第5話 〜滅びの美学?〜

 レイナ:「フゥー、やっと着いたわ」


 ファム:「え、それ本気で言ってるの? どこをどう見ても……」


シェイン:「ファムさん、足元見てください。ちゃんと地面があります」


 エクス:「ホントだ。それにしてもすごい霧だね。

      これじゃ沈黙の霧に迷い込んでも仕方ないや」


  タオ:「でもどうなんだ? 違う国に来ちゃったとかさ」


カーミラ:「それなら大丈夫。あそこに目印があるから間違いないわ」


ナレーション:

     カーミラの指し示す方へ進むと、

     そこには何本もの大木が根本からなぎ倒され、

     幾重にも折り重なっているのが見えてきた。

     数日前から霧に包まれた山里、

     シュタイアーマルクで間違いなさそうだ。


シェイン:「なんですかこれ!? 鬼でもこうはいかないですよ」


カーミラ:「……よ」


 ファム:「はい?」


カーミラ:「ワタシがやったのよ!

      カワイイ娘がいなくてむしゃくしゃしてたから、

      酔った勢いで引っこ抜いたの!」


  タオ:「マジかよ!」


 エクス:「それってもしかして、力ずくで僕達を襲うことも……」


カーミラ:「それはないわ〜。ワタシ達にも美学ってものがあるの。

      誇り高き吸血鬼たるもの闇夜に紛れて寝室に忍び込み、

      寝ている見目麗しき娘の白い首筋に優しく牙を立てて、

      舌の上で転がすように味わいながら

      ゆっくりと血を吸うに決まってるでしょうがぁ!?

      狼男じゃあるまいし、力ずくでなんて美しくないわ!」


 エクス:「あ〜、そうなんだ……」


 ファム:「誇り高い割にはさっきすがりついてたよね……」


シェイン:「カーミラさんちょっと怖い」


 レイナ:「で? あなたのお城はどっちなの?」


カーミラ:「それがね♡」


  タオ:「それが?」


カーミラ:「ワインひと瓶ラッパ呑みしちゃって、あまり覚えてないのよ〜♡」


 レイナ:「なんですって!? それじゃこれからどうすんのよ?」


カーミラ:「どうって言われても……。

      とりあえずこの道に沿って行けば、

      どこか知ってるとこに着くと思うわ」


 エクス:「なるほど、ある意味道理だね」


ナレーション:

     僕達はカーミラに着いて、木々の間を歩いた。

     見ると所々に根こそぎ抜き取られた大木や、

     途中から引きちぎられたような木もある。

     熊に襲われたかのような深い爪痕まであった。

     これが酔っ払った一人の吸血鬼の仕業となると、

     怒らせたらいったいどうなってしまうのだろうか?


ナレーション:

     しばらくすると森が開け、朧げに屋根などが見えてきた。

     相変わらずのすごい霧のせいで、

     目を凝らしていなければ見失っていたかもしれない。

     カーミラは建物の並びを基準に方角を確かめるからと、

     集落の中へと進んでいく。

     単独行動させるとどこかで道草しかねないので、

     僕達もカーミラに続いて歩いていった。


シェイン:「それにしても誰も居ませんね」


 ファム:「ホント、人の気配が全くしないじゃない。どうなってるの?」


  タオ:「さぁな」


 レイナ:「そうだ、カーミラ。せっかく里まで来たついでに、

      食料を調達しておきたいんだけど、近くにお店はないかしら?」


カーミラ:「うーん、そうね……。

      一軒だけあるにはあるんだけど、

      ……多分やってないんじゃないかしら?」


 エクス:「え? どうして?」


カーミラ:「そこは一人暮らしの娘さんがやっていた、

      小さな故人昇天でね──」


  タオ:「あんたが殺ったのかよ!?」


カーミラ:「だって〜〜〜〜」


 レイナ:「まさかそれが原因で里の人達が居なくなったんじゃ……」


カーミラ:「ワタシは悪くないわよ? だって、それがお仕事なんだもん」


 エクス:「もんって、キャラ崩れてるから……」


カーミラ:「それにワタシ好みのカワイイ娘しか手を付けないんだから、

      全滅する訳ないじゃない」


シェイン:「ちょっと待って下さい。何か臭いませんか?」


  タオ:「誰か屁でもこいたか?」


シェイン:「違います、これは多分硫黄の臭いかと」


 ファム:「どれどれ〜」


 レイナ:「確かに臭うわね、ほんの僅かだけど」


カーミラ:「まさか!

