第五十八話 二人の最強、松本を離れる
――アデル視点――
「さて、俺は色々と報告があるから帰る。ったく、異能力者が厄介な事をしてくれたせいで、監視兼旅行が台無しになったぞ」
奥野さんは帰るらしいが、やはり旅行気分だったか。
まぁこういった裏方の仕事というのは精神をやたらすり減らすし、自分の時間も犠牲にしている筈だ。
私達を監視するという名目で、休暇も楽しもうとしていたようだな。
確かに、私達と行動をしている時は結構弾けていたな。
奥野さんも、苦労されているんだろう。
「そうだ、魔王」
「なんでしょうか、奥野さん?」
「お前に対して入国ビザを発行しなくちゃいかん。お前のフルネームを教えてもらえるか?」
「はい、アデルですよ」
「いや、姓も教えてくれ」
「姓はないです」
「……ないのか?」
「ないですね」
私達魔族は、姓は存在していない。
魔族は名前が長い方が強く育つという迷信みたいなものがあり、大体は長い名前を付ける。
私の場合は、呼びやすい名前にしたいという事で《アデル》という名前を付けたのだとか。
「そうか……。ちょっと日本に滞在するとなると、姓が必要になる。何か適当に考えてくれないか」
「て、適当にですか?」
「どうせ国籍も適当に改竄するんだ。姓も適当でいいだろう」
「は、はぁ……」
適当かぁ。
適当と言われてしまうと、難しく考え込んでしまうな。
だって、書類に書かれるんだぞ、私が考えた姓が!
もし姓がダサかったら、きっとやり直しが効かない!
ならば良さげな姓を考えたくなるのが、魔族というものだろう!!
いや、魔族は考えないか。
頭を抱えて悩んでいると、アタルさんが助け船を出してくれた。
「アデルさん、決まらないようだったら単純に行こうよ」
「単純に?」
「そう。アデルさんはリューンハルト出身なんだから、そっから名字も貰っちゃおうよ!」
成る程、それはいいかもしれないな。
アデル・リューンハルト。
まるで王の名前のようではないか。
私は魔王なのだから、意外にぴったりじゃないか!
うん、一発で気に入ってしまった。
「アタルさん、それで行きましょう!! 流石アタルさんですね!!」
「ふっふっふ、もっと褒めてもいいのよ?」
アタルさんを褒めると、彼はふんぞり返って威張っている。
「アデル・リューンハルトだな? ならビザが出来たら届けるが、勇者の家でいいか?」
「うん、それでいいよ」
「わかった。今からなら多分明日位には出来上がるから、そうしたら直接届けに行く」
「了解!」
アタルさんの返事を聞いた後、面倒臭そうな表情をしながら黒塗りの車に乗り、そのまま走り出した。
見送った後、改めて松本城に向かおうとしたのだが、ここであの自称最強を名乗っていた愚か者の弊害が出てきた。
『本日、爆発事件の影響により、しばらく営業を中止致します。大変申し訳ございません。』
あの馬鹿者が起こした事件のせいで、入場できなかったのだ!
日本の非常に個性的なデザインの城に入るのを楽しみにしていたのに、あの外道が台無しにしたのだ!
やっぱり、殺すか闇に喰わせるべきだったか。
アタルさんも楽しみだったようで、非常にがっかりしていた。
私達二人はお互いを慰め合い、仕方なく宿泊先のホテルに向かった。
すると、更なる弊害が私達を待っていた。
「大変申し訳御座いません。当ホテルの従業員があの爆発事件で精神的負担を負いまして、現状まともな営業が出来ない状態で御座います。誠に申し訳御座いませんが、今から営業を中止致します。もちろん宿泊費は利用されていない日数の部分に関してはお返し致しますので、準備が出来次第受付にお声掛け下さい」
何と、ホテルも営業中止をしてしまうらしい!
これを発表した従業員の方を見ると、スーツがボロボロに破けていて、顔面蒼白だ。
恐らく、この人も犠牲者で自分が死んだ瞬間が記憶に残っているのだろう。
隣でアタルさんが「やっぱりあいつ、今からぶつ斬りにしてやろうかな」と静かに怒っていた。
うん、正直私も同じ感想だ。
「どうしよっか、アデルさん」
「……これはもう、アタルさんのご自宅に帰るしかないのでは?」
「だよねぇ……」
二人して同時に溜め息をついた。
とりあえず部屋に戻って荷物を纏めて、約一時間掛けて返金処理を完了させた。
受付は非常に混み合っていたが、誰からも不満が漏れなかった。
客の様子を見ると、皆暗い顔をしていた。彼らもほとんど死を経験してしまったのだろう。
子供に関しては、ずっと震えて声を殺して泣いている。こんなに小さいのに、真の恐怖を知ってしまったのだな。精神的治療が必要なレベルだと思う。
返金処理を済ませてホテルを出た私とアタルさんは、新幹線に乗ろうかどうか悩んでいた。
「ねぇ、帰りの景色、楽しめる気分?」
「いえ、全く……」
「だよねぇ……。僕はもう早く帰って由加理ちゃんに会いたいよ」
「私も夢可さんに会いたいですねぇ」
「あっ、アデルさん、スマホ見た? もしかしたらその夢可さんからメッセージ来てるかもよ?」
「……あっ! 見てないですね!」
私は急いでポケットに手を突っ込んで、スマホを取り出した。
するとアタルさんの予想は正しく、夢可さんからメッセージが来ていた。
『アデル、大丈夫!?』
『お願い、返事して!』
『まさか、死んじゃったの?』
『そんなの嫌だよ』
『ねぇ、もしかして、あのピンクの仮面被ってるのって、アデル?』
おっと、そこまで見ていたか!
私は彼女に魔王だという事を打ち明ける事に躊躇いがある。
きっと人間でないと知ってしまったら、彼女は私から離れてしまうような気がしてならないのだ。
今はそれがもっとも恐ろしい事。
何故魔王ピンクが私だとわかったのかは謎だが、違うと弁解しに行かなければ!!
「アタルさん、《テレポーテーション》で帰りましょう!」
「えっ、旅行中は魔術を使わないんじゃ――」
「旅行はあの下衆のせいで終了しました! 速攻で帰りましょう!!」
「あ、はい」
アタルさんが若干表情が引き吊っていたのが気になるが、私は今すぐ夢可さんに会わねばいけないのだ!
まだまだ日本にいられるから、様々な事を体験出来る!
とりあえず、今は夢可さんに会いたいのだ! 最優先事項だ!!
私は《テレポーテーション》を発動させる前に、夢可さんに返信をした。
『心配お掛けしました。今からお会いできますか?』
送信した後、私はアタルさんを急かして《テレポーテーション》を発動させて、アタルさんのご自宅の玄関前まで移動した。
片道約三時間程の距離を、一瞬で跳躍したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます