第十四話 最強の勇者の決意と、勇者の幼馴染みの決意


 ――アデル視点――


「向こうに戻るとは、どういうことだ!!」


 空き地からアタルさんの家に戻り、食事や団らんを楽しむ為の部屋(アタルさん曰く、リビングというらしい)で、アタルさんのお父さんが怒号を上げた。

 そりゃそうだ。二年間も彼を必死に探していてようやく会えたのに、まだ帰らないと言われたのだから。

 私が親でもきっと怒るであろう。

 とりあえず私はこの問題には口を出さず、傍観者に徹する。


「そうよアタル! もう帰ってこれたんだから、向こうに戻る必要はないのよ?」


 アタルさんのお母さんも必死になって引き留めようとしている。

 彼女が言っている事は正論だ。

 私の魔術のおかげで、人間側の愚王の言いなりにならなくてもよいのだ。

 これ以上、《リューンハルト》の人間の為に、命を張らなくてもいいのだ。


「アタシ、またあっくんと離れるの、嫌だよ!」


 ユカリさんと言ったかな?

 この雌は、アタルさんに対する好意は隠すつもりはないらしいな。

 ……アタルさんが気付いているかどうかは置いておいて。

 好きな人間がまた遠くへ行ってしまうとなると、確かに不安になるだろう。


「ごめん、でも僕はもう決めちゃったから」


 彼らの叫びに対して、アタルさんは困ったような笑顔を浮かべて答えた。


「何を、決めたの?」


 真剣な表情でユカリさんが質問した。


「《リューンハルト》って世界はさ、この地球と比べてとても不安定なんだ。人間側は世界統一を狙ってるし、魔族は人間や亜人を極上の餌と見てるんだ」


「……うん」


「僕が勇者として強くなった時、タイミングが少し遅れちゃって目の前で魔族に食べられちゃった子供がいたんだ。その子はませててさ、好きな幼馴染みの男の子がいて、将来は結婚するってよく話していたんだって」


 ユカリさんの表情が歪む。

 アタルさんの話で出た子供が、同じように幼馴染みを好きになった彼女に似ているからだろう、願いを叶えられず散った子供に胸を痛めているように思えた。


「僕は本当に悔しくてさ。何て理不尽なんだって思ったんだ。そしてアデルさんに出会って親友になって……僕がやりたい事が決まった」


 アタルさんは私の顔を見る。

 その瞳には、強い意思を感じた。


「アデルさんにもまだ相談していなかったんだけど、僕は世界統一なんかじゃなくて、魔族と人間と亜人が共存できる世界にしたい。あんな誰かが踏みにじられるような事が平気でまかり通るあの現状は、間違っているんだ」


「そうですね」


 私は同意する。

 きっとアタルさんに出会っていなかったら、きっと人間どもを殲滅か養殖して食料にしていただろう。

 でも、出会って親友になった。

 だから私も密かに、共存できる世界がないかを模索していた所だった。


「今までは茶番で何とかやり過ごしてきたけど、今後は共存できるような布石を置いていきたい。だから――」


「私は、アタルさんに力を貸しますよ」


 アタルさんが言いたい事は、もう伝わっている。

 共存できる世界を作るには、人間側と魔族側に仕掛人が必要となる。

 そうなると、私の協力は必須であろう。

 まぁそんな思惑がなかったとしても、私は無条件に彼に力を貸していたけど。


「……いいの?」


「当たり前ですよ、親友なんですから」


「……アデルさん」


 アタルさんは一度下を向いた後に決意をしたように正面を向く。そして彼のご両親とユカリさんに向かって力強く宣言した。


「僕は、《リューンハルト》を変えるまで、帰ってこない」


 彼の目には、まさしく勇者という名に相応しいくらいの、力強い決意と信念が宿っていた。











 ――由加理視点――


 ああ、この眼だ。

 アタシが好きになった、力強い眼だ。

 一度決めたら決して曲げる事はない、そんな感じの。

 いや、二年前よりもっと力強くなっている。

 きっと、アタシじゃ想像出来ないような大変な経験をしてきたんだろうな。


 でも、その眼をしているという事は、また向こうへ戻ってしまうんだね。

 アタシ達の声じゃもう、どう頑張っても曲げられないな。


 嫌だな、離れたくないな。


 また一緒にいられる、学年は違うけど学校に一緒に通える。

 そんなのをちょっと期待しちゃったのに。


 これはアタシのワガママ。

 ただ、あっくんを困らせるだけの、自分勝手なワガママ。

 でもさ、あっくんの決意もワガママなんだよ?

 だからアタシにも、少しワガママ言う権利はあるよね?

