第9話 突出

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  美山紫音のターン


登場人物 美山紫音 17歳 

 ワンガン兵学校抜刀戦術科3年生。

 ワンガン兵学校生徒会長。

 抜刀術の技能は西村麻衣に及ばないが、柔らかな雰囲気の統率力と的確な判断力には定評がある。



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 美山紫音の前を重戦車が轟音をたてて進撃していく。

 いったいどれだけの数のゾンビを殲滅したのか・・・・

 そこら中に密集したゾンビを強力な戦車砲が吹き飛ばし、突撃銃を連射しながら身長130センチ前後のビアンカたちが突撃していく。

 ビアンカたちの射撃は正確で、ゾンビの頭部が次々と吹き飛んでいった。

 小柄なビアンカの後ろには、身長170センチ前後の高身長モデラーズ兵が口径の大きな機関銃を物凄い勢いで撃ち続け、瞬く間にゾンビの大群は一掃されてしまった。

 だが、目の前の大群を殲滅しても、すぐに違う大通りからゾンビの大群が押し寄せてきて凄まじい銃砲撃戦が再開される。

 銃弾の嵐を飛び越えようとでもするように、生体ゾンビが何十体も崩れかけたビルや瓦礫から飛び移るようにして襲ってきた。

 しかし、その宙を舞った生体ゾンビたちの襲撃は、ことごとく突撃銃と重機関銃の十字砲火に見舞われ、いくつもの肉片へと分解されてしまった。

 圧倒的な火力だった。

 紫音たちが初めて遭遇したゾンビ集団の何十倍という数のゾンビが、瞬く間に肉片となって飛び散っていく。

 華族重装殲滅騎士団が泣き叫びながら逃げ出したゾンビの何十倍という数を、たった一両の戦車と旧式クローン兵ビアンカ一個中隊が蹴散らして進撃しているのだ。

「三時方向クラッシャー!」

 重戦車の両翼に展開して進むモデラーズ兵が大声で叫ぶ。

 このクラッシャーというのが自爆ゾンビの呼び名らしく、生体ゾンビ程度にはあまり反応しないビアンカたちが一斉に視線を走らせると、重戦車進行方向右に現れた新手のゾンビに一斉射撃を開始した。

 彼女たちの射撃は精密で、ゾンビの頭部だけが次々と吹き飛ばされていく。

・・・・・これは、何なの?

・・・・・こんな戦場があるの・・・・・

 ワンガン兵学校抜刀戦術科3年生の先頭に立ち、抜刀したまま重戦車の後ろを駆け足で進みながら、紫音は信じられない光景に目を奪われていた。

 紫音も同級生たちも、ただ走っているだけで手に持った日本刀を振るうことはなかった。

 銃撃音と戦車砲の轟音が、戦場の光景を全く別の世界に変えて見せてくれている。まるで、スローモーションの映像でも見ているかのように、ゾンビたちが次々と倒されていく。

 カラフルなリボンを髪に飾った少女たちは、軽快な手つきで突撃銃を撃ちまくりながら何の躊躇も無くゾンビの大群に突っ込んでいく。

 それほど戦場での経験がない紫音にも理解できるほどの、あまりにも別次元での戦いだった。

 同じような部隊を作ってしまえば、ゾンビもバンパイアも世界から簡単に消し去れると思えるほど、このビアンカ中隊の攻撃力は凄まじかった。  

 戦車後方を進むワンガン兵学校抜刀戦術科3年生部隊は、ただ必死に走った。ゾンビの残骸や瓦礫に足を取られないように、走るという行為に集中しなければならなかった。

 ちぎれた足や手を踏み、散乱した内蔵が散らばった戦場を早足で駆けなければならなかった。

 紫音も他の誰も何も言わず駆けていた。

 紫音ひきいるワンガン兵学校抜刀戦術科3年生部隊の誰も、この救出作戦の詳細を知らない。ただ、戦車を押し立てて同級生の救助作戦を行うと、紫音に告げられたのだ。

 昨日の恐ろしい戦いから運良く生き延びた同級生に、再度の出撃を命じることは、紫音にも辛かった。しかし、誰一人、紫音の説明した簡単すぎる救助作戦に異論を唱える生徒はいなかった。

 予備戦力としての部隊交代を済ませ、紫音たち三年生は二年生が見守る中で、前線に向けて出撃したのだ。

 昨日の激戦の後だった。疲れ切ってホコリや泥に汚れたまま、気力を振り絞って、皆、戦車の後に付いて駆けだした。下級生の見本とならなければならなかった。

 爆音と粉塵を巻きあげる戦車の後を、4列縦隊で駆けた。戦車砲の砲撃振動で地面が揺れ、砂塵が舞い上がっても必死に駆けた。

 凄まじい銃撃音に顔をあげると、進撃する戦車の先には地面を埋め尽くすゾンビが迫っていた。

 そして、この戦いは幕を上げたのだった。



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    西村麻衣のターン


登場人物  西村麻衣 17歳 

    ワンガン兵学校抜刀戦術科3年生。



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 北条みゆから借りた小さな懐中電灯が役に立った。

 地下三階に逃げ込む時は必死で何が何だか分からないまま、下まで駆け下りたのだが、地上を目指し始めると地下通路の複雑な構造と半壊した瓦礫で、どちらに進んでいいのかさえ判断することが難しかった。

