オレの拳の異世界譚

ユウキ

第1話

「何処だよ、ここ」

 森の中、呆然と立ち尽くしているグレーのパーカーを来た少年が居た。

 その森は一見何の変哲もない森に見えるが、所々にあまり見たことの無い植物や果実が生えている。

 一般的な知識はある少年だが、植物には詳しくない。それでも、その植物や果実は、"珍しい"というよりも"異様"である事はわかる。

「はぁ……」

 面倒くさそうに溜め息を吐き、少年は地面に落ちていたボクサーバッグを拾って肩に掛けると、地面に生える草や花を踏みながらその森を抜けようと歩き出す。

 しかし、歩き出した瞬間地響きがした。地震などの災害とは思えない揺れ、明らかに何か、生物が原因で起きているような。

 少年は一旦足を止めると、その揺れに気を集中させる。

 また面倒くさそうに溜め息を吐いた。地響きは少年に近付いてきている。方角は、後ろからだろうか。

「ッたく、何なんだよ」

 舌打ちをしながら少年が振り向くと、目の前には象、いや、サイ――とも違う。

 鼻が一本の巨大な角になった象のような形をした、見たことのない生物が森の奥から少年に迫ってきていた。

 見たことのない植物、果実。そしてまた見たことのない象のような巨体な生物。

 少年はその現実離れした光景に若干驚いた表情をして動けなくなってしまった。恐怖で動けなくなったわけではない、ただ混乱しているのだ。

「そこの人! 下がって!」

 象のような生物に襲われようとしている少年に声が掛けられた。綺麗な張りのある、何処か強さを感じる女性の声。

 また混乱を増やす要素が増えた事に、少年は嫌な顔をした。

 動かない少年に象のような生物が突進してくる。その生物を睨みながら、少年は地面を踏む足に力を入れた。しかしそこで、

「危ない!」

 少年に体当たりをするように、生物の攻撃から守ろうと一人の少女が飛び出してきた。

「おわっ!?」

 体当りされて少女と共に地面に倒れると、その真横を、迫ってきていた生物が通り過ぎ風が巻き起こる。

「痛ってぇな……」

「貴方、ボーッとしてたら危ないでしょ! 早く逃げて!」

「ぁあ?」

 一応助けてもらった形なのだが、少年は睨みで答えた。

 体当たりしてきた少女は若干紫掛かった短い黒髪で、RPGゲームに出てくるキャラクターのコスプレのような鎧を着ていた。

 腰の鞘からレイピアを抜くと、少女は象のような生物に向かっていく。

「ホント、何なんだよ……」

 少年は少女と象のような生物が戦う光景を見ながら、ここに連れて来られた時の事を思い出していた。


 @ @ @


 とある道場。そこで、道着を綺麗に着ている少年と少々雑に着ている少年が師範の前に正座で座っていた。

 師範は二人へ順に視線を合わせてから、口を開く。

「今度開催される武闘大会。我が道場からの代表は、要正明かなめまさあき、お前に託す」

「はい!」

「はぁ!?」

 師範の言葉を聞き、道着を雑に着た少年が納得出来ないと言うかのように立ち上がる。

「師範! こいつよりオレの方が強い! なのになんで代表がこいつなんだ!」

 正明を指差し、師範を睨みながら少年は言った。

 そんな少年と目を合わせ、師範が呆れたように答える。

「お前では代表は無理だ」

「なんでだ! 確実にオレの方が勝ち上がれる!」

「だろうな。勝つ為だけで考えれば、確かにお前の方が強い。だが、勝つだけでは意味が無い」

「は?」

 師範の言葉の意味がわからないと言う風に少年は眉間にシワを寄せた。

「正明の拳には心がある。相手に敬意を払う、正しい心。それを我が道場の代表として、大会で見せ付けて欲しい」

 少年から正明に視線を移しながら師範が言う。

 正明が一瞬申し訳無さそうに少年に視線を向けたが、すぐに師範へと向き直ると頭を下げながら答えた。

「精一杯、努めさせて頂きます」

「…………チッ」

 少年は荒々しい足取りで道場から出て行った。立ち上がって少年に声を掛けようとした正明を、師範が止める。

「いいんですか? 師範」

「いいんだ。これも、あいつに必要な事だからな」

 師範の言葉に正明は若干首を傾げたが、それでも師範を信じて追いかけない事にした。


 少年はグレーのパーカーに着替えると、ボクサーバッグを持って更衣室から出る。

