もしも願いが叶うなら
宮倉このは
もしも願いが叶うなら
僕の名前はけんた。
僕の住処は、薄暗い部屋の中。一日の大半をここで過ごしている。仕事が回ってくるまで特にやる事もないから、大抵はいつも隣にいるたくみと話をしている。
今日も、たくみが話し掛けてきた。
「なぁ、けんた」
「なに?」
「聞いたか、昨日の話」
それを聞いて、僕は胸の中に大きな石を入れられたような気分になる。
昨日、また僕らの大切な友達が一人、天国へ召されたのだ。
いつかはこうなる運命にあるとは分かっていても、やっぱりやるせない思いにかられる。
「……いい人、だったのにね」
僕が何か言うのを待っている様子のたくみを見て、僕は重い口を開いた。
たくみも、思慮深げに頷いた。
「明るい奴だった。俺らの事まで気にかけてくれてて。何で、奴みたいなのばっかり……」
「良い人ほど早く天国に行っちゃうって誰かが言ってたけど、本当だね」
「そうだな」
僕達の会話を聞いて、あちらこちらからすすり泣く声が聞こえる。
場の雰囲気が暗くなるのを気にかけたのか、たくみが勤めて明るい声で言った。
「なぁ、前に長老が言ってた事覚えてるか」
「長老の……うん」
長老って言うのは、一年くらい前までここにいた古株だ。
長い髭が、特徴的な人だった。
もうかれこれ、五十年くらいいたそうだ。
その彼が言っていた事は、今でもはっきりと耳の中に残っている。
「僕達の命は、確かに
長老の言葉を復唱する僕に、たくみは何度も頷いた。
「あの長老が言っていた事だ。嘘や幻想ではないだろうさ。だからこそあいつは、最後の最後までがんばってた」
「昨日ここを出ていく時も、笑ってたもんね」
「あぁ……」
昨日天に召された友達は、言っていた。
僕はもう、駄目かも知れない。次に呼ばれた時は、多分……。
でも、悲しくはないよ。きっと長老や神様が、温かく迎えてくださるから。
折角出会えた君達とお別れしなくちゃいけないのは、とても悲しいけれど。
でも、きっとまた会えるよ。
「あいつ、願い事叶えてもらったのかな」
「もちろんだよ。だって、すごくかんばってたもん」
「そうだな」
そう言って一呼吸置いたたくみは、いつになく真剣な顔で僕を見た。
「なぁ、けんた。お前の願い事ってなんだ」
「僕?」
何で急にそんな事聞いてくるんだろうと思った。
でも、僕はすぐに口を開いた。
僕の願い事は、もうずっと前から決まっていたからだ。
「僕は……」
言いかけた僕の耳に、いつものあの声が飛んでくる。
「太郎ちゃん、早くお風呂入っちゃいなさいー」
「はーい」
どたどたとこちらに近づいてくる音が聞こえてくる。
そして、いつものように僕らのいる部屋の扉が開かれる。
開けたのは、人間の子供。この家にすんでいる、太郎と言う名前の子だ。
僕達の『ご主人様』でもある。
太郎は品定めするように僕らを見ると、おもむろに僕の方へ手を伸ばしてきた。
「今日はアヒルのけんたにしよーっと」
僕の身体は太郎の手で軽々と持ち上げられる。
けれど僕は、まだたくやに言ってない。
僕の、願い事を。
「ぼ、僕の願いは……本物のアヒルになる事だああぁ~!」
「けんた……!」
逆さまに持ち上げられた僕を。
真っ赤なロボットのたくやが、心配そうに見つめていた。
もう一度言おう。
僕の名前はけんた。
いつか本物のアヒルになる事を夢見る、プラスチックのアヒルのおもちゃだ。
もしも願いが叶うなら 宮倉このは @miyakura
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