 白骨化した人骨にミイラ化した遺体が各所に転がっていた。大半は70年前の犠牲者なのだろう。動き出さないことを願いつつ、麻衣たちはゆっくりと進んだ。

 大地震のような爆発振動で舞い上がったホコリが舞っていた。崩れかけた階段をあがり終えると広いホールに出た。

・・・・ここか・・・

 外から差し込む明かりがまぶしかった。ホールに入る通路で立ち止まり、麻衣は慎重にホール全体を見渡した。

 ゾンビに追い詰められ、逃げ込んだビルの一階ホールだった。そこら中に死体が散乱していた。

 動く物はなかった。入ったときにも感じたことだが、まるでゾンビの巣に踏み込んだような、そんな場所だった。

 外からは、立て続けに爆音が聞こえてきていた。銃声が近づいてくるのが分かった。

 麻衣たちは、死体の積み重なったホールを抜けなければならなかった。

 古い死体だけではなかった。腐敗が始まったばかりの死体も、たくさん横たわっていた。

 兵学校の制服で作った担架に乗せたユリを含め、5人はビルの大きな正門までたどりついた。

 正門は内部から鋼鉄製の鉄板で溶接されていた。70年前には、ここに立て籠もって多くの人が戦ったのだろう。

 正門脇に作られた鋼鉄製のドアが半開きになり、外からの騒音をビル内部に響き渡らせていた。

「す、すごい銃撃音。大部隊による反攻作戦でしょうか?」

 麻衣の後ろで北条みゆが、声を潜めるように言った。

「そうなら、いいけど・・・」

 片手で後ろの3人に待機するように指示し、麻衣は日本刀を握りしめたまま、半開きのドアに顔を寄せていった。

 このビルに侵入したときに、確かに閉めたはずのドアが開いていたことが、少しだけ引っかかっていたが外の様子を見なければ、どうしようもなかった。

・・・・マジ、ヤバすぎだ・・・

 ドアから顔をのぞかせた麻衣の視界に飛び込んできたのは、ゾンビの大群だった。

 麻衣は、慌てて顔を引っ込めた。

 一瞬見ただけだが、ドアの先5メートルほどの大通りは、ゾンビの大群に埋め尽くされていた。

 道路の全てをゾンビが埋め尽くし、一方に進んでいた。

 密度で言えば、麻衣たちが遭遇したゾンビの集団よりも、はるかに密集していた。

 銃撃音に爆音が鳴り響いていた。そんな音に、ゾンビは引き寄せられているのは確かだった。

 無理だと思った。

 数が多すぎる。

 正規国防軍が出動したとしても、簡単に突破できるような数ではなかった。

「・・・・・・」

 後ろの3人に引き返そうと提案しようと振り返った刹那、外から爆音が鳴り響いた。

「きゃっ!」

 みゆの小さな悲鳴と同時にビルが揺れた。

 爆風とゾンビの身体の一部がドアから飛び込んできた。

・・・・爆弾なのか?・・・

 学生の麻衣に、前線での大規模戦闘の経験など無かった。

 そもそも銃さえ使わない戦闘が、前線では主流なのだ。

 爆発の余韻がおさまると、発砲音がけたたましく鳴り響いた。

 ドアから飛び込んできたゾンビの手の一部に視線を走らせた麻衣は、再びドアから顔をのぞかせ外を確認した。

・・・な、何があったんだ?・・・

 視界に飛び込んできた光景に、麻衣の瞳が大きく開かれた。

 あれほど密集していたゾンビの大群が、粉々に吹き飛ばされていた。大半のゾンビは身体がバラバラになっており、そこら中に肉体の各部位が散らばっていた。

 恐ろしくも無残な光景だった。ゾンビと言っても元は人間なのだ。人間の粉々になった肉片を見るのは辛かった。

 一瞬で変わってしまった外の光景に、麻衣の判断が揺れた。地下に戻るべきだと判断した思考は一転したが、その判断を揺るがす集団が視界の右側から大挙して現れた。

・・・なんだ、この、もの凄い数のゾンビは?・・・

 道路を埋め尽くしたゾンビの塊が、再び銃撃音に呼び寄せられるように右から左へと進んでいく。

 途切れることなく進むゾンビの集団が、再び道路の端から端まで埋め尽くそうとしたその時、かわいた銃撃音が鳴り響いた。

 ゾンビの先頭集団が次々と倒れていく。

 機関銃と思われる銃撃音が近づいていた。

 射撃音に比例して多くのゾンビが頭部を吹き飛ばされ、崩れ落ちていく。

「す、すごい・・・・」

 麻衣は思わず声をもらしていた。ゾンビとの戦いで、それも隠れている状態で声を出すなどもっての外だったが、その凄まじい光景に思わず言葉が出てしまった。

 その麻衣の声に触発されたのか、後ろのみゆが小声で問い掛けてきた。

「凄い銃撃音です。味方が来たのですか?」

「いや、外はゾンビだらけで、生体ゾンビも数え切れないほど・・・こんな数の生体ゾンビ・・・何なの・・・これ・・・」

 動きの鈍いゾンビの間を、生体ゾンビが駆け抜けていく。

「なに・・・? こんなに、簡単に・・・・」

 あの俊敏で凶暴な生体ゾンビさえ、銃弾の雨に完全に行く手を阻まれていた。

 もの凄いスピードで駆ける生体ゾンビに、銃撃が集中する。

 ゾンビと同じように、頭部を吹き飛ばされた生体ゾンビが次々と倒れていく。

 麻衣がのぞいていたわずか1分たらずのあいだに、30体近い生体ゾンビが撃破されていた。前日、麻衣たち抜刀科3年生部隊は、たった数体ほどの生体ゾンビが現れたことで、分断敗走しなければならなかった。

