流星より愛をこめて

庵字

序章  円盤が来た

「あっ! あれ!」


 星野ほしの少年は前方の夜空を指さした。

 その声に釣られて有井麻矢子ありいまやこも視線を向けると、夜空の中、星のようなひとつの光が、ゆっくりと、流れるように水平線に向かって動いていた。


「落ちてる? 違うよ、飛んでるんだ! あ、ほら! 点いたり消えたりしている!」


 星野少年は、その光の動きを興奮した様子で実況した。


「飛行機……じゃないの?」


 麻矢子は怪訝な表情で言ったが、星野少年の熱っぽい言葉はそれを否定する。


「全然違うよ! 飛行機があんな飛び方するわけないよ! ――あ! 消えた……」


 明滅しながら水平線に向かって飛ぶ謎の光は、途中にせり出した岩場の影に隠れて見えなくなった。

 同時に星野少年も口を噤み、二人は、波濤が岩に当たり砕け散る音だけが聞こえる、海沿いの道に佇んだ。


「ねえ」星野少年は麻矢子の顔を見上げて、「見たよね?」

「えっ? う、うん、見た……けど……」

「UFOだよね!」

「そ、そう……なのかな……」

「そうだよ! 凄いね! お祭りの帰りに凄いもの見ちゃった! 明日、みんなに教えなきゃ!」


 星野少年は興奮冷めやらぬ声で捲し立てた。


「もう……」麻矢子はため息をついて、「誰にも言ったら駄目だよ」

「えー、どうして?」


 星野少年は不満そうに口を尖らせる。


「そうでしょ。UFOを見た、なんて、信じてもらえるわけないでしょ。つばさくん、もう三年生でしょ。そんなこと言いふらしてたら、変に思われるよ」

「変に思われるも何も、本当のことじゃないか……」

「とにかく、駄目」

「ちぇっ……」


 舌打ちして顔を伏せた星野翼は、繋いでいた麻矢子の手を振りほどいた。麻矢子は、もう一度ため息をつくと、星野の前に屈み込んで、


「じゃあさ、これは、私と翼くんと、二人だけの秘密にしよ」

「え……?」


 星野は顔を上げた。

 涙が滲みかけていた星野の顔を見つめて微笑んだ麻矢子は、


「名前、付けようか?」

「名前?」

「うん、今見たUFOに、名前。何とか星人って、翼くんが好きな特撮とかに出てくるでしょ?」

「……じゃあ、ケフェウス星人!」

「ケフェウス星人? 星座にケフェウス座ってあるね」

「うん、かっこいい名前だから、憶えてたんだ。そうしようよ」

「分かった、そうしよ。ケフェウス星人ね」麻矢子は星野の頭を撫でて、「ケフェウス星人。私と星野くん、二人だけの秘密、ね」


 星野は笑顔になって頷いた。



「……あの夜、まやちゃん――麻矢子さんは、ひとりだけで円盤に会いに行ったんです、きっと。そこで、麻矢子さんはケフェウス星人と一緒に宇宙に旅立ってしまったんです。今いる麻矢子さんは、ケフェウス星人が身代わりに残していったアンドロイドなんだと思います……」


 事件の全てが終わったあと星野翼は、五年前の出来事を述懐したのち、そう語った。

 星野は学生服の袖で目に溜まった涙を拭う。

 その涙が何を意味しているのか、誰にも分からなかった。

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