 納得出来ないと言いたげな表情で道場を出ると、正明が外で練習をしていた。

 腰を落とし、綺麗に左右の拳を前に出して素振りしている。気合いが入っている事はすぐにわかった。

 少年は正明に近付き正面に立つと、素振りが止まる。

「危ないだろ」

 困り眉で微笑みながら正明は声を掛けた。

「気に入らねぇ」

「……だろうな」

「なんでお前が代表なんだ。お前、オレに勝った事何回ある」

 少年の問いに、正明は顎に手を当て、試合をした時の事を思い返す。

「一回はあったかな。お前が調子悪かった時だ」

「何回試合した」

「数え切れないな、三桁は流石にいってないと思うけど」

 その会話でまた少年の眉にシワが寄っていく。しかし、それを宥めるように正明は続けた。

「師範が言ってた。これは、お前に必要な事だって」

「オレに必要な事だぁ?」

「ああ。だから申し訳無いとは思うけど、この大会、俺に譲ってくれ」

 正明の言葉を聞くと、少年は肩に掛けていたボクサーバッグを地面に落として言った。

「じゃあ、オレを倒せよ」

 笑うこともせず、怒ることもせず、少年は淡々と言う。

 そのまま腰を落とし地面を踏む足に力を入れ、試合をする時のように拳を構える。

「オレを倒して、納得させてから大会に出やがれ! じゃねぇと、お前を試合に出られなくするぞ!」

 表情を怒りに染め、正明を睨み付ける。

 代表として大会に出場が決まった、それなのに今ここで無意味な"喧嘩"を買ってしまっていいのだろうか。

 正明が答えを出す暇も無く、少年の拳が飛ぶ。

 それを受け流し、身体をぶつけた。

「やめろ! そんなだから、師範はお前を選ばなかったんじゃないのか!?」

「強い方が代表に相応しい! それの何がおかしい!」

 少年も相手を突き飛ばすように身体をぶつけ、距離が開く。

 お互いに構えたまま隙を伺っていると、突然辺りに霧が掛かり始めた。

「あ?」

「なんだ、これ? なんで霧が……」

 道場には数年近く通っているが、こんな不思議な霧が掛かるのは二人、見たことが無かった。

 その霧に気を取られている正明に、霧が濃くなり相手の姿が見えなくなる前に少年は仕掛ける。

 拳を握る手に力を入れたが、その瞬間に濃霧は正明の姿を覆った。

 しかしまだそこには居る。

 地面を蹴り体重を乗せ、容赦なく拳をそこへ振るった。

「なっ!?」

 手応えはなく、拳は宙を振るう。驚いてしまった事で一瞬姿勢を崩したが、すぐに正して辺りを見回した。

「正明! 何処に行きやがった!」

 声を張っても返事は無い。だが、人の気配は感じる。

 目を閉じてその気配を察知すると、そこに居るであろう人物へ向かって拳を振るう。

「危ないのう」

 振るった拳はまた宙を殴り、今まで正面に居た筈の気配が後ろへと移動していた。

 その気配の主であろう老人の声。

 気配の察知をミスしたのかと、もう一度その気配を感じ、老人相手でも容赦なく拳を振るう。だがそれも当たる事は無かった。

「ッ! 何なんだ! 誰だ!!」

 濃霧の中、少年は叫ぶ。それに答えるように笑う声は、さっきの老人の声。

「ほっほ、盛んじゃのう」

「何なんだお前、この霧はお前の仕業か!」

 相手の姿も気配も感じられない中聞こえてくる声に少年は怯える事なく、ただただ怒る。

「いかにも、お前さんはワシが呼んだ」

「呼んだ?」

「お前さんの力、ワシに貸してくれんかのう」

「断る」

「ほっ、それはありが……即答じゃと!」

 謎の声の主に、何処に居るのかはわからないが一歩踏み出し、少年は再び叫んだ。

「オレの拳はオレだけの物だ! 得体の知れない奴に貸してやる程、オレはお人好しじゃねぇんだよ」

「ふむ……ならば、もう一人の方を呼べば良かったかのう……」

「正明なら貸したかもな、あいつはバカだから」

「ほっほ、まぁ良い。それでも暫くはこの世界に居てもらうぞい、気が変わるかもしれんしの」

 不思議な単語に、このままではまずいと全感覚が告げる。

「おい! 待てジジイ!」

「この世界。お前さんはきっと楽しいと思うぞ――明堂準みょうどうじゅん

 声の主がそう言うと、少年――準の周りの濃霧は一気に晴れ、森林の中に放り出された。

「何処だよ、ここ」


 @ @ @


 助けてくれた少女が象のような生物と戦っている中、準は立ち上がって汚れを払うと、ふと気付いた。

