第29話 狭間



 赤々とした太陽が沈み、夕闇が迫る荒野に築き上げられた死骸の山。その麓で血塗れのアーマメントビースト達が各々好き勝手に行動している。


 ふてくされたように胡座を掻いて頬杖を立てるクラウドライダーに、全身の装甲を展開して機体を冷却しながら周りを見渡すブレイジングブル。 さらにその隣で蚕魂が人数分の毛布を作り、不要になって舞い散った糸屑を追いかけてマサクゥルが遊ぶ。


 一見のどかな光景だが、コックピットに収まった各パイロットの心情は剣呑であった。理由はお飾りの地位以外には何の価値もないド素人からの要求である。


 生体レーダーからは既に生きている害獣の反応は消えているものの、報告を受けた近隣要塞都市の反応は大層ヒステリックであり、その不安の矛先は当然の如く事態を収拾した当人達へと向かっていた。



「全く、現場を知らない高尚な方々の御意見とやらは素晴らしいモンだな! 奴等がこの区域から全滅した証拠を提示するまで離脱を許さないだぁ? はっ、死んでも帰ってくるなと言いたいのかよ」


「気にするな、俺達は俺達自身が死なない為に最善を尽くせばいい」



 余りに理不尽な命令にクラウドライダーの若いパイロットが早口で不平を漏らすと、ブレイジングブルのパイロットたる壮年がフォローを入れ、彼なりの言葉で慰める。そして一旦周囲の索敵を切り上げると、黙々と野営用のスペースを造成していたドラグリヲに通信を入れた。



「やれやれ、つまらないことに巻き込んじまって悪かったな。ええとお前さん名前は……」


「雪兎、真継雪兎です。貴方は?」


「俺はクラウス・グランヴィル。この寄せ集めの管理を頼み込まれたしがない男だ。ついでに紹介すれば猿に乗ってる五月蠅い小僧がサミュエル・ロン。蛾に乗っているスかした仮面野郎がジェスター。犬に乗っている危ない金髪女がミシカだ」


「一言多いんだよおっさん!俺はアンタが必死に頼むから来てやったってのに!」


「まぁ落ち着けよロン、報酬は割り増しして払ってやるから機嫌直してくれ」



 耳聡く小言を聞きつけ、名を呼ばれた短髪の3枚目の青年が横合いから不満をぶつけると、クラウスはなあなあと受け流し、何事もなかったかのように再び画面越しに雪兎へ視線を向ける。



「皆さんは何故ここに? これだけの戦力なら台湾に召集されてもおかしくは無いはずですが」


「なぁに昔なじみからの依頼だよ。理由は後で話すからとにかくこの座標まで急いでくれと拝み倒されてな。依頼人と俺のツテで使える奴を何とかかき集めて出撃したんだがこのザマだ。 全く、恩の貸し借りなんて安易にするものじゃない」



 スジを通したところで損ばかりだと、クラウスは疲れ果てたようにシートに背を預けて蓄えられた立派な白髭を退屈しのぎに撫でる。すると話が止まっている最中を見計らって、暇を持て余したロンが機体ごと二人の傍まで寄って来た。



「ロンさん、一体何があったんです?」


「非常識な数の害獣共がいきなり霧の中から湧いたのさ、まるで夕暮れ時に道ばたで群れてる羽虫のようにな。最初はレーダーがぶっ壊れたのかと思ったが、ガチで格納庫にまで乗り込まれた時には流石に焦ったぜ」



 その証拠に見てみろとロンが雪兎に動画ファイルを送り付けると、雪兎は言われるがまますぐさまそれを再生する。しかし僅か10秒と持たず悼むような表情を浮かべながら動画を止めた。渡されたファイルに納められていたのは、マフィアが撮った悪趣味なスナッフフィルムよりもずっと惨い殺戮の記録。


 捕らえられた兵士達が害獣共の食事にちょうどいい形に加工される様はこの上無く悲惨だった。そして雪兎は以前テレサが馳夫に語っていた事を思いだし、彼女の言動が嘘でなかったことを今さらながら理解する。



「申し訳ない、もっと早く救援に入れていれば……」


「まっ、終わった話を愚痴ってもしょうがないだろ。 今は運良く生き残れた事を祝してのんびりしてようぜ。 現場を考慮しないスカタンの戯れ言なんざ無視だ無視っと」



 表情を曇らせた雪兎へのフォローもそこそこに、ロンは既に蚕魂が完成させていた毛布をコックピットに引き込むと、一人リラックスの体勢に入っていく。


 無責任な難題を押し付けられたことを余程気に入らないのか、呪詛めいた愚痴がスピーカー越しに流れてくると、雪兎は苦笑いしながら保管していた携行食料を頬張った。



「うーん、気持ちは分からなくとも無いけどそこまで言うかな」


『貴方がタフ過ぎるだけなんですよユーザー。それより貴方も少しは休んで下さい。長丁場となる以上、無駄な体力の消耗は命取りになります。 周囲の警戒は私が行いますので心配無用です』


