第10話 葬列

 その軍勢は揺蕩っていた。


 憎悪すべき対象であるはずの人類が築き上げた文明の亡骸をまるで守るかの様に深々と抱き、眠りに就いた様に微かな羽音一つすら立てず、静かに揺蕩っていた。


 吹き抜けた風に乗って群れが揺られる都度に、夜の帳が落ちた様に暗黒に包まれた遺跡都市の中を半透明な虫の翅を通して降り注いだ曖昧な光が刺し込み、原型を無くして尚も直立を続けるモニュメントを仄かに浮かび上がらせる。


 水面に沈み時を止めた古代都市の様に、自然に朽ち果てるまでの永い時の中を佇み続けるどこか幻想的な趣さえ感じる廃墟。


 だが、その美しい光景も突如外界から飛び込んで来た一筋の光迅によって蹂躙されると、波間に描かれた砂絵の様にたちどころに消滅した。


 プラズマ化した大気が付近の害獣共を纏めて焼き尽くし、遅れて来た衝撃波が強化コンクリートで舗装された地面を岩盤ごと抉りぬくと、その底に投棄されていた大量の廃燃料を曝け出す。


 外気と日光、そして高熱に晒されたそれは瞬時の内に膨れ上がり、更に地下に溜め込まれた燃料すらも巻き込んで爆裂する。


 地表に太陽が顕現した様にも錯覚する程の巨大な炎の塊が、遥けき空をも赤く焼き上げてさらなる拡大を続けようとするも、その体内に前触れも無く幾筋もの電光が迸ると、その偽りの太陽は一転して収縮を開始し、竜を象った紅蓮の衣と完全なる融合を遂げた。



「行き掛けの駄賃はこれでチャラだ!」



 黎明の空の如く真紅に染まった炎の鎧を纏い咆え狂うドラグリヲの中で、雪兎は敵陣通過時に記録していた映像の解析をカルマに頼むと、怒りに打ち震え威嚇を開始した軍勢を憎悪を込めた目で睨み返した。



「これだけの量の中からたった一匹を探せってか? 無茶言いやがる」


『大丈夫ですよ、標的と思わしき個体群のデータは私が持っています。


 ユーザーは群れの中を飛ばす事だけに集中して、後は私に任せて下さい』



 思わず愚痴る雪兎は宥める様にカルマがすかさずフォローを入れ、促す。



『……フォース・メンブレンが熱を保てる時間にも限界があります、お急ぎを』



 冷静ながらもどこか焦燥が混じった様なカルマの言葉。それに雪兎は返答する時間さえ惜しいとばかりに黙って頷いて応えると、牙をカチ鳴らしていたドラグリヲと共に咆哮を上げ、空一面を覆わんばかりに展開した軍勢の中に迷う事無く飛び込んで行った。


 周囲に群がる害獣共を悉く焼き払い、慣性の法則を無視したような狂った挙動で敵陣を疾駆する紅蓮の閃光。 対する蟲の軍勢も一方的にやられるばかりでは無く、すぐさま学習していた有りっ丈の武装を展開し反撃に打って出た。


 さきほどドラグリヲが火球を吸収したのを見て理解したのか、一切爆風を伴う兵器を撃ち出す事無く、凄まじい密度の金属雨が360度あらゆる方向からドラグリヲを狙って飛び、その都度にエネルギーの膜の表面が無数の水王冠を作って揺れる。


 フォース・メンブレンが無ければ即爆散してもおかしくない暴風雨の中、暫くの間沈黙を守っていたカルマの声が雪兎の耳に届く。



『外観照合率99.8%以上の個体を探知。3時の方角、距離3000。複数の大型個体に守られている様ですがあの程度のクラスならば恐れる事はありません。


 ドラグリヲの戦闘能力と比べれば塵芥同然です。さっさと仕留めて帰還する事を強く薦めます』


「あぁ、言われずともそのつもりだ!」



 モニター上に新たに浮かび上がったマーカーを睨んだまま吐き捨てる様に返す雪兎。 それに呼応するようにドラグリヲは地を抉り抜かん勢いで蹴り飛ばすと、群れの奥深くに潜んでいた卑怯者に対して全力で躍りかかった。


