第40話 宣告



 どこまでも続くような凪の海を、凄まじい規模の大艦隊が我が物顔で航行していく。



 台湾で行った暴虐など無かったと恥ずかしげも無く主張するかの如く、無傷の威容を誇るその鉄の城郭は自ら守ってきた共同体からむざむざ離れ、甲板に備えられた巨砲の矛先を列島に向けて進撃を続けていた。



 それらの中の旗艦らしき舟のブリッジにおいて、煽り上手な男が生んだ聞き心地のよい方便が木霊する。



「お喜びください琉球王、I.H.S.もN.U.S.A.も我らの華麗なる戦略を看過出来ず対応が後手後手になっております。 今こそ僻地の統治を押しつけられた恨みを晴らし、憎き列島を隷属させようではありませんか!」


「万歳! 琉球王万歳!」



 眼前に吊るされた偽りの希望に酔わされたのか、ブリッジにいる誰もが正気を失い、一際目立つ所に座らされた男に向かってひたすら万歳を叫ぶ。



 一方、王と崇め奉られている男の表情はあまりに暗く冴えないが、御輿として担ぎ出された本人からしてみれば当然ではあった。 一見華美に着飾られ満足げに思えるが、よくよく様子を伺うと都合の悪い意見は一切出来ないよう歯から指、そして逃げられないよう手から足がことごとくへし折られた上、証拠隠滅用の爆殺首輪が付けられている。



 全ては永遠の被害者を詐称し、永遠の賠償を訴える副官気取りのクズの所行。 裏で付き合いのある大手マスメディアより受けた扇動のイロハを実践に移し、見事現地民を欺き切った結果であった。



 そうとも知らず、人々は無意識のうちに植え付けられた偽りの憎悪を自らの意志であると思い込み、クズ野郎の思いのままに働き続けた。 このまま進めば得をするのは害獣共だけであるという現実から逃げ出して。



 だが、水平線の彼方で何かが微かに輝いたかと少人数が認識した瞬間、数百万の命をいたずらに巻き込んだ革命ごっこは終わりを告げた。



「死にたくない奴は床に額を擦り付けたまま動くな」



 突然ブリッジ中に響いた何者かの有無を言わせぬ警告。 それが何であるのかをブリッジの人員が把握した瞬間、熱狂に包まれていた船内は冷水を浴びせかけられた様に瞬時に静まりかえる。



「終わった……」



 誰かがそう呟いた瞬間、ブリッジを護る装甲が紙細工のように斬り裂かれ、亀裂から飛び込んできた何かが副官気取りの男の両義手足を二度の斬撃で綺麗に斬り落とした。



「なぁっ!?」



 水平線の彼方からあらゆる種類の探知装置が捕捉出来ない程の速度で突っ込んできたのは、紫に輝く高振動ブレードを握った首領。 彼女は刀身に付着した血と機械油を拭って愛刀を納めると、達磨となって足元に転がったクズの胸ぐらを掴み上げ、猛然と殴り始めた。



「ひっ……内地のレイシストが迫害を……」



 威勢と声のでかさだけは一人前なクズの顔面に、無表情のまま終始無言を貫く首領の鉄拳が何度も何度も突き刺さる。



「こ……これはヘイトだ! 許されない人権侵が……」



 それでも何とか屁理屈を通そうと男は口を開くが、言い訳も虚しく皮が飛び、血が飛び、肉が飛ぶ。 そうして、見てくれだけは立派だった男の顔面は時間をかけてゆっくりと崩れていった。



「すいません許して下さい。 私は悪くありません。 私は指示に従っただけであって私に一切の罪はありません。 金ならあります。 メディアとのパイプもあります。 天然臓器牧場の特別会員権も全て差し上げますので私の命だけは助けて下さいお願いします」



 増長に増長を重ねた無礼スタイルから、フガフガと言い訳を続ける無様スタイルへと対応を変えたクズの姿に、首領は心底呆れ果てて男を頭から床に叩き付けると、今度は御輿にされた不幸な男に向かって静かに歩み寄り、そのままゆっくりと片膝を付いた。



