第七話 二人の最強と、洋服店スタッフ

 ――アデル視点――


 先程の質屋で得た金は、どうやら金貨四百枚分だという。

 通貨ではなく現物支給である魔族には関係ない話ではあるが、人間側、つまり《グエン大陸》では一生暮らしていける金額だったようだ。

 しかし、この世界では硬貨と紙幣なのだな。あまりにも精巧な紙幣なので度肝を抜かれている。

 その紙幣に描かれた人物は、ニホンで偉大な功績を残した人物なのだとか。

 さぞかし聡明な人間だったのだろうな。


 しかしやはり、このニホンという国はすごいの一言だ。

 自分で言うのもなんだが、知に優れていると自負していたのだが、そんなのは傲りだったのを思い知らされる。

 何故なら、魔術や気が存在しない世界なのに、《リューンハルト》が足元に及ばない位の文明を有している。

 馬が不要でどういう原理で走っているかわからない鉄の箱、ディスプレイやテレビといった遠方の映像を写すカラクリもそうだ。

 アタルさんの話では、全て世の理をカラクリを使って操っているのだそうだ。


 我らの常識ではあり得ない。


 魔術を以てようやく世の理を多少操れるレベルなのに、この世界では何とあの空の向こうまでついに飛び出してしまっているというではないか。

 この世界の人間は、神の領域に足を出している。


 でも、一番驚いているのはそこじゃない。

 ニホンの民が着ている服だ!!


「アタルさんアタルさん、皆違う服を着ていますよ!?」


 これだよこれ!

 《リューンハルト》では上流階級や国の重役である者しか、洒落た服は着ない。

 いや、そんな事に金を使えないのだろう。

 我々魔族においては体毛が濃い種族が多いので、服はとりあえず布を巻いているだけの者も多い。私は人に近い種族の為、体毛がなく冬は寒いからしっかり服を来ていたが。

 しかし、今すれ違った人間は皆、違う服を着ている。

 誰一人同じものを身に付けていないのだ。

 

 たまに同じ服を見かけるのだが、着方が違うせいか全くの別の服に見える。

 それほどこの国は豊かなのだろうか、はたまた上流階級というのが存在していないのか。

 もう私はこの国の虜だ。いや、この世界の虜といって過言ではない!


「アデルさん、あんまり他の人をじろじろ見ちゃだめだよ?」


 アタルさんに怒られてしまった。

 今私達が向かっている場所は、《オモテサンドウ》という場所らしい。

 やはりこの世界では私達の服はおかしいらしい。それもそうだ、そんな常識を知らない私ですらこの世界の衣服を見てしまったら、何か古臭く感じてきて恥ずかしくなってきたのだから。

 でも、どうしても気になる事があるから、聞こう。


「とりあえず一つだけどうしても教えてください! 皆が着ている服にどうしても気になる記号が書かれているんです。それは何ですか?」


「ん? ……ああ、英語ね」


「エイゴ……ですか?」


「うん。この世界はね、《リューンハルト》みたいに国家が二つだけじゃなくて、軽く百は越えてるんだ」


「ひ、百以上もあるのですか!?」


「そうそう。で、言語も僕が知ってる限りで七つ以上はあるよ?」


「ま、また随分とややこしいですな」


「英語はアルファベットという二十六の文字を組み合わせて、それを文章にしている言語だね」


 確かに、そんなに文字数は多くないようだ。

 だが何故だろう、何故服自体が引き締まっているというか、格好よく見えてしまう。


「では、ニホンはその英語というのを使っているのですか?」


「ううん、日本は日本語だよ。ひらがな、カタカナ、漢字の主に三種類の文字を組み合わせてるんだけど、その中で漢字が偉く文字数が多くてね。日本人でも全部言える人はいないよ」


「な、なんですかそれは。言語として成り立つんですか?」


「成り立っちゃってるんだよね、これが」


 アタルさんがたははと笑いながら話している。

 何か覚えるのが非常に面倒くさそうな言語だな。


 私が色々目移りしてはアタルさんに質問をしてしまったせいか、《オモテサンドウ》に到着するのに半刻(この世界では三十分というらしい)程かかってしまった。


「はい、到着! 前にちょっと幼馴染みの付き合いで立ち寄った事があるお店なんだ! 当時はもやしっ子だったから似合わないだろうなと思ってひっそりと憧れだけに留めたけど、もやしっ子を卒業した今の僕なら着こなせるはず!!」


 もやしっ子?