 勿論害獣共もそれを黙って見過ごす訳も無く、ドラグリヲの侵攻経路を見切ってそこに火線を集中させ対応する。


 今まで以上に苛烈な弾幕による迎撃によってフォース・メンブレンに溜め込まれていた熱エネルギーが一段と激しい勢いで減衰していく。


 だがそれは王手が近い証拠だと雪兎は根拠も無くそう思い込むと、構わずドラグリヲを前進させて標的を射程圏に収めた。



「見えた!死ねぇえええ!」



 刹那、咆哮と共に繰り出された全力の突きが咄嗟に標的を庇った害獣の胴を貫通し、標的の元へと確かに届いた。



「殺ったぞ、クソ野郎!」



 マインドリンクを介して何かを握り潰した感触を感じ取り、勝利を確信する雪兎。ゆっくりと標的を庇った個体から拳を引き抜き、胸に溜めた息を深く吐く。



 ……だが安堵の時間はそれまでだった。



 王を始末すれば後は勝手に瓦解してくれると首領は説明していたが、その様な出来事は一切起こりはしなかった。


 否、それどころか軍勢はますます勢力を増し、ドラグリヲを中心に巨大な蜂玉を形成するかの如く幾重にも取り囲むと、その内部に弾丸の結界を張り巡らさせる。


 明らかに統制が失われていない事を示す秩序だった行動を目にし、雪兎は思わず顔を顰める。



「おい話が違うじゃないか。 今確かに頭を仕留めた筈なのに何で蹴りが付かねぇんだよ!!」


『待って下さい。 突入から現在に至るまでに記録したデータを一から解析し直しています。


 何か私が見落としをしているかもしれません』


「くっ、本当に見落としで済む話なのか?もしリーダーなんてものが最初から居なかったとしたら……」


『その時は皆殺しにすればいいだけの話でしょう!?


 口を動かしている暇があるのなら黙って手を動かしてくださいよ!』



 鬼気迫るカルマの言葉に思わず言い濁す雪兎。 その隙を突くようにカルマは畳み掛ける様に言葉を続ける。



『いいですか黙って聞いて下さい。さらなる解析の結果、群れの主と思しき個体が非常に大きな距離を置いて複数存在する事が確認されました。 しかしこれらの中に本当にボスが居る確証はありません。


 もしかしたら貴方の仰る通り最初からそんなもの居ないのかも知れません。


 ですが私達には他に有力な手掛かりは何一つ無いのです』


「やるか、やらずに死ぬかの二択か……」


『理解が早くて幸いです。 急ぎましょう時間がありません』



 カルマのどこか暗い声に促され、雪兎はドラグリヲのボディに視線を向けた。


 先程まで分厚く躯を覆い尽くしていた筈の熱膜は既にその下の装甲が窺える程までに薄くなり、膜に触れる前に蒸発して消えていたはずの砲弾が時折溶けたまま貫通し、装甲に張り付くようになっている。



「まぁ、黙って嬲り殺しにされるよりかはマシだよな!」



 話す暇すら無くなった事を悟り、深く長く息を吐いて精神をドラグリヲの躯と完全に同調させる雪兎。


 そして口腔内主砲から吐き出させたナパーム弾を至近距離で破裂させ、一時的にフォース・メンブレンの温度を上昇させると、ワザとらしく軍勢の外周付近を右往左往している標的に向かって突撃を仕掛けた。


 最早構えなど不要だとばかりに、がむしゃらに振り翳された爪が道を塞ぐ害獣共を細切れにし、余波で発生した衝撃波が破砕された岩盤ごと大気を掻き回し再生を遅らせる。 走り抜けた後にそんな事が起きている等とは露とも知らず、雪兎は紅蓮のDNAを吸収した事により効率化されたボディを目一杯運動させてマーカーが付けられた標的達を一閃また一閃と確実に切り捨てていき、あっという間に最後の標的へと肉薄する。



