第二十話 エピローグ2 最強の勇者がもたらした改革


 ――書物、《リューンハルトの歴史》の百十七ページ、第二章終章より――


 かくして、両軍の最強の切り札が発見された後、約二ヶ月間戦闘は行われなかった。

 理由は両軍の切り札が戦闘不能だったのだ。

 人間、亜人側の切り札である最強の勇者アタルは、内包する気が一切なかったのだ。

 勇者の最終奥義である《絶剣》も放てず、尚且つ《絶剣ライトブリンガー》も生成出来なかったのだ。

 通常の剣では《絶剣》には耐えられず、戦力としては人間や亜人より抜きん出ている程度にまで低下していた。


 対する魔族側の切り札である最強の魔王アデルも同様に、内包する魔力を使い切っていた。

 魔術を行使出来ず、身体能力としては他の魔族より劣るアデルは、魔族の中では戦力として数えられない程に低下していた。


 それでも身体能力や皮膚の固さを活かして《グエン大陸》へ攻め込めばよかったのではないか。

 だが専門家は語る。


「実は勇者アタルが戦えない状態だったのが嘘だった場合、唯一対抗出来る魔王アデルが戦闘出来ないのであれば、ただ蹂躙されるしかない。つまり、魔族側は戦闘を仕掛けて眠れる獅子を起こすより、静観する事を選んだ。結果論だが、正解だったと言える」


 さらに専門家は続ける。


「今や愚王として語られている当時の《グエン大陸》の統治者である《アルバート十二世》は、勇者アタルが動けなくても《ドーン大陸》へ攻め込むよう指示した文献が発見された。しかし文官や武官は必死に止めたとの事。彼等も魔族側と同様の結論に至った為、二ヶ月間も戦闘が行われなかった。しかしこの止めた文官と武官は全員もれなく打ち首となった記録も発見された。愚かな王を地で進んだ為政者だ」


 この所業に怒りを露にした勇者アタルによって、アルバート十二世に対して臣民の面前で「お尻ペンペンの刑」を実刑された。

 可愛い刑に思われるが、勇者としての力を最大限に引き出し叩かれるのだ。想像を絶する痛さだ。尚且つ気絶するまで行われた。

 この刑により、勇者アタルの名声や臣民からの信頼はうなぎ登りに急上昇。逆にアルバート十二世に関しては語らずともわかるであろう。

 余談だが、アルバート十二世は、約一ヶ月間尻の腫れが引くまで玉座に座する事が出来なかったという。


 さて、この二ヶ月間で、両大陸に大きな文化改革がもたらされた。

 主に目立つのは、《グエン大陸》側は衣服関係。《ドーン大陸》側は教育関係である。

 第三章では、《文化改革の奇跡》について記述していく。













 ――アタル視点――


 僕は今、王宮にある自室に引きこもり、頭を抱えていた。


「あぁぁぁぁぁ、早大の入試難しすぎだろう! 高認も面倒だし!!」


 そう、異世界にいるのに入試の勉強をしておりましたぁ。

 剣と魔術が溢れているハイファンタジーな世界で、何が悲しくて入試勉強しているのやら。

 しかも日本での入試勉強だしね!

 こんな勇者、異世界召喚物のラノベでもねぇよ!

 もし僕が主人公だったら、作者をぶっ殺して物語を修正したい位だよ。


 昨日こっちに帰還した訳だけど、その時に気を全て放出するよう予め計画されていた。

 一緒に吸い込まれてしまった魔王と勇者は、闇の空間で生き延びるべく全力を使ったという設定だ。

 まぁ実際は、地球からリューンハルトに戻ってくる間、ずっと気を放出していただけなんだけどね。

 おかげで昨日は気がすっからかんで、昏倒しちゃったよ。

 ちなみに、気はもう回復してるんだけど、意図的に気を押さえ込んで「全然回復しない」とした。

 まぁこれでしばらくは戦争は中断になるだろう、とアデルさん。

 入試勉強に専念出来るし、とってもありがたい。


 ふと、僕の部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 「どうぞ」と入室を促すと、王宮のメイドさんが僕に紅茶を入れてくれたようだ。


「勇者アタル様、紅茶をお持ちしました」


「あぁ、ありがとうございます」


 彼女のお辞儀に釣られて僕もお辞儀をすると、メイドさんは苦笑した。

 だって仕方ないじゃん、勇者は偉い立場かもしれないけど、僕には実感ないしさ!

 こんな風にメイドさんが尽くしてくれる事自体が、そもそも有り得ないんだって!


「ご帰還された直後からお勉強ですか。アタル様は凄いです」


「あはは、ありがとうございます」


「……それで、その壁の小さな絵画は?」


「絵画? ……ああ、プリクラね」


 僕はあの時由加理ちゃんと一緒に撮ったプリクラを、壁に貼り付けた。

 そして堂々とアデルさんとも交えた三人で撮ったやつもね!

