第13話 渋谷スーパーガード作戦

  柏木すずのターン



登場人物    

 柏木すず 22歳  

 第78女子抜刀中隊中隊長。軍曹。

 15個小隊300人と中隊本部要員20名を指揮している。

 セシリーに命じられα1に展開中。

 「牝狐」と呼ばれたりする。



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「すごいわね・・・この作戦・・・」

 3分前に着信した作戦指示書に目を通し終え、柏木すずは顔をあげ副隊長の木山伍長に半笑いで言った。

「そ、そうですね・・・分かりやすくていいですね・・・」

 副隊長も頬を引きつらせ答えている。

 おそらくお互い頭の中で同じ事を考えているだろう。

 この「渋谷スーパーガード作戦」を立案した参謀は、ただのアホの子だと。

 作戦の概要はとても単純だった。

 各拠点に戦車を配備し、戦車砲の砲撃でゾンビを引き寄せ手っ取り早く殲滅するという、とてもシンプルな作戦だった。

 投入される戦車は、ガナフ戦車中隊の12輛。

 兵員は後方配備の予備兵力である各兵学校女子抜刀隊と通常型モデラーズ兵部隊が12拠点に増援として送られる。

 とぼけた作戦に突っ込みを入れようとしたところで、本部要員が駆けてきた。

「ワンガン兵学校抜刀科生徒が戻りました」

「すぐに作戦会議よ。分隊長以上と学生の各リーダーたち全員を集めてちょうだい」

「あ、あのぉ・・・学生もですか?」

「当たり前でしょ」

「おい、学生は全部で何人なんだ?」

 そう聞いたのは副隊長だった。

「2年3年合わせて400名です」

「うちの3倍近くか。戦力は550、そこそこの数がそろいましたね」

「数だけはね・・・・」

「あの、あいつら使い物になりませんよ。特に新しく連れてきた学生は、実戦配備1日目の新兵と同じ雰囲気です」

「ああ・・・・そうだろうな」

 待機していた3年生部隊と合流した学生たちを見て、副隊長がため息をついた。

 臨時防衛ライン前に積み上げられたゾンビの屍を目にして、綺麗な制服姿の少女たちは顔を青ざめ言葉を失っている。

「よく言うでしょ。誰でも最初は新兵なのよ。この大姉御の伍長だって、5年前はあんな感じでそこそこ可愛い女子だったのよ」

 副隊長の肩を抱き、すずは指先で彼女の頬を突きながら笑った。

「ケンカ売ってます? 隊長殿」

 副隊長に不機嫌極まりない視線でにらまれ、すずは肩をすくめ明るく笑った。

 そんな二人の掛け合いも、真面目な彼女に笑みを浮かべさせることはできなかった。

「失礼します!」

 そう敬礼した16歳の本部要員少女は、駆け出すなり大声を張り上げた。

「分隊長以上は集合っ! 学生の代表者も集合しなさいっ!」

 線が細く真面目な雰囲気の16歳にしては、とても立派な動きと声だった。

「あの子も、もう少し肩の力を抜くことができればねぇ」

 本部付き連絡要員にしているくらいなので、すずも副隊長も彼女には期待していた。

「そうですね・・・・」

 副隊長は呟くように答えた。

 真面目な隊員ほどストレスを蓄積していく。

 ストレスに潰されて自滅行為に走る部下を死なせることは、上官としても辛いものだった。

「分隊長以上には、作戦指示書のコピーを送信します。よろしいですか?」

 その副隊長の言葉にすずは軽くうなずいた。

「学生はどうします? 生徒会長他数名のアドレスなら把握していますが」

「いいえ、生徒会長たちには直接説明するわ」

 すずの言葉を受け、副隊長は視線を臨時ゲートに向けた。そこには、2個モデラーズ小隊が一人の美少女を取り巻くように集結していた。

「あちらさんは、どうしますか?」

「放置プレイでいいわよ」

「放置プレイですか・・・」

「ええ、放置してたら近づくゾンビを勝手に殲滅してくれるわ」

「そりゃ、そうですね」

 そう肩をすくめながら、副隊長は端末を操作し分隊長以上に作戦指示書コピーを一斉送信した。

 すずたちの元に駆けてくる小隊長たちの端末が、緊急コードで鳴り響く。

 彼女たちは一斉に足を止め、端末を確認しつつゆっくりと歩き始めた。

 データを受信しなかった学生たちが、真っ先にすずの前に整列して敬礼した。

「ワンガン兵学校抜刀戦術科3年生美山紫音他9名、出頭致しました」

 真新しい制服の2年生が3人と残りが3年生と思われた。

 小隊長たちも集合してきたので、紫音たちは邪魔にならないように移動しようとしたが、すすが止めた。

「あなたたちは一番前で話を聞いてください。私の部下には作戦の詳細をメールで伝えています」

「はい。中隊長殿っ!」

 すずの言葉に美山紫音がすぐさま応えた。

 学生全員が紫音に続き敬礼した。

 規律正しく敬礼する姿は、一人前の兵隊に見えた。

 それも、かなり質の高い兵士だが・・・・戦闘能力までは期待することはできない。

「中隊長っ、なんかよそ行きの言葉づかいっすねぇ」

 学生との会話を聞いていた若い分隊長が茶化すように笑ったが、副隊長に睨まれ慌てて手に持った端末に視線を落とした。

 集まってくる抜刀兵たちは、みな端末に目を落として作戦指示書を読んでいたが、全員がそろう頃には作戦内容についてガヤガヤと一斉に喋り始めた。

「スーパーガード作戦のブリーフィングを始めるっ!」

 副隊長が一喝すると、ようやく静かになった。

 すずは一歩前に出て、兵力配置を各小隊に伝えた。

 ブリーフィングと言ったものの、部下に説明することはほとんどなかった。

 各小隊の配置は現状を維持し、連携を少し確認しただけで一通りのブリーフィングは終わった。

 解散を命じ、学生たちに作戦を説明しようとしたが、部下の半分はその場に居残ってすずを見ている。

 相手をする暇はないので、すずは無視して学生たちに作戦の説明を始めた。

「スーパーガード作戦の簡単な説明しておくわ」

 学生たちに一歩近づいて話始めると、なぜか居残った小隊長や副隊長まですずの横に迫ってきた。

「な、なに?」

「いえ、お気になさらず」

 そう答えたのは副隊長だった。

 左斜め後ろに密着されてる。

 ウザイ。

「あまり時間ありませんよ」

「そうそう、戦車来ますよ」

 古参小隊長二人に両横からうながされる。

・・・お前ら、何様?・・・

 そう突っ込む視線を向けるよりも早く、目の前に並んだ学生たちが「戦車」という単語に反応を示した。

 学生たちは、前線を突破した際に先導されたビアンカ中隊の重戦車をすぐさま連想したのだろうが、その戦車とは別なのだ。

 そして、そこに、この「スーパーガード作戦」の問題はあるのであり、そのことで副隊長や小隊長たちはグチりたくてブリーフィング後も居残ったのだろう。

「作戦説明をします。これから話す内容に疑問があったら、質問してください」

 初めての実戦という学生を怯えさせないよう、すずは微笑みを浮かべて優しい口調で告げた。

「ありがとうございます。柏木中隊長」

 美山生徒会長が真面目な顔で答えた。

 すずは彼女の言葉に穏やかな微笑みを返した。

 こういう素直な可愛い部下が欲しい、と思ったすずの耳に、可愛くない部下の声が割り込んできた。

「なんか牝狐隊長気取ってね?」

「ちょいキモッ」

・・・ま、丸聞こえだぞぉっ!・・・

 学生たちの前で1秒完全フリーズしたが、本部付き下士官が横から割ってきた。

「た、隊長殿。チャッチャと説明しないと、ガナフのオヤジ来ちゃいますよ」

 ガナフという単語に、学生たちの瞳が輝いた。

「ガナフ戦車中隊が増援なのですか?」

「えっ? そ、そうね・・・・」

 純粋な憧れの眼差しを向けてきた美山紫音に、すずは少し小首をかしげながらうなずいた。

 渋谷迎撃戦の英雄。

 前線を守る兵士たちの間で、ずっと囁かれているウワサだ。

 すずも真実は知らない。渋谷迎撃戦では敗走に次ぐ敗走を重ね多くの部下を失った。

 だが、最終防衛ラインに張り付いていたすずは知っている。

 ガナフ戦車中隊が突出する数時間前、第78女子抜刀中隊が布陣した防衛線の脇を、ビアンカ中隊がゾンビの大群に突っ込んでいったのだ。

 防戦一方の戦場で部下たちが削られていく悪夢の中に、突如としてあらわれた彼女たちの姿を、みな呆然と見送った。

 防ぐだけで精一杯だったゾンビの大群を蹴散らし、ビアンカたちは渋谷方面軍本部に突出していったのだ。

 ネットニュースによれば、孤立し陥落寸前の方面軍本部を救ったのは、華族重装殲滅騎士団である。

 しかし、真の英雄と前線で流布されたのは、ガナフ戦車中隊と彼らを導いた鬼月ルナであった。

 実際、その軍功により、ガナフ中尉は大尉へと昇進し、ルナは元予備兵という微妙な立場から一転して国防軍准尉になった。

 ルナの准尉任官は異例中の異例ではあったが、誰も文句を言う者はいなかった。

 ガナフ戦車中隊の実力は正直なところ分からない。

 だが、普通に考えると、このバンパイア戦争で彼等は使えない戦力なのだ。

「簡単に説明するわね」

 小さくため息を吐きつつ、すずは話始めた。

 生半可な希望より、現実を教えなければならなかった。

 この作戦は、下手を打つと最悪の事態が訪れる可能性がかなりあるのだ。

「本作戦は、壁の外側にいる予備兵力を全て投入する作戦です。各兵学校抜刀隊から予備モデラーズ兵まで総動員して、もうすくゾンビ狩りが始まります」

 ゾンビ狩りと聞き、学生たちは息を呑んだ。

「各拠点には、ガナフ戦車中隊の戦車が配備されます」

 そこで美山紫音が口を開いた。

「この前線を押し上げるのですか?」

「いいえ、元の渋谷防衛ラインを再構築するため、現状のラインと旧ライン間で生き残ったゾンビを、こちらにおびき寄せて殲滅する作戦です」

「ここにゾンビを引きつけるのですか? そんなに都合よく行くのでしょうか?」

「そのための戦車ね。戦車が前線に出てくれば、その辺をウロウロしてるゾンビが殺到してくることは間違いないわ・・・」

 小首を傾げつつ話したので、生徒会長が瞳を覗き込んできた。

「何か問題があるのでしょうか?」

「そう。少し」   

 そう呟いて、すずは少し視線を落とした。

 何が問題って、戦車が大問題なのだ。

「少しっていうより、問題ありすぎですよ。中隊長っ!」

 そう大声で話しに割って入ってきたのは、中隊本部連絡下士官だった。

・・・まだ、学生に説明が終わってないしぃぃぃっ!・・・

 邪魔するなオーラを放ったが、彼女は無視して話続けた。

「隣の桜坂とか、どうするんですか?」

「私らには、どうにもできない。そんなのは、この作戦を立案した連中が考えることだ」

 そう副隊長が速攻で答えてくれたので、彼女はしぶしぶ引き下がった。

 話が見えない学生たちは、少し不安げにやり取りを見ていた。

「作戦や兵力移動は全て方面軍臨時参謀部で立案されたのよ。どんな作戦にも不安はあるわ」

「中隊長は、あまり乗り気ではないのですか?」

 そう生徒会長に聞かれ、すずは無理に微笑んで見せた。

「そうね。そもそも戦力がねぇ・・・・第二戦線になった関係で、ここ一帯の戦力はスカスカなのよ」

「人員はそろっているように見えます?」

 生徒会長がそう言うと、学生たちが顔を見合わせた。

 君たち学生が戦力としてあてにならないとは、この状況では言えない。

「そもそもここは、作戦の起点であるα1だから、その関係で私たち78女子抜刀中隊が、ここに張り付いてるの。あなたたちは運が良いと思うわよ、私たちと共同でα1を防衛すればいいのですからね」