「コイツで最後だ! これで駄目なら……」


『駄目なら?』


「お前の言った通り一匹残らず殺してやるさ!」



 カルマの問いに対し無理して笑顔を浮かべながら雪兎は返すと、咆哮を上げながら爪を突き出した。


 ミサイルの巡航速度以上のスピードで運動する爪は吸い込まれるように寸分狂わず目標の頭に命中し、中身を盛大に飛び散らせる。


 カルマの予測が正しければこれで終わる筈だと、雪兎は願う様に牙を噛み締めながらゆっくりと突き刺さった爪を引き抜かせる。


 じゅるじゅると音を立てて崩れる生温い肉と中途半端に硬い甲殻が織り成す気味の悪い感覚がマインドリンクを介して雪兎に伝わり、強い不快感を刻み付ける。



「くぅ……」



 思わず集中を乱し、手の先を軽く振って違和感を紛らわさせる雪兎。だがその瞬間、ほんの僅かな隙を付いて害獣共は一斉に反撃の狼煙を上げた。


 確かに急所を貫き、即死させた筈の個体が突如奇声を上げるとフォース・メンブレンに身を焼かれるのを構わず突進し、ドラグリヲのボディに強くしがみ付く。



「なっ!?」



 殺した相手に懐に入られるという理解し難い状況に雪兎は混乱し咄嗟に引き剥がそうとするが間に合わず、組み付いてきた死骸は全身からガス状の何かを大量に放出しながら破裂した。


 強い冷気を伴った大気の奔流が直撃を受けたフォース・メンブレンを大きく揺らし、僅かに残っていた膜をも収縮させ消滅させる。



『……やられた!』



 カルマの悔やむ様な声が、事態が一気に悪化した事を雪兎に悟らせた。



「まだだ!まだ何とかなる!こんな豆鉄砲如きで容易く沈む程ヤワに造られている訳じゃ無い!」



 一刻、一刻と激しさを増していく砲弾の嵐の中、被弾を最小限に抑える為にドラグリヲを不規則な軌道且つ全速力で走り回らせながら雪兎は思考をめぐらせる。



「どこかに無いか?熱源になりそうな物は……」


『地表にあった物は全て戦闘の余波で吹き飛んでしまいましたし、周辺の地下に埋蔵されていた可燃物は全て襲撃時に吸収してしまいました。後は装弾されている弾薬の爆風を吸収する位しか手がありません』


「頼りないな。だがそれでもやるしか道はない!」



 悲愴さすら感じられる呟きを残しながら雪兎は表情を歪ませる。


 そしてドラグリヲの腕部に内蔵された砲撃機構から砲弾を抜き出そうとした刹那、耳元をどこかで聞いた様な不愉快な音が掠めた。


 一瞬マインドリンクを通じて外から届いた音だと思うも、髪を掠めて何かが飛ぶ気配を間髪入れず感じ取り、一筋の冷や汗が頬から顎を伝って流れ落ちる。



「まさか……」



 鼓動が痛いほどに激しく打ち、喉を鳴らす生々しい音が雪兎自身に強い焦燥を感じていることを自覚させる。そして雪兎は恐る恐る視線を音源の方へ向けると、そこには招かれざる客が鎮座していた。


 明滅するメインモニターと計器の間の凹凸。雪兎から見て正面側で唯一死角が出来る僅かな隙間に、出撃前、首領が全て駆除した筈の蜂型害獣が誇らしげに翅を動かしつつ陣取っていた。



「畜生!」



 その瞬間最悪のシナリオが雪兎の脳裏を過ぎり迷わず左腕を伸ばすも、その害獣は雪兎を嘲笑うかのように顎を鳴らすと、自身の肉体を対獣グレネードそのものに変化させ自らの意志でピンを飛ばした。



「ハッチを開けろカルマァアアアアア!!!」


『えっ!?』



 すぐさまそれを左手で掴みメインモニターを殴ってカルマに促すも間に合わず、大量の赤い血潮と破片を飛び散らせてそれは破裂した。


 ナイフの様に鋭い大量の甲殻の破片がスーツを貫通して脇腹や胸に深々と喰い込み、流れ出した鮮血がコックピット内を赤く染め上げる。



「あ……がぁ……」



 害獣化した左腕によって防御した事により致命傷こそ避けたものの、被害が甚大である事に変わりは無かった。


 身体を覆っていたスーツの大半が焼失し、大部分の衝撃を受けた左腕が根元から大きく裂かれて痙攣を起こしている。



『ユーザー!?』



 コックピット内部を直接襲撃され、自身の危機管理体制に大きな欠陥があった事に強い自責の念に駆られながらカルマは機体のリソースを治療に割り当てようとする。 しかし雪兎は細い首筋に大量の脂汗を浮かべながらもそれを拒んだ。