 それを思うと、目の前で繰り広げられている光景が、何か映画でも観ているかのように現実味のないものに思えた。

 後ろの北条みゆが、麻衣の服の裾を引っ張った。外の状況を知りたいのだろう。

「外はゾンビだらけだけど、凄い銃撃でゾンビがどんどん削られていってる」

 麻衣は見たままを告げた。

「じゃあ、本当に救助部隊が来たんですか?」

「さあ、どうかな? 実のところ半信半疑なんだ・・・」

「半信半疑・・・?」

「救援部隊というのは・・・そういうのは基本的にありえない話だと思ってた・・・・」

「そ、そうですね。私も、そう教えられました。でも、もしかしたら、城塞内部の治安維持軍や憲兵軍が出動してきたのかも?」

・・・そ、そういうこともアリか・・・

 確かに、万が一にも城壁を突破されてしまえば、首都圏数千万の人間が滅んでしまう。そうならないために、憲兵軍と治安維持軍が大挙して出動してきたというのであれば、眼前の物凄い銃撃というのも納得がいった。

 渋谷迎撃戦で勇名を轟かせたガナフ戦車中隊にしても、元は治安維持軍戦車中隊である。

 少し前から迫ってくる轟音は、それこそ戦車のエンジン音にも思える。ゾンビの大群を吹き飛ばした爆発は戦車の主砲なのかもしれない。

 華族の重装殲滅騎士団が、ただのお飾りで戦闘能力が全くないことは昨日思い知らされた。しかし、城塞内部の守りに特化し、最新の重火器で武装された治安維持軍や憲兵軍が城塞外部に出撃したのであれば、その強力な火力でゾンビの大群を蹴散らせるだろうと思えた。

 しかし、それほど追い詰められた状況ということであれば、学生数人の救助というのは余計にあり得ない話だ。

 不安と期待がごっちゃになっていた。

 昨日、地下に逃げ込んだ時点で、麻衣の心は決まっていた。

 あの状況で、生還できるとは考えられなかった。

 ならば、せめて、安らかな死を同級生に迎えさせたいと、勝手なことを考えていた。

 友達がゾンビになって徘徊する姿だけは見たくなかった。そんな恐ろしい姿を、他の同級生や後輩の目に晒すことだけは避けたかった。そのことばかり、一日中考えていたところに、あの「ゆき」と名乗った少女が北条みゆを連れてきた。