 どういう反応するかな、あっくん。


「――ねぇ、あっくん」


「……どうしたの、由加理ちゃん」


「アタシね――」


 一瞬言うのを躊躇っちゃった。

 そりゃ、アタシの勝負どころだからね。

 緊張しちゃうよ。

 でもね、女の子は覚悟を決めると、すごいんだからね。


「あっくんの事が……好きなの。中学の時から、ずっと」


「っ!!」


 ぷっ。

 あっくんの顔がギャグ漫画みたいな感じになってて面白い。

 何か、今にも目が飛び出そうな位見開かれちゃってる。

 何とか笑いは堪えられたかな。


「一緒にいたいから、同じ高校を選んだのに……すぐにいなくなっちゃったんだもん」


「……」


 あっくんは、アタシの顔をしっかり見ながら黙って聞いてくれている。


「すっごい寂しかった。悲しかった。もう死んじゃったんだってどっかで諦めてた所もあるんだ」


 これは事実。

 何度も夢であっくんが遺体となって帰ってくるシーンが出てきて、その度に泣いちゃって。

 でもやっぱり諦められなくて、ネット掲示板で募集をかけてみたり、アタシができる範囲であっくんを探した。


「そして今日、ようやく会えたの。とっても嬉しかったし、今でもすっごいドキドキしてる!」


 逞しくなって、格好良くなったあっくんに、ずっと心臓は鼓動を早めている。

 彼に心臓を破裂させられちゃうんじゃないかって、思う位に。


「でもまた会えなくなるなんて、本当に嫌なの。だから、少しでもアタシの事を想ってくれるのなら……」


 あ、だめだ。

 もう泣くの我慢できないや。

 アタシは泣きながら最後の言葉を言った。


「向こうに行かないでよぉ……」


 アタシ、いつからこんなに涙脆くなっちゃったのかな。

 まぁ十中八九あっくんのせいだけどね!

 告白したのは本当に恥ずかしい。

 でも、それ以上にまた一緒に居られなくなる事実が、心の底から嫌で泣いちゃった。


 卑怯なのはわかってる。

 でもそれで思い止まってくれるなら、アタシは本当に嬉しい。


 すると、あっくんが重たそうに口を開く。


「僕もさ、久々に由加理ちゃんを見た時、とっても可愛くなってびっくりして……。僕も間違いなく好きになってる」


「ふえっ?」


 えっ、今アタシの事好きって言ってくれた?

 言ったよね、ねぇ、言ったよね!?


「昔から、僕は由加理ちゃんには好意的だったけど、久々に会った由加理ちゃんにドキドキしたし、ナンパされてた時に決定的に好きだって気付いたよ」


 あぁぁ、逆に嬉し涙が流れてくるよぉ。


「でも、ごめん。どんなに薄情と言われようとも、これだけは絶対にやり遂げたいんだ。もう関わっちゃったからね、途中で放棄するなんて絶対に嫌だ」


 次は上げて落とすんですか!!

 あっくんにここまで翻弄される日が来るとは思わなかった!!

 アタシは次は悲し涙を流す。

 今日は涙腺が大忙しです。


「あの子に誓っちゃったんだ。《リューンハルト》をまともな世界にするって。だからそれをやり遂げたい。でないと、僕が僕でなくなっちゃうから。父さんと母さんにも心配をさせちゃうかもしれないけど、僕は死なない」


 ああ、あっくんの眼にさらに強い決意が宿っちゃった。

 もう絶対に動かせないな。


「あっちをまともに変えたら、父さんと母さんの元に帰ってくる。それに、こんな僕を想ってくれる……か、彼女も……出来た……しね」


 すっごい照れてアタシを彼女って言ってくれた!

 もう、きっと向こうに行っちゃうのは確定だけど、アタシを彼女にしてくれた!!

 もうそれだけでアタシは大満足です!!


 おじさんとおばさんがアタシを見ている。

 ああ、アタシの判断に任せるって事かな?

 なら答えは決まってる。


「アタシを彼女って言ってくれるなら、早く帰ってきてね? アタシ、結構モテるから他になびいちゃうよ?」


「そ、それは絶対に嫌だ!! ……出来るだけ早く戻ってくるよ」


「……うん、待ってる」


 おじさんとおばさんが、小さく「おめでとう」って言ってくれた。

 多分アタシの好意なんてバレバレだったんだろうな、恥ずかしいなぁ。

 でも、本当に嬉しい。


 すると、アデルさんが小さく手を上げた。


「どうしたの、アデルさん」

 

 あっくんがアデルさんに聞いてくれた。


「あっ、いえ……ちょっとこの空気では言い辛い事を申し上げてもよろしいでしょうか?」


「うん、なに?」


「えっと、何か皆さん、大きな勘違いをされているので修正させてほしいのですが……」


 大きな勘違い?

 何だろう?


「私のこの異世界を移動する魔術は、確かに消費魔力が半端ないので連発は出来ないのですが」


「うんうん」


「…………えっと、一ヶ月後には再度魔術を行使する事が可能なんですけど」






 ……


 …………


 ………………


 じゃあ何ですか?

 ここまで必死になって引き留める必要はなかったと?

 あんなに勢い余って告白もしちゃったし!

 そんな事する必要なかったって事じゃん!!

 うあああっ、恥ずかしいよぉ!!


「いいいいいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 つい叫んでしまった。

 しかも恥ずかしくて机に突っ伏してしまう。

 だめ、今アタシ顔が超真っ赤になってて、もう顔を上げられない。

 おじさんとおばさんはもう笑いを堪えきれていないし!


「あぁぁぁぁぁ、穴があったら入りたいよぉぉぉっ!」


 すると誰かが背中をぽんぽんと叩いてくれている。

 誰だろう?

 そして直後に耳元で声がした。


「嬉しかったよ、ありがとう、由加理ちゃん」


 あっくんの優しくて心が蕩けそうになる甘い声がした。

 まあいいや、耳も心も幸せですよ、えへへへへ。

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