「僕に構うな……、奴を……探せ……!」



 あまりの激痛に身体を捩じらせ喘ぎながらも雪兎は指示を出すが、当然カルマはそれを頑として受け付けない。



『何馬鹿な事を言ってるんですか!?このままでは奴を殺すよりも先に貴方が死んでしまいます!』



 サブモニター内を忙しなく飛び回るバイタルデータの山が、雪兎が既に死に瀕している事を告げる。


 だがそれでも雪兎は動じなかった。


 死を覚悟する程の度胸があった訳でも、既に何もかも諦めていた訳でも無かった。


 ただ確信があった。この程度の事で死ぬことを自身に巣食う化け物が許す筈が無いという確信が、ただ雪兎の心を支え続けていた。



「大丈夫さ、だって僕はもう普通の人間じゃ無いんだから……!」



 全身を蝕む痛みに耐えながら、雪兎はモニターに映ったカルマに向かって笑ってみせる。


 その瞬間、雪兎の左半身に点在していた獣の血肉が宿主の生命の危機を感じ取り猛烈な勢いで侵蝕を再開した。


 無惨に裂かれた左腕と、刺し貫かれた胸と腹が人由来では無い筋組織によって瞬く間に復元され、更に強靭に進化する。


 そして異形の血肉に含まれていた興奮作用が痛みで燻っていた雪兎の闘争本能を更に刺激すると、ドラグリヲと共に高らかと人外の咆哮を上げさせた。



「オオオオオオオオ!!!」



 地を揺るがし、天よ墜ちろとばかり迸った波動。


 それは雪兎の体内から再び放出され始めた莫大なエネルギーを滅茶苦茶に拡散し、不用意に近づいてきた個体を完全に消滅させるに至る。



『これは、まるであの時のような……』



 紅蓮と相対した時に観測した、常識ではあり得ない光景。


 それを再び目の当たりにしカルマは僅かに動揺するも、実際にドラグリヲと敵対する害獣共の反応はその非では無かった。


 その尋常では無い殺意と怒りが込められた力に害獣共は恐れをなす様に一時攻撃を中断すると、遠巻きにして一斉に威嚇を開始する。


 人が本能的に恐怖を感じる波長を帯びた地鳴りのする様な輪唱。だがそれに雪兎は怯む事無く全力でドラグリヲを吶喊させた。



「この怯えっぷりを見るにこいつ等も無敵ではないみたいだな」


『しかしそれはこっちも同じことです。 この状態が何時までも続くなんて考えられません』


「よく分かってるじゃないか、実際こうなると中々疲れるモンなんだぜ。


 体感だと大体5分位が限界だな。 それ以降はグロッキーになっちまう」



 エネルギーを奪われる辛さを表情に滲ませ、雪兎は肩で呼吸しながら言葉を紡ぐ。


 そんな雪兎の弱弱しい態度を見てカルマはコックピット内に実体を顕すと、雪兎の膝の上に乗りつつ主の顔を見上げた。



『私に一つ策があります。 私を信じて任せてくれませんか?』



 真剣な表情で提案したカルマに対し、雪兎は静かに頷いて一言だけ呟く。



「やれ」と。




 その瞬間、今まで超高速で走り抜けていたドラグリヲは突如としてアイゼンを深々と食い込ませ、盛大に砂塵を振り撒きながらその場に停止した。


 迎撃の姿勢すら見せず完全に棒立ちとなり、唸り声一つ立てずにその場にジッと立ち尽くす。


 一見すれば明らかに腹に一物のある様な、子供でも疑うような稚拙な挑発。


 だが今の軍勢にそのような事を疑う余裕など無かった。


 あらゆる攻撃を増殖のトリガーに出来るという圧倒的なアドバンテージを覆されたかもしれないという焦りが正常な判断力を奪い、あからさまな誘いをチャンスだと即断すると、パイロット自体を嬲り殺そうと自らの意思でミクロサイズにまで分裂しつつ殺到した。


 破損した装甲の隙間から浸透し、グロウチウムの修復機能でも追い付かない程の猛烈な勢いで内部を破壊しながら確実にコックピットに向かって近づいていく。


 そうしてコックピットまであと数センチという所まで到達したその時だった。



『今です、ヒートスモーク起動』



 刹那、使い物にならなくなった両腕部が大量の煤煙を伴って破裂し、凄まじい勢いで拡散を開始した。 粘性すら感じる程に重く、1メートル先さえ窺えない程に濃い超高熱の煙が戦場を覆い尽くし、軍勢の大部分がその中へと巻き込まれ蒸し焼きにされる。


