第二十八話 最強の魔王、同志が出来る


 ――夢可視点――


 こいつも、私と同じく孤独だった?

 こんないかにも勝ち組みたいなイケメンが?

 信じられる訳がない。


「はっ、あんたはいかにも苦労を知らないような王子様タイプじゃないか。そんな奴が私の事なんて……」


「あはは、王子様タイプとはこれまた、近からず遠からずですな……」


「は?」


「あっ、いえいえ。こちらの話です」


 私達は今、私が襲われた公園のトイレ入口で雨宿りをしている。

 幸いにもこのトイレは、公衆トイレ独特の異臭はしないから、助かる。


「……私だって、好き好んでこうなった訳じゃない」


 そして、初めて会ったこのイケメンに、最近の出来事を全て話してしまった。

 何故だかわからない。

 こいつになら、私の辛さはわかってくれるかもしれないって思ったんだ。

 同じ孤独を味わっているからかな?


「……まぁ、あんまり面白い話じゃなかったろ……って、うわっ!!」


 おどけたように言いながらイケメンを見たら、目から思いっきり涙を流して泣いていた。

 な、泣くような話だったか?


「わかります、わかりますよぉ!! 私もね、貴女ほど過酷ではないけど、理不尽な目に合っていたんです!」


 まるで決壊したダムから放出される鉄砲水のように、涙を流している。

 何だか、私は呆れてしまった。


「とりあえず、貴女の話を聞いたので、お返しで私の話もお聞かせしましょう」


「い、いや……それはい――」


 断ろうとしたが、話し始めてしまった。

 こいつ、意外と残念系のイケメンか?

 まぁ、聞いてやってもいいか。








 ――アデル視点――


 やはり日本にも、光があれば闇の部分もある。

 きっと複雑化社会が産んでしまった負の部分だろう。

 今私の目の前にいる雌は、まさにその被害者であった。

 彼女の話を聞いて、かなり酷い状態だったので、私はついに泣いてしまった。

 おかしい、この程度の話で泣くとは……。

 日本語を覚え、日本の小説に触れた事によって、私の感情が物語によって感化されたか?

 まぁとりあえず置いておこう。


「そうですねぇ、私は実は、とある企業の社長をしております」


「しゃ、社長!? やっぱり勝ち組じゃねぇか!」


「どうでしょうかねぇ、勝ち組かどうか……」


 異世界で魔王をしています、なんて言えないから、とりあえず社長であると嘘を付いた。

 この世界では、やはりトップに立つというのは勝ち組になるらしい。彼女の表情はふざけるなって感じであった。

 しかし意外とそうではない。


「私の場合、普通に生活をしていた時に、突然先代社長に社長になってくれーって頼まれたのです」


「はぁ、それだけあんたが優秀だったんだろうな」


「どうなんですかね? でも私は普通に過ごしたかったので断ったのですが、なかなか卑怯な手を使ってきましてね」


「どんなの?」


「家族を殺す、と脅されました」


「……は!?」


「まぁそれだけの力を持っている大企業の社長だと思ってください」


 事実、先代魔王は自分より優れた魔族を魔王として置きたかったらしく、私の目の前で家族を惨殺すると言ってきたのだ。

 先代魔王はまさに力こそ正義を地で行っている魔族で、自分の思い通りにならなかったら力を振るうのだった。


「そのように脅された私は、仕方なく彼が出した試験を受ける事になりました」


「……」


 試験というより、力試しだ。

 「俺に勝てば家族に手を出さない。負けたらお前を含めて殺す」と目の前で宣言された。

 先代魔王はミノタウロス族の突然変異個体。

 通常のミノタウロスの三倍は身体が大きく、尚且つ内包する魔力も相当であった。


「彼とのちか……知恵比べだったのですが、余裕で勝利しました」


 まぁ力比べだ。

 魔力は私の方が十倍程彼より上回っており、ほぼ先代に何もさせず、三十分間ただ魔術で虐めぬいた。

 彼の足を撃ち抜いたり、突進してきたら魔力による衝撃波で吹き飛ばしたり、その場から魔術で動けなくしたり。

 家族を殺すと言われた怒りを、この三十分間で全てぶつけたのだ。


「そうして勝ち抜いた事で、先代は会長となってほぼ隠居同然となり、私が実質トップとなりました」


「なぁ、私からしたらあんたのサクセスストーリーを聞いているだけなんだけどさ……」


「確かにそう聞こえますね。でも、トップに立つっていうのは、良いことばかりではありませんよ」


「どういうこと?」


「人の上に立つという事は、その下にいる者の命を預かるも同然です。私の生活は全て犠牲にして、彼らの為に考え、会社を維持する為に様々な策略を張り巡らせるのです」


 魔王になった途端、自分の自由な時間なんてほぼなくなる。

 今アタルさんとこのように遊んでいられるのは、勇者アタルという宿敵が魔族に驚異となって存在していてくれるからであって、彼が歴史の表舞台に立つまでは、ほぼ内政調整で忙殺されていた。


「それに予想外な事も起きました。大企業の社長になったら、両親の態度がよそよそしくなったのです。今までは愛情を注いでくれていたのが、畏敬の念を込めて頭を下げるのです」


