第三十八話 エピローグ2 孤独な少女、最強の魔王にプレゼントされる


 ――夢可視点――


「……はぁ」


 私はため息を付いてしまう。

 こんな事、一度もなかったのに。

 ましてや今はバイト中なのに。


 私は今、掛け持ちしているバイトの一つであるコンビニで、カウンターの中にいる。

 時間としては午前十一時で、そろそろお昼ラッシュが始まる時間帯だ。

 嵐の前の静けさと言っていいのか、今はお客さんは誰一人いない。

 だからため息を付いても、とりあえず問題はなかった。


 ため息の理由は、アデルに会いたくなって仕方ないからなんだけどな。


 すると、一緒にカウンターの中で立っていた後輩が声を掛けてきた。


「えっと、田中さん。何かありました?」


「……いや、何もねぇけど」


 まだ他人を拒絶する癖が抜けていないのか、口調がまさに不良ちっくになってしまう。

 この後輩、高校二年生の女子なんだけど、ちっちゃくて可愛い、小動物タイプの女の子。

 私と一緒のシフトになるのが嫌だから辞めるとか言っていた位私の事を嫌っていたはずなのに、何故今日は話しかけてきたのだろう?


「そんな事ないです! 田中さん、恋する女の子の顔してます!!」


「ぶっ!!」


 そんなに顔に出てるのか、私!?

 それとも、最近の女子高生はそんな特殊能力を持っているの?

 私は核心を突かれてしまい、鯉のように口をパクパク動かしていた。

 顔も熱い。


「何て言うか、いつもは田中さんツンツンしてるんですけど、今日はとっても表情が柔らかいです。それに、ため息付いている時切なそうな顔してました! これ、絶対に恋だって思いました!」


 くっ、何て鋭い子なんだ!

 そこまでの推測する力を持っているんだから、もう少しバイトも出来るようになってほしい。

 でもまぁ、アデルの事が好きなのは間違いないな……。

 しかしまぁ、表情が柔らかいかぁ。

 まさにあいつのおかげだ。

 あいつに出会って恋をしなければ、今まで通りの他人を拒絶し続けている私だっただろう。

 むしろ、自殺していたかもしれない。


「いや、うん……まぁ。好きな奴、出来たよ」


「きゃーっ!! 田中さんって、そんな表情する時って可愛いですよ? きっと相手の人も田中さんの事好きなんじゃないですか?」


「ばっ、そんな訳ないだろ……」


 そんな訳がない。

 私はツンツンしてたし、口調も未だに汚いし、目付きも悪い。

 こんな私を好きになる要素なんてないじゃないか。

 ……何か自分でそう思ってたら気分が落ち込んできた。


「何か私誤解してました、田中さんってとっても怖かったけど、話してみたらそうでもないんですね!」


「そ、そうか?」


 まぁ思いっきり他人を拒絶していたからなぁ。

 怖がられて仕方ないんだけど、ストレートに怖いって言われるのは何気にショックだ。

 でも、こいつは見た目のせいか結構話しやすいな。


「あ、あのさ。お前は好きな奴か彼氏っているのか……?」


「いますよ、三人程」


「そっか……は? 三人!?」


 今三人って言ったよな!?

 何だこいつ、見た目に反して結構な小悪魔か!

 少女漫画とかでモテる奴が複数人と付き合ってるってキャラがいたけど、まさか目の前にそんな奴がいるとは……。

 マジでびっくりだ。


「はい! 大手企業の二十三歳のサラリーマンに、大学一年のプロ野球選手有望の人、芸大の人ですね」


 サラリーマン、何未成年に手を出しているんだ!

 大学生は……まぁセーフ、なのか?

 しかしよくわからない、こいつの価値観があまりにも私と違いすぎて、わからない!