「あぁ悪いな」



 ホログラムとなりコックピット内に現れたカルマに礼を言いつつ、雪兎は外に置かれていた毛布を一枚収容し、メインモニター越しに一旦外を見る。しかしその瞬間、雪兎は首を傾げながらドラグリヲのメインカメラのクリーニングを実行するが、尚も首を傾げ続けた。


 機材に問題は無く、自分の眼が狂ってる訳でもない。にも関わらず何故か外界がぼやけて見える。



「なんだこれ、霧?」


『おかしい、こんな濃い霧が出るような気象条件ではないはずですが』



 同じくカルマも周辺の気温、湿度、地形等をチェックしながら、己のカメラアイが正常に動作していることを確認しつつ首を捻った。ほんの数秒までは夕焼けが燦々と輝く晴れ模様だったはずが、今はここにいる5機を中心として何故か深い霧が渦巻き始めている。


 そんな折、今まで一人遊びをしていたマサクゥルが立ち止まると、その特徴的な4つの頭を全て同じ方角へ向けて唸り始めた。



「おいどうしたミシカ」


「アンタは分かってるだろ、敵だよ」



 ブレイジングブルの冷却を停止して戦闘体勢を取り始めたクラウスの問いにミシカが手短に答えて程無く、生体レーダーの一角が突然何の前触れも無く真っ赤に染まる。



「いやはや、じつに賑やかな夜になりそうだ」


「あぁ畜生!いい加減うんっざりだぜ!」


『いや、そうでもないだろう』


「んだと?何を根拠に言ってやがるキザ野郎!」



 休む暇も与えられず連戦を強いられた事に苛立ち、ロンは被った毛布を蹴り上げながらジェスターに八つ当たりを行うも、当たられた本人はロンの不満を一切無視して雪兎の方へ向き直りながら言葉を紡ぐ。



『真継雪兎、君が駆るその機体ならば我々が手を下さずともやれるだろう。 あの方角の先にあるのは荒野と禿山と海だけだ。 遠慮する必要などあるまい』



 宙に張り巡らされた糸の上に優雅な姿勢で腰を据えた蚕魂の中で、ジェスターは一人腕を組み、雪兎に冷たい視線を向け続けた。それに背中を蹴られるように雪兎は左手を固く握りしめる。



「ブレスか……」


『こちら側の消耗とあちらの数を鑑みれば妥当な判断だと思われます。


 ユーザーがよろしければ何時でも発射体勢に移れますが如何しましょう?』


「それが最善ならなんの異議もないさ。 それに一回試してみたいことだってある」



 ジェスターの指摘通り、害獣共は無謀にも要塞都市を背にすることなく限定された方角から馬鹿正直に大群で迫ってくる。ならば遠慮はいらないと、雪兎が左腕に接続されたグロウチウムケーブルの存在を強く意識すると、身体から放出されたエネルギーが口腔内主砲に注ぎ込まれ、ドラグリヲの口端から光となって漏れ始めた。



「皆さん、ドラグリヲの後ろへ下がってください」


「おい何をやっているんだ真継、まさか一人でどうにか出来るとでも……」


「黙れロン、下がれと言われたなら大人しく下がってろ!」



 訝しげに表情を歪めたロンをクラウスは乗機ごとブレイジングブルの影に収めると、残りのメンバーもしっかり退避していることを確認し、身振りで雪兎に合図を送る。


 直後、沈みかけた太陽より遙かに目映い閃光が迸り、ドラグリヲの眼前に存在していた物体全てが一挙に消し飛んだ。荒野、雲、山々に丸く綺麗に抉られた傷を残し、射線上で群れていた害獣共が一斉に塵へと還る。



「うぉおおお凄え! あんだけの数が一気にぶっ飛んだぜ!?」


『騒ぐな、まだ終わりじゃない』


『そうです、どうやらまだまだいらっしゃるようですね。万一殺し切れない事態に備えて皆様応戦の準備をお願いします』



 騒ぐロンを諌めるジェスターの言葉に答えるように、カルマはメンバーに注意を促すと、自分は主の側に近寄り、歯を食いしばってエネルギーの流出に耐える雪兎にそっと耳打ちする。


 声色にこそ出さないものの、心配のあまりその表情は晴れない。



『ユーザー、そろそろブレスの停止を。これ以上の消耗は今後の戦闘行動に支障が出る恐れがあります』


「いや大丈夫だ、こうやれば多分もう少しは……」



 まだ撃っていられると、雪兎はブレスの照射を続けながら頭の中でホースから流れ出る水をイメージする。 放水口を絞られ、吐き出される水の勢いが増す様を。すると、今まで無秩序に拡散し続けていたブレスが細く収束され、己の身体から流れ出るエネルギーの勢いが鈍化した事を雪兎は感覚的に理解した。