 救援部隊が来るなどと言われても信じられるはずはなかった。

 しかし、激しい銃撃音は間近に迫っていた。新たにわき出てくるゾンビを次々と火線が制圧していく。

 ゾンビが向かう方向から駆けてくる人影が見えた。

 救助部隊の登場に麻衣の視線は釘付けになった。

・・・・えっ!・・・・・なにっ?!・・・

 防弾服に身を包んだ治安維持軍兵士か憲兵軍兵士が現れると思っていたところに、身長130センチほどのブロンドと赤毛の少女が小型機関銃を乱射しながら現れたのである。

 どう見ても後ろのみゆより年下の女の子2人は、何の躊躇も無く走ってくる。頭を吹き飛ばしたゾンビが崩れ落ちる脇をすり抜けるように、一直線に突き進んでくる。

「マジか・・・」

 思わず声がもれた。

 戦場には不似合いすぎるヒラヒラのスカートとリボンをなびかせ、女の子2人は駆けてきた。

 短いスカートからのびる真っ白な細い脚は、幼さと美しさの中間にあって妙に生々しい。

 頑強な体格の特殊部隊武装兵の登場を予想していた麻衣の思考はフリーズした。

 いたいけな幼年学校4・5年生女子のような童顔の少女の放つ銃弾が、あの恐ろしく俊敏な生体ゾンビの頭部をとらえた。

 2人の少女に襲いかかろうとした生体ゾンビは5体、密集したゾンビの間から飛び出してきたその恐ろしい襲撃者を、2人はほぼ一瞬の銃撃で撃ち払ってしまった。

 飛びかかってくる生体ゾンビの頭部をコンマ数秒の早業で正確に打ち抜くと、2人は何事も無かったかのように、前方のゾンビを攻撃し掃討していく。

 そのあり得ない場面に、麻衣の心の声がだだ漏れになってしまった。

「なっ・・・なん、なんだ?・・・意味わかんないし・・・・」

「ど、どうしたんですか?」

「女の子・・・・ブロンドと赤毛の小さな女の子が・・・・・」

「は、はぁ?・・・・」

 少し間の抜けたみゆの返事が返ってきた。

 そう、みゆと少し話したわずかの間に、ブロンドと赤毛の少女は麻衣たちの潜む正門前の大通りに到着した。

 少女2人の射撃は恐ろしいほど正確で、ゾンビと生体ゾンビを次々と倒していったが、倒しても倒しても次から次へとゾンビは迫ってくる。

「オメガブラボー確保っ!」

 ビル正面大通り中央に到着し、赤毛の少女が小型自動小銃を連射しながら怒鳴った。

「繰り返す、オメガブラボーを確保したっ!」

 そう大声で繰り返す赤毛少女の脇で、仁王立ちになったブロンド少女が、そのキュートな唇から下品な言葉を吐きながら小型軽機関銃を派手に撃ちまくる。

「おらっ! クソゾンビ共ぉ、近づくんじゃねぇぇぇぇっ!」

 ギュッと強く抱きしめたら折れてしまいそうな、華奢な美少女は発砲音に負けずと吠える。 

「あたいが、可愛いからって、寄ってくんじゃねぇよぉっ! ぼけぇぇぇっ!」

 機関銃の射撃速度は恐ろしく速い。美少女が吠えた数秒で、彼女たちに迫っていたゾンビの先頭集団が一気に粉砕された。

 圧倒的だった。

 ブロンドと赤毛の少女は、たった二人で大波のようなゾンビの集団を押し戻しているように見えた。

 日本刀でゾンビに対峙してきた麻衣にとって、それは信じられない光景だった。

 何十体ものゾンビを瞬時に打ち倒すと、当然弾倉は空になる。小さな手が素早く弾倉を装着し、再び銃口が火を噴いた。

「うらぁぁぁぁぁっ! おっ!」

 弾倉交換し銃撃を再開してすぐ、ブロンド少女が小首をかしげた。

「で、でっ! ジャムったぁぁぁっ!」

「は、はぁ! 遊ぶなぁぁぁっ!」

 ブロンド少女が撃ちまくっていた小型軽機関銃が故障したようだ。

 たった二人でゾンビを蹴散らしていたところで、一人が戦闘不能になったのだ。

 弾幕が半分になったとたん、押されていたゾンビたちがすぐさま反攻に転じた。

 この場合、動きの鈍いゾンビはあまり問題ではない。一番の問題は、麻衣たち兵学校女子抜刀隊を恐怖に落とし入れた生体ゾンビの存在だった。

 麻衣の脳裏に生体ゾンビの記憶が呼び起こされるのとほぼ同時に、数体の生体ゾンビが女の子二人に飛びかかった。

 麻衣は無意識のうちに外へ飛び出していた。

・・・・出遅れたっ!・・・

 救援部隊自体をあまり信用していなかったため、完全に出遅れてしまった。

 麻衣がドアから飛び出した時には、既に4体の生体ゾンビが恐ろしいほどの跳躍力で、二人の少女に飛びかかろうと宙を舞っていた。その後ろにも数体の生体ゾンビが、物凄い勢いで突進していく。

 赤毛の少女がすぐさま銃口を上げて生体ゾンビを掃射した。

 一体、二体、ブロンド少女に襲いかかろうとした生体ゾンビの頭部が吹き飛ばされた。

 しかし、赤毛の少女に襲いかかった生体ゾンビが彼女に迫っていた。

 麻衣からの距離は離れすぎていた。

 二人との距離は5メートル以上はあった。日本刀を投げてもどうにもならない。

 おのれのノロマさに絶望し、麻衣の瞳が恐れと驚きで大きく開かれた刹那、赤毛の少女が視線を向けてきた。

 麻衣の姿を確認した赤毛の少女は、その瞬間、少し小首を傾げていた。彼女の数十センチ前には生体ゾンビの大きな手が四本迫っていた。

 同級生の首を食いちぎった怪物が、身長130センチほどの少女に飛びかかる。

 もう駄目だと思った刹那、赤毛少女の頭上を閃光が切り裂いていった。後方からの支援攻撃だ。

 乾いた銃声と共に、生体ゾンビ二体が吹き飛んだ。

 間一髪にも見えたが、赤毛の少女はそんな状況は当然だといった冷静な顔で、腰からハンドガンを抜くと、前方に迫った生体ゾンビに銃弾を浴びせかけた。

 生体ゾンビ1体を仕留めるには、Aクラスモデラーズ狙撃兵一個分隊が必要だと、前線士官に教えられたことがあった。

 その言葉は、おそらく正しいと前日の戦いで思い知った。

 しかし、そんな圧倒的な怪物3体を、赤毛少女は小型ハンドガンで瞬殺してしまった。

 麻衣が駆けつける間もなく、前から突っ込んできた生体ゾンビ3体の顔面に、少女の放った銃弾が3発ずつ撃ち込まれた。

 この時、麻衣が変に感心したのは、赤毛少女の射撃精度ではなく、少女の手の小ささだった。

 白くて可愛い手に握られたハンドガンが、妙に大きく思えた。

 そんな少女2人の前に麻衣がなんとか駆け寄ると、大通りからモデラーズ兵を引き連れた小柄な少女たちが、自動小銃を連射しながら合流してきた。

「なにやってんのぉ? よそ見してちゃ危ないでしょう!?」

 最初の2人と同じサイズの茶髪美少女が、少し面倒臭そうな顔で赤毛の少女に言った。

「わ、わりーっ。何か変な女と目があっちゃったから、つい」

 麻衣の方に顔を振りながら話す赤毛の少女は、落ち着いた表情で手早くハンドガンと自動小銃の弾倉を交換した。 

「姉様っ! お怪我は?」

 見慣れた軍服とは違うラフなワンピース?に、変に艶めかしく白い生足にブーツ姿のモデラーズ兵十名が、物凄い勢いで突っ込んできた。ブロンド少女と赤毛少女を取り囲み、一斉に前方のゾンビに自動小銃を連射し始めた。

 二人でも超強力な火力を見せたところに十数名の増援が到着し、戦いは一方的な殲滅戦に移行した。

 道路上のゾンビは瞬く間に打ち滅ぼされた。

 麻衣は、彼女たちの脇で呆然とその光景を眺めていただけだった。

 十体ほどの生体ゾンビが、ゾンビ集団の中から飛び出してきて反撃を試みたが、あまりにも簡単に頭部を的確に打ち抜かれ崩れ落ちていった。

 前線方向から、さらにモデラーズ兵がブロンドの髪を振り乱し駆けつけてきたところで、小柄な赤毛の美少女が小さな手に握ったハンドガンを頭上に掲げ高らかに告げた。

「直衛第一小隊、散開っ!」

 その言葉に、最初に到着したモデラーズ兵美少女たちは、一斉に道路前方に駆けだした。

 この赤毛の女の子が、この部隊の指揮官ということなのか?