 学生たちを安心させるため、彼女たちに向かって話したのだが、外野が一斉に喋り始めた。

「そうですよね。隣の桜坂に動員された第一兵学校なんて、かなりヤバくないですかね?」

「ああ、生徒数が多いからって、防衛主力部隊が学生ってのもなぁ。上は何を考えてるんだ?」

 そう話したのは連絡下士官と副隊長だった。

 隣の部隊動向は上になるほど気になるものだ。

「第一も動員されたのですか?」

 生徒会長が副隊長に尋ねた。

「ああ、2・3年生900名で桜坂の拠点防衛を担当する。何でか知らないけど、抜刀科生徒全員出てきてるって、なんなんだかなぁ?」

 シブイ表情で首を傾げた副隊長に、生徒会長はキッパリと言い切った。

「第一なら、伝統も実力もあります」

・・・その自信はどこから来るの?・・・

 所詮学生は学生なのだとすずは目を細めた。

 現実を理解していない。

 この生徒会長にして、この感覚なのだ。隣の状況が危ういということを今さらながら痛感した。

 頭数はα1の2倍弱だが・・・・・どう考えても無理がある。

「お前、一時間前、ここから突っ込んだとき、ビアンカ部隊の援護無しに行けたと思うのか?」

 生徒会長に喧嘩でも売るように、連絡下士官が言った。

「そ、それは不可能だと思います・・・・1メートルも進めなかったかと」

 美山紫音は正直だった。

 実のところ、すずの中隊全員で突っ込んでも突破は不可能というより論外な大群だった。

 突破以前に、あの数のゾンビだと最終防衛ラインを維持するのも不可能なほどの数だった。

 戦車をゾンビの前にさらすというのは、そういうことなのだ。

「桜坂方面が、そんな感じになるかもしれないな」

 連絡下士官は大袈裟に言った。

 実際には、生体ゾンビ以上の厄介な連中は、ビアンカ中隊を追っていったはずだ。

 その主たちを追って大半のゾンビも前線から退いているだろう。

 それでも、かなりの数がこの前線に残っているはずだ。

「まあ、戦車とか出てくるとゾンビは凄い興奮して集まってくるからね」

 副隊長が補足するように言ったが、学生たちには状況が呑み込めないようだ。生徒会長が不安そうな表情を向けた。

「ど、どういうことでしょう?」

「まあ、こういうことだ。ここα1前方のゾンビ共は、ビアンカ中隊ご一行様が突っ込んでいったおかげで、マジ殲滅されたようなものだ。しかし、ここの前方以外では、それなりの数のゾンビがまだまだウヨウヨしてるという訳だ」

「あ、あのっ・・・・」

 生徒会長の横に立った学生が手をあげた。

「どうした?」

「撤退してくる途中、この前線から200メートルほどの場所で1500程のゾンビと抗戦しました。もしも、そんな集団が桜坂方面に現れたら・・・・」

「ああ。現れたらというより、そいつらをまとめて引き寄せて処分するため、じきにガナフ戦車中隊の戦車が各ポイントに配備されて、一斉に戦車砲をぶっ放して宴会を始めるって作戦なんだ」

「そんな・・・凄い作戦なんですか・・・・」

 学生たちが顔を見合わせた。

「凄くはないわよ。まあ、凄いおバカな作戦ではあるわね」

「馬鹿な作戦・・・」

 兵学校生徒会長といっても、抜刀兵指揮科ということもあり、戦術的な意味を理解できないのだろう。

 この作戦の馬鹿さ加減は、超ハイリスクでリターンが皆無に近いということだ。

 掃討作戦を急ぐ特別な事情があるのかもしれないが、下手をすればゾンビが城塞の壁に到達するという最大の危機が訪れるかもしれなかった。

「そこで、君たち学生部隊の任務です」

「は、はいっ!」

 すずが任務と言った途端、学生全員が背筋を伸ばした。

 微笑ましい光景だった。

「そう緊張しなくていいわ」

 すずは微笑みながら話続けた。

「もうすぐ増援の戦車が到着します。あなたたち学生全員で、到着した戦車を守り抜くこと。それが任務になります」

「戦車の防衛ですか・・・・」

 生徒会長の声がかすれていた。

 学生たちも顔を見合わせている。

 不安になる気持ちを察したすずは、すぐに笑いながら告げた。

「前線に向かってくるゾンビは、うちで食い止めるから心配要らないわ」

「そ、そうなのですか? 我々は?」

 その生徒会長の問いに、副隊長が答えてくれた。

「万一のための最終防壁だと思ってくれ。なんせ自爆ゾンビが戦車に触れたが最後、ここの守備部隊は綺麗に吹っ飛ぶからな」

 その副隊長の脅し文句に、すずが微笑みながら付け加えた。

「学生全員で戦車を取り囲むだけの簡単な任務よ」

 すずは学生たちの緊張をほぐそうと優しく言ったつもりだったが、戦場での経験が少ない学生たちの緊張は一気にMAXになったようだ。

 顔を青ざめお互いの顔を見合わせる学生たちの不安を少しでも抑えるためか、生徒会長が質問してきた。

「作戦にモデラーズ兵は配備されるのですか?」

 的を射た質問だった。

 たとえ前線後方であっても、戦闘車両が移動する場合は護衛部隊をつけていないと、いつどこで自爆ゾンビが飛び出してくるか分からないのだ。

「モデラーズは3個小隊が戦車に随行して到着する予定よ」

「それなら・・・・」

 すずの答えに学生たちに笑みが浮かんだ。

 物凄く勘違いしている。

 その勘違いに、取り囲んだ小隊長たちが一斉に突っ込みを入れてきた。

「おいおい。お前らをエスコートしたモデラーズは、あれは特別なんだ」

 小隊長の1人が臨時ゲート付近に集結したモデラーズ兵を指さして声を荒げた。

 その小隊長に呼応するように、中隊本部付き下士官が続けた。

「ああ、あれは、別格の特注品って感じかな。装備とか超凄いしなぁ」

 そのうらやましそうな口調に続き、副隊長がため息交じりに言った。

「そりゃ凄いさ。なんせ、ヨコハマ憲兵軍本部に突入して重防弾装備の守備部隊を皆殺しにしちまうような部隊なんだし・・・」

 小隊長たちも副隊長も、あれが欲しいといった視線でモデラーズ兵を見ている。

 あのモデラーズ小隊が中隊にいてくれれば、部下を死なせてしまうという苦悩から解放されるように思えてならないのだろう。

「それって、最近よく聞きますけど。都市伝説ではないのですか?」

 生徒会長がヨコハマ憲兵軍本部壊滅事件のことを尋ねると、すずと副隊長は顔を見合わせた。

「ああ、違うよ。ごく最近半年くらい前の事件だったよな?」 

 副隊長は、古参の小隊長に話を振った。

「最初にリナたんが何かでキレて戦車で突っ込んだんで、随行してたモデラーズ部隊が一斉に突入して、修羅場と化したそうだ。殲滅っつうか、大惨事?」

 そう話ながら、小隊長は小首を傾げて見せた。その口元には薄く笑みが浮かんでいた。

「怖いっすねぇ。途方もない数の憲兵が瞬殺だったって聞きましたよ」

「つーか、リナたんにケンカ売るなんて馬鹿ヤローっすよねぇ」

「まあ、憲兵さんは前線に出てないから、ビアンカ中隊の恐ろしさを知らない人間が多いんだろう」

 副隊長は、何か普通の会話をするように話していた。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 学生たちは、呆然といった顔で話を聞いていた。

 無理もなかった。

 騎士に貴族たちが英雄であると教えられると同時に、憲兵軍と治安維持軍も城塞都市内部の絶対権力者であると、生まれた時から教え込まれているのだ。

 憲兵軍も治安維持軍も、上位階級者は華族出身者が大半を占めている。

 憲兵軍本部が壊滅したということは、相当数の華族も犠牲になったということなのだ。

 そんな話を、学生に理解できはしないだろう。

 話が脇にそれそうになったところで、副隊長がモデラーズ兵の話に戻してくれた。

 なかなか気のきく女だ。

「で、前線最強とか言われてるAクラスや通常前線配備Bクラスのモデラーズは、現在渋谷方面軍本部奪還作戦に全部隊投入中ってことだ」

 その副隊長の説明に、すずは腕組みをして大きく首を傾げながら学生たちに言った。

「そこで最悪なことに、やっと動員できたモデラーズ兵というのが、通常型とはね・・・」

 少し肩を落として、すずはため息交じりに言った。

・・・つーか、通常型って何なんだよ?・・・・聞いたことねーしそんな型式・・・

 しかし、学生相手にグチっても仕方ない。

 おしゃべりな部下たちが、また何だかんだと言い出す前に、すずは学生たちに念を押すように同じ指示を伝えた。

「前線は私たちで支えるわ。あなたたち学生は、到着する戦車を取り囲んでちょうだい」

「戦車の護衛だけ?・・・ですか」

「自爆ゾンビ対策ということですか?」

 生徒会長と横の学生が同時に尋ねてきた。

「そう。万一に備えて、戦車を取り囲んで守って頂戴」

「は、はい・・・」

「前線を突破されたからといって、全滅するわけじゃないわ。でも、万万が一にも、自爆ゾンビが戦車に接触して起爆すれば・・・・」

 すずは学生たちの前で手のひらを広げて爆発をイメージさせた。

「戦車の周囲100メートルは、確実に吹き飛ぶっ! それも綺麗さっぱりだ!」

 副隊長が語気を強めて言った。

 副隊長の形相に学生たちがどん引きしているところで、おしゃべりな部下たちがまた会話に割り込んできた。

「どこのバカなんですか? こんなアホな作戦考えたのは」 

 そう尋ねた小隊長に中隊付き連絡下士官が答えた。

「何でも士官学校出たばかりの、切れ者参謀らしい・・・。模擬戦では無敗の「超天才戦術家」とか言われてるそうだ」

「つ、つーか。これに似た作戦、確か渋谷迎撃戦の時にやりましたよね?」

「ああ、あの時は、ガナフ戦車中隊をビアンカ中隊がガッチリガードしてたらしいけどな」

 答えたのは副隊長だった。

 10数時間前ルナに聞いた話である。

 おそらく「超天才戦術家」たちには肝心のビアンカ中隊というキーが伝わっていなかったのだろう。 

「規模やら色々と違いますが、何か凄い勘違いしてないですかね?」

 小隊長たちは日頃の不満を吐き出すように言って、一斉にすずを見た。

「ま、まあ、そうねぇ・・・・」

 すずは肩をすくめて受け流した。

 彼女にとって、最大の関心事は部下たちを無駄死にさせないことだが、今回のお馬鹿な作戦も許容範囲であった。

 だが、一番声を荒げた小隊長は納得がいかないといった剣幕でまくし立てた。

「殲滅のセシリーと兵学校の抜刀隊総動員って、どんだけ戦力が違うか理解してるんでしょうか?」

 日本刀を握りしめた小隊長は、興奮した顔で迫ってくる。

・・・・面倒臭い・・・暑苦しい女だ・・・

「まあ、前回は最前線での話だし、今回は前線を押し上げた後での掃討作戦的なことだから、なんとかなるわよ」

 とりあえず学生たちをビビらせないように、微笑みながらすずは言った。

「呑気ですね。中隊長」

 少し小首を傾げながら副隊長がすずを見た。

 すずはその場をなごませるため、拳を握りしめ馬鹿っぽく笑いながら言ってみる。

「ええ、楽勝でしょ? うちの中隊と学生だけでもそこそこの数だし、セシリー配下のモデラーズ2個小隊がいれば、これこそ鬼に金棒って奴だわ」

 馬鹿っぽい表情を造ってみせるのも、現場指揮官の仕事だ。初陣の学生が多い。無駄にビビらせてしまっては、いざという時使い物にならないだろう。

 それに、話した内容は本心であった。

 ビアンカ中隊モデラーズ2個小隊さえいれば、学生や増援のモデラーズ兵も不要だろう。中隊抜刀隊員が出る間もなく、あのモデラーズ兵たちが勝手に殲滅するのは間違いなかった。

