年間死亡率二十パーセントの職場に就職しました

えいてぃ

第1話 就職決定しました


「初めまして、正村村正さん。気になってたんですけどこれ本当に本名なんですか? なんだか呪われてそうなお名前ですけど?」

「そうですよ。本名ですよ。呪われてもいますよ。大凶を引いたこの人生が、ですけどね?」


 だからあんたが来たんだろとばかりにジト目を向けつつ毒づいた。でもまあ政府から派遣されてきた職員相手に心証を悪くしてもいいことはなさそうなので由来は答えておくことにする。


「呪われてる云々はともかく、『村正』は代々受け継がれてきた名前なんですよ。祖は戦国時代にまで遡るとかで、二十代だか三十代だかよくわからないくらいには続いてますね」


 厳正な戸籍がなかった時代は村正の死後、子が村正を名乗り始めるという形だったらしい。現代では気楽に改名というわけにはいかないから、子ではなく一世代飛ばした孫に村正の名を付けることにしたのだそうだ。本名にする必要があったのかは生命誕生の次くらいには謎。ビジネスネームとか芸名とか、そういう扱いにしても、『お役目』に支障はなかったはずなのだが……。


「それはそれは、ずいぶんまずい状況ではないですか。呪われた由緒があなたで途絶えてしまうかもしれない、ということですよね?」


 超他人事っぽいな。くそ、たたっ斬りてえ……。


「そのような些末なことはさておき、自己紹介を。わたしはあなたが殉職するまで、いえ、殉職後の手続きまでの諸々を担当させていただく暁藍莉と申します」

「これはこれはご丁寧に……」


 丁寧なのは名刺を差し出す所作だけで言葉の内容はひどかった。もうちょっとオブラートに包めよ。残酷な現実がモロ出しになっているじゃないか。初対面の相手への態度としては警察官の不審者疑いの次くらいに非礼な呪われている発言といい、本当に公務員なのかこの人。


「では、仕事は五時までに終わらせたいので手早く説明などさせていただきたいと思います」


 ……うん、しっかり公務員だったな。


 * * *


 高校二年の秋。就職が決定した。


 いやあ喜ばしい。実に喜ばしい。字面だけなら結婚の次くらいには喜ばしい。

 けどその就職が自薦ではなく他薦というか自分の与り知らぬところで決まったものであり、年間死亡率が二十%を超えている黄昏よりも昏き職場となれば話は変わってくる。


 三年後の生存率が五十%しかない職場への強制就職なんて、死刑宣告と文字数以外どこが違うというのか。俺がこれから送り込まれるのは人生と自由の墓場なのだ。結婚の次くらいの。あ、俺の結婚観は親父譲りなので悪しからず。


 学校の発表によって俺の就職と途中退学を知ったクラスメートが『正村村正お別れ会』を開こうと提案してくれたが、腸を断ち斬ってやりたい思いでお断りした。俺を過去形で語るための思い出作りなんて悪辣な意図はなかろうが、運ばれていく仔牛に向けるような同情や憐憫の表情を改めて見せられたくはないし、さよぉならホモよとか歌われたくもない。再会の約束を交わすというシーンがあったとしても、心が温まるどこか氷点下へ突入するに決まっている。


 俺が就く職場は一般社会と隔離される上に家族であっても面会が許されず、定年という人に優しく見える制度も存在しない。クラスメートと生きたまま再会するのは、15光年という距離を隔てられている織姫と彦星の次くらいに難しいのだ。とはいえ、そのスペシャルハードモードをクリアする裏技はある。国家公務員だ。自衛隊を含む国家公務員が一般職員として派遣されてくるので、ド安定思考の誰かが公務員になればまた会えるという可能性が雀の涙くらいのレベルで存在している。なぜ微レ存の次くらいの低さなのかというと、派遣されるのが中堅どころだからだ。十年後の夏休みにまた出会えるまで生きていられる自信がない。


 本当にまったくもって冗談じゃない話だ。けどもこの就職を辞退すると政府とマスコミとネットによって家族郎党七代まで遡って社会的に抹殺されるので選択の余地はなかったりする。唯一の救いは家族に遺族年金が出ることだ。あれ、俺もう社会的に死んでる……?


 * * *


「――持ち込みは銃器以外でしたらオールオッケーです。何なら部屋ごとでも構いません。ただそうした場合、肉片すら残らないような死に方をすると葬儀が空っぽの柩で行われることになります。遺体以外の持ち出しは基本的に禁止されていますので。思い出の品などを少し家族に遺しておくことをお勧めします」


 暁藍莉嬢によって各種説明が続いている。別に聞き流しているってわけじゃないんだけど、毒成分が多くて校長先生の長話の次くらいに聞くのが苦痛だ。いやホント美人じゃなかったら苦情どころか殺人者が出てるレベルだと思う。あんたの後ろに、床の間に飾ってあるのは模造刀じゃないんだよ……?


「横浜港停泊中の<イロアス号>の出航は一週間後、十月八日の正午となっています。乗り遅れると逃亡と見なされるので前日までに乗船するのが無難でしょう。世界一周しそうな豪華客船で個室も用意されていますから不便はないかと思います。ただし、船内はすでに治外法権なので揉め事が起きても日本政府は関知できません。また、<イロアス号>への乗船と同時に基本的人権を始めとする各種権利が消失します。色々とご存分にどうぞ」


 なんだよその色々って……。


「とまあ、こんなところでしょうか。他に説明しておくべき項目は何かありましたか?」

「俺に聞かれても困るんですけど……」

「素晴らしい、すでに委細承知というわけですね。そうですよね、こうしてわざわざ説明する必要なんてありませんよね、世界で一番有名なお仕事と言っても過言ではありませんし。そもそも『死出の旅のしおり』のようなものを作って説明の面倒を省くべきだと思いませんか?」

「……まあ同感です。しおりの名前はともかく」

「お気に召しませんでしたか? 『黄泉の国の歩き方』、『この世の地獄巡り』、『奴隷と生贄の心得』あたりはどうでしょう。どれでもというかどうでもいいですね」


 よくないよ。どれもこれも夢も希望もありゃしないしワクワク感だってない。そんなブラックなもん渡されたら即座に紙吹雪にしてやんぞ。服もついでに舞い散らしてやる。ごめん無理。俺の技量じゃ確実に血も舞っちゃう。いやもうむしろそれでいいな。


「では質問がありましたらどうぞ。行って死んでくるだけという誰でもできる簡単なお仕事ですが、仕事は仕事ですので。日本の恥とならないようきちんと死んで――いえ、勤め上げていただくために。わたし以外は労力を惜しみません」