「あれ、オレの荷物」

 今まで準が立っていた場所にも、少女に体当りされて倒れた場所にも荷物は見当たらない。

 象のような生物に力負けし、吹き飛ばされている少女を無視して、キョロキョロと辺りを見回し荷物を探す。

 と、そんな準へと象のような生物が向き直り、後ろ足で地面を擦っていた。突進する為の前動作だと気付いた少女は準を見て声を張る。

「そこの人! 逃げて!!」

「あ? そもそもお前が突進して来なけりゃ……あっ」

 準が少女、いや、象のような生物へと視線を向けると、その生物の尖った背骨のような部分に準のボクサーバッグが引っかかっていた。

「あったあった。おいお前、いい子だから大人しくしろ」

 両手を広げて「どうどう」と言いながら、準は象のような生物に近づいていく。

「ちょっと! 危ないってば――痛っ」

 少女は吹き飛ばされ地面に叩きつけられた衝撃で足を捻ってしまっていた。今度は助けられない。

 生物も近付いてくる準へと角を向け、地面を蹴った。

「だめ!」

 少女が叫び、準と生物がぶつかろうとしたその瞬間――

「ライトニング!」

 辺りに少女とは別の女性の声が響き、その声と同時に準と象のような生物の間に稲妻が落ちる。

 その稲妻に、準も生物も一歩下がって動きを止めた。

「大丈夫ですか!? 下がってください!」

 森から現れたのは、先ほど準を助けた少女と何処か雰囲気の似た、紫掛かった長い黒髪で穏やかな口調の少女だった。

「またか……」

 その少女もまた、ゲームのキャラクターのような緑色のローブを着て杖を持っている。

 準からすれば荷物を取り戻したいだけなのに、また邪魔が増えたという状況であり、頭を掻きながら杖を持った少女を睨む。

「お前があの荷物、取ってくれるってのか?」

「荷物?」

 殺気立っている象のような生物に視線を向け、杖を持った少女はその背中に荷物が引っ掛かっている事に気付いた。

「わかりました、取り返します。だから下がって!」

 言うと、少女は杖を構えて風を巻き起こした。

 その風によって準と、先ほど助けてくれた少女の服がなびく。

「サイクロン!」

 杖を象のような生物に向けると、辺りに吹いていた風がその生物に襲い掛かった。

 生物が呻いたものの、怯ませただけでしか無かった。しかしその風によって準の荷物が巻き上がる。

 荷物の中には高くから落として壊れるような物は入っていない。だからそのまま落ちても良かったのだが、杖を持った少女が風を操り、荷物をゆっくりと地面に落としてくれた。

「あー……どうも」

 理解出来ない力によって取り返してくれた事に一応礼を言う準。その荷物を取りに行こうと杖を持った少女の前を横切ると、肩を掴まれた。

「待ってください! 取りに行くのは後でも大丈夫ですから、ここは下がって!」

「荷物をさっさと取って離れればそれで良いんだろ? いちいち止めるのも無駄だろうが」

 言い争いになろうかという所に、象のような生物が杖を持った少女と準に向かって駆け出した。

「シエル!」

 先ほど助けてくれた少女は再び声を張って生物の行動を二人に知らせる。

 向かってくる生物に少女が杖を構えようとした所で、準がその杖をはたき落とした。

「何を!?」

「あーもう、面倒くさいんだよ。要するに、あれをぶっ飛ばせばそれで危険は無くなるんだろ? だったら……!」

 準は向かってくる象のような生物に対峙するように地面を踏みしめ、構える。

 少女は払われた杖を慌てて拾い上げるが、先ほどのような力を使うのが間に合わない。

「だめ!」

 杖を持った少女が叫ぶと、準に突進していた象のような生物の動きがピタリと止まった。

「え……?」

 杖を持った少女と先ほど助けてくれた少女の間に何かが落ちる。それは、象のような生物の角だった。

 その生物が大きな叫び声を上げ、仰け反る。

 準を見ると、しっかりと腰を落とし、綺麗に拳を振り抜いた格好で静止していた。

「まさか……」

「素手でファンモスの角を折ったっていうの!?」

 少女達が驚く中、準は更に追撃を仕掛けようとファンモスと呼ばれた生物に向かって駆け出す。

 その準の勢いに怯え、ファンモスが逃げ出そうとするが、一歩遅かった。

 準は既に十分な距離まで近付き、地面を踏み込んで拳を振るっていた。

 ガスンッ!

