第五十九話 旅行からの帰還


 ――由加理視点――


 授業中に、あっくんからメッセージが入った。


『あのバカ野郎のせいで、旅行どころじゃなくなっちゃった。アデルさんのテレポーテーションでそっちに帰る』


 そうなんだ!

 あれ、でもアデルさん、旅行中は魔術を使わないんじゃなかったっけ?

 そのままあっくんにメッセージを送ると、すぐに返事が返ってきた。


『アデルさんの好きな人に、とにかく会いたいんだって』


 何かアデルさんも恋をしてから、一層普通の人間みたいになっちゃってて面白いなぁ。

 物語で出てくる魔王のイメージが、根底から崩された気分だわ。

 そして続けてあっくんからメッセージが来る。


『帰宅! 松本城見たかった……』


 帰宅はやっ!?

 やっぱりテレポーテーションとか便利な魔法があると、本当にいいなぁって思っちゃう。

 アタシは教科書を盾にして、スマホを操作して返事をする。

 可愛い猫が頭を撫でるスタンプを送ったの。

 するとすぐ返事が来た。


『授業終わったら会う?』


 お誘いが来ちゃった!!

 アタシの指が高速で動いた!


『いくいく! あっくんの家に行けばいい?』


『うん。授業終わったら連絡してね、迎えに行くよ』


 迎えに来てくれるんだ!

 すっごく嬉しいなぁ。

 あれからあっくんが凄んでくれたおかげで、変な男子からのアプローチがなくなったのは本当にありがたい。

 流石アタシの勇者様だね!


 あっ、そうだ! 返事返事!


『待ってるね♡』


 ふふふ、あっくんが迎えに来てくれるなんて、すごく嬉しいなぁ。

 本当は通学も一緒にしたかったけど、向こうの世界で勇者のお仕事があるから仕方無いね。

 ああ、早く授業終わらないかなぁ。

 そう思っていると、先生に指を指された。


「安藤、随分とニヤニヤして上機嫌じゃないか。なら、この問題はお前に解いてもらうぞ」


「えっ!?」


 え、アタシにやけてた!?

 っていうかちょっと授業内容聞いていなかった!!

 わかるかな、わかるといいなぁと思いながら黒板を見たら、安心した、予習範囲内だった。

 アタシは席を立ち、黒板へ向かった。

 早く授業終わらないかなぁ♪














 ――夢可ゆか視点――


 私は今、走っている。

 たまたま今日はバイトが午後休みだったんだけど、アデルから会えないかというメッセージが来た。

 もちろん即答して、今集合場所に向かっている。

 待ち合わせは渋谷のハチ公前。

 バイト先は歩いて六分程だけど、一秒でも早く会いたいからこうして走っている。

 松本であんな爆発事件が起こっていたんだ、きっと無傷じゃないはず。

 それに、あのピンクのお面を被った奴がアデルなのかを確かめたい!


 息を切らして何とか到着すると、いつも以上に賑わっていた。

 まるでハチ公像を取り囲んでいるかのように。

 ああ、あの中心部にアデルがいるんだな。

 私は人の壁を掻き分けて進む。すると、ハチ公像の隣に立っている短い金髪で長身のアデルが立っていた。

 相変わらず中性的な顔立ちだから、男女共に色めき立っている。

 何か、こんな状況で声を掛けるの、すごく勇気が必要なんだけど。

 どうしようか迷っていた時、アデルが私に気付いたようで駆け寄ってきた。


「夢可さん!」


 満面の笑みだ。

 そんな嬉しそうな表情を見て、私は胸がときめいてしまう。

 それに口がにやけちゃいそうで、しっかりと口を結んだ。


「夢可さん、急で申し訳ありませんでした」


「い、いや。たまたま午後休みだったから、別にいいけど」


 駄目だ。

 相変わらずツンとした返事しか出来ない。

 何故もっと、可愛らしく対応できないのか!

 ……後輩から少し色々教わろうかな。


 って、いやいや!

 そんな事より、見た感じ怪我は無いようだけど、大丈夫なのか?


「アデル、怪我してないのか?」


「ああ、ご安心を。実はあの犯人が怪しい行動を取ると、とある情報筋から聞き出す事が出来まして。それで旅行を切り上げてさっさと戻ってきたんです」


 とある情報筋って、どんな情報筋だよ……。

 多分その事を追求しても何も答えてくれないんだろうなぁ。

 まぁその事はとりあえず置いておいて、あのお面がアデルかどうかってのが重要だ!


「なぁアデル。あのピンクのお面はお前、なのか?」


「違いますよ?」


 即答で返ってきて、一瞬呆けてしまった。


「だって、考えてみてください。もし私があの《魔王ピンク》なる者だったら、現実的にこの場に来れないですよ」


 そう、そうなんだよ!

 松本は片道で三時間程掛かる距離だ。それでお面の二人組が戦っていたのは今から四十分程前。

 どんな手段を使ったとしても戻れる訳がないんだ。

 うん、間違っちゃいない。


 でもさ、じゃあその《魔王ピンク》と服装が全く一致しているのは、どうしてなんだ?

 多分こいつは答えない。うん、追求してもこいつは頭がいいから、のらりくらりと質問を上手く剃らすんだろうな。

 まぁ、いいか。こうやってアデルの無事がわかったんだ。

 私に隠している事を言いたくなったら、きっと自分で言ってくれる筈だから。


「そうだ、お昼はまだですか?」


「ま、まだだけど」


「では、昼食を一緒に食べましょう、夢可さん」


 アデルと一緒にご飯!!

 私は声で返答しようとしたけど、上手く声に出なかったので、頷いて答えた。

 ああ、また素っ気ない態度を取っちゃった……。

 それでもアデルは満面の笑顔だ。

 こんな私が、こいつの傍にいていいのだろうかと思うけど、現状に甘えさせて貰う。

 私は見た目不良だけど、それでもこいつの事を本気で好きになってしまったのだから。
















 ――異能力者による松本市爆発事件 報告書――


 異世界の勇者と魔王の力を借りて、《超自然発火能力パイロキネシス》能力者を生きたまま捕獲。

 犯人は十八歳の少年で、幼少期から能力に目覚めていたとの事。

 松本市の住人を能力によって無差別に殺害して回ったが、捕獲後に異世界の一度だけ道具の奇跡よって、死亡した市民は無事蘇生、破壊された建物も修復された。


 さて、今回捕獲した少年は、非常に有意義なサンプルである。

 本来は死刑を執行するのだが、当部署の権限を使って彼の身柄を当部署担当とした。

 現在生きた状態のまま頭を開き、脳の構造を調査中である。

 元から死刑は確定していた。なら、無駄に命を散らす前に、異能力の原因を突き止める為の有意義なサンプルとして活用させてもらった。

 今回の実験に関しては、《データ削除済み》部長と《データ削除住み》臣から許可を貰っており、監視の元行われている。






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