グリムノーツ〜クリスマスの想区〜

ハル

第1話 12月23日

「うぅ〜寒い〜......」


タオは寒そうに身震いした。霧を抜け、4人が辿り着いたのは、夜の街。どうやら冬らしい。街では大人達はせわしなく歩き、子供達は雪が降りそうな曇り空を期待の目で見つめていた。


「今回は何が起こるのかしらね」


レイナがそんな事を言った矢先に、


「うおっ!」

「痛っ!」


1人の子供がタオにぶつかった。


「おいおい小僧、大丈夫か?」

「......」


タオが心配するが、子供はまるで反応を示さない。見たところ、怪我は無いようだ。


「ちゃんと前向かねぇと危ねぇ......」


タオが注意しようとした時だった。

ブンッと子供が拳を振るって、


「はうあああああああああ!?」


タオのとてもとても大事な所を見事に撃ち抜いた。


「あぁ、男の子特有の痛みが......」


エクスは知っている。それが男にとってどれほどの苦痛なのかを。故にエクスは恐怖に震えているのだ。


「タオ兄、大丈夫ですか?」

「あっ......あっ......」

「ダメみたいね......」


悶絶するタオ。恐怖するエクス。そこに追い打ちとばかりに罵倒の言葉と石を投げつけて、子供は逃げて行った。


「消えろ!」

「ぐあっ、あのっクソガキ......! ガクッ」

「タオーーーーッ!」


4人で幾多の旅を続けてきたが、こんなにも攻撃的な歓迎はそうそうない。治安の悪い街なのだろうか。




「えーっと......なにやってるんスか?」


突然背後から声をかけられた。声の方に目をやると、1人の女性が立っていた。


「あなたは?」


レイナが尋ねると、女性はこう名乗った。


「アタシはサンタクロースっス」

「サンタクロースってあのクリスマスにプレゼントを配る?」

「そうっスよ」



レイナはサンタクロースの話を知っていた。赤い帽子と服、トナカイの引くソリにまたがり子供達にプレゼントを配る姿は、まさしくヒーローだった。


「本当!? 私サンタクロースのファンなの! 」


そしてレイナも、そんなサンタクロースに憧れた子供の1人だった。


「アリスの時にもそんなこと言ってたね」

「今回も変なことになってなければ良いのですが......」


2人は心配していた。なぜなら先の不思議の国の想区で出会ったヒーロー、アリスに苦い思い出があったからだ。彼女もレイナが憧れていたヒーローの1人だった。



サンタクロースを目の前にテンションが上がるレイナに、シェインは声をかけた。


「姉御姉御、ひとまずタオ兄をどうにかしませんと」

「あ、そうだったわ」


レイナは本当に忘れていたのだろう。エクスは倒れているタオに、少し同情した。


「よくわからないっスけど、ひとまずウチに連れて行きまスか?」

「えっ良いんですか?」

「まあ成り行きっスけど、放っておく訳には行かないっスから」


サンタの提案はとてもありがたいものだった。過酷な旅の中で、こうして優しくされることもある。そんな時レイナ達は、人の優しさを改めて感じていた。


「ありがとう! ますますあなたのファンよ!」

「あはは......どもっス」


その時だった。



グルルゥ......



聞こえる。幾度となく聞いた、邪悪なうめき声。彼らはその声の主を知っている。


「ヴィラン! こんな時にっ!」


ヴィラン。それが、現れた邪悪の名だ。


「うわぁっ!? 何スか何スか何スか!?」


ヴィランの登場に驚くサンタを尻目に、“見慣れた日常”になってしまったこの状況に、エクス、レイナ、シェインが立ち上がった。



「あなたは下がってて! みんな行くわよ!」

「うん!」

「ぶっ飛ばしていきますよ!」


「コネクト!」


彼らは一枚の栞をかざす。それは、この世に存在するあらゆる英雄ヒーローとコネクトする事で、その英雄の力を使うことができる『導きの栞』と呼ばれるものだった。


(行くよ、ジャック!)

「小さいからって、舐めちゃいけないよ!」


(力を貸して、シェリー!)

「ふむ、後悔せよ!」


(ぶっ飛ばしていきますよ、ラーラさん)

「闇の魂に、安息を与えん!」


倒れていて動けないタオ以外の3人は、それぞれ変身する。


エクスが変身したその姿は、勇気を示した小さな冒険者『ジャック』


レイナが変身したその姿は、その姿を子供に変えられた偉大な魔術師『シェリー』


シェインが変身したその姿は、神官を目指す強き志の少女『ラーラ』


3人は変身したその姿で戦う。英雄達と心を交わし、幾度となく戦ってきたエクス達が負けるはずもなく、あっという間にヴィランは消滅した。


「うはぁ〜みなさん凄い人達なんスね〜」

「そんなことないわよ。何ていうか、もう慣れっこ?」


サンタの感心した様子に、レイナは軽く答えた。

「なんか......訳ありのお客さんって感じっスね」

「まあ、ね」


兎にも角にもヴィランを追い払った一行は、怪我をしたタオをサンタのソリに乗せ、サンタの家へと向かうのであった。

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