第4話 彼女は彼女らしく前に進む

 倒しても倒してもキリが無い…。数は減ってきている気がするが、やはり殲滅には程遠いだろう。倒している間にも新しいヴィランは勢力を増していた。

 レイナは何か思いついたように叫ぶ。


「エクス! いい!? 私たちが山までの道を切り開くからあなたはアリウムを止めてきなさい!!」


「そんなっ! レイナ達を置いていけないよ!」


 こんなやり取りは前にも一度やった気がする。前回はレイナに任せてしまったのでエクスが反論しようとすると、シェインがエクスの肩に手を置いて言った。


「このままヤってても…いずれ…。新人さん、行ってください!」


「ならレイナ達も!」


「バカね。そんなことしたら山にヴィランがなだれ込んで余計戦いにくくなるじゃない。一人で行きなさい」


「ま、適任だわな。ほら行くぞっ!! 行って来い!! エクス!」


 タオ達の攻撃は山までの一本道を作り出した。四人で入り口まで走り、そこでエクスは別れを告げる。


「絶対、止めてくるよ。それまで頼む!!」


「言われなくても、よ!」


 エクスを見送り、レイナ達は山への入り口を守る防戦の体勢になった。


「大丈夫ですかね…? 新人さん…」


「エクスは大丈夫よ。それよりシェイン、今はこっちの心配をなさい。…正直ヤバいわ」


「ふふふ…同感です。こんなピンチも何か久しぶりでワクワクします」


「へへっ、頼もしいな。エクスがアリウムを止めるまでの一頑張りだ!」


 レイナ達はニヤっと笑い、お互いの顔を見た。その表情には一切の不安や恐怖はない。それはエクスという男を信じているからなのだろうか…いや、四人全員がお互いに深い信頼があるからなのだろう。




 一方エクスは山道を駆けていた。一刻も早く…早く…アリウムを見つける、そのことしか頭になかった。彼女は…泣いていた。「無限の悲しみ」という名を与えられ、親しい者が次々と死に、そしてとうとう今回は村が…。その悲しみをエクスが知ることは出来ない、一緒に背負うことも出来ない。そんな何も出来ない自分だが、それでも…彼女を泣き止ませることぐらいは出来るはずだ、そう言い聞かせエクスは走った。

 ぐすっ…ぐすっ…。どこからかすすり泣く声が聞こえる。声の元を探すと、道から少し離れた木のうろに…彼女はいた。しゃがみこんで泣いていた。


「アリウム…」


「来ないでっ! 私のせいで…みんなが…みんなが…し…」「死んでなんかいないっ!!」


 エクスは叫んだ。


「彼らはまだ死んでない。僕らがまだ生きているから。村人を全員殺せる呪いが僕らに効かないわけないじゃないか」


「そんなの時間の問題よ! いずれあなたちにも…!! 違う…あなたちが死ぬことで私にまた悲しみが訪れる!! もう嫌なの!! もう…私は傷つきたくないっ!!!」


 その時、エクスはふとある言葉を思い出した。皮肉なものだ、今思い出すなんて…。忘れていたことも、今思い出したことも、シンデレラのちょっとした悪戯のような気がして、エクスは舌を巻いた。


「もう…このまま…ひっそりと…腐っていくまで…」


 アリウムをじっと見つめ、エクスは口を開く。大丈夫、君を泣かせたままにはしないさ。


「アリウム。君は昨日言ってたね、『ゼラニウムには違う意味がある』って。『アリウム』にも違う意味があるんだ」


 ―「アリウム」の花言葉は「無限の悲しみ」。でもね、これって無限の悲しみにも耐えれるって意味にもなるの。そう、もう一つの意味はね…


「くじけない心」


「くじけない…心?」


「そう。『アリウム』は単なる悲しみじゃない、無限なんだ。それでもこの花は負けない、だからこの意味も持つって、僕の友達が言ってたんだよ。君の名前は呪いなんかじゃない、何度でも立ち上がるおまじないだ」