 ただ、ただ、驚くことしかできない麻衣が立ち尽くしていると、赤毛美少女の足元で故障した軽機関銃と格闘していたブロンド少女が、元気な声で立ち上がった。「ふっ、かーつっ! あれ? 終わったのか?」

 銃の修理に熱中していたブロンド美少女が周りを見渡すと、集まっていたお子様サイズ美少女たちが、少しあきれたといった表情で肩をすくめて見せた。

 仲間たちの態度に少し頬を膨らませたブロンド少女と、麻衣の視線が交差した。

 麻衣のすぐ目の前にブロンド少女はいた。麻衣がとっさに何かを話さなければと焦っていると、少女は脇に立った赤毛の美少女に話しかけた。

「な、なぁ? 3時方向に変なのが突っ立ってるけど、殺しとく?」

 麻衣をチラ見しながら、ブロンド少女は真面目な顔で言った。

 その恐ろしい最後の問い掛けに、麻衣は身体を固くした。一般的な知識として、モデラーズ兵は冗談を言わないというウワサだった。モデラーズ兵とは身長が違い過ぎるが、階級章が無いところを見ると、モデラーズ兵に近いと思わずにいられない。この少女たちが、あと5年もすればモデラーズ兵になるのだと教えられれば信じるだろう。

 赤毛の少女が、麻衣に視線を向けてぶっきらぼうに呟いた。

「ばか」

「あ、やっぱり・・・えへへっ」

 ブロンドの少女は少し照れるように可愛く笑った。どう見ても、幼年学校10歳児に見える。

 だが、隣の赤毛少女は、冷静な眼差しで麻衣を見詰めていた。幼年学校の真面目な学級委員長タイプのキュートな唇が動く。

「オメガブラボーでヒヨコ?を一匹発見。ゼータ68と思われる」

・・・三次元リアルモニターで通話しているのか?・・・

 携帯通信端末も使わず、赤毛の少女が話し始めた。だが、三次元リアルモニターを使っている視線では無かった。視線が宙に浮かず麻衣の瞳をしっかり捕らえている。

「お前、名前は?」

 銃口を向け、少し不機嫌そうに尋ねられた。

「ま、まい。西村麻衣」

 百体以上?のゾンビを倒した銃口が向けられ、麻衣は慌てて名乗った。

「ゼータ68救難ビーコン発信指揮兵を確保。了解、オメガブラボーはすぐに制圧させる」

 再び話始めた赤毛の少女は、もはや麻衣を見ていなかった。

 会話を終えて顔をあげた少女が周囲を見回すと、新たに駆けつけてきたモデラーズ兵たちが命令を待ちわびるように、一斉に視線を彼女へと向けた。

「速攻でオメガブラボーのゾンビを完全駆逐するっ! 第二小隊は転がったゾンビをガンスキャンっ! 第三小隊は第一の応援に向かえっ!」

 少しかん高い冷静な怒鳴り声に、高身長モデラーズ兵が一斉に行動を開始した。

 一隊が先行した部隊の後を追って駆け出すと、残ったモデラーズ兵は麻衣たちの周囲に累々と積み重なったゾンビの残骸に視線を落として何かを調べ始めた。

 ほとんどのゾンビが、頭部を撃ち抜かれて完全に動かなくなっていたのだが、倒したゾンビの数がハンパないこともあり、何体かのゾンビは動いていた。それも、頭部の端を吹き飛ばされていても動いていたことに麻衣は驚いたのだが、そのゾンビに銃弾を再度撃ち込むモデラーズ兵たちの行動にも、驚きを禁じ得なかった。

 発砲と共に脳みそが飛び散る。正に地獄の戦場だった。

「ゾンビ優先だっ!」

 そう怒鳴ったのは、赤毛の少女だった。彼女たちおチビさんは視線をあげて周囲を警戒していた。脇道からあらわれたゾンビと生体ゾンビの小集団に銃弾を浴びせつつ、さらに彼女は声を高くして叫ぶように告げた。

「最優先でゾンビを駆逐しろっ! もうすぐリナが到着するぞっ!」

 そう声を張り上げて周囲を見渡す赤毛の少女と、麻衣は再び視線を合わせることが出来た。

「き、君たちは、救助部隊なのか?」

 少し声が震えた。

「救助部隊? まあ、似たようなモノだが、本物の救助部隊はもうすぐ到着する。安心しろ」

 「安心しろ」と少し柔らかい口調で言った少女は、その手に持った自動小銃を無造作に麻衣の方に向けて、いきなりフルオートで発砲した。

 タタタタタタッ!

 乾いた銃撃音と発砲の閃光が麻衣の鼓膜と網膜に刻まれた。

「なっ!」

 あまりの突然の発砲に、麻衣はその場に立ち尽くしていた。

 銃弾が飛ぶ弾道が見えたような錯覚を感じた。コンマ数秒フリーズし、次の瞬間、麻衣は慌てて後ろを振り返った。身体をひねらせても痛みは感じなかった。自分が撃たれたのでは無いと確認したその視線の先には、三体の生体ゾンビが体中に銃弾を撃ち込まれ吹き飛ばされていた。

「ちょっと脇にどいてろ」

 そう後ろから言われ、ようやく麻衣は自分が邪魔な位置に立っていることに気づき、慌てて数歩移動した。身体が情けないほど固くなって素早く動けなかったが、少し横に動いただけで赤毛の少女の自動小銃は、立ち上がろうとする生体ゾンビの頭部を正確に吹き飛ばした。

「す、すごいっ・・・・」

 再び、目の前であまりにも簡単に三体の生体ゾンビが排除され、麻衣は驚きの声をもらしていた。

「なんなんだ・・・・」

 麻衣はゆっくりと振り返って赤毛の少女を見た。

 この小さな女の子は十分程度の間に、生体ゾンビだけでも二十体以上仕留めていたはずだ。そんなことがあり得るのか?