      ワタシの縄張りで悪魔を召喚した者でも居るというの!?」


シェイン:「あっちの方からします」


 エクス:「もしかしてこの霧とも何か関係があるのかもしれない」


 レイナ:「行ってみましょう!」


ナレーション:

     僕らはシェインの鼻を頼りに、

     臭いのしてくる方へと慎重に足を進めた。

     次第に強くなる硫黄臭。

     それに呼応するかのように濃くなっていく霧。


  タオ:「おっと、おいでなすったか!

      まさかこいつらは関係ないと思うがな」


シェイン:「シェイン嗅いだことあるから知ってます。

      ヴィランはなんの臭いもしません」


 ファム:「シェインちゃんてホント不思議な娘よね〜」


 レイナ:「ほら! 馬鹿言ってないで行くわよ!」


 エクス:「了解!」


ナレーション:

     見通しの悪い広場の先へ誘い出し、

     僕達は手近なヴィランから片っ端に打ち倒していった。

     何匹倒したのか、後何匹居るのか分からない中で、

     それでも確実に数を減らしていく。

     振り返りざま剣で薙ぎ払おうとした僕を、タオが制止する。


  タオ:「バカ! オレだ!

      オレの方は片付いたぜ。そっちはどうだ」


 エクス:「多分今ので最後。みんなは?」


  タオ:「お嬢たちもとっくに片付けてるよ」


 エクス:「そっか。

      それにしても終わったんなら話してないで

      僕に声くらい掛けてくれてもいいのに」


 レイナ:「私達、おしゃべりなんてしてないわよ」


 エクス:「え? あれ?」


  タオ:「てことはさっきから聞こえるこの声は?」


カーミラ:「あの岩場の方ね。何かしら?」


シェイン:「なんか硫黄の臭いもすごく濃いです」


 ファム:「ちょっと行ってみようか」


ナレーション:

     そこには里の人達が大勢集まっていた。

     見るとちょっとした露店のようなものまであるようだ。

     人々をかき分けてその中心へと向かうと、

     人だかりの原因が姿を現した。


  タオ:「なんだこれ、温泉じゃねーか」


シェイン:「それも露天風呂ってやつです」


 ファム:「おぉお〜、急ごしらえだけどちゃんと男女別れてるじゃん♪」


 レイナ:「ねえ、カーミラ」


カーミラ:「何かしら?」


 レイナ:「あのお湯が吹き出してきてる岩なんだけどね」


カーミラ:「うん」


 レイナ:「私には大木を通り越した巨木が突き刺さって

      山みたいな岩が真っ二つになってるように見えるんだけど」


カーミラ:「あら奇遇ね、ワタシにもそう見えるわ」


ナレーション:

     つまりこういうことだ。

     お腹が空いたカーミラが、

     いつものように人里に降りて好みの女の子を物色してみたが、

     お眼鏡に適うような娘がおらず、

     ヤケを起こしてワインをがぶ飲みし、

     酔った勢いで木を薙ぎ倒したりぶん投げたりしてるうちに、

     シンボルとも言える樹齢数百年のモミの木で岩山をかち割ったと。

     その結果地中から温泉が吹き出し、

     盆地のシュタイアーマルクに霧が広がったということらしい。

     要するにカーミラの自業自得。


ナレーション:

     温泉まんじゅうに温泉卵、色んな露店に目移りしながら

     あれこれ見て楽しんでるファムとシェインを余所に、

     レイナとカーミラは呆然と立ち尽くしていた。


おじさん:「おや、お前さん達は旅の人だね。

      いい湯加減だそうじゃから、ゆっくり疲れを取るといい……

      わしもギックリ腰をやってしまってね、

      ちょっと湯治に寄らせてもらったんだよ」


 レイナ:「あはは、そうなんですか。

      ちょっとお聞きしたいんですけど、

      カルンスタイン城ってどっちに行けばいいんですか?」


おじさん:「カルンスタイン城ならこの谷沿いに、

      東へずっと下ったところにあるが」


 レイナ:「東ですね、助かりました」


おじさん:「しかしあんなところに何しに行くんじゃ?

      荒れ果てて何もないところじゃが……」


 レイナ:「カーミラ、聞いたわね」


カーミラ:「ええ、後は大丈夫よ。色々とありが──」


 ???:「カーミラ……?」


ナレーション:

     レイナと堅い握手を交わし、

     颯爽と走り出そうとしたカーミラを呼び止める者がいた。

     カーミラのことを知っている風ではあるが、

     当のカーミラが明後日の方も向いて知らん顔している。

     しかしその顔には、

     吸血鬼がかくはずのない汗が、珠ように流れ落ちている。


 レイナ:「カーミラ、お知り合い?」


カーミラ:「カーミラ? はてどなたでしょう?

      ワタシは旅の者でマーカラって言いますの。

      オホホホホ……」


 ???:「ハジメマシテ、旅の方!

      ワタクシ近くの城に住む者で、

      本日は客人の湯治でこちらへ来たんですの!」


カーミラ:「あ、あらそうでしたの。

      奇遇ですわね〜、ワタシも今頂いてきたところなんですのよ〜。

      それではワタシ、急ぎますのでこの辺で……」


 ???:「……この、浮気者…………!」


カーミラ:「あ、え〜と、……ローラ、さん……?」


 ローラ:「こんな大事な日にまた浮気してるのね!

      いつだってそう!

      私を見ながら別な女の子のことばっっっっかり考えてたでしょ!

      知ってるんだからね!?」


カーミラ:「いえあれはそのほら……。

      別に、他意はないのよ?

      単に、お腹空いたなーって。

      帰りに、どこの娘のとこに寄ってこうかなーって……」


 ローラ:「……もういい……

      私が退治してあげるわ……

      今! ここで!!」


カーミラ:「え、ちょっとまって? 予定って明日よね?

      ちゃんとおとなしく棺桶の中で寝て待ってるから!

      ね?」


 ローラ:「お父様!

      サンザシの杭を持ってきてちょうだい!

      スピエルドルフ将軍!

      その女を押さえてて!!」


カーミラ:「そんな〜〜〜

      それ、なにげに痛いのよ!?

      せめて寝てるときにして〜〜〜〜」


 ローラ:「待ちなさい、この浮気者〜〜!!!!!」


ナレーション:

     カーミラに別れを言う暇もないまま、

     彼女はカルンスタイン城へと去っていってしまった……。

     果たして無事辿り着けるのかどうかは、神のみぞ知る。


おじさん:「わしはどうすればいいんだろうか?

      カルンスタインまで案内するはずだったのだが……」


 エクス:「それなら僕達がご一緒しますよ」


 レイナ:「そうね、たまには温泉で汗を流しましょっか」


  タオ:「おっさん、オレたちがマッサージしてやるよ」


 ファム:「え、あれ? あっちはほっといていいの……?」


シェイン:「あの様子なら心配なさそうですけど。

      それに退治される日がずれたくらいじゃ、きっと問題ないです」


 ファム:「う〜〜ん……。

      それよりローラちゃんが、

      あとでちゃんと自殺するかが問題だと思うんだけど……

      まいっか!」


ナレーション:

     こうしてシュタイアーマルクの夜は更けていった。



                          〜完〜

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