 言わば、超楽勝な任務ということなのだ。

・・・作戦終わったら、すぐに中隊の再集結ね・・・

 拳を握りしめたまま、すずは視線を上に向けていた。

 おバカを演じている状態で部下と視線を合わせるのは気恥ずかしかった。

 空が青かった。その空の下に爆煙が舞い上がっていた。ちょうど渋谷方面軍本部がある方向だった。

・・・・想像していたよりはるかに戦死者は少ないし・・・まあ、よかったわ・・・・・

 すずが一瞬ぼーっと空を見ていたところで、誰かが甲高い声で言った。

「あれぇ、モデラーズ兵たちゲートから移動してまつけどぉ?」

「!」

「はぁぁぁっ!」

 すずは慌てて視線を下界に向けた。

 モデラーズ兵が、あの少女を囲むようにして移動していく。

 その中に、あの右手を失った指揮兵は見当たらなかった。

「なっ、何っ?」

 突撃銃に重機関銃を構えたモデラーズ兵たちは、すずたちのすぐ横を通り抜けて後方へ向かって歩いていた。

 すずは慌てて、モデラーズ兵に駆け寄った。

 その動きに、モデラーズ兵たちの銃口が一斉に向けられた。

 一斉に銃口を突きつけられ、慌てて両手を肩まであげた。

「ちょっ、ちょっとっ! あんたたち、どこに行くのっ!」

 後ろに続いた副隊長たちもフリーズして、まるでだるまさんが転んだ状態だ。

 すずの問い掛けに対し、銃口を向けてきたモデラーズ兵たちが一斉に小首を傾げた。

 一番近い位置で突撃銃を構えたモデラーズ兵が、目を少し細めながら言った。

「ん? あっ! お前は・・・・牝狐ぇ?」

「あ、あんたたちわぁ・・・」

 牝狐と言われた瞬間、銃口を突きつけられた緊迫感が吹き飛んでしまった。手をあげるのも馬鹿らしくなって手を下ろす。

「な、何であんたたちは、いつもそうなのよぉ・・・・・」

「ん? いや、お前は要注意人物リストに載ってるからな」

 本来人間味に欠けるモデラーズ兵にしては珍しく、ちゃんと会話を交わしてくれることに少し驚いた。

「何よ、それ。そんなリストに私は載せられてるの?」

 そう話しかけてみたが、返事は返ってこなかった。

 モデラーズ兵たちが顔を付き合わせ話始めた。

「ナマ牝狐かぁ」

「ああ、私も生キツネ初めてだよ」

「牝狐の対処って、どうすんだ?」

 ヒソヒソ話の内容を普通の音量で喋られ、すずもちょっとイラっとして声を荒げてみた。

「ね、ねえっ! 無視しないでよねっ!」

 そのすずの声を完全スルーし、彼女たちは会議を続けた。

「牝狐迎撃」

 そう口に出しながら瞼をパチパチしているのは、最初に言葉を交わしたモデラーズ兵だった。

 瞼をパチパチさせているのは、コンタクトレンズ型端末でデータを検索しているのだろう。

「ああ、データあったわ。中尉の半径2メートル以内に接近したら、銃底でどつく・・・どつく?」

 可愛く小首を傾げる表情は、本当にまだ幼かった。

「どつく、って何だ?」

「どつく?」

 モデラーズ兵全員が小首を傾げ一斉にすずを見た。

 教えてお姉様・・・・・といった顔ではない。

「ちょ、ちょっとっ! そ、それは銃底で殴るという意味よ」

 すずは慌ててモデラーズ兵たちに「どつく」の意味を教えた。

 すると、背後から、素っ頓狂な女の声が飛んできた。

「ちゅっ、中隊長ーっ! 自分で教えてどうするんですかぁ?」

 副隊長がすずの横に並んだ。

「バカねぇ。ちゃんと教えとかないと、イザって時に面倒臭いから撃ち殺しておけとか、そういうことになっちゃうでしょぉ」

「さ、さすがは、牝狐中隊長・・・」

 副隊長がサラッと牝狐呼ばわりしたところで、面倒臭い部下たちも背後に集まってきた。

「って、どんな会話してるんですか?」

 真面目担当小隊長に突っ込まれたところで、モデラーズ兵たちに再び尋ねた。

「ところで貴女たち、どこに行くのよ?」

「牝狐に答えるのか?」

 視線の合ったモデラーズ兵の眉間にシワが浮かんでいる。

「何で、そんなに嫌そうな顔をするのよ?」

「だって、牝狐だしなぁ・・・・」

 並んだモデラーズ兵が一斉に首を立てに激しく振った。寸分の狂いなくシンクロして首を振られイラッとしてしまう。

・・・わたしゃ、こんなんでも中隊長なのよぉぉぉっ!・・・

 下手に出るか、上から目線で一喝するか迷っていると、美山紫音が話しかけた。

「シモーヌは、どうしたのですか?」

「ああ、シモーヌ指揮兵はゾンビと接触負傷したので、前線待機になった」

「前線待機?」

 なぜか会話が成立している。

 軍曹で抜刀隊中隊長であるすずの問い掛けには抵抗するくせに・・・・

「あっ、あのっ、あなたたちは、これからどうするのですか?」

 生徒会長がすずの疑問を再度尋ねる。

「ああ、最初の予定では、セシリー姉様たちの帰還をここで待つはずだったが、オメガブラボーで拾った女を早急に連れて帰る任務に、たった今切り替わったから、このまま撤収する」

 そのモデラーズ兵の言葉が終わると同時に、すずと副隊長の悲鳴に近い声が響き渡った。

「てっ! て、撤収ぅぅっ!」

「まっ、マジかよおっ!」

「しょ、小隊長と分隊長集めてーっ!」

 すずが悲鳴に近い声で部下たちに指示を出す横で、モデラーズ兵が尋ねた。

「ところで、なぜ兵力を集中しているんだ? 学生まで集結させて?」

 指揮系統が違うので、彼女たちに「スーパーガード」作戦は知らされていないのだろう。

「そ、それは・・・・・」

 生徒会長が答えに窮したので、すずが代わりに答えた。

「もうすぐガナフ戦車中隊が来て、ゾンビを招待した宴会が始まるのよ」

「あ? ゾンビをどうするって?」

「おびき寄せて、殲滅戦をやるのよ。で、ここの主力はあなたたちの予定だったのよ。マジ、どうしてくれんのよっ!」

 珍しく会話が成立したので、すずは撤収するモデラーズ兵に文句を言ってみたが、再びスルーされてしまった。

「ふーん・・・・そうか・・・」

 モデラーズ兵は周囲をゆっくりと見回し仲間たちに告げた。

「おい、みんな。弾薬をシモーヌに置いていく。各自弾倉は2個までだ」

 モデラーズ兵たちが弾薬を集め始めると、その人波の乱れを突くように少女がすずたちの前に駆け寄ってきた。

「彼女っ! 彼女は、どうしてこちらに来ないのですか?」

 少女は生徒会長たちに向かって、ひどく困惑した表情で尋ねた。少女の指先がゲート前のシモーヌに向けられている。

・・・この子がイレギュラーの予備兵ね。なんで高級マキエちゃんなんて連れて帰るのよ?・・・

 すずが興味を持ったのは、少女の制服に見覚えがあったからだ。騎士団の飾りとして同行した戦略級予備兵と候補生が方面司令部で連絡を絶ったという情報はつかんでいた。

「そ、それが、ゾンビに噛まれたから、前線待機になったみたいなんだ・・・」

 生徒会長の横に立った生徒が歯切れ悪く告げると、少女の瞳は大きく開かれた。

「そ、そんなっ! 何とかならないのですか? 早く軍医に診せてあげないと」

「そんれは無理なの・・・」

 そう答えたのは生徒会長だった。

「ど、どうしてっ? せめて治療をっ・・・」

 切実な表情で少女は訴えた。

 少女は美山紫音と隣の生徒の顔を交互に見たが、二人は視線を落とし窮するように事実を告げた。

「本物の軍医なんて前線にはいなし、前線で怪我をしたら後方へは搬送されない仕組みなんだ」

 女子生徒がそう言うと、少女の貌がサッと引き締まり、その場から掛けだした。

 少女の俊敏な動作も最強クラスモデラーズ兵を前にしては無力だった。

「おっ、おいっ」

 重機関銃を肩に担いだ長身のモデラーズ兵が、少女の腕をつかんだ。

「戦場で勝手に動くなっ!」

「でっ、でも、シモーヌがっ・・・・・」

「そうやって勝手に動いて、また誰かを巻き添えにするのか!」

「・・・・・・・・・」

 モデラーズ兵に一喝され、少女はその場に崩れ落ちた。

「あの子、何かやらかしたの?」

 すずは小声で生徒会長に尋ねた。

「ちっ、違いますっ・・・・私たちが馬鹿だったから・・・・」

 そう言った生徒会長の唇は震えていた。

「私たちがユリを見捨てなかったから、あいつは・・・・・あいつはっ・・・」

 生徒会長と並んで立つ学生が悔いる口調で言葉を絞り出した。

 要領を得ない話だったが、詳しくお悩み相談を受けている暇はなかった。

 モデラーズ兵たちの動きは速かった。

 集めた弾倉をシモーヌに渡すと、ただをこねる少女を抱えるようにして後退していった。

「あの子・・・どうなるのですか?」

「どうなるかは知らないけど、生きて戻れるのは確かよ・・・・」

 学生のつぶやきに、そう答えるだけで精一杯だった。

 S級モデラーズ2個小隊はいなくなったのだ。かなり本気で防衛戦をやらなければならない。

「衛生兵にモデラーズ兵の治療と状態を確認させてちょうだい」

 そう指示を出したところで、部下たちがすずを取り囲んだ。

「どうします? 激強主力部隊に逃げられたんですよ」

 そう尋ねたのは副隊長だった。

「こうなったら、あの子にもう少し頑張ってもらわないといけないわね」

 臨時ゲート前に立ったシモーヌを見ながら、すずはつぶやくように言った。

 そのつぶやきに、副隊長や学生たちが一斉にすずを見た。

「片手のシモーヌを戦わせるのですか?」

「ええ、軍規であの子は防衛線の内側に入れないわ。その上、本人も入る気無さそうだし、そうなると必然的に、彼女が先頭に立って戦うことになるわね」

「そ、そんな!」

「いくらなんでも、そんなの無理です」

 生徒会長と隣の学生が同時に声をあげた。

「無理でも、あの子は戦うわ。モデラーズ兵だもの・・・」

 片手を失っていても、セシリー直衛である。数だけの学生より何倍も戦力になるはずだ。

「では、私たちが彼女と一緒に最前線で戦います」

 そう言って生徒会長が一歩前に出た。

・・・この子、感情で動くタイプか?・・・

 すずは思案顔で学生たちを見た。

 他の生徒たちは明らかに戸惑った表情を浮かべていた。

「あなたたちには任務を与えたはずですよ」

「そ、そうですが・・・・」

 すずの言葉に生徒会長は言葉をつまらせた。

「それに、あなたたちでは役不足なのよ」

「そ、それは・・・」

 すずが突き放すように言うと、生徒会長ほか学生全員が表情を強ばらせたが反論はしなかった。

「それにね。私たちも、ビアンカにはいっぱい借りがあるのよ」

 そう言って微笑むと、副隊長以下その場の部下全員が大きくうなずいた。

「で、どうするんです?」

 副隊長がそう尋ねると、小隊長も分隊長も一歩前に進み出て迫ってきた。

・・・うざい・・・

「そうね。昨日からの流れで、セシリーの部下を見捨てる訳にはいかないでしょう?」

「賛成です。うちの行方不明だった連中の、7割以上が既に生存を確認されています。ここで、あのモデラーズ兵を見捨てたら、中隊長の女が下がりますっ!」

 握り拳をつくり副隊長が熱く語る。

「い、いや、私の女が下がってもいいけど・・・まあ、ここは基本通りやろうって話よ」

「と言いますと?」

「あの子がゲート内に入らないなら、こちらが出るだけよ。私たちがでゾンビを食い止めて、後方からあのモデラーズ兵が援護する。ただそれだけ」

「わぁ・・・本当に基本中の基本ですね」

「あと、ガナフ中隊の戦車兵にもちょっと釘を刺して、増援のモデラーズ兵をあの子に指揮させれば完璧でしょ?」

「おおおっ!」

 すずの完璧な計画に部下たちが尊敬の眼差しを向けた。

「中隊長って、何か策士ですよね?」

「ふふふっ、まあ、このあたりが牝狐と呼ばれる由縁かもな」

 そう満足そうに言ったのは副隊長だった。

 この女、とことん牝狐というフレーズがお気に入りのようだ。

「しかし、戦車兵がウンと言いますかねぇ?」

「言うわよ。ていうか、言わなかったら言わせるわよ」

 すずは言い切った。

「何か凄い悪い女の顔してますけど。その自信はどこから?」 

 その部下の突っ込みに、すずは目を細めながら言った。

「そんなの簡単よ。彼らガナフ戦車中隊にセシリーの部下を見殺しにする勇気なんてないわ」

「あっ、そうかぁ。前回渋谷迎撃戦の美味しいところをもらってますからねぇ」

 すずの言葉に分隊長の一人がアンニュイな顔で言った。

「まあ、それ以前に、ガナフ大尉とセシリーはルナの件なんかでも分かるけど、かなり古くからの知り合いだし、戦車兵連中もビアンカとは普通にお友達って感じなのよねぇ」

「美少女ビアンカと戦車兵ですか? なんか、ヤバげな感じですけどぉ」

 そう言ったのはその場で一番若い分隊長だった。ゴシップ大好きといった表情で、やたらと瞳が輝いている。

「そもそもガナフ戦車中隊ってのはかなり歴史があって、元は在日米軍海兵隊強襲揚陸部隊なんだ。その伝統を受け継いでガナフの親父以下、兵隊は全員、この日本という土地に取り残された外国人種で構成されてる。そして、ビアンカはそれこそ、白人種の遺伝子をデザインして造られた存在だから、まあ、彼等にしてみれば、ビアンカもモデラーズも、身内みたいな感覚があるんじゃないのかな?」

 そう副隊長が解説してくれたところで、連絡下士官が小首をかしげながらつぶやいた。

「すると、あとの問題は・・・」

「はぁ? まだ何か問題があるのか?」

「ええ。だって、肝心のモデラーズ部隊が、シモーヌの言うことを聞くかどうかでしょ」

 その連絡下士官の言葉に、学生以外の全員が妙に納得した表情でうなずいた。

 彼女たちが戦場で目にするモデラーズ兵は、感情の無いロボットのような存在だった。声をかけても返事はおろか視線も向けてこないというのが、一般的なモデラーズ兵の印象である。 

