グリムノーツ ワーラー三世の足踏み

九情承太郎

第一話 ワーラー三世、想区に立つ

 よく晴れていたので、その想区はマトモなんじゃないかと、期待した。

 そんな訳ないけれど。

 のんびり出来るかもと口にしかけた楽観主義者は、顔がのんびりとしているエクスだけではなかった。


「和風の想区での楽しみは、あんみつや抹茶系統のスイーツだなあ」

 タオの緩みように、日頃はリーダー格を巡ってプチ喧嘩するレイナも同調する。

「そうね。軽食屋には逃さずに入りましょう」

 明るい金髪と暗い碧眼を持つ少女は、己への食い意地評価を思い出して言葉を補足する。

「ヴィランが出ない限りは」

「ヴィランが出ても、食べるのを止めないのかと思っていた」

 エクスが感心すると、レイナが信じられないアホを見る目で問い返す。

「君は…私の食いしん坊レベルを…キレンジャーに設定しているのかな?」

 エクスはレディへの失言に狼狽え、目線で助けをシェインに求める。

 この面子で確実にマトモな発言をしてくれるのは、シェインしかいない。

 ポニテをほとんど揺らさずに歩き続けるシェインは、右手の仕草だけで『頭を下げろ』と指示する。

 体を九十度に曲げて頭を下げながら、エクスは詫びを入れ始める。

「すみません。ボケました。外して不快にさせて、すみません」

「なんだ、ボケでしたか。頭を上げて、よろしい」

 レイナは謝罪を受け取ったが、タオが混ぜ返す。

「いや、キレンジャーを超えているだろう、お嬢は」

 平和に、プチ喧嘩が始まる。

 想区の平和をぶち壊す『カオステラー』と遭遇するまでの、いつもの仲間内での喧嘩コント。

 まだ平和だった。


 シェインが『導きの栞』を準備し始めたので、全員がシェインの視線の方向を索敵する。


「あー…そう来たか」

 田んぼの畦道の彼方に、タオは空飛ぶ異物を発見して落胆する。

「偶には、外れて欲しいもんだ」

 何事にもポンコツな「お嬢」の勘(カオステラーの気配を察すると言われても、勘としか評しようがない)頼みの行き先選択である。

 ハズレを期待して観光に興じても、ええじゃなイカ。


「『想区のグルメ』への道は遠い」

「タオ兄、脳がダレている」

 シェインは、妹分として兄貴分の気の緩みを気にしつつ、空飛ぶ異物への観察を続ける。


 視界が晴れている分、巨大なアブと、その足に結ばれている藁の下にしがみ付いている子供の姿は、よく見えた。

 唖然としたのも意表を突かれたのも一瞬で、四人組は一斉に駆け出す。

 一歩抜きん出て疾駆するレイナが、『導きの栞』でヒーローの魂の力を借りて変身する(以下、コネクトで表す)。

 調律の巫女・レイナの外見が五歳は幼げに、しかし貫禄が五倍増しの黒魔法使いに変化する。


「わしを呼ぶなら、走る必要はなかろうに」

 呼び出したレイナの粗忽さに小言を言いつつ、大魔法使いシェリー・ワルムは立ち止まって巨大なアブを攻撃魔法で攻撃する。


1 魔導書を読み、

2 標的の足元から爆発炎上を発生させ、

3 アブと子供の間の藁が焼き切った。

 

