第五話 いざ、ニホンへ!!
――書物、《リューンハルトの歴史》の百十ページ、第二章より――
このリューンハルトには、歴史上最大且つ最強の戦いがあった。
その一つは、第一章で前述した歴代最強の魔王と歴代最強の勇者が激突した、《最強同士の激突》と呼ばれる戦いだ。
そしてこの二人の戦いで語らなければいけない出来事がある。
今回は《漆黒に消えた最強二人》事件を記述する。
《最強同士の激突》から三日後、今度は魔王軍がグエン大陸に攻め込んできたのだ。
町や村を破壊、蹂躙するかと思いきや、魔王アデルはおぞましい声を上げた。
「人間共よ、今すぐ勇者アタルを呼べ。三刻(現在で言う所の三時間に相当する)以内に私の前に奴が現れなかった場合、見せしめに町か村を一つ滅ぼす」
兵士や腕に覚えのある傭兵は、勇者アタルと渡り合える存在である魔王アデルに恐怖し、ただただその要求を飲むしかなかった。
そして約二時間後に勇者アタルは姿を現したという。
「魔王アデル、僕に何の用だ?」
勇者アタルは黒い短髪をなびかせ、絶剣ライトブリンガーの剣先を魔王に向けて言い放った。
だがその程度でアデルは怯まず、むしろ笑い返したという。
「ふむ、貴様は私の覇道の最大の障害だ。故に、本日を以て貴様には消えてもらう」
すると二人の間に、大人の人間二人が余裕で通れそうな位の漆黒の球体が生成されたという。
これが未だ誰も再現できていない魔王アデルの魔術、《無垢なる闇》だ。
対象をその球体に吸い込み、異次元に放り出してしまう、文字通り存在を消してしまう大魔術だ。
球体の強力な吸引力に、勇者アタルは吸い込まれてしまう。
だが、完全に身体が飲み込まれるすんでの所で、アタルは飛行術を用いて持ちこたえたそうだ。
そして魔王アデルのマントを掴み、こう言い放ったとされる。
「ならお前も道ずれだ、魔王よ」
「き、貴様! 何をする!! 離すのだ!!」
「お前がいなくなれば、しばらくは平和になる。一緒に消えよう!」
「ぐ、ぐおおおおおおおっ!!」
こうして二人の最強は、《無垢なる闇》に飲み込まれてしまった。
最強の切り札を失った両軍は呆然自失、戦意喪失、そして絶望に打ちひしがれたとされる。
そして戦闘が起きる事なく、魔族は魔王を、人間の兵士は勇者を探し始めたのだった。
この事件が発生したのは朝七時頃との記録があり、そして二人がボロボロの状態で発見されたのは夜八時頃との記述がある。
約一日だけだが、両国を震撼させた重要な歴史的大事件である事に代わりはないであろう。
――次元の神視点――
我は次元の神として崇められている《サハル》。
勇者召喚の儀式等で力を貸し与えている存在だ。
我の力なくして、異世界への移動は不可能だ。絶対にだ。これは揺るがない!
――はずだったのだ……。
我は今、自身の神としての力や存在意義に疑心暗鬼だ。
何故なら、我の力を借りずに、《ディメンジョン・トンネル》に人間が存在しているからである。
この《ディメンジョン・トンネル》は、我のような次元の神のみが利用できる別世界への道路だ。
通常の人間であれば、別世界の単位で言えば常に三十Gもの重力がのし掛かっている。
高次元の存在である神か、我の力を以て祝福されなければ存在できる訳がないのだ。
「うおっ、ちょっと身体が重いなぁ」
「確かにちょっと負担ですね。まぁ問題ないでしょう」
何で貴様ら、そんな平然としていられるわけ!?