 とりあえず、僕の世界には写真という技術がある事を簡単に説明した。


「後、アタル様と一緒に写っている女性は?」


「あぁ、うん……。その」


 このメイドさんは、僕の事が好きみたい。

 今までの態度や僕に向けてくる笑顔が、他の男性とは違っていたし、前メイドさん同士が話していたのを立ち聞きした際に彼女の気持ちを知ってしまった。

 もし、由加理ちゃんと付き合う前だったら、もしかしたらこのメイドさんと付き合っていたかもしれない。

 でも、もう由加理ちゃんしか考えられないんだ。どんなに美人でも、由加理ちゃんより霞んでしまう。

 ここは正直に言おう。


「僕の、大好きな恋人だよ」


 僕、きっと変な顔をしているな。

 でも彼女の為だ、ストレートに言った方がいいよね。


「そ、そうですか……。あの、その」


 メイドさんの顔がどんどん下を向いていき、そして床に数滴の涙が落ちた。


「ご、ごめんなさい! 失礼致します!!」


 明らかな涙声で僕の部屋を飛び出すように出ていった。

 ああ、すごく胸が締め付けられる。

 とても痛いよ。

 だからと言って、由加理ちゃんに内緒で異世界の現地妻的な存在を作ったら、きっと由加理ちゃんの顔すらマトモに見れない。

 ……僕にはハーレムを築ける位の器用さはなかった。


「……はぁ。今日はもう勉強する気分じゃないや」


 気分転換をしよう。

 それがいい。


「まあ城下町でブラブラするのもありかな?」


 思い立ったら速攻!

 それがモットーの僕は、部屋を出ようとした。

 でも、ふとした物が目に入った。

 それは昨日僕が買った、表参道のお店の服だった。


「TPOは重要なんだけど、まぁ今日はいっか!」


 僕は日本用の格好になって、城下町へ繰り出した。








 ――王都グランヴァニア衣服店、《ヨシュア商店》店主、ヨシュア視点――


 俺は最近この王都で商売を始めた、ヨシュアという。

 名字はまだない。

 名字は金さえあれば、登録できるようになるのがこの国だ。

 つまり、名字持ちは商人にとっては大きなステータスとなる。

 俺はまだまだ小さい商店の主だ。だが、この王都に何とか店を構える事が出来た。

 ここで俺は成り上がり、名字を名乗れる程の大商人になってやる!


 さて、そんな野望を持っている俺だが、今驚きの光景が目の前で起きている。

 俺の商品はシルク生地の高級衣服を販売しているんだが、それが霞んでしまう位のものを着ている人間に遭遇した。

 この大陸の守り神である勇者アタル様が着ている服だ!


 今までに見た事ないデザインの服だ。

 白い長袖の何かに、その下に黒い服を着ている。だがその黒い服は鎖骨まで見える位開いていて、鍛えられているアタル様の鎖骨が妙な色気を漂わせているんだ!

 何よりあのズボン!!

 何の生地を使っているんだ!?

 皆目検討が付かない……。

 だが太ももまではぴったりした形なんだが、膝下位になったらダボついている。生地としてもちょっと厚めな感じだな。


 確か勇者様は異世界から召喚された人間だったはず。もしかしたら今着ている服は異世界のなのだろう。

 思いっきり周りの人間や亜人が着ている服とは違うから違和感があるが、でも何故だろう。

 上手く言葉が見つからないが、格好よく見えるのだ。

 恐らく周りの皆もそう思っていて、皆アタル様にうっとりした表情を見せている。

 

 俺は前々から思っていた。

 皆、同じ服を何の疑いもなく着ていると。

 そりゃそうだ、貴族様だけだぜ、お洒落なんて出来るのは。

 

 だが、俺達も人間だ。

 服を着る権利は全員にあるはずだ。

 俺も高級衣服なんて売っているから人の事は言えないけどな。

 だが、アタル様がきっかけをくれた!

 皆お洒落をしたいはずだ!

 なら、今しかねぇ!


 俺はとある決断をした。

 とりあえず一ヶ月は飯を食える位は蓄えてある。

 後は一ヶ月で出来上がるかどうかだな……。

 いや、やってやる!!

 これが、俺の成り上がりのチャンスなんだ!!


 ふっふっふ、待っていろよ、民衆よ!!







 ――書物、《リューンハルトの歴史》の百三十五ページ、第三章より――


 今や偉大な商人として歴史に名を残している大商人、《ヨシュア・ハーベスト》は、貴族でない国民でもお洒落を楽しめるよう、比較的安価且つ様々なデザインの衣服を考案。

 元は勇者アタルが着ていた異世界の衣服を参考にしたのがきっかけなのだが、そこから改良を重ねていった。

 最初は勇者アタルが着ていた衣服の素材がわからず、相当四苦八苦しており、本人も自殺を考えるまで追い詰められた。

 だが、ヨシュアは諦めなかった。

 こうして出来たのが、ヨシュア商店の衣服ブランド、《ハーベスト・コレクション》の第一号である《アタル・モデル》だ。

 シンプルだからこそ、着こなしは相当難しかったと語る様々な文献や偉人の日記が残っており、当時は着こなせた男性は相当女性にモテたとの事。

 これを機に、グエン大陸内で《衣服大流行時代》が幕を上げる。

 様々な衣服店が誕生し、己が考え出した衣服を販売。成功する者もいれば失敗をして命を絶つ者までいた。まさに衣服業界の乱世と言っても過言ではないだろう。

 それから現在に至るまで、様々なモデルが誕生していても、未だに《アタル・モデル》の人気は健在である。


「人とは、シンプルから始まり、一回りしたらまたシンプルに戻ってくる」


 この格言は大商人、ヨシュア・ハーベストが残した言葉だ。

 この格言こそ、ロングセラーとなってる《アタル・モデル》の人気の秘訣なのだろう。

 彼の思い立ったら即時に行動する行動力、そして儲けになる商品を見抜く力と嗅覚は、未だ商人が目指す境地として語り継がれている。

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