 大魔法使いシェリー・ワルムは、言われる前に自分でツッコミを入れる。

「わし、この状況に向いていないのに呼ばれた。責任者は土下座…」


 レイナは人選ミスなんぞ気にせずに、『導きの栞』で別のヒーローとコネクトして、落下する子供を受け止める。


 巨大アブは、足元の藁を器用に取り外すと、天空へと帰っていく。

 戦いそびれたシェインが、達者でな〜と手を振って見送っている。


「ヴィランじゃなくて、自然のアブ?」

 ハインリヒ(カエルの王子様)の槍盾でアブを迎撃しようと構えていたタオは、元の姿に戻ってレイナの救助した子供に近付く。

「坊主、どういう経緯で…」


 純和風田舎の八歳児にローキックを喰らい、タオがよろめく。

 クソガキの方は、大泣きしながらレイナに抱き付いて甘えまくる。


「ぼくの高級わらしべを、返してよ! 空を飛べる素敵なデラックスわらしべだったのに! お母さんが、蜜柑三箱と交換したんだ! え〜ん、え〜ん」

 手には、藁の切れ端を未練がましく掴んだまま。


「いや、アブを逃したのは、そのお姉さん…」


 エクスの模範的な指摘を、レイナはクソガキの頭を撫で撫でしながらガン睨みで潰す。


「泣いている子供の言葉を疑うと、許しませんよ」

 レイナへの理論的な説得を二秒で諦めるエクスは、しおしおとモブに帰る。

「問題は、そこじゃないんだよ、お嬢!」

 タオが余計なローキックについて言及する寸前に、クソガキは大泣きしながらレイナの背後に密着して隠れる。

「子供を泣かさないのが大前提です」

「いや、お前、そのクソガキは」

 どう見ても盾や防波堤にされた挙句、スキンシップされている。

「お黙りなさい」

 レイナは、無辜の子供を守る姫の態度で、タオに対応する。

「この子は、迂闊でおっちょこちょいな人達に、大切なオモチャを壊されたのですよ? ローキック一発ぐらいで騒ぐなんて、大人げない」

 打算とか保身抜きで、マジで言っているので始末が悪い。

 この姫様が王国を再建しても、多分また滅びる。


 シェインが、建設的な話題を提出する。

「姉御。どうやら、『わらしべ長者』の想区です。でも、なんだかインフレが酷い」


 ポンコツな姫でも、想区の異常に関する話題を持ち出せば、他のポンコツは薄まる。


「そうだよね。確か、観音様のお告げで手にした藁から初めて、

 アブを付けた藁しべ

 ↓

 蜜柑三個

 ↓

 反物

 ↓

 馬

 ↓

 屋敷で最後だから。軽く百倍のインフレだね」

 エクスが、模範的な解説台詞で返す。  


 レイナは撫で撫でする手を止めて、一定のペースで大泣きするクソガキに尋ねる。

「最近、おかしい人を見なかった?」


 エクスは、てっきり自分が指名されるかと身構える。

 一応、和風の想区で浮いている自覚はある。

 ジャガイモやトマトが有るかどうかを疑われる想区の出だ。


 クソガキは、大泣きをぴたりと止めて、巨大アブの飛び去った方向を指さす。


「あの変な笑顔のお兄さん」


 巨大アブが、再び藁を足に付けられて、別の人を連れて戻ってくる。

 連れて戻ってくるというより…


「…あれが、わらしべ長者?」

 口に出来たのはシェインだけで、他はポカンと口を開ける。


 わらしべ長者は、ダンディなアルマーニの赤い背広を着て、巨大アブを藁で操作しながら登場する。

 漫画で喩えると、見開き四ページを使い切って、わらしべ長者(スーツ姿)は固定された笑顔を浮かべたまま、子供の前に着地する。


「泣くな、坊! 一週間以内だから、無償で商品を保証するよ」

「わーい」

 坊は、高級わらしべを再入手してレイナの柔らかい背中をあっさり放棄する。


 わらしべ長者〜元は貧乏な青年だが、観音様に貰ったチャンスを機転と強運で活かしたナイスガイ〜は、エクスたちに向けて、がっちりと固定された営業スマイルを放って名乗る。


「私の名は、ワーラー三世。

 今、わらしべ長者の三百周目だから、記念行事的にイメージアップしてみたよ! カオステラーじゃないから、安心して!」


 ワーラー三世のサムズアップが小刻みに震えているので、無理をしているのは察せられた。



 次回予告

エクス「遂に姿を現したわらしべ長者は、カオステラーよりもカオスだった!? 疑惑を晴らそうと寄った茶店で待ち受ける、明らかにヤバスなパロディの数々。天然カオステラー・九情承太郎(作者)のコンテスト参加は、スクエニ様の堪忍袋を中破させるのか?!

 次回『勝手に魔改造』

 ああ、そういう漫画が好みの作者なんだ(遠くに富士山を望む目で)」

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