 外界へと通じる最短ルートさえも分からないままパニックに陥り、のた打ち回りながら事切れていく害獣共。 その様はまるで精強な治安部隊に蹴散らされた愚かな群集の如く、見苦しく浅ましいものである。



 しかしその混乱の中でたった一匹だけ、平静を保ち続けている個体がいた。


 最も数が多く、最も弱い個体と全く変わらない外観をしたそれは、運良く逃げ延びた大型個体の中で仲間が犠牲になろうと何処吹く風とばかりに煙の結界の周囲を気ままに且つ静かに飛び回る。


 そして遊覧飛行の果てにスモークの内部を僅かに窺える濃度の薄い箇所を見つけると、そこに居た個体群の中にさり気無く紛れ込み陣取った。


 まるで勝利を確信し、ドラグリヲの最期を見届けに来たかのように。



 ――が、その虫は煙の中を覗き込んだ瞬間に気付いてしまった。


 僅かに薄まった煙の奥底で、ドラグリヲの血のように赤い瞳が外界の様子を静かに窺っていたことに気付いてしまった。



『馬鹿が居ました、私の言った通り馬鹿が炙り出されましたよ』


「あぁ、会いたかったぜチキン野郎!」



 身体を叩き割らんばかりの音量で叩きつけられた音の塊を受け、罠に嵌められた事を理解し途端に逃げ出そうとする卑怯者。 勿論この絶好の好機を雪兎が逃す筈も無かった。



「無駄だ! テメェは人間様との知恵比べに負けたんだよ!」



 煙の結界を引き裂き、無骨な機動ウィングと傷だらけの装甲を展開させたドラグリヲが殺意を全身に漲らせ脇目も振らず飛び出すと、再び群れの中に紛れ込もうとした間抜けに牙を深々と食い込ませた。


 人間の肉体に例えれば首付近と思われる部位に深々と喰らい付き、死なない程度の力で捕らえながら雪兎は意地悪く頬を吊り上げる。



「雑魚と同じ姿に化けてやり過ごそうとしていた訳か、どうりで見つからん訳だ」



 ただの虫とは思えない知恵の回りように内心感嘆しながらも、雪兎は赤い血潮を垂れ流し呻き声を上げる標的を哀れみを篭った目で睨む。


 そして背後に迫る軍勢を挑発するように顎を振らせると再び走らせ始めた。



「さぁ追って来い、でねぇとテメェ等の王様が大ピンチだぜ?」



 最早遠慮は要らないとばかりにアクロバットな跳躍を繰り返しながら、ドラグリヲは駆ける。


 対して軍勢も必死に追い縋ろうとするが、音どころか影としてしか認識できなくなるまで速度を上げられるドラグリヲに追い付ける筈も無く、自然と軍勢の隊形は長く伸び、やがて今まで四方よりドラグリヲを囲んでいた害獣共がほぼ一直線に並んだ。



『標的全て射程圏内に収まりました。 ユーザー、準備はよろしいですか?』


「あぁ、こっちは何時でもやれる!」



 モニター一杯に表示された敵軍勢から放たれる悪意と殺気を身に受けて雪兎は覚悟を決めると、体内から産出され続けるエネルギー全てをドラグリヲに委ねた。


 己の身体から凄まじい勢いで力を奪われていることを実感しながら、雪兎は暫し黙ってカルマのアナウンスに耳を傾ける。



『搭乗者及びリアクター、主砲との連結完了………


 多次元ライフリング急速展開………


 反動熱変換機始動開始………


 エナジーハンマー生成……


 姿勢制御アイゼン射出…


 最終ロック解除“ブレス”いつでも撃てます』


「終わりだ」




 カルマの声に促されて雪兎が確固たる殺意を抱いた瞬間、ドラグリヲの喉奥から咆哮と共に迸った滅びの閃光が全てを等しく呑み込んだ。


 雪兎の知らぬ間に名を付けられたそれは標的を、軍勢を、大地を、そして雪兎の視界をも等しく包み込み滅していく。


 そして現在の雪兎でも耐えられないほどの轟音の波動がコックピットを襲った時、辛うじて保たれていた意識も眩い光条の中へ呑まれていった。

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