「無限の悲しみにも耐えうる…心」


「戻ろう、アリウム。村の人だって、そんな軟じゃない。きっと生きてる。それを確認するためにも、君は戻らなくちゃいけない」


 もうすでにアリウムは落ち着いている。レイナ達の負担はいささか減っただろう。大きく息を吸って、アリウムは決断した。

 はっきりと彼女は口にする。それが「アリウム」という名を与えられた者の使命であり、生き甲斐であり、彼女の本質そのものであるから。


「戻ります! こんな口説き文句で落とされるのは何か癪ですけど! 帰りましょう、レイナさん達には迷惑…かけてるんでしょう?」


「ははは…。うん、レイナ達は今必死で化け物を止めてくれてるよ。でも迷惑なわけじゃないさ」


 そう言って、エクスは入り口に戻るため駆けだした。アリウムもそれに続く。その時、恐ろしい叫び声…いや咆哮が地域一帯に響き渡った。エクスは…この鳴き声を知っている、つい最近相手をしたばかりだ…。でも、なぜ…?

 真実を確かめるため、エクスは山道を急ぐ。ようやく入り口にたどり着いたとき、レイナ達の姿は見えなかった。しかしふと前を見ると、彼らは久しぶりとは早すぎる再会をしたそれと対峙していた。


「エクス! 無事だったのね! アリウムも!」


「はい、ご迷惑をおかけしました。それで…そ、それは一体…?」


「レイナ! どういうこと!? なんで…なんで…ジャバウォックがここに!?」


 信じられない大きさのドラゴン。それがジャバウォック…。彼らはついこの間、鏡の国の想区でジャバウォックを倒し、調律したばかりなのだ。混乱している彼らをあざ笑うように、ジャバウォックの傍から一人の男が姿を見せた。


「お久しぶりです…というのには少し早いでしょうか?」


「ロキ…!! あなた一体…!?」


「ふむ、全くもって不明という表情ですね。ではこの想区のことを少しだけお話ししてあげましょう」


 ロキは一息つくと、話し始めた。


「『調律の巫女』御一行様…特にエクスさん、あなた方はこの想区がどこかに似ているとは思いませんでしたか?」


「で、でも、あの想区とは違うとこも多いわよ! そもそも主役が違うじゃない!」


「違う…どうでしょうか、ほんとにこの方は違うのでしょうか、アリウムさん?」


「え…? 私…?」


 ここまで来て、エクスはようやくこの話の本題が分かった気がした。ずっとエクスも気になっていたのだ、この想区があまりにもあそこに似ていることが…。つまり、ロキが言いたいこと…それは。


「ちょっと…待ってよ…。アリウムが…シンデレラ…?」


「なっ!?」「マジすか!」


 シェインとタオが驚嘆する。エクスにしてみても、到底信じられるはずもなかった。この想区が彼女の想区…。自分がかつて暮らしていた想区…。なつかしさはあれど、この想区にはお城も、何もない。

 しかし、ロキはニヤっと薄笑いを浮かべ、手で三角を作った。


「半分正解といたしましょうか。ここはシンデレラの想区であって、そうではない。彼女はシンデレラであって、そうではない…といったところです」


「あーもう! 訳分かんないわよ!」


「そう腹を立ててもらっても困りますよ。この想区は、数多に存在するシンデレラ達の夢の世界なのです」


「夢の…世界…? そんなことがありえんのか? お嬢?」


「ありえない…とは言いきれないわ。それじゃこの想区は…シンデレラの願いが作り出した想区ってことなの?」


「ご名答です。意地悪な義理の母親も…その娘たちも…お城も…不思議な魔法使いも…白馬の王子さまも…そんなものは要らないという願いが、この想区を生んだ。それが私の見解です」


「なるほど、この想区のことは分かったけど、肝心なことを聞いてないわ。それ! それはどうしたの!?」


 レイナがジャバウォックを指さしながら叫んだ。


「ここはいわば夢の中です、ちょっといじれば簡単に作り出せますよ。まぁジャバウォックをモデルにしたのは記憶に新しかったから、ですかね。もちろん、これにはジャバウォックとしての意思なんてものはありません」


「相変わらず生き物を道具みてぇに…! 結局お前は何がしたいんだ!?」


「余興…ですね。あなたたちは私たちに宣戦布告をした、そして私たちはそれを受理した! 今回は食前酒…といったところでしょうか。そうそう、この村には確か何人かいた気がしますが…一体どうしたのでしょう? まぁ、ヴィランにやられた人間はヴィランに変化するので行方は神のみぞ知る…といったところでしょうが」