この黒髪の少年は見覚えがある。人間の王が勇者召喚の儀式を使って呼び出した者だ。
たくさんの生け贄を貰ったから、張り切って地球という場所から良い人材を与えてやったのを覚えている。
そしてもう一人の金髪は、リューンハルトの魔王を名乗っている存在だったと記憶している。
と、とにかくだ。
またこの二人が話し始めたから、耳を傾ける事にしよう。
……高次元の存在である我に、耳はないがな。
「よっしゃ、今回も茶番大成功!! いえーい!!」
「いえーい!!」
この重力下で、嬉しそうにハイタッチしている。
こいつら、おかしいだろう……。
だって、我の祝福を受けてないのだぞ、こいつら!
「じゃあアタルさん、早速行きましょう、ニホンへ!!」
「近い近い近い近い! もうチュウ出来ちゃう位近い! もっと離れて!!」
……何この魔王と勇者、何いちゃついてるの?
本当なら殺し合う運命の二人が、何でこんなに親しげなのだ?
もう訳がわからん。
「それで、本当にこれで日本に行けるの? アデルさん」
「ええ、問題ないです。私が開発した魔力の絨毯の上にいれば、約半刻程で日本に到着しますよ」
ちょっと待て、今半刻と言ったか!?
この我の力を以てしても二刻かかる距離だぞ?
それを半刻とな!?
あ、あり得ぬ。
我を超越する力を持っている生物が存在しているとは……。
……神、引退かな。
すると二人は、魔力で生成された絨毯の上に乗って進み始めた。
確かに凄まじい速度だ。
我ではここまでの速度は出せない、悔しいが。
……我の存在意義って。
「で、アデルさんは渋谷に行きたいんだっけ?」
「ええ、流行の最先端って言われているシブーヤに行きたいです!!」
「シブーヤじゃなくて、渋谷ね? 到着地点はどうするの?」
「以前アタルさんがスマホと呼ばれる機械で見せてくれた、忠犬ハチ公の像近くに降り立とうかと」
「いやいや、突然現れたら周りビックリするでしょ。しかも公番前だから、下手したら補導されるよ?」
「補導? よくわかりませんが、透明化して降り立つようにしてあって、時間が立つと浮かび上がるように姿を見せるように仕組んであります。ご安心を!」
「いやぁ、魔術って本当便利だなぁ。いいなぁ、アデルさん」
「はっはっは、それほどでもありますな!」
陽気に笑い合ってるよ。
本当にただの化け物だ、こやつら。
「とりあえず、何か金目のものは用意した?」
「ええ、私は献上品で金のネックレスがあったので、それを四つほど」
「僕はあのクソ王のジジイから金の皿を十枚ほどせびってきた」
「ほほぅ、あのケチな愚王はさぞかし泣いていたでしょう?」
「それがさぁ、強がっちゃって、その程度で儂の懐は痛まぬ~なんて強がってやんの。泣くの我慢してるのバレバレだよ」
「はっはっは、さすがアタルさん! もっといじめてやって欲しいですね!」
「あいつの欲のせいで今戦乱起きちゃってるからねぇ、これくらいやってやらんと!」
何この勇者、グエン大陸の王から色々せびってるのか!?
勇者は王に絶対服従を誓うんじゃなかったの?
規格外だ、この二人……。
「渋谷って色んな物の値段が高いからね、それなりにお金がないとあっという間になくなっちゃうんだよ」
「でもまぁ、これくらいあれば十分なんですよね?」
「十分どころか、しばらく遊んで暮らせるね」
「そうですか! 私はニホンの本をたくさん買いたいです! そしてニホンゴも習得したいですな!」
「ふふふ、日本語は本気で難しいから、覚悟するんだね」
「さぁさぁ、夢の国ニホンへ全速力ですよ!」
「僕も久々の帰宅……帰国? だから、ちょっと楽しみだ!」
「今日一日、遊んじゃいましょう」
「うん、そうしよう!」
そうしてこの化け物共は、本当に半刻で日本まで移動してしまった。
我、しばらく引きこもろうかな。
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