「そ、そうだよなぁ・・・・あいつら、融通がきかないからなぁ・・・・どうします? 中隊長」

「まあ、とりあえず。あのシモーヌって子に相談してみるのが手っ取り早いわね」

 シモーヌを確認した衛生兵が、すずの元に駆け寄ってきた。

 ルナの件でセシリー指揮下モデラーズ兵と接触が多かったすずには、少なからず確信があった。

 それを確認すると共に、この作戦に関する助言も聞きたかった。セシリー直衛のモデラーズ指揮兵なのだ。戦術レベルの高性能コンピューターと言っても過言では無いだろう。

 報告に来た看護兵にすずが尋ねた。

「どうだった? モデラーズ兵の具合は?」

「は、はい。切り口が綺麗だったことと、処置の仕方が完璧だったので大丈夫でしょう」

 すずの他に副隊長たちの視線に困惑しつつ、衛生兵は答えた。

「そう、なら、使えるってことね?」

「ええっ? な、何に使うんですかぁ?」

 看護兵が口を半開きにしたままおバカっぽく小首をかしげた。

 ボケているのか本気なのか分からないので、すずは目を細め真面目に報告しろよオーラを放ちつつ答えた。

「今から始まる迎撃作戦に決まってるでしょう」

「えっ!ええーっ! い、いえ、そんなっ! 腕をなくしてる訳ですから、立ってるだけでも大変だと思います。戦うなんて無理です・・・普通は・・・」

 と、そこまで言って看護兵は後ろを振り返ってシモーヌを見た。そこに居るのは戦闘に特化して造られたモデラーズチャイルドであった。普通の人間ではないと軍では教えられていた。

「何か痛み止めとか打ってやったのか?」

「いえ。それは拒否されました。私の持ってる薬を使うと、射撃精度が10%落ちるそうです」

 副隊長の質問に看護兵は答えた。

 その場の特に小隊長たちが感嘆のため息をもらした。

 わがままばかり言う部下に聞かせてやりたいのだろう。

「戦う気、まんまんってヤツね」

 口元に笑みを浮かべ、すずはゲートに向かって歩き始めた。

 後からその場に居た全員が付いてくる。 

・・・うざい・・・

 ゲート前まで進み、すずはシモーヌに軽く敬礼して自己紹介をした。

 自分が、α1守備を命じられた第78抜刀中隊中隊長柏木すずだと言ってみたものの、シモーヌはクールな表情を崩すでもなく、ただすずを見ているだけだった。

 返事が返ってこないことは想定内だ。

 すずは、新しい作戦「スーパーガード」作戦の内容を簡単に説明し、α1での兵力配置と増援通常型モデラーズ兵の対処についてシモーヌに尋ねた。

 すずが話し終えると、シモーヌは小首を傾げ、まだ失っていない方の手を綺麗な顎に当ててすずをジッと見詰めた。

「ふーん・・・・」

「な、なによっ?」

「お前は、あの、牝狐だな?」

「あ、あんたもなのっ? そ、そうよっ」

「そうか・・・・牝狐か・・・」

 シモーヌが何か意味ありげにつぶやいたところで、すずの後ろが騒がしくなった。

「中隊長って、マジ凄い有名なんですねっ!」

「なんか、スッゴい大物女優みたいな?」

 小隊長や分隊長の黄色い声に重なって、副隊長の毒のある声が続いた。

「セシリー直衛モデラーズ指揮兵にまで一目置かれるとは、さすがは牝狐中隊長殿」

・・・ど、どこが一目置かれてんだよ・・・敬礼もしねーし・・・この小娘はぁぁッ!・・・・

「ねぇ、私の兵力配置に同意してくれる? 増援のモデラーズ兵の指揮とか、あなたできるの?」

 少し強めに質問を繰り返すと、シモーヌはサラリと言った。

「ああ、牝狐の案は全く駄目だな」

 キッパリと言われ、さすがのすずも少しうろたえた。

「ど、どうしてダメなのよっ!」

「お前、増援が通常型モデラーズ兵って言ったけど、その意味分かってるのか?」

 シモーヌは小首を傾げ、お前は馬鹿か? といった感じに目を細めてすずを見た。

「意味?・・・って、どいうことよ? 普通のモデラーズじゃないの? Bクラスの下みたいな?」

「お前は牝狐とか呼ばれてるのに、情報通りのおバカだな」

 シモーヌは真顔でそう言った。すずより身長があるので見下され感が半端ない。

「は、はぁぁぁっ!?」

 すずは少しだけ切れた。片腕を失った女相手なので勝てそうな気もするが、下手に手を出して特殊複合自動小銃をぶっ放されては、一瞬で中隊が全滅しそうなので、控え目に眼を飛ばしつつ一歩前に出た。

「まぁ、まあ、落ち着いてください。中隊長殿」

 計算通り副隊長が止めてくれた。やはり気のきく女はいい。

「Bクラス以下ってことでいいのか?」

 すずの両肩を押さえつつ、副隊長がシモーヌに尋ねた。

「そうだ、ただの通常型モデラーズだ」

「どういうこと?通常型ってイミフなんだけど?」

 連絡下士官が真顔で尋ねた。「通常型」という表現の意味が分からないのだ。少なくとも前線ではA型B型しかいないはずというか、聞いた事が無い。

「ん? 通常型を知らない・・・・そうか、確かにこのあたりじゃあまり見ないな」

 シモーヌは小さくうなずいた。

「通常型というのは、簡単に説明すると、戦闘用じゃないってことだ」

「はぁっ!?」

 すずは少し間の抜けた声をもらしてしまった。そして、開いた口がふさがらなかった。

「ま、マジでぇ・・・?」

 すずを押さえていた副隊長の手から力が抜けていた。

「いいか。通常型ってのは、普通の人間と同じだ。おそらく射撃訓練もしたことがないモデラーズだ。そんな連中に援護射撃されてみろ、どうなるかわかるだろう?」

 シモーヌの説明に顔が引きつった。

「そ、そいつは・・・・そうねぇ・・・・あっ、あははっ・・・・」

 笑い事ではないところを無理矢理笑って、さらに顔が強ばった。

「よ、よかったっすね。先に分かって・・・・」

「危うく大惨事だし・・・・・」

「つーか、78中隊壊滅の危機だったっすねぇ」

「ちょー、こえーっ!」

 部下たちは半笑いでしゃべっていたが、目は笑ってなかった。

「な、何が問題なのですか?」

 そう間抜けな質問をしたのは生徒会長だった。その場にいる学生は全員状況が分かっていない。

「世間知らずの生徒会長に、誰か教えてやれ」

 副隊長の指示に小隊長たちがレクチャーした。

「まあ、フレンドリーファイヤーってことだ」

「ゾンビとの乱戦で普通の兵士による援護射撃だと、普通に撃っても20%は誤射で味方がやられる。で、抜刀隊が絡む乱戦になったら、誤射率40%くらいかな?」

「半分近く撃ち殺されたら、ゾンビが全滅する前にこっちが全滅だよね」

 そう説明され、生徒会長たち学生の顔から表情が消えた。

「わ、分かったわ。それじゃあ、戦闘配備はどうすればいいの?」

 すずは素直に尋ねた。部下を死なせないためには、シモーヌの言葉に従うのが一番だと判断するしかない。

「この場合だと、モデラーズ兵を前に出して後ろに抜刀隊で大丈夫だろう」

「そ、そんなので大丈夫なの?」

 拍子抜けする簡単な提案に、眉間にシワを造って尋ねた。

「ああ、そもそも、ここにはそんなに来ない。通常型が撃ちもらしたゾンビは、私が対応するから、お前らは見ておけばいいさ」

 そうシモーヌが事も無げに言ったので、すずも一安心することができた。

 このモデラーズ指揮兵が「来ない」と断言するからには、そういう情報を持っているのだろう。

「ところで、あなた、その通常型モデラーズを動かせるの?」

「ん? ああ、何の問題も無い」

 シモーヌは簡単に言った。

 あまりにも簡単すぎる。指揮権などというものは、普通の軍隊では簡単に移動するなどありえないのだが。

「はぁ? ていうか、モデラーズ兵の指揮系統ってどうなってんのよ?」

 疑問をストレートにぶつけた。作戦開始時刻が迫っていた。

 柏木すずは、はえぬきの抜刀兵である。中等部を卒業と同時にこの78中隊に配属された。上官も部下も同期も、みな抜刀兵だった。過去、この抜刀中隊にモデラーズ兵が配属されたことは一度も無い。そのため、すずは一般的なモデラーズ兵の指揮系統がどうなっているかさえ、詳しくは知らなかった。

 シモーヌの視線が数秒宙を泳いだ。

「さあ? そうだな・・・、私もよくは分からないが・・・本能的な序列があるみたいだから、たぶん私でも通常型モデラーズ兵の指揮は可能だと思うが?」

・・・お前、ウソついてるだろう? 目が泳ぎすぎだぞ・・・

「何よ、その本能って?」

 すぐさま突っ込む。

「ああ、私らは教わったわけではないのに、ビアンカ姉様には絶対に逆らわない。それに、前線で出くわす他の部隊のモデラーズたちは、なぜか私たちには真顔で敬礼してくる。これって、本能ってヤツじゃないのか?」

 そのザックリした説明を聞き、すずは本気でイラっとした。

「すごいわよねモデラーズ兵ってぇ・・・・私には一度も敬礼しないのにぃ・・・・」

 眉間にシワを寄せ睨んでみる。

・・・これでも中隊長なのに・・・こいつ牝狐としか呼ばれないしぃ・・・

 変な怒りがふつふつとわき上がってきたところで、副隊長がすずの顔を横から覗き込みながら甲高い声で叫ぶように言った。

「たっ、隊長っ! なに眼飛ばしてるんですか?」

「い、いや。ブロンドの髪が綺麗だなぁぁぁ・・・とか?」

「なぜ、疑問系なんです? 真面目にやってくださいっ!」

 副隊長に叱られ、すずはそのドンヨリとした目を足元に向けた。こんな状態でさえなければ、ヒステリックに奇声をあげて首でも絞めているところだ。

「・・・・・」

・・・なんて口やかましい女なんだ・・・

・・・さっきは気の迷いで結婚できそうとか思ったが・・・やっぱり離婚だ・・・

 我慢我慢と自分に言い聞かせる。中隊長という職業もマジ楽じゃない。

「てことは、あなたに任せればいいだけなのね?」

「ん? ううーん・・・・・」

 モデラーズ兵にしては珍しくシモーヌは表情を曇らせた。

「なっ、何よっ! まだ何か問題があるの?」

「通常型だからなぁ・・・射撃訓練とかしてないだろうなぁ?」

 視線が明らかにおかしい。何かの情報にアクセスしているのだろう。

「さっき、あなた戦闘用じゃないって言ってたわよね。どういうことよ?」

 すずが質問すると、上の空状態のシモーヌは口調だけは真面目に答えた。

「ああ。通常型は、後方の特別な施設で単純作業に従事するタイプのモデラーズだ」

「そ、それって、華族様専用の使用人、みたいな?」

 かぶりつきの場所に陣取った小隊長が尋ねた。

 少し壊れたアンドロイドのような視線で、シモーヌは真面目に答える。

「そうだ。だから、戦力としてあまり期待しない方がいいぞ。そもそも射撃訓練をしたことない連中だというデータだが? なんなんだ?」

 シモーヌの綺麗な碧い瞳が点になった。

「射撃訓練時間0時間で、メイド作法訓練2800時間って、なんだ?」

 シモーヌがメイド作法と口にしたところで、すずたちには通常型モデラーズ兵の正体が思い浮かんだ。

 しかし、そのデータにアクセス可能なのか? すずには、それが疑問だった。通常型モデラーズ兵の正体が想像通りなら、大元のデータにアクセスなど簡単にはできないはずだ。

「な、何を見てるのよ?」

 すずは無意識に尋ねていた。

「ああ、こちらに向かってるモデラーズ部隊のデータに強制アクセスしてみたんだが・・・」

「あなたの三次元リアルモニターは、そんな情報まで見れるの?」

「三次元? ああ、あれ・・・ね・・・・」

・・・そうだ。リアルモニターより凄いの使ってたか。こいつらは・・・

「それで、何か分かったの?」

「ああ、取得した情報を総合するとだな。銃を撃った経験は無いうえ、銃を持たされたのも今日が初めてみたいだ」

「は、はぁ?・・・どんな冗談よ・・・それ・・・」

「戦闘用ではないからな。こんなもんだろう」

 変に納得した表情でシモーヌは言った。

「生産履歴と訓練実績とアップデート情報を照合したが、銃器関連の情報は皆無だ。間違いない、この子たちは生後30000時間のメイド専用モデラーズって・・・こと? かな?」