「それって答えるつもりあるんですか? ないんですか?」

「…………」


 沈黙が返ってきた。もう永遠に沈黙させた方がいいんではなかろうか。この人に担当されている同志の精神安定のためにも。


 ふう。しかし……それにしても。


「あれですよねー、暁さんって彼氏いなさそうな人ですよねー?」


 無表情と無言を貫いていた暁藍莉嬢の眉がピクリと跳ねた。


「――はい? 何を根拠にそのような妄言を吐いているのですか?」

「え……いるんですか? それとも結婚してるとか? あ、だったらスイマセン、俺の勘違いだったみたいです」

「いいでしょう、わかりました。喧嘩を売ってるんですね、そうなんですね?」

「いえいえ滅相もないです。質問に答えてくれなさそうでしたのでちょっと世間話をと思っただけで」

「世間話? 人が気にしていることをざくりと抉り塩を擦り込んでおいてただの世間話で済まそうと言うのですか。どうやら残り少ない寿命をさらに短くしたいようですね」


 暁藍莉嬢の首がギギギッと音を立てて捻れた。

 怒りやら苛立ちやらで油が揮発でもしちゃったんでしょうか。それより何を見てるんでしょうか、そっちには刀しかないんですが……。


「あーもー面倒くせー。百ページの取説の次くらいに面倒くせー。大人の余裕で軽く流しとけばいいのに。だから彼氏できないんだって……っていうか気にしてたんだ」

「ほ、ほほう。まあわたしは大人の女なので聞き流してさしあげなくもありませんが……」


 おっと、声に出てしまってたらしい。


「そのような大言を自信満々で吐かれるからには、それはそれはさぞかしリア充でバラ色な高校生活を送っていらっしゃったのでしょうね正村村正さんは」

「高校生の俺に彼女がいないのと、暁さんに彼氏がいないのとでは重大さと深刻さがちょっと……月とすっぽんの次くらいに違うというか」

「そ、そん……なに……」


 ……あ、凍結しちゃった。一億の壺を落として割ってしまった女中の次くらいに見事な急速冷凍っぷりだな。平然と毒吐くくせに打たれ弱いとか理不尽すぎる。


 しばらく待ってみたが再起動する様子がない。あれかな、フォローしないと時が動き出さない感じかな。


「だ、大丈夫ですよ。暁さん女子力すっげー高そうだし出会いがあれば彼氏の一人や二人簡単に見つかりますって」

「そう……そうですよね。出会いさえあれば彼氏の一人や二人……」


 二人だと二股だな。でも二股はされることを心配した方がいいかもしれない。公務員という安定した職を持っているのもダメ男に引っかかりそうな不安ポイントだ……って、他人の私生活の心配していられるような状況じゃないんだけど。俺の方こそ彼女ができないまま人生終了しちゃいそうだしなぁ。


「……ま、彼氏できたら教えてくださいよ」


 そのときは心の底から祝福してあげたい。本当だよ、彼氏に接触して別れさせ屋の真似事なんかしようとかちっとも思ってない。


「え……? 一ヶ月以内に作れと言うのですか? いくら女子力が高いわたしでもそれはちょっと自信が……」

「……俺の評価どんだけ低いんですか」


 日本政府発表のろくでもない統計によると、初年度の死亡率は全体平均より遙かに低い。なのに俺はそこに入ってしまうというのか。しかも一ヶ月足らずで。下手したら新人の殉職者第一号になる勢いじゃないか。なんじゃこらとかいうレベルじゃないぞ。


「現時点における新人の力なんてゴミクズ以下ですよ? 評価するに値しません。わたしが問題にしているのはあなたの……いえ、なんでもありません」

「そこまで言ったなら最後まで言ってくださいよ……。『なんでもない』はテスト前の『勉強してない』の次くらいには信用ならない言葉じゃないですか」

「どうしても聞きたいですか? 聞いても後悔しませんか?」


 その言い方はかなり嫌だな。不良の『ちょっと面貸せや』の次くらいにはいい話であることが少なそうだ。


「まあせっかくなので……」

「あなたの星がよくないのです。運命が、と言い替えてもいいかもしれませんね。それ故の凶兆があなたには出ているのですよ」


 何を言っているんだ、ふざけるな、そんなオカルトありえません――とは思わなかった。これまでの暁さんの言葉の中で唯一、真摯な響きが感じられたからだ。つまりこの人、これまで全部ふざけていたということになるな。


 それに、オカルトがありえないとされていたのは半世紀以上も前の話。現代における世界のスタンスは、存在してもおかしくない、だ。俺もその実在を知っているし、そもそも俺が職場で修めなければならない技術もその範疇にあるわけで……。


「と言っても、あくまで卜占です。確定された未来というわけではありません。行動次第で回避は可能ですよ」

「……具体的には?」

「さあ? と言いたいところですね。生きるも死ぬも自己責任ですし、生死の判断を他人任せにしてしまうと後悔が残りますよ?」

「それは、そうかもしれませんね……」

「そうですよ、わたしを呪いながら死なれるのはちょっと困ります。枕元に化けて出てくるかもしれませんし」


 俺のことを考えて言ったわけじゃないのね。


「それでもあえて、あなたの親和性に対する期待から個人的な助言をするとすれば――……」


 一応のアドバイスはしてくれた。よくわからん人だ。まあ生きて直接会うことはもうあるまいな相手なので、人間が把握できてなくとも支障はまったくない。でも俺が死んだ後もこのキャラだと先代の正村村正にぶった斬られるかも。じいちゃんの口癖『叩っ斬られてぇのか?』だからな。そこで応対をミスると実際に抜くし振りやがる。じいちゃんの湯飲み割って誤魔化そうとしたときは前髪斬られてチビりそうになったし……なっただけだからな?


「それでは、あなたが良き<勇者(いけにえ)>となられますようお祈りしております」

「ちょっとちょっと、ルビ、ルビがおかしいっ……」

「そんなことはありませんよ。それが世界の共通認識であり、定説ですよ」


 くっ……否定できない。


 <勇者>――俺が就くことになったその職業は、尊敬と期待と畏怖、同情と侮蔑と揶揄を込めてそう呼ばれているのだから。


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