 ロキがニヤっと不敵な笑みを浮かべる。

 ヤバい、とっさにエクスは振り返った。恐らくこれはロキの策、嘘なのだろうが、アリウムに…この手の嘘は…。


「死んでなんかいません。あなたの言葉がどれだけの力を持っていようが、あなたの言葉にどれだけ信憑性があろうが、私が見たものだけが私の真実です!」


 そう言い放ったアリウムの顔は、前を見据えており、シンデレラの面影を彷彿とさせる…いや、彼女はシンデレラではない。この小さな村の「無限の悲しみ」アリウムなのだ。彼女は彼女として精一杯生きてきた。それが例え誰かが意図せず作り出した幻想であっても、彼女は、彼女だ。他の誰でもない、シンデレラの想区のアリウムだ。彼女はもう誰に屈することもめげることもしないだろう、そう感じさせてくれる佇まいだった。


「ほう…良い子ですね。いいでしょう、あなたに最高の真実を見せてあげましょう。手始めに、そこの四人でどうでしょうか?」


「ふん、ジャバウォックは一度私たちにやられてるじゃない。今度だって…いえ、いつだって負けやしないわ!」


「なるほど、これだけでは物足りない…と? ならばとことん付き合ってさしあげましょう!」


 ロキが、その細長い指をパチンと鳴らした。辺りの空気が妙な緊張感を帯びる。黒い靄がかかったようになり、数秒後には、凄まじい数のヴィランがエクス達を中心に村を囲んでいた。逃げる気なんて毛頭ないが、アリが一匹逃げ出す隙もない。後ろでアリウムがひっという声を上げるのが聞こえた。

 さっきとは状況が違いすぎる。いくら倒してもキリがないとはいえ一度に戦う数はそこまで多くはなかった。しかし、今のようにこの数で一気に襲い掛かられると、正直…ヤバい。


「素晴らしい想区です! 不安定なこの想区は同じく不安定な存在であるヴィランとの相性がいい。さぁこれでご満足いただけますかね?」


 その言葉を聞いて、エクスはアリウムの悲しみがヴィランを生む理由がなんとなく分かった気がした。つまり、シンデレラの理想であるアリウムが揺らぐことでこの想区が揺らぎ、不安定なヴィランを生み出すのだ。


「おい、あんたら! 大丈夫か!?」


 左手の方から声が聞こえてくる。何かと思い、見てみると、村の男たちが農具を構えてずらっと並んでいた。


「良かった…生きてた…!」


 アリウムが手で口を覆う。男たちはエクス達を囲んでいたヴィランの包囲網を破り、アリウムの元まで駆け寄った。そしてエクス達に言った。


「悪いな、村の女や子供を避難させていた。アリウムの事は任せろ、あんたら、あのでかぶつ倒せるんだよな?」


「ええ! 任せなさい!」


 レイナが胸を張って答える。包囲網が崩れたせいで、ヴィラン達の体勢は崩れている。これならいけるだろう。エクスも村人に強く頷き返した。そして、彼らはジャバウォックと向かい合った。


「また調律してあげるわ、ジャバウォック! ロキ、あなたも逃がさない!」


「ほう、それは恐ろしいですね」


 ロキがくすくすと笑い、ジャバウォックに指示した。


「ここで倒れてもらっては興ざめですが、全力でいかせてもらいますよ」


 その言葉が引き金になり、ジャバウォックとの再戦が始まった。


***


「やはり…まがい物では到底勝てませんね。今回はこの想区の調査が本来の目的ですので構いませんが」


 ジャバウォックが倒れる姿を見て、ロキはつぶやいた。


「負け惜しみね! これでも喰らいなさい!!」


 レイナが何かをロキに投げつける。ほんのわずかしか見えなかったが、エクスはレイナが投げた小袋の中身がなんとなくわかる気がする。まぁ…レイナらしいというか…子供っぽいというか…。

 飛んできた小袋をロキはバサッと手で払うが、袋の中身までは払いきれず、顔に降りかかった。


「何ですか、これ…ハックション!!!」


「どう? この村の『胡椒』は!! 効果は身をもって実証済みよ!!」


「姉御…まさか昨日の言葉を正当化するために…?」


 昨日の…というのは、あれだ。レイナの「ロキを『くしゅん』言わせてやる」という言葉の話だろう。レイナの滅茶苦茶さにエクスは舌を巻いた。


「もちろんよ! 私は有言実行、完全無欠のレイナ様ですからね!!」


「ハックション! …くっ…こんな子供だましに引っかかるとは…ハックション! ここは一旦引くことにし…クシュン! 『調律の巫女』御一行様、またお会いしま…ハックション!!!」