「はぁ……。よくそんな複数と付き合えるな。私は一人好きになるだけで手一杯なのによ」


「まぁ男の人って、甘えて隙を見せればある程度融通効いてくれますし、扱いやすいですよ?」


「お前、私の事を怖いと言ってたけど、十分お前も怖いよ……」


「そうですか?」


「……そうだよ」


 やばい、頭痛がしてきた。

 こいつ、本当に自分の容姿を理解した上で、武器にしていやがる。

 しかも三人とも将来有望そうな男ばかりだな!

 将来を見据えて、地盤を固めてるのか?


 でも、私は思う。

 そんなにお金があって幸せになれるのだろうか?

 実際私は、もう一生遊べるお金を手にしている。でも、あまり幸せと感じていない。

 むしろ使い道に困っている程だ。

 私は母さんの負担を減らして楽しく暮らしたいから、頑張って働いてお金を稼いでいただけだ。楽をしたいとか思った事はあまりない。


 でもまぁ、人それぞれなんだろうな、価値観は。


「……でも田中さんって、よく見たらかなりズルいですよ」


「は? どういう事だよ、ズルいって」


「だって、よ~く見たら田中さんって美人の部類ですよ? それになによりその胸です!!」


「お、おう」


「私、そんなに胸ないから、小動物さをアピールしないといけないのに、田中さんはその胸を見せつけたら男なんて選り取り見取りです!」


 確かにこの後輩、胸はないな。ちょっと膨らみがある程度。

 でもさ、それが相まって小動物みたいな可愛さを強調していると思う。

 こいつの顔で巨乳だったら、不釣り合い過ぎるし。

 しかし、私は美人の部類なのかぁ。

 初めて言われた、そんな事。

 だがやっぱり男は胸好きなのか?


「私なんて、芸大の彼氏に「もっと胸があれば僕のモデルにしたのに」って言われたんですよ! 許すまじ!!」


「そ、そっか」


 声に怒気が混じっているが、リスが申し訳ない程度に威嚇している程度だから怖くもない。

 しっかし芸大の彼氏、なかなか酷い事を言うな。


「田中さん、その人の事好きですか?」


「え、えっと……」


 アデルの顔を思い浮かべる。

 優しい赤い瞳が、微笑みながら私を見つめてくる。

 瞬間、心臓が高鳴って顔が熱くなる。


「す、好きだな……かなり」


「……やっぱり田中さんはズルい! こんなに可愛くて巨乳なんて、ズルすぎ!」


「ひゃん!? おま、何するんだ!!」


 後輩がいきなり胸を揉んできた。

 びっくりして変な声出ちゃったじゃないか!


「私も田中さんの恩恵に預かろうと、とりあえず揉ませてもらってます」


「揉んでも大きくなる訳ねぇだろ!」


「人間は気持ちが大事です! だから、揉みます!」


「やめろ! ひゃっ……」


「声まで可愛いとは……ズルすぎる」


「いたたたたた、何急に力を入れるんだ!?」


 さっきまでいやらしく揉んでいたのに、急に潰すように揉んできた。

 痛いんだぞ、結構それ!!

 やり返してやろうか!

 ……やり返せる程なさそう。


「今、私の胸を見て哀れんだでしょ!」


「い、いや……そんな事ねぇよ?」


「何でそんなに目が泳いでいるんですか……」


 やばい、こいつ目尻に涙が浮かんできた。

 コンプレックスに触れすぎたか?

 とりあえず頭を撫でて、後輩をなだめる。

 頭を撫でていると、「くそう、くそぅ……」と呟いている。

 私としては、この胸でいい思いをした事ないから、そこまで悔しがる気持ちはわからない。


 すると、ポケットの中に入っていたスマホが震えた。

 一旦後輩から離れて見てみると、メッセージアプリに新着が入っていた。


(ん? なんだろう?)


 友達がいない私にとって、このアプリが鳴るのはバイトの上司か母さんだけだった。

 しかもこの時間に鳴るのは、いくらバイト先だからって滅多にない事だ。

 とりあえず開いてみると、私の目を疑った。


『こんにちは、アデルです。早速スマホを購入しましたので送りました。間違ってないでしょうか?』


 アデル!?

 マジでアデルなのか!?