「なんで、そんなのが前線に出てきてんだっ!」

 メイドの出所を理解できない小隊長が声を荒げた。

「華族騎士団が出てきてたから、単にそのメイドだろ」

「騎士様の使用人ってことか・・・で、騎士様はとっととお逃げになって、メイドが戦うわけか」

「はあ・・・・」

 小隊長たちは全員で大きく肩を落としため息をもらしたが、本気で困った表情を見せる者はいなかった。

 全員、シモーヌの戦闘能力と指揮能力を信じていたのだ。

 この時、すずの思考も変な方向にそれていた。

 シモーヌのデータ収集能力が華族や騎士関連にまで及ぶということが分かったのだ。とても興味深いことがわかったと思い、今から始まるスーパーガード作戦のことなど一瞬忘れていたところで、何かが引っかかり、すずは隣の副隊長の顔を見た。

「どうされました?」

 副隊長が小首を傾げた。そんなに可愛くもないと一瞬思い、さらに部下たちの顔を見る。

「な、何っすか?」

「た、隊長?」

「へっ?」

 すずのジトっとした視線に、部下たちが変な顔で答える。

・・・何か変だ・・・私は何か見落としてる?・・・

 すずはシモーヌを真正面から睨んでみた。

・・・この女に任せておけば何も問題は無いはずだ。ここはシモーヌに任せて・・・

 ここ、と思った瞬間、すずは閃いた。

 この作戦は渋谷方面軍防衛ライン全体で行われるのだ。

 最悪だった。一瞬で鳥肌が立った。

「ちょっ、ちょっと待ってっ!」

「どうしたんですか? 中隊長」

 副隊長の両肩を手でつかみ、告白でもするように話した。

「いや、そうなると、この作戦自体がヤバイわよ」

「はぁ?」

「そ、そりゃ、ここはいいわよ。でも、他の十一拠点は現状をちっとも理解してないわよっ!」

 そこまで言って、副隊長たちの口が半開きになった。

 かなり間抜けな顔だった。

「そ、そうですね。他の部隊がマジヤバイ」

「つーか、自爆ゾンビ一体で防衛線の部隊も生徒も全滅ですよ」

 小隊長たちが騒ぎ始めたところで、すずが大きく声を上げた。

「さっ、作戦中止よっ!」

「はぁぁぁっ?!」

 すずの言葉に部下全員が声を裏返して叫んだ。

 実のところ、作戦に不満があったからといって、作戦自体を拒否したことはなかった。そんなことをすれば軍法会議で自由市民コースになってしまう。

 しかし、軍法会議にかけられようがなんだろうが、この作戦が最悪の事態をもたらすことは想像することができた。

「どうするんですかっ!?」

 副隊長も真顔だ。ちょっと凜々しい。

「作戦中止を臨時本部に意見具申するわ」

「そんなことして大丈夫ですか?」

 意見具申だけなら問題は無い。しかし、意見具申が通るとも思えない。最悪、どうなるか想像もできない。だが、ここで何もしないというのは、すずの性格では無理なのだ。

「みんなっ! 今の話を聞いてて理解できた者は、とりあえず知り合いの前線に連絡して事情を説明してちょうだいっ! 絶対に通常型モデラーズ兵に援護射撃させるなってっ!」

 周りに居た小隊長や分隊長に告げると、すずは副隊長を引き寄せた。

「私は臨時本部に連絡するわ。あなたは連絡網のツテを使ってガナフ戦車中隊とコンタクトできないかやってちょうだい」

「了解です」

 そう会話を交わしながら端末を素早く操作する。

 メインの作戦である「渋谷2回目」の真っ最中だ。簡単に臨時本部につながるとは思わなかったが、なぜか通信状態は良好な上、連絡将校がワンコールで出てくれた。

 α1臨時ゲート前は、女たちの声が響き渡っていた。

 分隊長以上の各抜刀隊員が一斉に端末に向かって喋っていた。

 視界の端にゾンビが映っていた。

 1体2体と少しずつ増え、こちらに向かってくる。女たちの声に誘き寄せられ集まってくる。

「ふざけないでよっ!」

 ひときわ高い声で怒鳴り、柏木すずは端末を切った。

 端末を睨み、顔をあげると通話を終えた副隊長と目があった。

「どうでした? そちらは?」

「臨時本部の連絡将校と話したけど、その情報は上にあげるですって。でも、中止命令が出るまで作戦は続行せよって。ダメだわ、下っ端といくら話しても・・・」

 自分の力ではどうにもならないのかとウツになっているところで、後方から鈍い機械音が微かに聞こえてきた。

 戦車のキャタピラの音に思えた。

「もっ、もうっ、戦車が到着するわっ!」

 険しい顔をあげ、すずは副隊長に尋ねた。

「あなたの方は?」

「一応、一両の戦車に連絡が付いたので情報は伝えました。ただ、場所によっては、戦車が到着して作戦が始まっているところもあるそうです」

 副隊長は早口でしやべると、その場にいた分隊長数名を引き連れ眼前に迫っていたゾンビ10数体に斬りかかった。

 78中隊手練れだけあって、10体程度のゾンビは一瞬でその場に崩れ落ちた。

 最後の一体を倒した分隊長女子が、その黒い血で汚れた剣先をゲート右前方の空に向けた。

「やっ、ヤバイっすよぉ・・・」

 ビアンカ部隊進撃方向とは別方面から爆音が響き、爆炎があがっていた。

 戦車による砲撃が始まったのだ。

「隣の桜坂かその先ですっ!」

 その報告に、すずたち全員の動きが凍り付いた。

「全戦線が崩壊とか・・・そんなことにもなりかねませんよ・・・」

 青ざめた顔で副隊長が言った。

 作戦が始まってしまえば、それこそ止めることは不可能に近かった。

 また、部下を死なせてしまう。それも、途方もない数の仲間が死にかねない。

 すずは崩壊寸前の感情を抑え込み、いちるの望みを探り真剣な眼差しで片手を失ったモデラーズ兵シモーヌに言った。

「どうやったら、これを止められるの?」

 すずの問い掛けを、シモーヌは軽く無視した。

「・・・・・・・・・・」

・・・ふざけんなぁ! ちょっと美人だからって、すました顔してんじゃねぇぇぇっ!・・・

 ぶん殴ってやりたい衝動をおさえるすずの横から、思いがけない提案が飛んできた。

「そ、それでは、ビアンカ部隊指揮官殿に意見具申してはいかがですか?」

 そう言ったのは生徒会長だった。

「そっ、それよっ! あのチビっ! それにセシリーに頼んでもいいっわっ!」

 ガナフ戦車中隊を動かすなら、セシリーしかいないと閃いた。

「し、しかし、どうやって連絡するんですか?」

 その副隊長の疑問に答えたのはシモーヌだった。

「作戦指示を受けた端末で、リダイアルすればセシリー姉様につながるぞ」

「まっ、まじぃっ! マジつながるのぉ?」

 すずはシモーヌの顔を見返したが、彼女から返事は帰ってこなかった。

「ところで、中尉にはどうやって連絡したらいいんだ? あいつ城塞の向こう側だっ!」

 副隊長がシモーヌににじり寄りながら叫ぶように言った。

「・・・・・・・・・」

 シモーヌが副隊長の言葉をスルーしたので、すずも彼女の真横に迫って残った腕をつかんだ。

「お願いだから何とかしてっ! ここら一帯には元部下とかがいっぱいいるのよ。みんな私の仲間なの・・・・誰も死なせたくないからっ、お願いだからっ!」

 すずと副隊長の真剣な表情を見比べ、シモーヌは本当に面倒臭いといった表情を浮かべた。

「まあ、私の端末を経由させれば、つながるけど」

「は、早く呼び出してっ!」

 すずの叫ぶような声に、シモーヌは眉をひそめた。

「呼び出すのはいいが、私は何も話さないぞ」

「なっ、何言ってるのよっ、この一大事にっ!」

 すずと副隊長が瞳を大きく見開いて顔を見合わせた。

 シモーヌがお馬鹿な子を見るような目を向けた。

「はぁ? お前、これって軍事作戦だぞ。下手に意見すれば軍法会議間違いなしだぞ」

「あ・・・ああ・・・そ、そうねっ・・・・・」

「そ、そりゃそうだが・・・」

 すずも副隊長も一瞬言葉に窮した。

 しかし、日夜ゾンビと戦ってきた彼女たちにとって、軍法会議など大して怖くはなかった。死は日常であり、大義や自分が納得できる理由さえあれば投げ出す覚悟は常に持っていた。

 すずはシモーヌの腕から手を離すと、端末を取り出した。

 リダイアルボタンを押しセシリーを呼び出すコールを聞きながら、すずはシモーヌに告げた。

「全ての責任は私が取るから、坊やを呼び出してちょうだい」

 すずは真顔でシモーヌに言った。

 軍法会議など怖くはない。たとえ、それで銃殺になってもかまわないと本気で思った。

 軍法会議物だと感じた瞬間から気持ちが妙に冷静になっていた。

 変に心が落ち着いていた。

 呼び出し音が2度3度・・・・・・

 そして、手に持った端末上モニターに殲滅のセシリーが映し出された。

「せっ、セシリーっ・・・・」

 前回の立体画像ではなかったが、セシリーとの接続に成功し泣けてきた。

 碧い瞳をパチパチさせ、不機嫌そうにセシリーは言った。

「なんなのぉ? わたしぃ、今ぁ、とっても忙しいのよぉっ」

 映し出されたセシリーは、建物の一室で椅子に座っていた。

 ゾンビの大群を撃破した直後とはとても思えない美少女っぷりは、神々しさを感じさせる美しさであった。

 もっとも、口調が相変わらずお馬鹿モードなところが痛い。

「ごっ、ごめんねっ。緊急事態で、大ピンチで悪いと思ったけど連絡しちゃったのよっ」

 切羽詰まっていたので早口でしゃべってしまった。

「はぁ?・・・知ってるぅ? 今ぁ、渋谷方面軍本部にぃ、国防軍精鋭部隊が突入したところなのよぉ。そのタイミングでぇ、あなたって本当に典型的な自由気ままな幸せ世代の女子よ、ねぇ?・・・・」

 毎度の幸せ世代という言い方に、イラっとしてしまう。

「なっ、何を言うのよっ。私は、そんな若い連中とは違うしぃ!」

 そう言い返したすずを、セシリーは一瞬冷めた視線で見た。

 セシリーの映された画像からは、周囲の喧噪というより怒鳴り声が飛び込んできている。

 渋谷方面軍本部突入作戦の真っ最中、それも突入作戦開始と同時に回線がつながったような雰囲気だった。

「ねっ、ねぇ、聴いてちょうだい。もう時間がないのよっ!」

 最悪のタイミングだと思ったが、それでも彼女に頼むしかなかった。

「なぁにぃ?」

 セシリーのしゃべりは相変わらず不真面目だったが、その表情は少し引き締まり視線は宙に浮いていた。要するに、すずのことなど見ていなかった。

「あっ!・・・・」

 すずが話し始めた瞬間、セシリーは突然片手を突き出して立ち上がった。

「第一波強襲突入部隊による地下3階レベル2バンパイアの撃破を確認っ!」

 そのセシリーの鋭い声に、男たちの雄叫びと若い女の黄色い歓声が重なった。

 孤立していた部隊を集結させ、臨時の最前線指揮所が構築されているのかもしれない。

「待機中モデラーズならびに志願兵部隊は掃討作戦を開始してください」

 セシリーが告げると、画面の中から歓喜の声があふれ出した。

・・・やっぱり、一番お邪魔したらいけないタイミングだったのか?・・・

 渋谷方面軍本部内部にも生存者がいるかもしれない。

 希望が芽生え期待がふくらみグッと泣けるシーンだった。

 だが、すずはそんな感情に浸っている余裕は無かった。

 指示を出し終えたセシリーが腰を下ろした。

 綺麗なブロンドの美少女は微笑んでいる。すずはつばを飲み込んで話始めた。

「最終防衛ラインで、これからガナフ戦車中隊と共同で、ゾンビ掃討作戦が行われるのよ」

 これだけで、セシリーなら瞬時に状況を理解すると思った。

 しかし、碧眼の美少女はまばたきもせず「ふーんっ」と答えただけだった。

 そのあまりの反応の薄さに、すずはまくし立てるように早口で喋った。

「で、それでねっ! 戦車の援護が各兵学校抜刀科生と通常型モデラーズ兵なのよっ!」

「ふーんっ。だから?」

 碧眼の瞳を見開いたまま、セシリーは綺麗な眉をひそめ小首をかしげた。

「だ、だからって、あなたなら、この意味わかるでしょうっ?」

 切れそうになる気持ちを抑えつけ、すずはセシリーの碧い瞳を見据えた。

 一瞬、にらめっこ状態になったセシリーは表情を崩してニコッと微笑んだ。

「ねぇねぇ、牝狐さん」

「なっ、なにっ・・・ですかっ?」

 声が裏返った。

「あなたって、本当に純粋なおバカさんなのね。ちょっと感心しちゃったわ」

 シモーヌに続きセシリーにもお馬鹿さん呼ばわりされ、ちょっと凹んだ。

「なっ、な、なんでぇぇっ・・・・?」

「それは、そういう作戦なんでしょう? そして、それを実行するのが軍人さんなのでしょう?」

「し、しかしっ・・・・」

 セシリーの口から軍人という単語が出て、すずは絶句した。

「あなたの常識とは全く違うレベルのおバカな軍人さんは、それこそいくらでもいるのよ。でも、だからといって、作戦に異議を唱えていては、軍という集団は機能しないわ。軍隊には、無能な上官というのが山のようにいるの。そんなことも忘れてしまったの? それに、貴女たちを捨て石にしたとっても凄い作戦なのかもしれないわ」