 そういいながらロキは闇に消えていった。ロキ史上、一番ダサいのではと思われる退場の仕方で、エクスは敵ながらも少し可哀想に思えた。

 ひとまず場は落ち着いたが、まだ問題は残っている。アリウムと村人たちの真相をきかねばならない。エクスは口を開きかけたが、その前にアリウムが話を始めた。


「おじさん…私は、全部知りたいです…。私とこの村の人のこと…」


「…そうだね、今までほんとにすまなかった…。君のお母さんが亡くなった時、村では他に何人か死人が出ていたんだ、あることが原因でね…」


「池の水…スズランの毒ね…」


 急にレイナが男の話を遮った。スズラン…というとあの綺麗な白い花のことだろうか? 毒があったことはもちろん、池の水で死人が出たなんて想像もできなかった。エクスはチラッとレイナを見る。普段おちゃらけてはいるものの、鋭い洞察力を持っていることに驚いた。

 それは村人も同様だった。


「…! よく分かったね。そう、君が生まれた年、山が崩れてスズランの毒が水に溶けだしてしまったんだよ。当時はそんなことをも知らず、我々は死因を君の呪いだと考えた…」


「ひでぇもんだな。アリウムは全く悪くねぇじゃねーか」


「濡れ衣にしてはえらくたちが悪いですね…。事実が判明した時、どうしてそれをアリウムさんに伝えてあげなかったんですか」


 シェインが苦々しげに言う。少し状況は違えど、彼女なりに思うところがあるのだろう。


「人間というのは…。いや…純粋に怖かったんだ…。この事実を知った時、彼女がこの村から出て行ってしまうのではと…」


 男は唇をかみしめながら言った。その気持ちは分からなくもない、繊細な事象になればなるほど、ネガティブに、マイナス思考になって臆病になるのは仕方ないことだ。

 そして男は深々と頭を下げる。


「許しを請うつもりがない…とは言い切れないが…。それでも、きちんと…謝らせてくれ。すまなかった…」


 アリウムの方に視線をやる。彼女の表情は重く曇っているように見えた。


「…叔母が死んでから…徐々に…村の人が私を避けているのが分かりました…。それでも、私を気にかけてくれる親友がいた…でもそれさえ失ってしまって…孤独が…寂しさが…一人でいるより一層深々と私の胸に突き刺さりました…」


 彼女は顔を上げ、しっかりと男を見据えて言った。


「…私は…あの空間にいてはいけなかったと思いました…。その気持ちを偽ることは出来ません、それはただの自己満足で…本物ではないから。だから…私はこの村を出ることにします」


「…そうか…まぁ…仕方ない…な」


 男は苦笑を浮かべた。予想通りであり、少し意外でもあるといった表情だ。正直な話、エクスもアリウムの言葉に少し驚いていた。恐らくレイナやシェインもそうだろう。エクスが彼女に話しかけようとすると、彼女の言葉がそれを遮った。


「でも…もし、私が、偽りなく、この村に戻ってくることが出来たら…私を受け入れてくれますか…?」


 彼女の声は震えていた。息は切れ切れになり、目にはさっきのような鋭さはない。


「あぁ…もちろんさ。いつでも戻ってきなさい、なるべく早くにね?」


 ホッと安堵したように男は笑いながら答えた。アリウムも一瞬びくっとすると、満面の笑みを浮かべた。もう誤解も隠匿もない。ようやく、これで彼女は救われたと言っていいだろう。エクス達も微笑ましくその光景を眺めていた。

 終焉の時が近づいている。レイナが本を取り出し準備にかかった。それを見てエクスはアリウムに語り掛けた。


「アリウム、お疲れ様。僕たちはもう行かなくちゃ」


「えっ…! もう行っちゃうんですか!?」


「今日ぐらい泊まってかないのか!?」


 アリウムと村人は同時に叫ぶ。


「シェイン達はこう見えても予定かつかつなのです」


「ちょっと名残惜しいけどなー」


「色々ありがとう、食事おいしかったわ」


「元気でね、アリウム」


 エクス達四人は順番に別れの一言を添えていく。今日はアリウムが村にいる最後の晩餐になるのだ。それを自分らが邪魔するのはよくないだろうとエクスは考えていた。それに…アリウムがシンデレラの願いだと分かった今、あまり一緒にいるのは気まずいような気がした。