 麻衣が驚きの視線を向けると、少女と視線が重なった。

「ん?」

 麻衣の顔を見て少女は小首をかしげた。赤い髪が揺れ、「なに?」と可愛く問い掛けるような表情は、あまりに幼く見えた。

 しかし、可愛い表情とは対照的に、少女は手に持った小銃の弾倉を素早く交換して銃を構えると、まわりのモデラーズ兵たちに声を張り上げた。

「セシリー来るし、その後方からリナもガキをゾロゾロ連れて到着するぞぉ!」

「スキャン完了ですっ! クラッシャー一体を確認っ!」

「クラッシャー回収完了です」

 道路中に積み重なった死体に視線を落として何かを探していたモデラーズ兵たちが、各自の近くに立っている小さな女の子に大声で報告した。

「よしっ! 我が隊はオメガブラボーから100ヤード前進して侵攻作戦発動命令を待つっ! 前進っ!」

 赤毛の少女に命令され、それまで麻衣の周囲に散らばっていたモデラーズ兵と小柄な少女たちは一斉に前方へと移動していった。その場に残ったのは麻衣と赤毛の少女の二人だけだった。

 周囲から動くゾンビの姿が消えたものの、激しい銃撃音は収まるどころか、より激しさを増して近づいてきている。

 ブロックを隔てた廃ビル群から大きな爆発が立て続けにおこり、地面を大きく揺らした。

・・・・これが、本物の戦場なのか?・・・

・・・・爆発って、何が爆発してるんだ?・・・

 バンパイア戦争初期段階において、戦車や大砲を使った大規模な戦闘が行われたと学校の授業で教えられていた。しかし、音に敏感なゾンビが、爆発音に向かって突進してくる習性があるということと、自爆ゾンビの登場で、ゾンビとの戦闘形態は一変したと教えられていた。

 予備兵力ではあっても、最前線に近い場所で待機していた経験から、ゾンビとの戦いは熟知しているつもりだった。

 しかし、ここには麻衣の全く知らない戦争があった。

 響いてくる銃撃音が少なくなり、麻衣は少女に話しかけた。

「は、話してもいいかな?」

「ん? なんだ?」

 見た目はキュートだが、口調はクールだ。

「い、いや、さっきは、ありがとう」

「ん? 何が?」

「後ろから、せ、生体ゾンビが迫ってたのを助けてくれて、ありがとう」

「ああ、お前だって、あたいらを助けようとして飛び出してきたんだろ。その刀握りしめて」

「ま、間に合わなかったけど・・・ね」

「まあ、同じ事だ・・・・」 

 会話の途中で少女が視線を動かした。

 大通りの端からモデラーズ兵の集団が駆けてくる。

「本隊の到着だ。お前たちのお迎えも一緒に来てるはずだ。ちょっと待ってろ」

 片手を振って麻衣にその場で待機するように言うと、赤毛の少女は駆けてくる部隊に向かって走り出した。

 接近してきたモデラーズ兵の集団が左右に割れると、後ろから一際目立つブロンドの美少女が現れ、赤毛の少女と会話を交わした。

 赤毛の少女が麻衣を指さして何かを説明すると、少女たちは一団となって麻衣のところに駆け寄ってきた。

 麻衣の目の前を、赤毛の少女が無表情のまま通り過ぎていった。

 赤毛の少女と話したブロンド美少女は、その場でモデラーズ兵たちに幾つか指示を出すと、麻衣に向かって微笑んだ。

 人形かアニメに出てくるような、完璧な美形ブロンド碧眼少女は、やはり赤毛の少女と同じくらいの身長だった。要するにおチビさんだ。幼年学校3.4年生サイズだが、銃身の短い機関銃を持った立ち姿は妙に様になっていた。

 左右に重機関銃を構えた高身長モデラーズ兵を従え、ブロンドの美少女は麻衣に機関銃の銃口を向けた。

「あらぁ、あなたが兵学校の生徒さんかしらぁ?」

 明るいと表現していいのか、人を小馬鹿にしているのか、少女はかなり明るい声で麻衣に話しかけてきた。

「そ、そうだ・・・・」

 銃口を突きつけられ、麻衣は困惑の声で答えた。

「他の人達も無事かしらぁ?」

 微笑んだまま、少女は少し間延びした口調で尋ねてきた。元々、こういう口調なのか?

