援の彼女を『虐め』から庇ったことにある。




 このクラスの闇は適度に深い。

 

 とりわけ、このクラスのボス的立場にある『ともこ』は兎に角彼女がお気に召さないらしいのか三年生の頃に同じクラスになった時から虐めに虐めているらしい。


 『殿城ゆう』は、その正義感からか転校初日に彼女に関わり『ともこ』に目をつけられ二人揃って虐めのターゲットになった。


 『仲吉友彦』については、勉の話によればどうやら足を折った時にたまたまその場に居合わせた彼女に助けてもらった事が切っ掛けになり彼女に関わりを持ってしまい『ともこ』のターゲットになってしまったようだ。


 「ふむ…」


 ボクは、教室の端の窓際の席に座るその肥満体の体をもぞもぞさせている彼女を横目で見ながら教科書を開く。


 勉の言葉は全く的外れだとは思うが、いなくなった二人に共通するのは彼女に関わった事…ここは一つ危険を冒してでも接触を試みるべきだろう。


 ぽす。


 ボクの頭にあたる何か。


 …?

 

 手紙?


 机の上に落ちた小さく畳まれた紙…ボクは先生の目を盗んでそれを開く。


 『ほうかご、つとむのうち』


 ミカの字でそう書かれている。

 放課後。


 ボクとミカとケントは、勉の家に集まった。

 

 勉の家は住宅地にたつシンプルなクリーム色の二階建ての一軒家で、その二階の一室が勉の部屋。


 勉のお母さんに挨拶もそこそに、勉にせかされたボク等は勉の部屋になだれ込む。


 「こっち、こっち!」 


 カーテンの締め切った薄暗い部屋。


 勉は、そのカーテンの端をめくって手招きする。


 そこから外を見ろと言うのか?


 ボク等は言われるまま、どやどやと思い思いにカーテンの端をめくって外を見る…ん?


 ボクの目に映ったのは、少し日の落ち始めたなんの変哲もない路地ソレと…そこを歩く見慣れたまるまると太った後ろ姿。


 「勉、これ…」


 「し! もっとちゃんと見ろ!」


 勉のあまりに真剣な顔にボク等は、黙ってその様子をうかがう。


 もそもそと相変わらずうつむき加減に歩く背中がある一角急に止ま…あ!


 それは路地に佇む喫茶店のような建物…その扉を開けて太った体が吸い込まれるように中に入っていく。


 「……だからなんなんだよ? あのデブが喫茶店に入ったのがそんなに変かよ?」

  

 ケントが眉間にしわを寄せる。



 「だって、おかしいだろ?! オレ達、小学生だぜ!? 一人でこんな路地の気味悪りぃ喫茶店に入るなんておかしいんだよ!」


 勉は、ケントに食ってかかる。

 

 確かに小学生が一人で喫茶店に入るなんて珍しいと思う。

 

 …もし、これがボクの家の近所の喫茶店であったなら一人で入店した小学生にどうしたのか事情を聴かれる事だろうが金銭さえ払えばジュースぐらい飲めると思う。


 「それで? わざわざボク達を家に招いたのはこれを見せる為かな?」


 ボクの問いに、ケントとにらみ合っていた勉は待ってましたとばかり少し離れた自分の勉強机から何やらノートを引っ掴んで開いて見せた。


 「コレ、見てくれ!」


 必死にノートを押し付ける勉に根負けした僕は、そのノートをパラパラめくる。


 「は? 『ゴキブリ観察記録』?」


 「そうだよ! 家はあのゴキブリの家に近い、だから友彦が行方不明ってなった時からずっと学校からつけて家に帰ってからはここから見えるアイツを見張ってたんだ!」


 よく見れば、勉の目の下は薄い隈ができて頬もどこかやつれたように見える。


 不味いな。


 コレは末期だ。


 ボクは、ゆっくりノートを閉じ興奮気味に息を荒くする勉の肩に出来る限り刺激しない様にぽんと手を置く。


 「わかったよ、勉。 このノートはボクがあずかろう…これからはこう言った事はこっちに任せてちゃんと寝て? いいね?」


 そう言ってやると、勉の目からぽろぽろと涙がこぼれてミカやケントが見てるって言うのにボクに抱き付いてわんわんと大声で泣き出してしまった。


 可哀そうな勉。

 

 きっと、自分が虐めに合わない為に友彦を無視した事を悔やんでいた所に今回の行方不明事件だ、精神的に追い詰められた為にこんな突拍子もない妄想に走ってしまったんだろう。


 『おいおい…』と言いたげにケントがこっちを見ているけれど、こういう場合頭から否定するのは良くない。


 取りあえずは理解を示し、その後でゆっくり理論立てて間違いを訂正すべきた。


 その後、何とか勉を泣きやませたボク達は勉の家を後にしもうすっかり日のくれた通りを互いの家に向かってあるていた。


 「ねぇ、ゆっぽん…勉…本気でそう思ってるのかな?」


 ボクとケントの後ろから少し遅れ気味に歩くミカが、心配そうにそう聞いてくる。


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