「いける、これなら押し切れる!」



 多少照射領域が狭くなったが、現在処理している害獣相手ならさほど問題は無い。否、それどころかブレスの余波で発生した大気のうねりに巻き込むだけでも十分だと、雪兎は細ばった光の奔流を思い切り振り回し、立ちこめていた霧を害獣の群れごと吹き飛ばす。


 そうやって駆除を続けるうち、雪兎は新たな疑問を抱いた。



「何処だ? こいつらは一体何処から?」



 完全なる無から有が産まれる事などあり得ない。必ずや何か小細工があるはずだと、雪兎は吹き飛ばした霧の結界の跡に意識して視線を向け、不自然なものを見落とさないよう徹底して視線を巡らせる。


 各種レーダーやセンサーの類は害獣の存在以外の報告をしてはくれず、根本的な解決には何の寄与もしてくれない。大規模な巣穴か、それとも戦力補充を担う害獣が潜んでいるのか、いずれにしても元を断たなければどれだけ殺しても無駄だと、雪兎は内心焦っていた。



『ユーザー、貴方の考えは何となく分かっていますがこれ以上ブレスを撃ち続ける事を承諾することは出来ません』


「あぁそうかい、こんなにも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる奴が居て僕は幸せ者だよ畜生!」



 カルマの宣告に対し、雪兎はイヤミたっぷりに返しながらも悪足掻きとばかりに、群れから離れた所で点在していた害獣達を薙ぎ払う。一見何の変哲も無い、巷に溢れかえった醜い中型害獣共を。


 だが、それらがブレスに巻き込まれた瞬間、雪兎は明らかに尋常ではない何かが害獣のハラワタからまろびでるのを目撃した。



 まるで生きているかのように脈動する、不可思議な光を漏らす切り傷状の何かを。



「あの裂け目は一体?」


『何を言い出すんです? 今ここで害獣以外に観測出来るものなんて何もありませんよ』



 雪兎がふと洩らした言葉に対し、カルマは何の感慨もなく言ってのけるも、その瞬間に雪兎は自分が見たものの異常性を認識する。



 人間どころか、人間より優れた存在であるカルマにすら観測出来ない何か。


 そんなものが放っておいていい存在であるはずが無い。 確証など無いが雪兎はそう確信した。



「すまないカルマ、もう少しだけ好き勝手にやらせて貰う!」


『は!?』



 そう言うが早いが雪兎はカルマの権限を一時剥奪し、ブレスの出力を再び最大にする。標的は勿論、自分にしか観測出来なかった正体不明の裂け目。



「小細工なんざやってで日向に出て来やがれ! 出てこないならその中で蒸し焼きになって死にやがれ!!!」



 圧倒的な力があるにも関わらず姑息な手を弄する害獣共に対する憎しみが爆発的なエネルギーへと転化され、主砲の口径を遥かに超える極光となり迸る。


 あまりの出力にしっかりと射撃姿勢を取っているドラグリヲのボディが勝手に後ろへと下がり始めるが、雪兎は決して攻撃をやめなかった。



 確実に消滅させたことを視認するまではと、頑なに左手を握り続ける。



 しかし、標的となった裂け目はそれだけのエネルギーを受けても一切その存在を揺るがせることはなかった。否、それどころかその裂け目はブレスのエネルギーを得て爆発的に成長すると、生き残りの害獣ごと纏めて周囲の地形を飲み込み始める。


 砕ける地形、吸い寄せられる雲、色を変えていく空。 それら二次的な環境の変化から雪兎以外の人間も、そしてカルマもようやく事態の深刻さに気が付く。



「お……おい真継、何が一体どうなって……」


『ユーザー!いますぐブレスの照射をやめてください!』


「駄目だ今さら何をやっても間に合わん! 総員衝撃に備えろ! 何だか良く分からんが巻き込まれるぞ!」



 切羽詰まったクラウスの指示を受けてドラグリヲ以外の機体全てが姿勢を防御姿勢を取るも、付け焼刃の対策などたかが知れていた。


 裂け目の中から無秩序に放たれる衝撃破は、固まって身を寄せ合う5機を地面ごと空中に放り投げると、勢いそのままに裂け目の中へと吸い込んでいく。



 憤激、観念、絶望、無関心、そして興奮。



 様々な感情を宿した5人と1機はその抵抗も虚しく、裂け目に呑まれてこの区域から消えた。



 綺麗に円形にくり抜かれた、明らかに異常な出来事が起きたという痕跡だけを残して。



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