「ああ、他に4名後ろの建物で待機している」

 同級生たちが待機している通用門に視線を向けて答える。

 すると少女は長く綺麗なブロンドを揺らして小首を傾げた。

「あらぁ、聞いてた人数より一人多いわねぇ?・・・・はてなぁ?」

 少しお馬鹿さんっぽく喋った少女は、麻衣に向けていた銃口を前に突きだしてきた。

 顔は微笑んでいたが、笑いながら今にも発砲しそうな雰囲気でもあった。

「すまないが、銃を向けないでもらえるかな?」

 銃口を掴んでやりたいところだったが、さすがにそれは無理だったので、真面目な口調で抗議すると少女はニコッと笑って言った。

「あらぁ、だってあなたはバンパイアさんかもしれないでしょう? いつでも殺して差し上げられるようにしてるのよぉ」

「わ、私がバンパイアに見えるのか?」

「うーんっ、見えないけどぉ。私の銃口から逃れようとする人達は、バンパイアかぁ、軍のお馬鹿な人達って、相場は決まってるからぁ。バンパイアかもぉ? とか思ってぇ」

・・・何なんだ? この女の子・・・

 ブロンド少女と話せば話すほど麻衣は混乱してしまう。

 こんな意味不明な会話を交わしている間にも、モデラーズ兵を引き連れたお子様サイズの女の子が続々と集まってきていた。

「あなたたちは、何なんだ? 救助隊なのか?」

 麻衣は率直な疑問を投げかけた。

 すると、ブロンドの美少女は、少し怒ったような表情で口を尖らせて喋った。

「そうよぉ。うちの隊長さんがねぇ、おたくの生徒会長さんにたぶらかされちゃってぇ、二つ返事で救助作戦を引き受けちゃったのよぉ」

・・・紫音が、この部隊を動かしたというのか?・・・

「本当に、いい迷惑よねぇ」

 それまで笑っていた少女の目元が、少し悪い女の目つきになっていた。

・・・愚痴ってる?・・・

 いまいち状況を理解できないでいるところで、道路後方に立っていたモデラーズ兵が大声で叫んだ。

「パンツァー来ますっ!」

 その叫び声に近い高音に共鳴するように、集結していたモデラーズ兵たちが、一斉に動き始めた。

「全小隊展開っ! ゾンビをパンツァーに近づけるなっ!」

「オメガブラボーの制圧確認しましたっ!」

 その、モデラーズ兵たちの声を掻き消す轟音が、大通りの角を曲がって突進してきた。

・・・せっ、戦車っ!・・・

 ゾンビも瓦礫も何もかも踏みつぶし、巨大な戦車が物凄いキャタピラーの轟音をたててやってきた。

 恐ろしい鋼鉄の塊だった。巨大な戦車のキャタピラの下には、ゾンビの残骸が無残につぶされている。ゾンビと言っても、元は人間なのだ。そのおぞましい光景を見ただけで、吐きそうになった。

 麻衣たちの手前10メートルほどで戦車が停車すると、ブロンドの少女が柔らかな口調で脇のモデラーズ兵に指示を出した。

「戦車さんにゾンビを近づけないでね」

「はっ!」

 指示を受けたモデラーズ兵は直立不動となって敬礼すると、その任務を実行するために駆けだしていく。

 ブロンド美少女は、脇に控えたモデラーズ兵に次々と指示を与えていく。

 かなりの大部隊だ。

 たかだか学生数人を救助するための部隊とは、到底思えなかった。まして戦車など・・・・

 麻衣の視線は、どうしても戦車に向けられてしまう。戦車の実物は、後方で遠目に目撃したことはあった。だが、この戦場でこんなにも間近で見る戦車は、物凄い迫力だったが、なぜか戦車に乗り込んでいるのは、鮮やかなピンク色の髪がキュートな女の子で、それも赤毛の少女やブロンドの少女より、もっと幼い雰囲気だった。

「弾薬補給を急げっ! 補給兵は前えっ! 手の空いてる者も弾薬運搬を手伝えっ!」

 分隊長、小隊長クラスと思われるモデラーズ兵が、声を張り上げて大きな戦車に駆け寄る。

 戦車に積載されたケースが開けられ、モデラーズ兵たちがブロンドの髪を振り乱しながら中の弾薬を運び出していく。

 所々で、かなり変な光景が見受けられる。

 廃墟と瓦礫とゾンビの死体の山の脇で、その光景は各所で見られた。

 長身のお姉さんが、130センチ前後の少女の世話をしている。弾薬を渡し水筒を手渡し、何だか甲斐甲斐しく面倒を見ている。まるで、母と子のような感じでもあった。

 そんな、何とも言えない戦場の風景に麻衣が見入っていると、ブロンド少女が声を掛けてきた。

「お友達を呼んできてくださるかしら?」

 少し真面目な口調で言われ、麻衣は慌てて答えた。

「あ、ああ、了解した」

 言われるがまま、麻衣は同級生たちを迎えに駆けだした。だが、何かを思い出したような気がして、麻衣は振り返った。

 ブロンド少女と視線が交差した。何?と小首を傾げた彼女に向かって、麻衣は言った。

「私の名前は西村麻衣。君の名前は?」

 口元に微笑みを浮かべ、少し目を細めて少女は言った。

「セシリアよ。学生さん」

 麻衣は、ようやく謎の救助部隊指揮官と思われる少女の名前を聞くことができた。

 最初に言葉を交わした時の、妙な口調は感じられなかった。

 部隊の所属を聞きたかったが、あまりに特殊な部隊と少女たちの雰囲気にのまれて聞くことができなかった。

 それでも、不可能だと思っていた救助部隊が来たのだ。

 麻衣は再び駆けだした。

 助かるのだ。

 絶望の中、せめて安らかな死を望んでいた。だが、幼い少女とモデラーズ兵と戦車が救援に来るなど、誰にも想像できなかったことだ。

 麻衣は同級生と北条みゆの待つ通用門に飛び込んだ。

 外の様子を見ていたのだろう、同級生の二人も北条みゆも驚きの表情で麻衣を迎えてくれた。

「私たち、助かったのですか?」

「ああ、たぶんね」

 救助部隊が特殊すぎて、麻衣はハッキリと言い切れなかった。

「救助隊でしょう?」

 みゆの横で響子が怪訝な表情を浮かべた。 

「いや、あれはちょっと何か変なんだけど、でも、たぶん、ゾンビでもバンパイアでもないかな」

 歯切れの悪い返事を返すしか無かった。

 少女たちは、治安維持軍とも憲兵軍とも騎士団とも違う軍隊に見える。

 金属バットと鉄パイプと日本刀が主力兵器の国防軍とも考えづらかった。

 ならば、少女たちは何者なのか? 