「そんなことは絶対にないっ!」

 すずは言い切った。

 このスーパーガード作戦の最大の問題点は、敵味方戦力の大きな誤認によるものだ。経験の無い参謀により立案された作戦が大惨事を招こうとしている。抜刀中隊を指揮する立場の人間として部下を守ることは最優先されるべきだった。

「ど、どうしろって、言うのよっ!」

 少しヒステリー気味に声を荒げると、セシリーは視線を横に向けた。

「いい年なのに、しょうがない子ねぇ。あなたの上官とお話ししなさい」

 セシリーがそう告げると、モニターの画像が引かれ少女の横に座った中年男性が現れた。

「木村中佐ぁっ!」

「や、やぁ、君は確か抜刀隊の柏木君だね」

 落ち着いた表情の中年男性は、渋谷方面軍副司令官木村中佐であった。

 驚いたどころの話では無い。

 方面軍司令官の戦死は、本部陥落の報とほぼ同時に伝えられていた。

「ご、ご無事だったのですねっ・・・」

「ああ、また生き残ってしまったよ・・・・」

「ご無事でっ、よくご無事でっ・・・」

 すずは声を絞るように言った。

 渋谷方面軍最高位指揮官が目の前にいるのだ。彼が一言命令を下せば、作戦は中止されると確信した。

「横で君たちの会話は聞かせてもらった。殲滅のセシリーと口喧嘩できるとは、なかなかやるじゃないか」

「す、すみません。根が馬鹿なんで・・・」

「だが、君が言っていることは、軍隊という組織の矛盾を口にしているだけなのだ・・・」

「そ、それは・・・」

 すずの中で高まった期待が急速にしぼんでいく。

「君の説明はおそらく正しいのだろうが、だからといって今さら何も出来はしないのだ・・・戦争とは、そういうものなのだ・・・」

「しかし、学生や部下たちが・・・」

 見開いた目で窮状を訴えた。

 戦術とか戦略とか軍隊がとか、そんは話は聞きたくなかった。

「それは、まだ、推測でしかない。そして、推測に捕らわれていては軍は動けなくなる」

 元々紳士で部下に優しい印象が強かった木村中佐だが、その話し方も雰囲気も一気に20歳ほど老いた感じに見えた。

「ど、どうすればいいのですか?」

 少し強い口調で尋ねた。

「どうにも、できないさ」

 覇気の無い声で彼は言った。

「違うっ! 方面軍副司令官の貴方やセシリーなら、この作戦を中止できるでしょうっ!」

 モニターに向かって吠えた。

「無理を言うな、行方不明になった軍人に指揮権など無いのだ」

 そう言った中佐は上体をセシリーの方に傾け、彼女の華奢な肩に手を添え視線を下に落としながら言った。

「この子は・・・我らを助け生かしてくれるこの子は・・・人でさえ・・・ないのだ・・・」

「し、しかしっ、彼女は殲滅のセシリーですっ!」

「昔も今も、これから先も、彼女に指揮権など無いのだよ」

 そこまで会話を交わしたところで、脇に立っていたシモーヌが合図をしてきた。

 古代アキトにつながったのだ。

 すずが一瞬どうするべきか悩んだところで、生徒会長の美山紫音が視界に入ってうなずいた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


       美山紫音のターン


登場人物 美山紫音 17歳 

 ワンガン兵学校抜刀戦術科3年生。

 ワンガン兵学校生徒会長。


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「おい。アキトが出たぞ?」

 そのシモーヌの声は、中隊長の怒鳴り声にほぼかき消された。

 柏木中隊長は交渉の真っ最中で、シモーヌは小首をかしげて彼女の瞳をのぞきこんでいた。

 紫音はほぼ無意識にシモーヌに声をかけていた。

「私がお話しします」

 ほんの数時間前、兵学校で会ったばかりだ。説得する自信は無かったが、知らない人間が話すよりましだと思った。

「衛星秘匿回線だから音声だけだ」

・・・えいせいひとく回線?・・・

 シモーヌは紫音から受け取った端末に腰から伸ばした有線コードを接続させた。

「あ、アキトさんですか?」

「誰?」

 少し不機嫌そうな少年の声が聞こえてきた。

 城塞の壁越しに会話が可能だという事実に紫音は驚いた。

 城塞外部の悲惨な現状がリアルに内部の人間に伝わらないよう、通信電波の遮断は徹底的に行われていた。

 前線を守る国防軍将校でさえ、城塞内部と連絡を取るには、方面本部専用有線回線を使用するか伝令を出すしかないと教えられていた。

 それなのに、クローン兵であるシモーヌの装備を使えば簡単に城塞内部と連絡が取れるのだ。

「すみません。兵学校生徒会長の美山紫音です」

「ああ。かいちょうさんか、で、なに?」

 少年の声は機械的であったが、本人と直接会った時より会話はスムーズに行われた。

 紫音は懸命に状況を説明した。

 現在の窮状と渋谷方面軍防衛ラインの危機を切々と訴えた。

 数時間前、生徒会長室で初めて会話を交わした時の何倍もうまく彼に話しかけることができた。

 説明を終え、何とかこの状況をコントロールしないと学生たちが・・・と言いかけたところで、彼は冷たく一言でかたづけた。

「それが作戦」

「でっ、でもっ・・・」

「軍事作戦なんて大抵はそんなもんだし、現状の危うさに気づいただけラッキーだったね。軍人や軍属は命令されたことを実行すればいいだけ。ただし、自分の部下を守る努力はしないとね」

「ど、どうやって、皆を守ればいいのですか?」

「知らねっ」

 少年は幼年学校低学年男子のような口調で答え、そして少し大人びた口調で続けた。

「たかが中尉の、それも14歳男子に何を期待してるの?」

「あなたは、私の友達を助けてくれました。そして、前線で孤立していた多くの部隊も救ったんです。そのあなただから・・・だから・・・」

 端末を持つ手が震えていた。

「それはね、単純な攻撃作戦だからできたことだよ。僕にできることは、ビアンカたちの武力を使って攻撃するという、ただそれだけなんだ」

「駄目なのですか?」

 無力感がつのり、言葉に力が入らない。

「もう、時間が無いよ・・・」

「もしも、時間があれば?」

「それでもダメだろうね。そもそも、作戦の本当の目的が何かさえ前線の人間には分からなくていいんだよ」

 少年は饒舌だった。

「この作戦の真の意味なんて分からないわけだし、軍隊や軍人は指示された作戦を遂行する義務があるんじゃないのかな。この作戦、どう転んでもゾンビを全滅させられるようにできてるんだ。ちょっと、スゴクネ?」

 最後は何か楽しそうな口調だった。

「ど、どういう意味ですか?」

「仮に迎撃に失敗しても、戦車と自爆ゾンビが接触すれば全てが吹き飛ぶんだから、少なくともゾンビの掃討作戦は成功するってこと」

「・・・・・・」

 少年の説明に返す気力も失せてしまった。

「この作戦作った人、ある意味天才だよねぇ。まあ、確実に長生きはできないけど」

 会話が一方的になり、何を言っていいか分からなくなったところで、すぐ近くに立っていた分隊長が後方を指さして叫んだ。

「ガナフ中隊のタンクが到着しますっ!」

「会長たちは、会長たちの戦いに集中しないと、みんな吹っ飛ぶことになるよ」

 それまで少しテンションをあげてしゃべり続けていた少年が、トーンを落としてそう告げると、回線は切断された。



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  柏木すずのターン


登場人物    柏木すず 22歳  

     第78女子抜刀中隊中隊長。軍曹。

   15個小隊300人と中隊本部要員20名を指揮する。

     セシリーに命じられα1に展開中。

     「牝狐」と呼ばれたりする。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 セシリーとの回線が切れ、すずは空を見上げた。

・・・隣は本格的に作戦始まってるし・・・

 桜坂方面から砲撃音と舞い上がる爆煙が見えた。

・・・ごめんね・・・

 学生主力の桜坂が心配ではあったが、もはや時間切れだった。

 自分たちの目の前の戦いに集中するしかない。

 背後から戦車のキャタピラ音が響き渡り、そして凄い機械音をたてて停止した。

「戦車に釣られてゾンビが集まってきます」

 抜刀隊員たちがα1前方を指し示した。

 戦車到着に合わせるように、倒壊したビルの脇から100体を超えるゾンビが一塊になって現れていた。

「ちゅっ、中隊長っ・・・・」

 副隊長が真横に来た。真顔だ。

「方面軍副司令と話したわ・・・」

 落ち込み過ぎて半笑いになりそうな顔で、すずは言った。

「どうなったのですか?」

「これが、戦争だ、と・・・・・」

 大きくため息をついて、そして一区切りをつけた。

 頭を切り換えて防衛戦をするしかない。

「どうするのですか?」

「どうにもならないわっ! このα1を死守するだけよっ!」

 すずは気持ちを戦闘モードにシフトし、声を張って周囲の部下たちに告げた。

 すずに続き、副隊長が日本刀を引き抜いて気勢をあげた。

「78抜刀中隊っ! 抜刀っ!」

「小隊っ! 抜刀っ!」

「抜刀っ!」

 副隊長に続き、小隊長たちが声を張り上げる。

 昨日からの連戦で疲れ切っている分だけ、無駄にテンションをあげなければ身体が付いてこない状況だった。

「副隊長っ!」

「はい。隊長」

「私が戦車兵に話をつけてくるから、それまでは前線でゾンビを抑えていてちょうだい」

「りょ、了解しました。まだ、ぜんぜん余裕ですから」

 そう言った副隊長がゲートの先に視線を振ると、戦車到着時からわき出たゾンビが数倍に膨らんで、ゆっくりと迫ってきていた。

・・・まだ500かそこらか、戦車砲ぶっ放したらどれだけ出てくるんだ?・・・

 ゲート前に立ったシモーヌのさらに前、抜刀隊員たちの防衛ラインが形成されていく。

 ゲート前は副隊長に任せ、すずは美山紫音を手招きした。

「生徒会長っ! 来てっ」

「は、はいっ!」

 美山紫音は血の気の引いた貌で駆け寄ってきた。

「アキトは?」

「それが戦争だ・・・と」

「そう、こちらもセシリーが救出した方面軍副司令官と話したけど、これが戦争だ・・・でかたづけられたわ」

「そ、そうですか・・・」

 生徒会長の瞳に怯えが見えた。

「君たち学生で、戦車を取り囲んでちょうだい。絶対にゾンビを戦車に触れさせてはダメよ。自爆ゾンビは戦車に触れない限り起爆しないというウワサだから」

「う、ウワサなのですね・・・・」

「え、ええ・・・」

 到着した戦車に向かいながら生徒会長と話した。彼女の怯える理由は想像できた。下級生部隊を心配しているのだろう。下手をすれば、2.3年生全員が粉々に吹き飛ぶかもしれないのだ。

 美山紫音が学生部隊に合流したところで、すずは足を速めてガナフ戦車中隊から派遣された戦車に駆け寄った。

 旧アメリカ軍に配備されていた戦車は、製造から80年も経過したロートルとは思えない威圧感タップリの戦車だった。

 そして、その戦車の真後ろに、綺麗に整列したお人形の集団がいた。

・・・なんだ、こいつら? ヒラヒラのドレス? マジやっぱメイドなのかよ・・・

 その、あまりの時代錯誤というか新貴族階級を象徴したメイドの雰囲気に、すずは一瞬立ち止まって見入ってしまった。

「ヘイ、ガール」

 そう戦車の上から声をかけられ、すずはガン見していた視線を砲塔に向けた。

「私は第78女子抜刀中隊中隊長柏木です。少しは状況を理解してるのっ?」

 そう喋りながら戦車に登ると、茶髪のイケメン戦車兵が爽やかに敬礼しながら言った。

「ガナフ戦車中隊所属ジョンソン少尉です。増援としてモデラーズ3個小隊を引き連れて参りました」

 イケメン少尉はとても流暢な日本語で言った。少尉なのに軍曹であるすずに敬意を払った口調がとても好感を持てた。

「状況はビアンカのお嬢ちゃんから、連絡を受けてるから」

「ま、マジっ! どう教えられてるのっ?」

「前には出るな。前線が突破されるようなら、歩兵部隊を置き去りにしてでも逃げろと・・・」

・・・うわぁっっっ。的確な指示だわ・・・

「なら話は早いわ。率いてきた通常型モデラーズ兵部隊を前線に展開させたいの」

「しかし、こいつら言うこと聞かないぞ」

「はぁ? どういうこと?」

「マッサラで純粋過ぎるのか、モデラーズ指揮兵の命令しか受け付けないんだ。で、その指揮兵は作戦指示書の通りにしか動かない。ひきいてくる途中も、戦車と違う道を走っていく始末だ!」