 アリウムは少し残念そうな顔をした。しかし、何か思いついたように山に駆けていった。数秒後、戻ってきた彼女の手は黄色く小さい花がついた枝を握っていた。彼女はそれをエクスに差し出しながら、


「せめてものお礼に…どうぞ。ミモザアカシアという花です」


「えっ…うん、ありがとう。大事にするよ」


 ふと周りを見ると、アリウムは赤くなって下を向いており、男は何やらニヤニヤしていた。

 エクスがはてなと首をかしげていると、準備が終わったレイナが終わりを告げた。


「…さて、それじゃあ私たちは行くわ。


―混沌の渦に呑まれし語り部よ。我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし…」


 レイナの体が光に包まれる。この想区も…見納めだ。


***


「では、行ってきます!」


 村では長い黒髪の少女が重そうなリュックを背負って、村人に元気に挨拶をしていた。天気は快晴。心地よい朝の日差しが彼らを包む。村人たちも微笑みながら、彼女に別れの言葉を告げた。


「絶対かえって来いよー!」「体には気をつけなさいよ!」「待ってるからねー!!」


 何にも縛られることのない言葉は、軽やかに村人の口から発せられた。彼女はそれに答えるように大きく手を振る。

 その様子をエクス達は離れたところから眺めていた。


「行っちゃいましたね、アリウムさん」


「なーに、あいつなら絶対戻ってくるさ! 俺の弟子だからな!」


「誰がそんなこと言ったのかしら…?」


 レイナが不思議そうに首をひねる。忘れていたが、この中で村の異変…スズランに気づいたのはレイナだけだった。少し気になったのでエクスは問いかける。


「レイナってなんでスズランのことに気づいたの?」


「ん? あぁ、匂いよ」


「匂い?」


「池に近づいたときなんか甘い香りが漂っていたでしょ? あと水路がないってのもそうね」


 確かに…とエクスは納得する、彼も匂いには気づいていたがたいして気にもかけなった。


「さすが匂いを頼りに食いもんを見つけ出すお嬢だな!」


「ほめてないわよね、それ?」


 タオはハハハと苦笑した。ほめてないのか…とエクスも苦笑する。

 その時、シェインがエクスの手にあるものを見ながら言った。


「おっと。そういえば新人さん、アリウムさんから花貰ってましたよね?」


「うん、それがどうかしたの?」


「その花の花言葉をご存じで?」


 シェインが昨夜の村人のようにニヤっと笑いながらエクスに問いかける。エクスにくわえ、レイナとタオも首をひねった。

 シェインはごほんと一つ咳ばらいをすると、何かを教授するように語り始めた。


「では教えて差し上げましょう。ミモザアカシアの花言葉は『友情』…」


「へぇ…そうだったんだ、全然知らなか…」


「…と『秘密の恋』」


 ブッとエクスはつい吹き出してしまった。レイナはあらという表情、タオはシェイン同様ニヤニヤしていた。


「ちょ…からかわないでよ!」


 エクスが顔を少し赤く染めながら言った。


「からかってませんよー。ほんとの意味です」


「良かったじゃねえか、元の想区では何もなかったわけだし」


「運命って感じね。まぁ、頑張りなさい」


「いやいや…もう向こうは覚えてないし…」


 するとレイナはエクスに顔を寄せ、


「大事な夢は…記憶に残るわ」


「えっと…それはどういう…」


 エクスは少しビクッとする。レイナはそれ以上言葉を続ける気はなさそうで、まぁ…恐らく自分をからかっているだけだろうとエクスは結論付ける。もうアリウムの姿はほとんど見えない。彼女は真っすぐ前に進んでいた。そっと別れを告げるようにエクスは彼女から背を向ける。

 そして、レイナはニヤっと笑うと元気に言った。


「さぁ! 次のレストランに…いえ、次の想区に向かうわよ!」


「レストランって言いかけましたよね今…」


「というかしっかり言ってんじゃねーか。お嬢は変わんねーなー」


「こ、言葉の綾よっ!」


 レイナさんは今日も元気です。

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