 と、ファンモスと呼ばれた生物の横腹に準の拳がめり込む。どちらともわからない骨の軋む音が響き、ファンモスが吹き飛ぶと、木にその大きな身体をぶつけて動かなくなった。

 拳をゆっくり引き、息を長く吐くと、準は構えていた姿勢を戻した。

 安全は確保した。片手をパーカーのポケットに突っ込み、荷物を拾いに行く。そんな準へ、最初に助けてくれた少女が声を掛ける。

「待って! 貴方……一体何なの!?」

 準は荷物を拾い肩に掛けると、言葉を返した。

「明堂準。それよりも、オレはこのわけのわからない状況について聞きたいんだがな」

「ミョードー・ジュン……?」

「変わった名前ですね。それで、わからない状況というのは?」

「全部」

「全部?」

 杖を持った少女が首を傾げる。

 その反応を見て、準はなんとなく察していた。彼女達にとって、こんな異常な状況は日常茶飯事なのだろう、と。

 そもそも格好や、平気で武器を持ち歩いていたり、風を操っているような様子からしておかしい。

 杖を持った少女は、準を最初に助けた少女の腕を肩に回して立ち上がらせると、言う。

「私はシエル・ジェイリーです。そしてこっちが」

「マリアナ・ジェイリー。私が姉で、この子が妹」

「ふーん」

 興味無さげに準は答える。

「あれは? さっきなんか言ってた気がするが」

 親指で先ほど殴り飛ばした生物を指すと、マリアナが答える。

「ファンモスっていうの。この辺で繁殖してる穏やかな生き物、エレファンモス……の筈なんだけど」

「やっぱりマンモスか」

「ファンモス」

「なんでもいいが、どう見ても穏やかじゃなかったよな?」

 好戦的で、何度も襲いかかってきた。穏やかな要素が見当たらない。

「はい。あれは多分、"オニ"です」

「…………は?」

 また飛び出してきた新たな単語に、準は首を傾げた。

「オニも知らないの……? 貴方、本当に何者?」

「なぁ、お前らはこの植物とかに見覚えはあんのか」

 足で、見たことの無い植物を弄びながら質問する。

「ええ、よく生えてる草だけど……」

「なるほどね……」

 その植物から足を離し、ボクサーバッグを掛け直すと準は言った。

「どうやら、離れた場所から迷い込んじまったみたいだ。だから色々とこの"世界"について、教えてもらいたいんだが」

 ジェイリー姉妹がそれに答えようとすると、先ほど準が殴り飛ばしたファンモスが唸りながら起き上がった。

「ぁん?」

「まだ起き上がる……! 貴方、逃げ……ううん。一緒に戦ってくれる?」

「それは良いけどよ、お前は戦えんのか?」

 足を捻らせ、一人で立つのが難しそうなマリアナに声を掛けると、シエルも心配そうにマリアナを見つめた。

「大丈夫よこれくらい、囮程度にはなるわ」

「お姉ちゃん!」

「あー、はいはい。じゃあわかったよ。なら逆に言うぜ、お前らが下がってろ」

 準は肩に掛けていたボクサーバッグをシエルに渡し、ファンモスに近付いていく。

「ちょっと!」

「最初に聞きたい、こいつを殺しちまっても、変な事起きたりしねぇだろうな? 呪われるとか、別の群れが襲ってくるとか」

「だ、大丈夫です! 遠慮無くどうぞ!」

「シエル!?」

「あの人は強いから、ここは任せて一旦離れよ? 大丈夫、私も援護はするから」

 シエルの言葉にマリアナは不安そうに頷く。

「強いって言われるのは嫌いじゃねぇな。だから、期待には応えねぇとな!」

 ニヤリと笑いながら、準はファンモスに向かって地面を蹴り距離を詰める。

 ファンモスは叫び声を上げると同時に前足を大きく浮かせた。準は隙だらけになった懐に潜り込む。

「隙だらけなんだよ!」

 ファンモスの腹に力一杯拳を打ち込んだ。しかし、先ほどと違ってファンモスは怯まない。

 大きく上げた前足を、準に向かって振り下ろす。

「ぐっ!」

