スリーサイズ探偵部

泡沫恋歌

Pert.1 アイツと俺

 俺は注意深く周りを見回した。

 授業が終わった放課後の教室には、まだ生徒たちが残っていて、あっちこっちで雑談をしている。その中にアイツの姿は見当たらない。

 よし、今だ! 今こそチャンス。

 俺はゆっくりと椅子から立ち上がると、人目につかないように気配を殺して、そっと教室のドアを後ろ手で閉めた。教室から抜け出した俺は、廊下に出ると早足で歩き、教室のある三階から一階までは、階段を一気に駆け降りた。

 急げ! アイツがいない間に逃げるしかない。

 校舎から出ると正門ではなく、裏の通用門に向かって俺は全力疾走する。五時間目の授業が終わった休憩時間に、通用門の近くの植え込みの中に逃走用に、カバンを隠して置いたのだ。

 校内から出たら、このまま駅に向かい電車に乗ってしまえば、こっちのものだ。これで家に帰れるぞ! ニヤリと思わず笑みが零れる。


 だが、しかし……植え込みに隠して置いたカバンを見た瞬間、ギョッとした俺だ。

 カバンには紙が貼ってあり、赤マジックでこう書いてあった。

『残念でした!』

 ゲゲッ! 嫌な予感がする。その時、背後から声がした。

「ヒロシ! あんた逃げようとしてたでしょう?」

 ヤ、ヤバイ見つかったか!?

 振り向くと、身長150㎝の小さな身体とは思えない威圧感で、アイツは俺の前に立ちはだかった。

「部活サボって帰る気だったのね」

「いや……そのう、今日は腹の調子が悪くてさ……」

「嘘おっしゃい! さっき凄い勢いで走って来たくせに、部活が嫌で逃げようとしてたことはお見通しよ。五時間目の休み時間に通用門近くの植え込みでヒロシが、何かをコソコソ隠そうとしているのを、三階の窓からわたし見ていたんだから」

 しまった! アイツには俺の行動パターンをすっかり把握されている。

「あはは……今日は近所のスーパーの特売日だからって、母さんに早く帰ってこいって言われてたんだ。――いや、ホントに……」

「ぐだぐだ……言ってないで、ヒロシ行くわよ!」

 苦し紛れの姑息こそくな嘘は一瞬にして見破られた。

 アイツは憐れむような目で俺の腕を掴んだ。そして有無うむを言わせず、部室へと連行されていく。あぁー、なんてこったぃ!


 ――どうして新聞部なんかに入ったんだろう。

 てか、入ったというより俺は無理やりに入部させられたのだ。なぜ、こうなったのかを説明する前に、俺に背負わされた運命とでもいうべき事柄について話したい。

 まずは自己紹介から、俺は都立高校二年生の大西洋おおにし ひろし。大西洋(たいせいよう)と書いて、オオニシ ヒロシと読む。

 これは両親のお茶目心から付けられた名前に違いない。同様の理由で、世の中には大平洋(おおひら ひろし)という人物が存在するであろうことは容易に想像がつく――。

 まあ、名前はいいとしても、アイツとの腐れ縁だけは何とかしたい。

 今、俺の制服の袖を引っ張って、無理やり部室に連行しようとする女子。名前は中西真美なかにし まみ真実しんじつと書いてマミ。

 その名前のせいか、曲がったことが大嫌い、スジの通らないことは許せないという熱血娘だ。

 彼女の両親は、父が報道カメラマン、母がルポライターというマスコミ一家で、真美自身も将来ジャーナリストを目指しているのだ。

 そのために真美は新聞部に入部して、帰宅部だった……この俺まで誘われて? いいや、脅されて入部させられてしまったのだ。

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