 ……ああ、もやしのように細い人間という意味か。

 確かにアタルさんはどう見ても細くはないな。


「じゃあ行こうか、アデルさん!」


「はい、いきましょう!!」


 私も今からこの世界の人間と同じ格好をする。

 それが楽しみでしょうがない!!

 どんな服を着ようかな!!











 ――表参道洋服店、《ZAP×2》のカリスマ店員、下澤 大樹視点――


 俺は下澤 大樹。

 この《ZAP×2》の看板を背負っているスタッフと言っても誰もが納得する位の男だ。

 何故なら、一ヶ月前からあの俺達のバイブルと言ってもいいメンズ雑誌、《エクストラ》にスカウトされてモデルになったんだ!

 俺はこの店の店長に恩があるから最初は断ったんだけど、店の名前を出していいという事で引き受けた。

 そうしたら、俺が人気になって、店も人気になった。

 すごい人も来るし、俺のファンだって言ってくれる女の子すら来るようになった。

 店長は喜んじゃって、そんな女の子をターゲットにした女性服まで手を出して、さらに売り上げが伸びた!


 俺の収入も増えたし女の子にちやほやされて選び放題、食べほ……何でもない。


 いやぁ、両親に感謝だね。

 俺をイケメンに産んでくれてさ!

 後でお米でも買って郵送しとくか。


 しっかし、今日は来客は落ち着いている。

 いつもなら混み合ってくる頃合いなのだが、閑古鳥が泣いている。

 いや、嵐の前の静けさってやつかな?

 おっと俺、詩人みたいな事言わなかったか!?

 日頃女の子に愛の詩を捧げている成果が出てるかもな。


 すると、ちょっと外がざわついている事に気付いた。

 店の外を歩いている女の子がまるで芸能人を見つけたような顔をしている。

 男も歩くのを止めて何かを見ている。

 芸能人が本当に来たのか?


 俺も外に出て野次馬したいけど、今この店には俺一人しかいない。

 店長はちょうどタバコ吸いに行っちゃったから、その間は俺がここを離れるわけにはいかないしなぁ。

 

 どうやら皆の注目を集めている奴が店に入るようだ。

 俺は視力悪いからよく見えないけど、皆の視線がずっとその人物を追いかけているから、相当の人間なんだろうな。

 俺はいつものよう軽くお辞儀をして挨拶する。


「らっしゃいませー。今日はどんなのをご希望……です……か」


 俺は絶句した。

 俺なんて足元に及ばないくらいのイケメン二人組が入店したんだから。


 一人は日本人。

 最近黒髪が注目されているから増えてきてはいるが、恐らく一切染めていない程自然で艶のある黒髪。

 セットされていないけどウルフカットが似合いそうな髪型。

 顔立ちはすごく優しそうな印象。眉毛は多分剃って書いていないだろう。今のメンズ基準で言えば若干太いけど、形が整っているから好印象だ。

 何というか、背筋がいいしスタイルいいんだよね。細すぎず太すぎず。細マッチョって言葉が一番しっくりくる。


 もう一人は……女の子に一瞬見えたけど男だ。

 金色の細い糸みたいに綺麗な金髪のショートカットで、睫毛が長い!

 女の子寄りの中性的な顔立ちで、男だと見分けがついた俺を褒めてやりたい。

 スタイルもスラッとしているし、首も長けりゃ手足も長い。すっげぇ羨ましい。


 二人とも、古臭い格好しているけど。

 間違いなく流行遅れだ。


「ん~、とりあえずぐるっと服を見させてください」


 日本人の方がにっこり笑って言う。

 人当たり良さそうな奴だなぁって思う。


 しかし二人とも、何かオーラが違うんだよなぁ。

 普通の人じゃない感じ。

 特に金髪の方は、上品な感じ? っていうのがしっくり来るな。


 二人は店内を歩き回って、服の物色を開始し始めた。

 今手に持ったのは、最近オススメのブランドのシャツだ。

 デザインが結構パンクだから、金髪の人には似合いそうだが、日本人の方は優しい顔立ちだからあまり似合わないな。

 うん、本人達も違うと気付いたみたいだ。


 しっかし、あんま聞き覚えがない言葉で話しているな、この二人。

 英語でもなけりゃフランスやイタリアっぽくもない。何語だ?