 それを両手で受け止めるが、ファンモスは体重を掛けてくる。このままでは踏み潰されてしまう。

「ま、だ……まだぁ!!」

 準はファンモスの力と体重を横へ逸らし、自分も逆側へ飛んでその窮地を脱出した。

 すぐに態勢を整え、拳を構える。

「へへっ」

 準は笑っていた。

 強さを求めて道場に通っていた準は、当然だが人としか戦った事はない。

 しかし今、わけのわからない世界で、襲い掛かってくる化け物とやりあっている。やりあえている。正明も、師範ですら経験したことの無い戦いだろう。

 それに、この化け物を殺してしまっても構わないという、つまり、殺せるくらいの全力が出せるという事。

 ファンモスが再び前足を上げて準に襲い掛かる。離れてそれを見ていたシエルが咄嗟に杖を構えるが、その必要は無かった。

「はぁぁぁあああーーーーー!!!!」

 準がそう叫びながら、地をしっかりと踏みしめて腰を捻らせた全力の拳を、振り下ろしてくる前足に向かって振るった。

 ファンモスの体重が乗った前足は非常に重く、拳に痛みが走った。

 それでも準はその拳に力を込め、痛みが更に増しながらも振り抜く。

「凄い……」

 ファンモスの体重が掛けられた力を押し返し、ファンモスはまたも吹っ飛ぶ。しかし、息の根は止まっていない。

 準はすぐにファンモスに駆け寄り飛び乗ると、脳の部分であろう箇所に何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も拳を打ち込む。

 苦しみもがくファンモスを拳で黙らせながら、尚も打ち込む。

「ま、待って……もう!!」

 シエルが声を掛けても準は止まらない。

 まさに息の根を止めるまで、準は楽しそうにファンモスを殴り続けていた。


 暫くして、反応が無くなったのが面白くなくなり、準はファンモスから降りた。

 準がジェイリー姉妹に視線を向けると、シエルが恐怖を感じて一歩下がる。

 そんなシエルを守るように、マリアナがレイピアを構えて言った。

「貴方も、"オニ"なの!?」

「それがわからん。オニって何だ? オレの知ってる鬼……じゃねぇよな」

 本などで見る、赤い人型の角の生えた化け物。それが準の知る鬼だ。しかし、ジェイリー姉妹はこの象のような生き物に向かってもオニと言っていた。つまり、準の知る鬼とは違う生き物の事なのだろう。

「相手がオニとはいえ、そこまでやる必要は……」

 白目を開け息の根が止まっているファンモスを見ながらシエルが言う。慈悲を掛けているようだ。

「お前が言ったんだろ、遠慮無くって。それにオレは最初に聞いたよな、殺してもいいかって」

「そうだけど……」

「お前らだって、こいつらを殺してるんだろ? じゃねぇとそんな武器、持ってるわけねぇもんな」

 ビクリと、レイピアを持ったマリアナの手が震えた。

 マリアナも、シエルも、当然ファンモスを殺したことはある。それも"オニ"ではなく、普通のファンモスを。

 言い返されると、マリアナは観念したかのようにレイピアを下ろした。

「わかったわ。とにかく、オニを倒してくれてありがとう……」

「荷物」

「あ、はい……」

 準が近付くと、怯えるように一瞬下がってしまったが、シエルは準から渡された荷物を返した。

 荷物を受け取る時、シエルの手が振るえている事に気付き、準は二人に背を向けて歩いて行く。

「ちょっと! 何処に行くの!?」

「怖がらせちまっただろ。オレもそんな相手から色々聞き出そうとするほど鬼じゃねぇよ」

「ま、待ってください! 大丈夫ですから! だから、一緒に来ませんか?」

 準が足を止め、シエルの声に振り向く。

「何処に?」

「私達の、村に」




 続く

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