 本当に友軍なのか?

 唯一の希望は、ブロンドの美少女指揮官が、紫音の名前を出したことだった。

 紫音が、彼女の秘められた身分を使って、救助部隊を差し向けてくれたのかもしれないと麻衣は考えずにはいられなかった。

・・・世界救済者の直属部隊?・・・

 実際それくらいしか考えが及ばないほど、目の前で展開した圧倒的な戦闘は、兵学校の学生である麻衣の想像を超えた戦場だったのだ。

「どこの部隊かわからないけど、下で会ったゆきさんの仲間だと信じよう」

 そう麻衣が言うと、三人はコクリとうなずいてくれた。

 ユリを担架に乗せ、麻衣たち5人はセシリアの前に進み出た。

「ふーんっ・・・・」

 セシリアは麻衣たちを見渡すと、北条みゆに視線を止めた。

「この女の子は学生服が違うわねぇ・・・」

 怪訝そうな表情でセシリアが呟いたので、みゆは慌てて自分の所属を申告した。

「わ、私は北条みゆ。第一戦略級予備兵育成所訓練生です」

「ああ、とっても高級なマキエさんねっ。回収リストには情報がないけど?」

「ちょ、諜報部の立花ゆきさんに助けられました。本作戦士官殿に直接手渡すように言付かった物があります」

「あ、あらぁ!・・・ゆ、ゆきさんと会っちゃったのぅぉ?」

 セシリアの口調が変になっている。

「は、はい」

 みゆは困惑した表情を浮かべていたが、そんなことはお構いなしに、セシリアの表情が崩れていく。

「ま、マヂでぇ・・・・」

「う、ええっ・・・・」

「ゆきさん見ちゃったのぉ? あ、あなたたちもぅぉ?」

 セシリアの視線が、みゆから麻衣たちに向けられた。

「え、ええ」

「は、はい」

「お会いしました」

「そ、それは・・・・ま、まあ、仕方ないわよ・・・ねぇ・・・・」

 ブロンド美少女はそれまで続けていた変な表情を元に戻すと、小さく長いため息をついた。

 何か見てはいけないモノを見てしまったのだと、麻衣は同級生と顔を見合わせた。

 しかし、そこで北条みゆがストレートな質問を口にした。

「ゆ、ゆきさんとはお知り合いなのですか?」

 みゆの質問は、とてもナイスだった。だが、麻衣は思った。

 この子、空気読めない子かも?

「え、ええ。私の姉のような存在・・・なのかなぁぁ?」

 なぜ疑問系なのだと突っ込みたいところだが、さすがにみゆも突っ込みはいれなかった。

 そもそも、セシリアと立花ゆきでは人種が違うのだから。

「でもねぇ・・・そっかぁ・・・見たんだぁ・・・見ちゃったんだぁぁぁ・・・・ゆきさんうおをっ」

 一度「仕方ない」と言ったセシリアの大きな目が細くなり、ジッと見詰められた。その視線は「こいつら、どうしてくれよう?」と考えてるような悪い女の目つきだった。

「なっ、何か、問題があるのかな?」

「あなたは、ゆきさんと会って何も感じなかったのぉ?」

「・・・・・」

 セシリアに質問され、麻衣は返事に窮した。

 確かに、あの状況で、あの場所で、北条みゆを連れてきた立花ゆきという女性は、かなり異質な存在と思っていた。

 だが、それを口にしていいものか、判断はできなかった。

「まあ、いいわ。ゆきさんと出会った件は忘れてね」

「えっ! あ、ああ・・・」

 麻衣たちが顔を見合わせていると、セシリアは視線をみゆに向けた。

「あなた、ゆきさんから何を託されてきたのかしら?」

「こ、この日本刀を届けるように、言いつかっています」

 みゆは胸に抱きしめるように抱えていた少し短めの日本刀を、セシリアに示した。

「ああ、それね。知ってるわ・・・・役立たずの御守り刀ね・・・」

 セシリアは日本刀に視線を落とすと、少し不機嫌そうにつぶやき、すぐに視線を脇に立ったモデラーズ兵に指示を出した。

「シモーヌを呼んできてちょうだい」

 指示されたモデラーズ兵が戦車に向かって駆け出すと、セシリアは麻衣たちに視線を戻し、クールな美少女の面持ちで告げた。

「あなたたちを迎えに、同級生たちが全員で来ているわ」

 そう言ったセシリアが戦車の方向に振り返ったので、麻衣たちも彼女の視線の先を追った。

 高身長モデラーズ兵が髪を振り乱して駆け回っていた。その先に巨大な戦車がどっしりと停車していて、その後ろに見慣れた制服の集団が4列縦隊で並んでいた。

 麻衣は、最前列に立つ美山紫音の姿を発見した。

 紫音の顔を見ただけで、泣きそうになった。

 セシリアに指示されたモデラーズ兵が、紫音たちと一緒にいたモデラーズ兵に声を掛けた。

 何事か会話を交わし、モデラーズ兵が紫音に向かって何かを言った。

 紫音が顔をあげ、そして他のみんなも一斉に視線を麻衣たちに向けた。

 紫音と視線が交差した。

 心がジーンとなった。何とも表現しがたい感情がわき上がってきた。


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