 ジョンソン少尉は困惑しきった表情で戦車の後ろに整列したモデラーズ兵を見た。

「そ、それならたぶん大丈夫よ。こちらにはビアンカ中隊のモデラーズ指揮兵が一人待機しているわ」

「マジかよ。そ、そりゃあ、まじラッキーだわ」

 そうジョンソン少尉が喋っている前で、メイド服姿モデラーズ兵の一人が駆けだした。

 ヒラヒラのメイド服に自動小銃を抱えて駆ける美少女の姿に、すずもジョンソンも釘付けになってしまった。

 戦車を取り囲もうと兵学校生徒が移動する横を駆け抜け、メイドは一直線にシモーヌの元に駆け寄って敬礼した。

 軍人らしい敬礼というより、綺麗な華やかな敬礼だった。

 軽く答礼したシモーヌが一言喋ると、メイドは再び敬礼して駆け戻ってきた。

「もう、本能が働いたのね」

 すずのつぶやきにジョンソン少尉が尋ねた。

「何です、本能って?」

「あの子たちは本能的にお互いのランクが認識されるみたいなことを言ってたわ。たぶん絶対嘘だと思うけど」

「はははっ。まあ、あの部隊のハイテクは、マジ半端ないから」

 そう笑うジョンソン少尉とすずの前で、駆け戻ってきたメイドが通る声で部隊に命令した。

「前進してシモーヌ指揮兵の指揮下にて迎撃戦を行うっ! 続けっ!」

・・・本能って、ハイテクなの?・・・

 たった一言程度の会話で、シモーヌはメイドたちを配下にしてしまった。

 何にしても、すずの思惑が順調に進んでいるのは間違いない。

 100名のメイド服姿のモデラーズ兵たちは、一斉にシモーヌ目がけて駆けだした。

「じゃあ。攻撃はぼちぼちで頼むわね」

「ぼちぼちって・・・」

「あなたに真面目に仕事されると、自爆ゾンビがワンサカ来ちゃうでしょ」

「ああ、了解」

 ジョンソン少尉は爽やかな笑顔で敬礼した。

 なかなかいい奴だと思いつつ、すずは戦車から飛び降りてメイド服ヒラヒラスカートの後を追って駆けだした。

 すずが息を切らして戻ってくると、ゲートに迫るゾンビの密度が途方もなく増していた。

 シモーヌがメイド姿のモデラーズ兵に指図する前で、副隊長が一個抜刀分隊を率いて、迫ってくるゾンビに先制攻撃を仕掛け斬り込んでいた。

 一度に十数体のゾンビを切り倒しては後退して、再び呼吸を合わせて斬り込もうとしたところでシモーヌの声が響いた。

「抜刀隊後退っ!」

 その声に、副隊長たちは一斉に後退した。

 引くタイミングも完璧で、後退し終わったところでキラキラした視線を全員がシモーヌに向けたところがイラッとした。

・・・あんたら、そんな素直な女だったかしら?・・・

 自分の部下が違う人間の指示に素直に従っているのを見て、すずはちょっと嫉妬を覚えた。

 そんな少し邪なジト目を向けられたシモーヌは完璧な指揮兵ぶりを見せた。

「いいことっ! 横一列、隣との間隔は1メートル。ターゲットは10メートル以内のゾンビに限ること。前進っ!」

 横に広がったメイドたちが自動小銃を手に前進した。

「抜刀隊は各自モデラーズ兵の横に配置。間違っても銃口より前に出てはダメですぅ、よっ」

・・・なんだぁ? 最後の、よっ、は?・・・

 シモーヌの喋りが少し変なのはずっと感じていた。すずが小首を傾げたところで美貌のモデラーズ指揮兵と視線がクロスした。

「牝狐っ!」

 突然、シモーヌに「牝狐」と怒鳴られ、すずは肩を落としながら数歩前に出ると頬を膨らませた。

「ねぇっ! 私の名前わぁ、柏木すずって言うのよぉ。で、何よっ?」

「防衛ラインが安定したらぁ、戦車兵に派手に発砲させろよ。いいですね」

 シモーヌの口調がさらに変になっている。

・・・この子、ゾンビの毒がおつむに回ってる?・・・

 口調も変だが指示内容も納得できなかった。

「な、何言ってんのよ。そんなことしたら、自爆ゾンビが殺到するでしょう」

「つーかぁー。おまえ・・・さんは、お馬鹿ヤロー?」

「な、ななっ・・・あなたっ、喋り方がちぐはぐよっ!」

「お下品な喋り方がぁ、まだちょっと苦手なんですぅ。いま練習中だしぃ-?」

「無理して私たちに合わせなくていいから」

「そ、そうなのか?」

 シモーヌが真顔で言った。

「そうよ。何考えてるのよ、こんな時に」

「まあ、確かに私もそう長くないし・・・」

「ちょ、ちょっとっ! そ、それを言わないでよっ・・・」

「・・・・・・」

「・・・・」

 シモーヌのセリフに、その場にいた抜刀兵たちが一斉にウツになっていた。

 そんな凹んだ抜刀隊員たちなどお構いなしに、シモーヌは恐ろしい正論を吐いた。

「ここで派手に戦車砲を使わないと、このあたりの生き残り自爆ゾンビが隣の拠点に集中するわよ」

「あっ、あんたっ・・・賢いわぁ。たっ、大変っ!」

 ジョンソン少尉に指示したことの真逆が正解だったとは、振り返り戦車に視線を向けたすずにシモーヌが続けた。

「戦車砲は少し遠目に、車載重機関銃はゾンビの層の厚い場所に集中させて」

「了解だわっ!」

 自分の非は明らかだった。すずは、とっさに駆けだしたが、シモーヌがさらに指摘を投げてきた。

「あと、後方兵力配備が間違ってるわ」

「どういうこと?」

 立ち止まりシモーヌに素直に尋ねた。

「学生は戦車の前に全員出して、万一、私たちが突破されそうになったら学生全員を突入させなさい」

「そ、そうなんだ・・・」

 少し納得できない指示だった。

「一番大事なのは、学生が突入するような場面になったら、戦車は全力で逃げろって伝えて。自爆ゾンビさえ起爆しなければ、例えα1が落ちても何割かの兵は生き残れるわ」

「・・・・・・」

 血の気が引いた。

 すずはシモーヌの指示を聞き終えると敬礼して駆けだした。

 戦車の周囲を兵学校の生徒が何重にもなって取り囲んでいる。

・・・確かに、この配置だと戦車逃げられないし・・・

 戦車が棺桶という設定を、すずも忘れていたのかもしれない。

 棺桶など守っても、学生全員がその棺桶にまとめて放り込まれるだけなのだ。

「柏木中隊長っ!」

「ちょっと待て、生徒会長」

 駆け寄ってきた美山紫音を制し、すずは戦車に駆け上った。

「少尉っ! 戦車砲を派手にぶっ放せというお告げよっ!」

 顔を覗かせたジョンソンの顔に頬が触れるほど寄せ、すずは言った。

 少尉はすぐに表情を強ばらせた。

「派手にぶっ放すと、自爆ゾンビが殺到してくるぞ」

「それは食い止めるわっ! あなたが発砲しないと、隣の拠点に配備された戦車に自爆ゾンビが集中するわよっ!」

 すずの言葉に少尉の瞳が大きく開かれた。

「そ、そうかっ。了解した」

 少尉は砲撃手に慌てて砲撃準備を指示した。

「爆煙が邪魔になるから遠目に撃てとの指示よ。重機は密度の厚いゾンビに集中してちょうだい」

 そう言ったところで、すずは一呼吸置いてトーンを落として告げた。

「あと、万一の時は、ビアンカの指示通りにして」

「そ、そうか・・・・」

 ジョンソン少尉も多くを語らなかった。

 万一の場合ということは、すずたち抜刀隊が突破されるということで、彼女たちがゾンビの餌になるのと同意語であった。

「自爆ゾンビにさえやられなければ、全滅は免れるわ」

「そっか・・・・」

 ジョンソン少尉は一瞬呆然とした表情を見せたが、すぐ何かを思い出したかのように視線をワンガン兵学校女子抜刀隊に向けた。

「了解だが、この学生たち・・・」

「彼女たちは移動させるわ。盛大に撃ちまくってちょうだい」

 ジョンソン少尉にウインクを一つ飛ばし、すずは戦車から飛び降りた。

「学生の代表者は集合してっ!」

 すずは美山紫音の前に飛び降りると、手をあげて学生たちを集め新しい指示を告げた。

 戦車の全周囲包囲警戒を解いて、前方10メートルに前進して待機するように命じたのだ。

「万一、ゲートが突破されそうだと判断したら、全員で救援にきてちょうだい」

「そ、そんな・・・」

「あくまでも、万、万が一の話よ」

 すずは微笑みながら学生たちの顔を見た。代表者として集まっているだけあって、みな精悍な顔でうなずいてくれた。

 だが、そんな中で一人だけ不安を隠せない女学生がいた。生徒会長の美山紫音だった。

「大丈夫でしょうか?」

 そう言った生徒会長の瞳に力は無かった。チラチラと2年生抜刀隊に視線を向ける様子が、彼女の怯えを物語っていた。

 そんな生徒会長を勇気づけようと、すずは彼女の肩をつかんだ。

「ゾンビの数は少ないわ。たぶん楽勝よ」

 すずはそう言って生徒会長の肩を数度ポンポンと叩くと、その場から駆けだした。

・・・後はシモーヌに任せるだけね・・・

 すずの視線が臨時ゲートに向けられたその瞬間だった。

 背後からすさまじい爆音が鳴り響いた。

 慌てて振り返ると、戦車の周囲に砲撃振動で砂埃が舞い上がっていた。

 戦車の10メートル前方に移動した学生の一部が悲鳴をあげて座り込んでいる。

 戦車砲先端から立ち上る煙を切り裂くように、ブローニングM2重機関銃の射撃が始まった。

 戦車砲の威力は凄まじく、一発でゾンビ数十体が吹き飛んだ。また50口径重機関銃の火線は密集したゾンビの壁を簡単になぎ倒していく。

・・・マジ、超楽勝かも?・・・

 火線の下を戻る視線の先で、ゾンビの集団が次々と吹き飛んでいった。

 だが、その爆発音が、ゾンビたちの本能に火をつけた。

 それまでジワジワゆっくりと染み出すように集まっていたゾンビが、突如として唸り声を上げながら集団を形成して現れた。

 百、二百、五百と、吹き飛ばされても新たなゾンビが次々と廃ビルの陰から押し寄せてくる。

「隊長っ!」

 臨時ゲート前に戻ると、副隊長が駆け寄ってきた。

 ズラッと横一列に自動小銃を持って並んたメイド軍団の姿は、とても凜々しく美しかった。

 そして、その横に立つすずの部下たちはというと、これがかなりのへっぴり腰ですずを落胆させた。

・・・お前ら、なんだその姿勢は・・・

 直上の空気を切り裂いて飛ぶ重機関銃の閃光に、部下たちはかなり怯えている。

 無理も無いとは思うが、メイドとの対比が悲しくなった。

「ちょっと、ヤバいかもですね・・・」

 横に立った副隊長も少し腰が引けている。視線が上空と前方ゾンビ集団をウロウロしていた。

 副隊長の言うように、押し寄せるゾンビの数が想像を超えていた。どこにこんなにいたのだと突っ込みたくなるほど、戦車砲に吹き飛ばされ重機関銃で掃討されても、次から次に集まってくる。