「お前が主導で無かったことを心底嬉しく思うぞ波照間。 もっと早く来てやれなくてすまなかった」



 クズと対面していた時とは一転し、首領はとても痛ましい表情を浮かべつつ、部下の両手を握りながら詫びる。


 それに対し名を呼ばれた男は、ただ眦を緩めて頷くことで謝意を示し続けた。 絶望で血の気が失せ、蒼白となっていた波照間の顔に僅かながらの赤みが戻り、人間的な意志の光が瞳に宿る。



「あ……あぁ……」


「無理して応答しなくてもいい、野暮用を終わらせたらすぐに病院へ運び込ませてやる」



 ここでむざむざ死なせては面目が立たないと、首領は波照間に付けられていた爆殺首輪を解除してやると、今度はそれを芋虫のように這って逃げようとしたクズの首へ意趣返しとばかりに付けてやった。



「あぁお願いです……殺さないで……何でもしますから……」


「三文芝居はやめとけよ。 お前が腹の中でニタついていることに気付いていないと本気で思っていたのか? たとえ頭が潰されても末端の馬鹿共はそのまま惰性で動いてくれるんだと? 果たしてそれはどうだろうな」



 卑しい笑みを浮かべて今さら媚びへつらうクズの顔面を思い切り蹴り上げる首領。 彼女は語気に怒りを滲ませ脅かしながら裏切り者を甲板まで引きずって連行すると、敢えて足の切断面の肉を摘まんでクズを船首から吊り下げた。



「ウギャアアアア!」」



 筆舌に尽くし難い激痛がクズの下半身全体を支配し、聞き苦しい絶叫を上げさせるも、眼下に広がっていた不可思議な光景を見てしまうと、クズは動揺の色を隠せず思わず黙り込む。



 クズが見せつけられたのは、先ほどまでの長閑な光景が無かったかのように真白く凍り付いた海。 沖縄から九州までのルート全てを塞ぐように、山脈と見紛うほどの巨大氷山が裏切り者の大艦隊の前に立ち塞がっている。



「な……何がどうなって……」


「ちょうど良い、貴様がくだらん小細工を弄して築いた砂上の楼閣が木っ端微塵に吹っ飛ぶ様をゆっくり眺めようじゃないか」



 これから行われる凄惨な狩りを余さず脳味噌へ刻み込めるようにと、首領はクズの髪を掴み上げて戦場に向かい強制的に顔を向けさせる。



 時を同じくして、凍り付いた海面に異変が生じた。 コンクリートのように固い氷の上に縦横無尽にヒビが広がり、そこから禍々しい光が漏れ出てくる。



 血潮のように赤く、宵闇のようにほの暗いそれは、凍った海面が悲鳴のようなきしみを奏でながら引き裂かれると共に拡大すると、付近で立ち往生していた一隻の戦艦を瞬く間に蒸発させ、横なぶりの鋼鉄の雨を派手にまき散らした。



 真っ赤に燃える固形物の直撃を受け、また複数の戦艦が何も出来ずに海の藻屑と化し、軍勢は今さらパニックに陥る。 こんなはずじゃない、こんなことは予定に無いと身勝手な言い草を並び立てながら異常事態の原因を特定すべく躍起になるが、その根源は程無くして大艦隊の前に顕現する。



 海の底から空の果てへ、まるで地から雲に向かって跳ね上がった稲妻の如く、爆音と閃光をばら撒きながら天へと駆け上がったのは、全身に配された隈取を目が潰れんばかりの光量で輝かせるドラグリヲ。



 それは眼下にて浅ましく蠢く敵をはっきりと視認すると、堪え切れない怒りのままに身を捩じらせながら咆哮した。 迸った轟音の波動が雲を霧散させ、船外にて不用意に立ち尽くしてたパワードスーツ姿の兵隊達を張り倒す。



「死ねよ! 死ねや蛆野郎共があああ!!!」



 爆撃にも等しい音の暴力に紛れて、兵隊達の耳に届く絶叫。


 


 怒り、悲しみ、そして怨讐の情に満ちた重い言の葉は、人の血を浴びた者達の耳に死の宣告として届き、数刻までの希望や野望全てを踏み砕いていった。

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