人類皆恋愛脳なようで

優@メープル

第1話


目の前に迫る車。

速く走るそれも、もはやスローモーションで。

今までの人生が頭の中を一瞬で駆け巡る。

これが、走馬灯なんだ…

私は、私の人生は、これでもう終わっちゃうのかな。

あぁ、嫌だな…。

ねぇ神様。

私、まだ__何てしたことないよ…

__って何なの?

教えてよ…ねぇ…教えてよ…!!


神様…!


急激な痛みを感じた後、私の意識は身体から切り離された。



______




とある病室にて。


高校2年生の俺、河原善久(かわら よしひさ)は、同じく高校2年生、そして幼馴染である鏡野美凪(かがみの みなぎ)と付き合っている。

…正確には付き合っているということになっている。

高校2年生になって間も無く、俺はずっと好きだった美凪に告白した。

しかし、美凪への想いを伝えた直後、彼女が急に倒れてしまった。

急いで保健室に連れて行き、そのまま病院へ搬送された。

そして今、俺の目の前で眠っている。

眠り続けて一ヶ月を過ぎようとしている。

意識はない。けれども息はしっかりしている。何の病気かも分からないし、このまま眠ったままである可能性もある。

美凪の家族には俺は彼氏であると伝えているため、毎日病室に来ても不思議がられることはない。

"凪"と名前に入っているくせに、やたら明るくうるさかった美凪が、今はこんなにも静かで…

そんな彼女は俺の知ってる美凪ではなく、本当に凪いでしまった"別の誰か"のようだった。

俺が好きになったのは、こんな美凪じゃない…。

俺の知る美凪はどこに行ってしまったのか…そんな考えが過る自分の目に涙が浮かぶのが分かる。

そして俺は美凪が眠るベッドにうつ伏せになったまま声を殺して泣いた。




頭をぽん、と叩かれた気がして意識が覚醒する。

どうやら泣いたまま寝てしまったらしい。

ふと顔を上げると、美凪が起き上がっており………?


「み、美凪!!?お前目が覚めたのか!もう大丈夫なのか!?」

「…………?」


起き上がった美凪はキョトンとした表情を浮かべて、不思議そうにこちらを見ている。


「なぁ…美凪…どうかしたのか?」

「私……みな…ぎ?…じゃない…」


…きっと寝起きだからボケてるんだろうな。

何たってもう1ヶ月近く寝たままだったからなぁ…仕方ないか。

俺はすぐそこに置いていた手鏡を取り、美凪の顔を映した。


「ほらな?美凪は美凪だろ?」

「……!?じゃあ私本当に……?」


鏡を確認した美凪は、何を思ったのか泣き出してしまった。

(情緒不安定…なのか)

俺はしばらくの間、泣き続ける彼女の背中を訳も分からずさすっていた。


しばらくしてから彼女は泣き止み、こちらを見つめ、その口を開いた。


「あなたは…誰?」


…ショックで言葉が出なかった。

まさか好きな人から、幼馴染から、そんな言葉を放たれるなんて…。

記憶喪失。

聞いたことはあったけど、本人よりも周りの人の方がよっぽど辛い思いをするんだな…。

でも俺は…このまま忘れられたままでいたくない。


「河原…善久。君の…美凪の彼氏だ。」


俺は、記憶を失った美凪にも、彼氏という嘘をつくことにした。

その方が美凪も深く接してくれるであろうから。


「善久…君。私は、みなぎっていう子じゃないわ。」


再度発せられる言葉に少しばかり苛立ちを覚えてしまう。


「美凪は、美凪なんだ。例え記憶を失っていても、美凪は美凪なんだ…!」


繰り返し発する美凪という名前は、まるで自分に言い聞かせているように感じた。

美凪の一人称であった"うち"ももう聞けないのかもしれない。


「何も言わないで聞いて、善久君。私はみなぎって子じゃない。この身体を借りているの。」


…何を言ってるのか分からない。

目が覚めたら厨二病が入ってしまった系のアレなのか?

そんな俺をよそに、彼女はそのまま話を続ける。


「私は……松代 千里(まつしろ ちさと)。色々とあって死んじゃったんだけど…どうしても死に切れなくて…そしたら…」


厨二的なアレにしては声のトーンが本気すぎる。彼女の話の途中で湧いて出た疑問を、話を遮ってぶつけてしまう。


「ちさと…?ちょっと待ってくれ。じゃあ、美凪はどうなってんだよ」


そう。もしこいつを仮に美凪ではなく、本当に千里という子とする。すると美凪はどうなる?身体を使われている美凪の魂はどこに消えたんだろうか?


「だから何も言わないで聞いてってば。私は美凪ちゃんの身体を借りてる。もちろんちゃんと成仏出来れば彼女は目を覚ます。元気になって…ね。」

「…本当か?美凪は…美凪は元気になってくれるのか!?」


こくりとうなづく彼女を見て、安堵と共に不安がまとわりついてくる。

成仏ってことはこいつは幽霊ってことで、何か未練があるのか…

それをどうにかしたくて、美凪の身体を借りてるってことか…つか人間死んでもそんなこと出来るのかよ…。


「神様がね、私のお願いを聞いてくれたんだ。」

「神様…ねぇ…」


どうやら神様を一切信用していなかった俺も、神を認めるしかなくなったようだ。

いたなら美凪のことをどうにかしてくれって願った時点でどうにかしろよ…信じてないと力貸さない感じなのかよ…

こいつの未練とか願いとか……… そもそもこいつは…何を願ったんだ?


「なぁ…ちさと…さん?」

「千里でいいよ。どうしたの?善久君。」

「…神様に、何を願ったの?」


その問いに彼女はなぜか少し頬を赤らめて、布団を深く被りこんだ。

そして、俺に届くギリギリの声でこう答えた。


「"恋"を…知ること。」

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