第十三話 二人の最強による、模擬戦


 ――アタルの父、立花 公平(四十五歳 漫画編集者)視点――


 二年ぶりに息子が帰ってきた。

 探偵を雇っても見つからなかったアタルが、ふらっと帰ってきた。

 正直嬉しい、かなり嬉しいのだが……。

 今僕の目の前で起きている非現実的な現実に、僕の頭は処理が追い付いていない。


 今、アタルと一緒に来たアデルさんという中性的な美人さんは――


 


 まるでアニメのようなハイスピードな超絶バトルを目の前で繰り広げている。




 アタルがどっかから出した剣と、アデルさんの黒いオーラを纏った右手がぶつかる度に衝撃波らしきものが出て、僕と妻、そして家族付き合いがある由加理ちゃんが吹き飛ばされそうになる。

 何でこんな事態になったのかというと、少し時間は遡る。






 ――三十分前――


 アタルとアデルさんが詳しくアタルの状況を教えてくれた。

 砕いて言うならば、失踪した当時に異世界に召喚し、召喚した張本人である王様が世界統一の為に力を貸せと強制的に命令したのだそうだ。

 しかも、日本に返すという餌をちらつかせて。

 アタルは渋々魔族と戦っていたのだが、とあるきっかけで二人は知り合って親友となった。

 お互いが敵だという事も知らずに。

 それで最近、アデルさんが異世界間を移動できる魔術を開発し、観光がてら日本に戻ってきたそうだ。


 うん。


「アタル、信じられると思うか?」


「ですよねぇ」


 アタルがけらけらと笑いながら言った。

 ……随分と性格が砕けた感じになったな。

 だが、アタルはかなり体格が良くなっている。

 全身が引き締まっていて、前までは猫背だったのが真っ直ぐと伸びている。

 しかも大人びた感じがするな。


「ねぇアデルさん、どうやったら信じてもらえるだろうね?」


「そうですね、手っ取り早く私の魔術だったりを見せるのがいいかと」


「そうだね、それが手っ取り早いか!」


 は?

 この二人は何を言い始める?

 どうやら僕はつい声に出して言ってしまったようだ。


「だって、僕とアデルさんが言っている事を証明するなら、戦うしかないじゃん?」


「お前、結構自分がすごい事を言っているのを理解しているか?」


「大丈夫だいじょーぶ! ウォーミングアップ程度だから、ガチで殺し合わないさ」


「そ、それなら安心……か?」


 妻も心配そうに何度も止めていたが、アタルとアデルさんの大丈夫大丈夫で押し込まれ、現在に至る。


 僕らの家の裏には、かなり広い空き地があり、そこで戦うとの事。

 でも周囲の近隣に迷惑がかからないかという懸念を二人に伝えたら、アデルさんが「そこは結界魔術を張っていますから、ご安心を」と言う。

 あぁ、もう漫画のバトル物のように都合が良い。


 そして僕達はその空き地に移動した後、アタルとアデルさんが向かい合う。


「まぁ軽くだし、近接戦だけでいいよね?」


「それでいいでしょう。程度はどれくらいで?」


「ん~、流す程度かな」


「うむ、わかりました」


 すると、何やら空気が重苦しくなっていく。

 アタルは左手からまるで鞘から剣を取り出すような動作で、光輝く両刃の剣を出した。

 ……左手から出したぞ、どうなっている?

 そしてアデルさんは、右手が黒いオーラみたいな物に包まれ、徐々に鋭さを増して刃物状の形に変化した。

 もうこの時点で十分なファンタジーだよ。


「んじゃ、行くよ?」


「はい、いつでも」


 二人共にこやかな表情だ。

 一体、どのような戦いを繰り広げるのだ?


