第1話-2

 幸運にも、大半が後退した部隊の中心には、ワンガン兵学校生徒会長の美山紫音がいた。

 後退する方向も最終防衛ラインに向かっていたので、彼女にひきいられた抜刀科生たちは大半が生き延びられたことだろう。

 しかし、裂かれてしまった反対側の部隊は人数も少なく、ゾンビの大軍に包囲されそうになったのである。

 ゾンビに追われ、前に現れるゾンビを必死に無我夢中で切り倒し走り抜けた。

 麻衣が気づいた時には、まわりの抜刀科生は3人しか残っていなかった。

 ユリが大怪我をしていたため、廃ビルの地下室に潜んでかなりの時間がたっていた。

「きっと殲滅騎士団が救助に来てくれるわ」

 麻衣の横に座った絵里香が言った。

 声が上ずっている。おそらく無理して話しているのだろう。

「・・・・・・・・」

 麻衣は何も答えなかった。

 真っ暗な天井をぼんやりと見ていた。

 戦闘指揮兵の持つ救難ビーコンを一度だけ打っていた。

 反撃さえ始まれば助かるかもしれないが、あの戦況を考えると期待できそうになかった。

 そもそも、ゾンビが世界を席巻してから70年。人類が反撃に転じたという話は皆無に近かった。

 頭の中を色々なおぞましい思考が右往左往している。

 同級生の親友のユリはどうなってしまうのか?

 彼女がもしもこのまま死んでしまって、ゾンビ化したらと思っただけで涙が出そうになった。

「夜が明けたら騎士団の総攻撃が始まるんじゃないかな」

 絵里香が希望的観測を再び口にする。

 だが、麻衣はそれは無いと思った。当の絵里香もそれは分かっているだろう。

 前線で耳に入ってくるウワサは、結局のところ本当のことだったのだ。

 彼女たちが物心ついたころから教えられてきた世界救済者138士族の英雄談も、今となって初めて、本当に嘘だったのだと分かったような気がした。

 幼年学校でも中等学校でも、そして現在の兵学校でも、ゾンビとバンパイアの侵攻を食い止めて世界を救ったのは138士族の英雄とその部下達だと教えられてきた。

 そして、その138士族の長とその子孫とその縁者達がゾンビ侵攻から70年以上も、各要塞都市の頂点に君臨して人類をゾンビやバンパイアから擁護してくれていると、ずっと信じていた。

 だが、兵学校に入り、抜刀隊予備兵力として最前線近くに出るようになると、学校で教えられた事とは真逆のウワサを耳にするようになった。

 戦場の兵士達曰く。

 70年前、ゾンビの大群が発生して世界が破滅の道を転がり始めた時、勇敢で義務感と正義感の強い兵士達は戦場でゾンビを食い止めるために戦って真っ先に戦死してしまい、卑怯者でいち早く市民を見捨てて逃げ出した一部の軍上層部や政治家に官僚が、世界138士族なのだそうだ。

 前線の兵士達が色々と愚痴を言うのは普通のことだと思っていたが、同じような話があちこちから入ってくるので、麻衣は予備兵として出撃するたび前線の様子を注意深く観察するようになっていた。

 そして、自分の目で見て分かったことがあった。

 麻衣が現実に見てきた戦場に出撃していく戦闘部隊と、ネットニュースで軍功を上げた部隊が全く別の部隊であることは明らかだった。

 戦場で実際に戦っているのは、普通の国防軍に抜刀隊やモデラーズ兵たちだったが、国防ニュースに登場するのは新貴族階級と呼ばれる華族出身者で編成された華族重装殲滅騎士団ばかりだったのである。

 ワンガン兵学校に入学してから2年、月の半分以上は前線後方に予備兵力として配備されてきたのだが、その2年間で初めて本物の華族重装殲滅騎士団を目にしたのが一昨日のことだった。

 前線では既に語り草となりはじめていた渋谷迎撃戦での大勝利。

 バンパイアの供物と呼ばれた美少女予備兵の奮戦とガナフ戦車中隊の決死の突撃で、数万のゾンビが押し寄せ包囲され、陥落寸前だった渋谷方面軍本部解放作戦の成功と驚愕すべき勝利。

 それらは、麻衣も色々な兵士達から聞いたことなので、どこまでが真実かは分からない。

 しかし、少なくとも華族重装殲滅騎士団が戦場付近にいなかったということだけは分かる。

 それなのに、国防ニュースでは渋谷迎撃戦の英雄として華族重装殲滅騎士団が、全ての栄誉を独占していたのである。

 そして一昨日、華族重装殲滅騎士団がやってきた。ネットニュースの記者を何十人も引き連れ、彼らは麻衣達の前を威風堂々と渋谷に向けてパレードしていったのである。

 初めて戦場近くで彼らを見た。華族重装殲滅騎士団の装備は真新しく、最新の重火器と特殊装甲防護服に着飾った姿は、中世の騎士を彷彿とさせたが、実際に身分の高い騎士のヘッドアーマーは黄金と宝石で装飾されていた。

 幼年学校から教え込まれた英雄を直に見て、麻衣達はまた錯覚してしまった。

 やはり彼らは地球の守護者なのだと・・・・・長年洗脳された頭で思ったのだ。

 しかし、その行進から1日とたたず、華族重装殲滅騎士団から直接出撃命令が麻衣たちに下された。

 一度守り切った渋谷方面軍本部を放棄し、騎士達は我れ先に逃走してきたのだ。彼らを追ってくるゾンビの大軍は凄まじい数だった。最前線の各防衛ラインを維持するため、正規国防軍が動けないことから、騎士団は予備兵の学生にまで出撃を命じたのであった。

 怯えて我先に敗走してくる騎士団の真後ろにゾンビの集団が迫っていた。

 どこからわいてきたのか、物凄い数のゾンビだった。

 本当の本物の戦場が突然現れた。

 悪夢の戦場が・・・・・。 

 黄金のヘルメットをかなぐり捨てて逃げる騎士たちを助けるため、ワンガン兵学校女子抜刀戦術科3年生部隊は全兵力で立ち向かったのだった。

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