 次に日本人の目に留まったのは、黒のシャツと白のジャケットがセットになった服だ。

 文字によるデザインも少な目で極めてシンプルだし、白のジャケットにおいては縫い糸がわざと黒にしてあって、少しワンアクセントを入れたあんまり売れ行きが良くないものだった。

 でも、彼にはそれが一番似合う。シンプルな物ほど着こなすのは難しいんだけど、彼のようなスタイルが良くて優しい顔立ちは逆にヤボな装飾は不要だ。だから、それが正解。


「すみません、店員さん。この服って試着出来ます?」


 まぁやっぱりそうなるよな。

 うちのようなカジュアル店は、試着は最近させていない。

 一度着た服をまた元に戻して商品として陳列するのに、難色を示す客がいるからだ。

 後、試着で破ったりサイズが合わなくて伸びたりする事もあるから、やらない店は増えてきている。

 うちも試着させない側だ。


 俺は丁重に断ろうとしたが、背後から声がする。


「どうぞどうぞ、こちらでお着替えください!」


 ちょ、誰だよ勝手に許可したの!

 振り替えったら、店長だった。

 二人は来てみたい服やジーンズを一通り選んで店長に声を掛け、店長は普段在庫を置いている、壁の裏側にある小さなスペースを案内した。


「ちょちょ、店長! いいんすか? 試着させちゃって」


「ああ、あの二人からは金の臭いがするからな♪」


「出たよ、店長の金の臭い発言」


 店長は儲けになるのを察知すると、そういう風に言う。

 でも、それはほぼ当たる。

 本当にそういう嗅覚があるみたいなんだよなぁ。


「そうだ大樹、ちょうどいい機会だからお前に話したい事があった」


「なんすか、店長」


「お前、最近女の子と長く続かねぇだろ?」


「ぶっ!?」


 何で知ってるし!

 確かにモデルを始めてから俺はさらにモテるようになった。

 気に入った子を口説いて一晩を共にして付き合うが、一週間で別れてしまっていた。

 まぁこれがとっかえひっかえしている原因なんだけどね。

 何でかなぁってずっと考えてたんだけど、やっぱり思い付かねぇ。

 俺、こんなにイケメンで収入がある良物件なのにさ。


「確かにお前は俺から見てもいい男だぜ?」


「……ごめん店長、俺は『ソッチ』の趣味はないぞ」


「あのな、俺は真面目に褒めてるんだよ! ……まぁそれで終わってるんだけどな」


「それで終わってる?」


「そうだ、外見は間違いなくいい男だ。『外見は』な。だがなぁ、最近天狗になっているせいか、中身が空っぽなのさ」


 中身が空っぽ?

 どういう事だ?


「ファーストインプレッション、つまり第一印象はお前は完璧なんだ。でもな、セカンドインプレッションがない。今のお前はな、イケメンだけど付き合ってみたらすっげぇつまんねぇ人間なんだよ」


「は?」


 俺にセカンドインプレッションがない?

 俺はイケメンで高収入だ。それで十分じゃないのか?

 俺は店長にそれを言ってみた。

 すると、店長から盛大にため息をつかれた。


「あのなぁ、それもファーストインプレッションだっつの。セカンドインプレッションはな、趣味だったり今までの経験談だったりとか、お前の生き方の部分だ。今のお前は外見に全てを費やしているから、話題がないんだ」


「……あっ」


 言われてようやくわかった。

 モデルをやり始めてから、自分の外見の為だけに金を使った。

 洋服もそうだし、美容院やスキンケア等、美に関する事全てにだ。

 容姿こそ自分の大事な商売道具だからな、だから時間を惜しまずつぎ込んだ。

 それが、どうやら女の子と長く続かない原因らしい。


「俺も話してて思うんだが、昔はいろんな趣味の話とか出来たから面白かったけど、今は洋服や美容の話一辺倒だぜ? 流石の俺もちょっと胃もたれする位過食気味だ」


 確かに、最近店長ともそういった話しかしてないなぁ。

 昔は俺は車が好きだったからそれを話したり、好きな芸能人の話をしてたもんだ

 そう、過去形になってる位、美容の話しかしてないわ、今。


「……心当たりあるようだな。自覚してくれただけでもありがたいな」


「何で今、その話をしたんすか?」


「ああ、あの二人のお客さんのおかげかな?」


「あの二人?」


「おう。あの二人はな、尋常じゃない経験をしていると睨んでいる。自分の青春を全部捨てて、本当に濃密な体験をな」


 俺も何となく感じていた。

 オーラが何か俺らとは違うって。

 それでも、服を選んでいる時はすっげぇ楽しそうだった。

 きっと二人共、俺が想像できないような事から今は解放されてるんだと思う。


「お前、あの二人に見惚れたろ? 自分が敗けだと思うくらい」


「ま、まぁ……思いましたね」


「あの二人は濃密なセカンドインプレッションのせいか雰囲気に出ている。お前はファーストインプレッション止まり。その差だよ」


 何となく言いたい事がわかった。

 多分、俺は容姿磨き以外の事をしないと、今後もモデルとしても続かなくなるんだと思う。

 容姿だけで生き抜ける程、甘くはないって事かな。

 ……深読みしすぎか?