 そう思った瞬間、二人の姿が消えたと思ったら、いつの間にかお互いの剣の刃と黒いオーラでつばぜり合いをしていた。

 それに伴って、二人を中心に衝撃波のようなものが押し寄せて来て、僕と妻、そして由加理ちゃんは十メートル程吹き飛ばされた。

 後はもうそれの繰り返しだ。

 姿を消して武器がぶつかり合い、消えてはつばぜり合い。

 そんなのをかれこれ十分も続けている。

 今となっては二人共空に浮かんで、お互いの間合いで乱打戦を繰り広げている。


「あ、あなた……。私は夢を見ているのかしら?」


 妻の反応だ。

 いや、残念ながら現実だ。

 全否定したい程の現実だ。


「ナニコレ、ナニコレぇ」


 由加理ちゃんは地面に座り込んで放心している。

 僕だって放心したいさ。

 こんな非常識が目の前で繰り広げられているのだから。


 僕に至っては、衝撃波でお気に入りの眼鏡のレンズにヒビが入った。

 ……後で弁償させてやる。

 二人は涼しげな顔をしながら、目に見えない攻撃を放っては受けたりをしている。

 その間の二人の会話が、辛うじて聞こえた。


「《リューンハルト》は今、騒いでいるだろうねぇ」


「いいんですよ、騒がせておけば。普段私達は苦労していますから」


「そうそう。あのクソ王をどうやって消そうかな」


「それは今はどうでもいいとして、私はまたピザを食べたいです!」


「おっ、ピザ気に入った?」


「あれはまさしく『味の真理』と言っても過言ではないでしょう。素晴らしい食べ物でした」


「その後赤ワインも飲んで、『ああ、味と味の結婚式だ』って感動してたよね」


「ふふ、日本の法律とは残酷です。二十歳でないとあの素晴らしい味の結婚式を味わえないなんて」


「僕はまだ、お酒は得意じゃないからなぁ。きっとすぐわからないよ?」


「そこはやはりまだお子様なんでしょうね」


「否定できないねぇ」


 何でこんな激しい戦闘をしているのに、普通に雑談しているんだ。

 全く理解不能だ。





 そしてさらに十分経った頃、二人は戻ってきた。

 全くの無傷だ。

 しかも汗すらかいていない。

 本当、この二人はどうなっているのだ?


「あぁ、いい運動だったね!」


「そうですな。前の茶番以来ですね、ここまで動いたのは」


「前の茶番は二日間寝れなかったのが辛かったなぁ」


 こいつら、なんなんだ!

 どうやら本当に軽く運動をした程度らしい。

 それで、これだ。

 この二人が本気でやりあったら、どうなっていたのかは想像が出来ない。

 いや、したくないと言った方が正しいな……。

 どうやら、今の感想も口にしてしまったようだ。


「えっ、本気でやりあう所を見てみたいの?」


「い……いや、冗談だ」


「なんだ、冗談か。で、父さん。信じてくれた?」


 へらっと笑いながら言ってくる。

 殴りたい、その笑顔。


「あぁ、この非現実的な内容を受け止めきれるか自信はないが、信じるしかないだろう」


 妻と由加理ちゃんも、目を点にしてコクコクと頷いた。


「でもお前が向こうで何をやっていたかは、今はどうでもいい。こうして帰ってきてくれたんだからね。さぁ、とりあえず学校に連絡しよう。一年生からのスタートだが、復学出来るようにはしてあるから」


「じゃあ、やっとあっくんと一緒に通学出来るんですね!」


 由加理ちゃんは顔をぱっと明るくして喜んでいる。

 この子の息子に対する好意は、僕達夫婦にも伝わっている。

 両思いになってくれたら、僕達も嬉しい。


「じゃあ今日は久々に、アタルの好物の豚肉の生姜焼きでも作っちゃおうかしら!」


 妻が、アタルが無事に戻ってきてくれた事に喜びを隠せず、息子の好物を大いに振る舞うようだ。

 だが、アタルだけ表情が固い。


「あぁ父さん……、その事で実は言わなくてはいけない事があるんだ」


「ん? どうした?」


 アタルとアデルさんが一回顔を合わせると、アタルは後頭部を手で掻きながら気まずそうに口を開いた。


「……僕、また向こうに戻ろうと思うんだ」


 僕と妻と由加理ちゃんは、目を点にして叫んだ。


「「「な、なんだってぇぇぇ!?」」」


 てっきり僕達は、このまま戻ってくるものかと思っていたが、違ったようだ。

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