「えっ、何で親がそんな風になるのさ……」


「……それほど影響力がある企業なんですよ。私は死んではいないですが、両親を失ったも同然でした」


 今私の両親は、臣民という立場になっている。

 未だに私に対してお辞儀をした状態で話すのだ。

 ……もうしばらく両親の顔を見ていない。

 終いには、あまりの緊張でその場で嘔吐してしまう母親。

 もう、親と子の関係には戻れないのだ。

 それほど魔王とは、畏怖される存在だったりする。

 もちろん私は両親と思っているので帰郷をするのだが、その度にこういう反応をされてしまう。

 私は寂しく思い、且つ両親を失ったという喪失感に襲われる。


「ついでに言うと、最近まで私は友達すらいなかったのです」


「……」


「正確にはいたのですが、彼の態度もよそよそしくなったのです。まるで天上の人を見ているようになりました」


 これは、彼女とはまた違った孤独であった。

 もしかしたら、彼女が求めていた孤独の話とは違うかもしれない。

 しかし、どんなに臣民がいようと、対等な人間が誰もいなかった。それは心が冷え込んでいく孤独である。

 当時の私は内政によって孤独を払拭しようと思ったが、忙しくなる程心が荒んでいく。

 好きな魔術の研究すら出来なくなって、ストレスは貯まっていく。


「それで一人になってしまった状態で仕事をしていたら、ついに我慢の限界が来てしまったのです」


「いや、あんたにはたくさんの部下がいるだろうよ。何で一人と感じるのさ」


「部下は部下です。トップに立つものは仕事の中では人間として思いません。会社を維持する為の言わば『駒』です」


「あんた、その言い方……」


「と思うでしょうが、事実です。皆を優しく扱っても悲しいかな、会社は維持できないのです」


 そう、それも心を落としていく原因のひとつだ。

 臣民を優しく扱うのは、トップとしてはやってはいけない事だ。

 もちろん可能な限り、下の者の意見を取り入れる必要はあるが、全て許容してはいけない。

 それに戦争となったら必ず誰かが命を落とす。

 そうなったら、感情移入していると冷静な判断を下せなくなるのだ。

 故に、駒として思うしかない。

 ……最近サイラスは仕事ができるようになったから、少し情が入ってきているが。


「……何か、社長って意外と大変なんだな」


「そうですね、だからどんどん感情が失われていくのを実感した時、限界を感じました」


「……そっか」


 まぁハゲが出来たというのは内緒にしよう。

 流石に恥ずかしい。

 魔王にハゲが出来る事自体おかしいのだがな。


「それで一時期仕事を投げ出して飛び出した事がありまして、そこで対等な親友が出来たのです」


 同じく最強の勇者である、対等の力を持った宿敵なのだが、同じ孤独を味わっていたアタルさんだ。


「生ある者は、何だかんだで一人では生きていけません。どんなに力を持っていても、権力を持っていても、気が付けば誰かが必ずいるのです」


「……」


「今は突っぱねられているでしょうが、その内耐えきれなくなって死にたくなるだけです。……恐らく貴女はそれを望んでいるでしょう」


「……そこまでわかるんだ」


「はい。私もそこまで思い詰めましたから」


「……もう一人なんだし、私が死んでも誰も何とも思わないよ、きっと」


「んー、どうですかね?」


「は?」


「少なくとも、せっかく助けた私にとっては、少なからず心に傷を追うと思いますね」


「……出会ったばかりなのにか?」


「ええ。……種類は違えど孤独を知っている者としても共感している部分もありますから」


 多分、私はこの雌に仲間意識を持っているのだろう。

 私が言ったように孤独を知っている者同士として共感している。

 もしそんな彼女が死を選んだら、きっと悲しいだろうな。


「なので、私は貴女の味方になる宣言をしましょう」


「……あんた、結構突拍子ないな」


「上に立つものは思い立ったら行動するものなんですよ! という訳で、お友達になっていただけないですか?」


 私は彼女に手を差し出す。

 しかし、握られることはなかった。

 やはり、まだ信用されていないかもしれない。


「……まだ友達にはなれない」


「……まぁ突然過ぎましたよね」


「でも……同じ孤独を感じている同志……的な奴であれば……ま、まぁいいよ」


 握手はしなかったが、手を軽くパンと叩いてきた。

 不器用な人間だな。


「では、信頼の証に、その扇動的な格好を何とかしましょう! 私が服代を出すので、一緒に行きましょう!」


 私は彼女の腕を掴んで引き、強引に立たせた。


「ちょっ! 別にお金には困ってないんだって!」


「まぁまぁ、お近づきの印ですよ! さぁ行きましょう!」


 まだ雨が降っている中、私は傘を広げ、そしてその中に彼女を入れて歩き出す。

 ちょっと肩が触れたのが、何故か恥ずかしかったのは謎だ。




 あっ、自己紹介していなかった。


「私はアデルといいます。貴女は?」


「……ユカ。夢を可能にすると書いて夢可って読むんだよ」


「夢可さんですか……素晴らしい名前ですね」


「……ふん。親は随分と壮大な名前を付けてくれたよ。全く可能にしていないどころか、全く夢なんてないんだけどな」


「きっと、すぐに見つかりますよ。人生は色々ありますから」


「そうだな、あんたに強引に連れ出されたりとかな!」


「そうですよ! とりあえず行きましょう!」


「……はぁ、わかったよ」


 夢可さんは、諦めたように私の歩に合わせて歩いた。

 アタルさんと合流する時間は残り四時間位だが、それでも十分に楽しめそうだ。

 私の心は少し、踊っていた。

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