第6話

 美咲は頻繁にルサルカの放送チャットへ書き込む様になった。すると必然。名を知られる様になる。


「おや。ペレストロイカ殿また来てくださったか。もはやすっかり常連さんでございますなぁ」


 こんな事を言われれば少女は途端に有頂天となりますますコメント書き込みが増えていくのだが、そうなると他ユーザーとも交流が深まり、あれやこれやとペレストロイカのアルガにはチレーンが増えていった。






「ペレストロイカのグラスノスチ。始まりますわ」


『ペレストロイカ殿!』


『なんと麗しきお姿か!』


『リュビーマヤ! 恋に愛して流されて!』


 放送すればすぐに多数の人。チレーン数およそ二百。平均視聴者数約八十。これはドーミク放送のみのアルガとしてはそれなりの数字である。その実績を持って慢心した美咲は徐々に夏美と距離を置き、一人でバブライブをする様になっていった。


 そうなると面白くないのは夏美である。当然彼女もルサルカの放送を観ているので美咲がペレストロイカとして人気を博しているの知っている。しかし決してやっかんでいるわけではない。美咲が自らの元を離れていくのが辛いのだ。夏美は、時折彼女を放送に誘うも断られ、酷く悲しんだ顔を見せていた。次第に昼食も別々に摂るようになり、出会う前と同く、二人の距離は遠く、他人のような顔をして過ごすようになってた。


 平常時の美咲であれば夏美の気持ちは推し量れたであろう。思慮深い事が、彼女の美点である。しかし、今の美咲は女は地に足が付いていない。浮かれ、熱く、焦がれ、狂っている。


もはや自分には数多くのチレーンがいる。夏美など必要ない。


 言葉にこそ出していなかったが、そうした気持ちが彼女を支配している事は明白だった。


 そんな美咲を更に増長させるでき事があった。ルサルカからのコンタクトがあったのだ。しかも掲示板ではなく、メッセージ機能を使ってである。内容は『いつも来てくれてありがとう』というごく簡単なものであったが、美咲にとっては福音であったし、優越感に浸るにはこれ以上ない事件であった。また、それだけではない。ある日。ルサルカからスカイプをしないかと誘われたのだ。

 




「もしもし。ペレストロイカ殿でございますかな?」


 声を聞いた瞬間、美咲の頬に光が走り、声の湿度は上がった。感極まったとはまさにこの事であろう。それを聞きルサルカは優しく笑う。

 以降、二人の、二人きりの会話は定期的に行われるようになる。

 



 そして時は流れ、夏。日差し鋭く刺し、容赦なく汗を流させる季節。美咲の父。万二郎は相変わらず愛娘の生活に頭を悩ませていた。


「楓や。もう夏季休暇にはいってしまうぞ。美咲から遊楽へ行くという話は聞かないのか」


「えぇ。さっぱりでございます。最近は永野さんともお会いしていないようで」


 美咲は迂闊にも楓に夏美の事を打ち明けていた。夫婦の間で話の種になるとも知らずに……


「やはり、PCを取り上げた方がいいかな」


 頬杖をつきながら万二郎がそんな事を呟く。


「あらあなた。やめて下さいまし。そんな事をしましたら美咲さん、怒って家出してしまいますわ」


「しかし、このままというわけにもいくまい」


 万二郎が煙草に火を着けるのを見て、楓は言った。


「パソコンだって、煙草みたいなものなのでしょう。中々に、止められないのだと思います」


 その言葉に万二郎は二の句を失い、溜息。ゆっくりと燻る紫煙が漏れ出る。


「美咲さんには、私から少し言っておきますから、貴方はどうか堂々と構えていてくださいまし」


 夫婦の会話はここで終わった。万二郎が晩酌に酔い、「寝る」と宣言したからである。

 両親が心悩ませている間にも、美咲はルサルカとのスカイプ通話に勤しんでいた。最近は互いの放送さえ蔑ろにし会話を楽しんでいる状態であった。


 そんな折、ルサルカがとある提案を美咲に持ちかける。


「ペレストロイカ殿。実はそれがし、貴殿の住む街の近くに居を構えているのでありますが、よければ、近く顔を合わせませぬか?」


 思わぬ言葉に我を忘れて歓喜する美咲。湧き上がる少女の、熱の籠った感情は断る理由など見いだせず、「喜んで!」との感涙混じりな叫びを響かせ、次の休み、憧れのルサルカと出会う事となった。


 彼女は未だ、男が持つリビドーの浅はかさと恐怖を知らない。

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