「ふっ、少しいい顔になったな」


「そ、そうっすか?」


「ああ。さらにいい男になった。そのまま悩んで中身も磨け。そうすれば、あの二人には近づける」


「追い抜く事はできないんかぁ」


「出来ないな、誰にも」


「えっ、誰にも?」


「そりゃそうさ、多分あの二人、命張ってるからな」


「……?」


 店長は人を見る目が凄い。

 昔は(っていってもまだ四十代だけど)色々危険な仕事もしてたみたいで、そこで人を見る目が鍛えられたとか。

 きっと、店長が言うんだからあの二人は凄い事しているのかもしれないな。

 確かにあの二人は存在感も凄い。

 今の俺なんて、本当足元にも及ばないな、こりゃ。


 すると、物置スペースから二人が出てきた。


 俺と店長は、しばらく口を開いてフリーズしちまった。


 まずは日本人の方。

 確かにシンプルの方がいいって思ったが、あまりにも似合いすぎていた。

 白のジャケットに黒のシンプルなシャツに、黒のジーンズだ。しかし腿の辺りはわざと色落ちしたような加工がされている。

 背筋がぴっと伸びているから、ただのシンプルな組み合わせなはずなのに異常な位映えている。

 シャツの襟元から見えている鎖骨もくっきり浮かび上がっていて、セクシーさを際立たせてる。

 すっげぇな、何か色気が。


 金髪の方はさらにすごい!

 うちの在庫にあるパンク系の服を見事に着こなしていた。

 上下黒のシャツとジーンズなのだが、シャツはでかでかとドクロがプリントされているし、ジーンズはダメージ加工されている。

 そして胸元に輝く十字架のアクセサリー。

 正直普通の人がこんな組み合わせをやったらただの痛い男だ。

 だけど、中性的な顔立ちのおかげだろうか、不思議と自然なのだ。

 

 二人に共通して言えるのは、ジーンズの裾あげをしなくても良い点だな。

 くそ、足が長いのが羨ましい!


「店員さん、どうですか? 僕達に不自然な所ないでしょうか?」


「い、いえいえ! 本当にとてもお似合いですよ! モデルさんで十分やっていけますよ、はい!」


「そうなんですか? 日本は久々なので、着方とか不自然だったらやばいなぁって思ったんです」


 もう俺らに聞かなくてもいい位、すっげぇ似合ってるよ!

 本当、モデルの俺が羨む位似合ってるさ!


「じゃあもう何着か着てみたいので、それも見てもらっていいですか?」


「はい、どうぞどうぞ!」


 店長はもうあの二人の言いなりだ。

 まぁ気持ちはわからんでもないけど!


 その後、五パターン位のを見たが、どれも似合っていた。

 イケメンでスタイル良くて、服を選ぶセンスもいいって、本当に卑怯過ぎるわ。

 しっかし、この二人は本当に楽しそうに買い物をしている。

 特に金髪の外国人の方がテンション高くて、日本人の肩に手を置いて色々聞いているようだ。

 ……距離が異様に近い。デキてんのか?


「じゃあこれ、全部お願いします」


 って、全部かい!

 ブランドの服もあるから、結構な値段になるぜ?


 俺はとりあえず計算をして、この二人に提示する。

 そうそう、この二人は最初に試着したのをそのまま着る事にしたようだ。


「全部で18万5420円です」


「はい、どうぞ」


 日本人の方が財布から諭吉さんを十九枚出した。

 ……俺より若そうなのに、ポンとゲンナマ出しやがる。


 残りの服は大きめの袋に詰めた。

 もちろん日本人が選んだ用と、外国人が選んだ用の二つに分けてな。


「また機会があったら寄らせて頂きますね、ありがとうございました」


 日本人がお辞儀をすると、外国人の方もそれに倣って深々とお辞儀をした。

 いやいや、ありがとうはこっちの方さ。

 あんたらが来てくれたお陰で、俺は気持ちを一新出来たしな。

 こりゃ、心を込めて言わないとな。


「ありがっしたーー!! またのご来店、お待ちしてま~~す!!」


 うん、モデルとしても人間としても、両方を頑張っていこう。

 店長にも認めてもらいたいし、あの二人に少しでも近づきたいから。


 よし、頑張るぞ!!

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