 嘘、どうしよう、めっちゃ嬉しい!!

 よく見たら、アイコンは間違いなくあいつの顔だ。


「きゃーーー! メッセージ来ちゃった!!」


「た、田中さん!?」


 叫んでしまった。

 だって、嬉しいんだ、めっちゃくちゃ嬉しいんだ。

 気持ちを抑えられなかったんだよ!


 私は速攻で返事を返す。


『合ってる。よろしく』


 送信。

 よし、送り返した!

 ……って、よく見たらすごく素っ気ないじゃないか!!

 あぁ、嫌いにならないで欲しいな……。


 するとまたすぐに返事が返ってくる。


『なかなかこういうのも楽しいですね。後で渡したい物があるのですが、今日のお昼か今日を含めた五日間の中で、空いてる日があったら教えてください。渋谷駅の犬の像の前でお会いしたいです』


 えっ、あいつが渡したいもの?

 何だろう?

 しかも都合が良い事に渋谷か!

 渋谷なら歩いて一分もかからない!


「なぁお前、今から五分程抜けてきていいか!?」


「……どうせその好きな人に会いに行くんでしょ」


「うっ……頼む、後で何か奢るからさ!」


「じゃあ、その人の写メ撮ってきてくださいね!!」


「わかった! サンキュ!」


 私は速攻で店を抜けて、走りながら返事を返した。


『今すぐ行く。一分もかからないから』


 私は全力で走って、渋谷駅前に着いた。

 こんなに走ったの、高校の時以来だな。

 息を切らしながら忠犬ハチ公前に行くと、いつも以上に人だかりが出来ていた。

 それを掻き分けて行くと、しゃんとした姿勢で立っているアデルがいた。

 この人だかり、アデルが格好良すぎて取り囲むように見ていたせいで出来たようだ。

 まぁ、こいつ本当に格好良いからな。


「アデル!」


 私はあいつに声を掛けた。


「あっ、夢可さん! 来ていただいてありがとうございます」


「い、いや。私も仕事に少し都合が着いたから、長居は出来ないけど」


「それでもありがとうございます、すごく嬉しいです」


「そ、そか……。ならよかった」


 すごく嬉しいと言われて、私も嬉しくなった。

 本当にこいつ、嬉しそうに笑うから、私も釣られて笑ってしまう。


「そ、それで渡したいものって? 手短に頼むよ」


「そうでした、これを貴女に」


 アデルから渡されたのは、青い宝石が埋め込まれたネックレスだった。

 とっても綺麗……。

 でも、何だか高そう!


「えっと、これは?」


「これは私からのお近づきの印に。私とメッセージのやり取りをしたい場合は、必ずそれを身に付けてください」


「何で?」


「ん~、深い理由はまた今度改めてお教えします。ですから、お願いします」


 何か歯切れ悪いな。

 でも、こいつからのプレゼント……いいな。

 私はネックレスを受け取って、首に着けた。


「どう、似合ってる?」


「……ええ、とても素敵です。綺麗ですよ、夢可さん」


「そそ、そっか。ありがとうな」


 すると、スマホにメッセージが入った。

 後輩からだ。


『田中さん、後少しで店長が会議から戻ってきます、ピンチですよ!!』


 何!?

 今日は遅くなるみたいな事言っていたのに、何で早いんだよ!


「ごめんアデル、もう戻らなきゃ!」


「そ、そうですか。お仕事頑張ってください」


「ありがとう! あっ、その前に写真一緒に撮らないか!?」


 後輩に見せなきゃいけないしな。


「いいですよ、私も親友に撮ってこいって言われたので」


 そうして私達は寄り添って写真を撮った。

 肩が触れ合って、何か恥ずかしい。

 撮った写真は後で送信すると伝えて、またダッシュで店に戻った。


 店長が帰ってくる前に戻れた私は、後輩に約束通り写メを見せた。

 私以上にテンションが上がった後輩は、彼氏を交換しないかと言われたが、そんな事する訳がなかった。

 私が興味ある男は、アデル以外いないのだから。

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