 すずは中央に立ったシモーヌの後ろに移動した。

 この場所が、α1の中心だった。

 万が一にも、片手のシモーヌにゾンビが迫るようなことになれば、この防衛拠点は陥落したも同然だろう。

「ゾンビ、距離、30っ!」

 甲高い通る声が響いた。

 決戦だと、すずも日本刀に手をかけた。

 柄を握り初めて気づいた。手のひらが汗で濡れていた。

・・・セシリー突っ込んでいって、檄楽勝の戦いだったのに、何でこんなことになってんだっ!・・・

 そう心で呟いたすずの視線の先で、シモーヌが険しい表情で、3時方向を睨みながら何かを呟いた。

 何をつぶやいたかは誰にも聞き取れなかったが、シモーヌはすずたちの方に振り向くと、高く通る高音で叫ぶように言った。

「総員っ! 伏せっ!」

「はぁ?」

「なに?」

「えっ?」

 ゾンビの大集団が前方30メートルを切ったところまで迫っていた。

 先頭集団は、もはや接近しすぎていて戦車の重機関銃で掃討することが不可能だった。

 そんな状況で、シモーヌは「伏せ」と言ったのだ。

 すずも副隊長も言っている意味が理解できなかった。

 だが、メイド服の美少女たちは、ヒラヒラスカート姿のまま一斉に、その場に伏せたのである。

 すずの前で、シモーヌまでその場にしゃがみ込んだその刹那。

 視界の端に閃光が走った。

 戦車砲の着弾場所とは異なる防衛線右横方向の輝きだった。

・・・桜坂・・・・

「みんなっ、ふせ・・・」

 すずの声は、凄まじい爆音に掻き消された。

 すぐに瓦礫を巻きあげた爆風が押し寄せ、すずの身体は1メートルほど飛ばされた。

 5秒・・・10秒・・・

・・・やられるっ・・・おきろっ! わたしっ!・・・

 頭の中が揺れていた。キーンという機械音に似た音が耳鳴りとなって響いている。

 立たなければゾンビに喰われる。自分だけではない。部下も学生も、みんなゾンビに喰われてしまう。そう自分に言い聞かせ、すずはふらつきながらも立ち上がった。

 周囲は、爆風で舞い上がった砂塵で視界が1メートル先も見えない状況だった。

 生唾を呑み込むと、少しずつ聴力が回復してきた。

 後方からは学生の悲鳴が、左右からは部下たちの怒鳴り声に叫び声が切羽詰まった状況を伝えていた。

「抜刀隊っ!」

 精一杯の声を出した。

 視界不良の中、すぐに副隊長たちの声が返ってきた。

 返ってきたというより、勝手に叫んでいる。

・・・ゾンビはどこだ?・・・

 すずは迫り来るゾンビの姿を確認しようとしたが、そもそもどの方向にゾンビが迫っているのかさえ分からなくなっていた。

・・・もっと視界が開けないと何にもできないのか?・・・

 最悪の事態が脳裏をよぎったその時、乾いた発砲音がすぐ前から響き渡った。

 人影が浮かんでいた。

 分かりやすいシルエットだった。

 高身長に長い髪に片手を無くしたナイスボディの女が、自動小銃を撃ちかけていた。

・・・マジか・・・こいつ・・・

 すずがそのシルエットに近づくと、シモーヌが振り返った。

「ひるむなっ! 前方からゾンビがくるぞっ!」

 そのシモーヌの声に、左右一列に配置されたメイドたちが立ち上がった。

 シモーヌの命令に従いとっさに伏せたので、メイドたちの衝撃は軽いように思えた。

 しかし、シモーヌの判断は少し違ったようだ。

「抜刀兵っ! 状況を知らせなさいっ! モデラーズ兵の状態を確認して射撃方向を再確認させるのよっ!」

 周囲に声を張りながら、シモーヌは左手に持った自動小銃を連射した。

 迫りつつあったゾンビも爆風で地面になぎ倒されていた。その立ち上がってくる影に、シモーヌは的確に銃弾を撃ち込んでいった。

「ねえっ! 見えてるのっ?」

「ええっ! 私の戦術指揮ユニットは、旧日本国国防軍特殊作戦部隊用だから全ての状況に対応できるわ」

 駆け寄ったすずに、シモーヌがそう答えた。シモーヌの両目が薄赤く光っていた。ウワサのガンサイトアイというやつだ。

「す、すごいわね・・・」

 感心するすずに、シモーヌは撃ち終えた自動小銃を手渡した。

「牝狐、自動小銃の弾倉を代えてください」

「了解よ。ちょっと身体に触るわよ」

 シモーヌの腰に巻かれた弾帯から弾倉を抜き取り、すずは手早く弾倉を交換しようとしたが、正規軍将校用自動小銃と少し仕組みが違うようで、交換に多少手間取ってしまった。

 そんな状況でも、シモーヌはハンドガンで次々とゾンビを撃ち倒していく。

 ゾンビとの距離が狭まったことと、砂塵が収まってきて前方の状況が肉眼でも確認できるようになってきていた。

 すずたちと同じように、ゾンビの集団も地面に投げ出され倒れていた。

 その倒れたゾンビが少しずつ立ち上がり、再びこちらに向けて歩き出そうとしている。

「モデラーズ兵たちに攻撃させないの?」

「まだ、ダメです。爆風で吹き飛ばされて気が動転してるから、前後左右を間違えて発砲されても困るでしょう?」

「それはそうだけど、うちの部下の方がアタフタしてるわよ」

「そんなこと無いわ。この子たち、生まれて数年なのよ」

「そ、それは、そうなんでしょうけど・・・・」

 視界が開け、メイド服の少女たちが再び一列に並んだ姿が何とか確認できた。

 すずの部下たちがしきりにメイドたちに話しかけている。

「よし、弾倉交換したわよ」

「じゃあ、今度はハンドガンの弾倉よ」

「はいはい。お嬢様」

 自動小銃に続きハンドガンを渡され、すずは手早く弾倉を外すとシモーヌの腰に手を回した。

・・・ねぇな?・・・

 どう見ても、シモーヌの腰に拳銃用の弾倉は無かった。

 すずは両手でシモーヌの上体をまさぐった。

「あっ、どこ触ってるのよっ!」

「いや、拳銃用の弾倉が・・・ない・・・」

 柔らかな丘を探りつつ、ちょっと揉んでみる。

「で、何で、私の胸に触ってるのっ!」

「いや、一度、このデカパイに触ってみたかったから・・・」

「は、はぁぁぁっ!」

 その、素っ頓狂な叫びは、副隊長の声だ。

 視界が開けてきて、シモーヌに抱きついたすずの姿を部下たちがキョトンとした表情で見ていた。

「デカパイって何?・・・」

「い、いや、でかい、オッパイのことよ」

「それは、性的なハラスメントか何かか?」

「そんなわけないでしょう? 私は女だしぃ・・・ところで、弾倉はどこよ?」

「拳銃の弾倉はストッキングストッパーのところにある」

「な、何よ? 太ももってこと?」

「そうだ」

「あなた何かエロくない? ていうかアッ君の趣味ぃ?」

 シモーヌの太ももに手を差し込み、弾倉を抜き取る。

 女の股なのに少しドキドキしてしまったが、突然首が後ろから圧迫された。

「ぐえっ!」

 若い大人の女子として、ちょっとお下品な声が出てしまった。

「中隊長っ! エロネタはいいですからっ!」

 首根っこをつかまれ、副隊長に引っぺがされた。

 副隊長にマジで叱られた。こんな緊張した場面だからこそ、皆の緊張をほぐそうという指揮官心も分からないなんて、空気が読めない女だ・・・

 と、その時、獣が唸る声が前方から聞こえてきた。

 黒い影が壁となって迫っていた。

「ちょっと、数的にやばくないですか?」

 真後ろに立った副隊長が小声で言った。

「ああ、千や二千とか、そんな数字ははるかに超えてるな」

 視界が悪すぎるためか戦車の攻撃も沈黙していた。

 仮に戦車が攻撃を再開できたとしても、目の前に迫った大集団はすずたちとの距離が近すぎて援護射撃は不可能だった。

「射撃準備っ! 構えっ!」

 シモーヌの通る声が響いた。

 一列に並んだメイドたちが一斉に自動小銃を構える。

 背筋を伸ばし、ヒラヒラのスカート姿で凜々しく銃を構える姿は、見た目には圧巻であった。

 だが、鎮まりつつある砂塵の中からわき出すゾンビの密集度合いも、凄まじい数であった。

「あなたたちは、曲がりなりにもモデラーズ兵よっ。メイドだろうと戦闘兵だろうと、与えられた任務を遂行しなさいっ!」

 迫り来るゾンビの壁が15メートルに接近していた。

 シモーヌは構えていた自動小銃の銃口を下ろして、メイドたちに命じた。

「個別標的指示を出す。各自射撃用意っ! システム同調っ! ガンサイトオンラインっ!」

 両手を前に突き出したゾンビの群れが10メートルまで迫った。

 シモーヌの声が戦場に響き渡った。

「ファイエルッ!」

 その瞬間、100人のメイドたちが一斉に発砲を開始した。

 タタタタタタタ! 

 ダダダダダダダダダ!

 初めての射撃とは思えない綺麗な射撃姿勢で、メイドたちはフルオートで自動小銃をぶっ放した。

 硝煙が立ちのぼり射撃音と薬莢の排出音が間断なく続いた。

 ゾンビの頭部が吹き飛び、その場に崩れ落ちていく。

 数秒で100人のメイドが弾倉をカラにした。

 その銃撃だけで、千を超えるゾンビが撃破されていた。

「かっけーっ・・・・」

「な、何語っすか?」

「もしかしたら、楽勝ですか?」

「ああ・・・・」

 抜刀隊員たちは、みな開いた口が塞がらないといった感じで、メイドたちの一斉射撃を見つめていた。

 弾倉を2度取り替え、メイド一人が90発の銃弾を放ったところで、黒い人の壁として押し寄せていたゾンビの集団に切れ目が見えた。

 それは、わずか数分の出来事だった。

 崩れ落ちたゾンビの死体が何重にも重なって、死体の壁ができている。

「一瞬で試合終了したわ・・・・」

 すずも言葉を失ってシモーヌを見つめていた。

 メイドが凄いのではなかった。おそらく、このシモーヌという指揮兵と、ガンサイトシステムというハイテク技術が凄いのだ。

・・・システム同調って・・・こいつらイザとなったらモデラーズ兵自由自在に使いたい放題か?・・・

 アキトという少年の恐ろしさが、垣間見えたような気がした。

「牝狐っ!」

「なっ、なにっ?」

 突然振り向いたシモーヌが鋭い視線をすずに向けてきた。

「パンツァーから10時方向に迎撃部隊を送り込みなさいっ!」

「マジぃっ! 敵の数はっ!?」

「自爆ゾンビ付き生体ゾンビが廃ビルを越えて来たわっ!」

 なぜ彼女にそれが分かったのかは理解できなかった。しかし、それを疑うという気持ちも生まれなかった。

「副隊長っ! 2個小隊で迎撃っ!」

「了解ですっ! 前田、堤っ、お前らも続けっ!」

 直属の小隊に加え、手練れ抜刀兵も含めた30名弱が一斉に走り出した。

 副隊長もシモーヌの指示に何の疑問も持たず駆けだしていた。

「第二波っ! 構えっ!」

 シモーヌの声に、メイドたちが再び銃を構えた。

「あ、あんたどっち向いて言ってんのよっ・・・・」

 シモーヌは副隊長たちを目で追いながら命令している。

「10から85っ! ファイエルッ!」

 迫ってくるゾンビに、モデラーズ兵のほぼ8割が発砲した。

 数百体のゾンビが一瞬で崩れ落ちていく。

 そんな状況で、シモーヌは副隊長たちが向かった先に視線を向けたままだった。

・・・余裕っていうより、あっちがヤバいってことか?・・・

・・・2個小隊じゃ少なかった? しかし、現状で最強の小隊長たちを引き連れて行ったのよっ・・・

 生体ゾンビ1体だけなら副隊長一人だけでも対応できる。2個小隊丸々オマケみたいなものだが、ヘマをやればこの場の全員が吹き飛ぶと考えると不安になってしまう。

 そんなウツな気分に水を差したのが、後方のジョンソン少尉だった。

 砂塵が収まり視界の回復に合わせ、戦車の重機関銃が再び火を噴いたのである。

『ドドドドドドドドッ』

 鈍く重い重機関銃の銃弾が、すずたちの直上を切り裂いた。

 戦車から放たれる大口径機銃の弾丸が空気を振るわせ、閃光弾の光がゾンビの体を爆発させるように粉砕していく。

 メイドたちの一斉射撃でゾンビの第一波は壊滅状態である。密度の薄くなった後方のゾンビも、瞬く間に削られていった。

 押し寄せるゾンビの数に対し、火力が圧倒的に勝っていた。

 最初の第一波を確実に仕留めたところで、この攻防戦の雌雄は決したのかもしれない。

 ゲート前の抜刀隊員たちは、突っ立って見ているだけだった。

 最後の悪あがきでもするように、生体ゾンビ5体が一斉に飛び出してきて、すずたち抜刀兵を身構えさせたが、それも哀れなピエロのようにシモーヌの銃撃であまりにも呆気なく阻止されてしまった。

 三カ所から一斉に飛び出してきた生体ゾンビの胴体に、シモーヌは的確に銃弾を数発ずつ撃ち込んで動きを止めると、メイドモデラーズ兵たちに一斉射撃を命じてこれを殲滅してしまった。

 凄すぎた。

 一般的な最上位モデラーズAクラス1個小隊でも、複数の生体ゾンビが同時に襲ってきては苦戦するところだ。

 このシモーヌというモデラーズ指揮兵は、格が違っていた。

 そして、彼女は、あと数時間の命でしかないのだ。


 

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