第三話 〜屋敷探訪〜
「それで、僕に頼みたいことって?」
「あれよ」
どれ?
クレアは仁王立ちしたまま、勿体付けたように片手で自分の後ろの方──屋敷の内部を指差し、もう片方の手を耳に添えて聞こえないの? と言わんばかりのジェスチャーをしてみせた。
…………
指差された方に意識を集中してみるが、これと言って気づくことはない。
何のことか聞こうと口を開きかけた時、何か物を倒したか落としたかのような音が、小さく聞こえてきた。
つまりあれとはそれのことか。扉の閉まった部屋の中に何者かが居る。
で、それをどうしろと? 嫌な予感しかしない。
クレアはまるで天使の微笑みのような笑顔で、僕にとんでもないことを告げた。
事も無げに。いともあっさりと。
僕は彼女の指し示した音の発生源の一つ、物置の前でドアにへばりつき、再度中の様子をうかがっていた。
クレアお手製屋敷の見取り図、といってもとても拙く絵心ゼロでちょっと分かりにくいんだけど、それを見ながら大広間から近い順に開け放たれていたというドアを一通りチェックし終えた。
応接室は物音が一切しないのでクリア。
念のため中をくまなくチェックして地図にバツ印を付け、それから食堂、厨房、バスルーム、物置と耳を澄まして確認したところ、それぞれ中に誰かがいるらしいことがわかった。
ならず者かはたまた迷い込んだ旅人か。交換条件のために、僕はこれから単身正体の分からぬ闖入者の捕物をしなければならない。
闖入者が闖入者をって、笑えない。
クレアから預かった鍵で──しかし何度見ても鍵には見えないが、この「かーどきー」なるプレートをドアノブの上にかざすと、小さな赤いランプが緑色に変化しドアが解錠されたことを示す。
僕は覚悟を決めドアノブに手を掛けた。
「やっぱりこれは安請け合いだったかな……」
脆くもあっけなく揺らぐ覚悟。
どうやら僕は優柔不断らしい。
その上極度の受難体質ときている。
彼女のお願いがもっとこうかわいらしいお使いとかだったら良かったのに。
──屋敷の住人クレアが言うのはこうだ。
「アナタにお願いしたいことっていうのはとっても簡単よ。あいつらをコテンパンにして屋敷から放り出して欲しいの。えっとね、食事が終わって二階のワタシの部屋でくつろいでいたら、何だか一階が騒々しくて様子を見に来たのね。そしたら、二階に上がる時はちゃんと閉まっていた食堂とか物置とかバスルームとか応接室とかのドアがそこら中開いてて、中で騒いでるフトドキモノが居るみたいなのよ。下品に大笑いしたりわめいたり物を落としたり、もうやりたい放題! でもワタシもバカじゃないから、そのまま飛び出していってとっちめてやろうなんてケイソツなことはしなかったわ。タイミングを見計らってコッソリドアに鍵を掛けて全員部屋に閉じ込めてやったの。スゴいでしょ? それから何とか追い出せないかと思ったんだけど、話しかけてもぜんぜん返事がないのよ。ワタシの声は聞こえてるはずなのに無視とかひどくない? それでドアに耳を付けて様子をうかがったら、どうやらサクランジョウタイってやつっぽいのよね。どうせお父さんの研究に目がくらんだどろぼうだと思うけど、あ、うちのお父さん科学者なのよ♪ すごく頭がいいんだから。えっと、それでなんだったっけ? あー、多分どろぼうがお父さんの仕掛けた罠にまんまと引っかかっておかしくなったんだよ、きっと! お父さん今研究で忙しいのに騒いで邪魔するなんてゴンゴダンドウよね。どろぼうがおかしくなってるのが分かったのはいいんだけど、ワタシは見ての通りか弱い女の子じゃない? お父さんが作ったなんでも治せるクスリを飲ませればおかしくなってても大ケガしててもタチドコロに治せるんだけど、普通に戻ったどろぼうにどうやって出ていってもらったらいいのか困ってたの。お父さんの罠に引っかかったんだったらいつまでも放おっておくとクスリを飲ませても手遅れになっちゃうからなおさらよね。とりあえずクスリだけ取りに二階の研究室に行ったら、一階がまたうるさくなったからもしかしてドアをこじ開けられて出てきちゃったのかと思って、さっき慌てて降りてきたらエクス君が来てたって訳。おかげでクスリを一本しか持ってこれなかったわ。あ、忘れてた。エクス君もどこかおかしくなってるといけないからこれあげる。味はあんまりよくないけどね」
鼻息荒く身振り手振り付きのものすごい勢いでまくし立てられ、その前にどうやって泥棒に薬を飲ませるつもりだったのか突っ込もうか悩んでいると、若草色をした液体の入った小さな薬瓶を手渡された。
これを飲めってことか。しかもどうやら不味いらしい。
「とにかくどろぼうを追い出してくれればいいわ。何だったら殺しちゃっても──」
「いやいや……僕みたいに迷い込んだだけの旅人かもしれないよ? 知らずに罠に引っかかっておかしくなっちゃっただけとかさ」
「うーん……」
「わかったこうしよう。僕が確認をして泥棒だったら懲らしめて追い出す。迷い込んだ旅人だったら薬を与えて出ていってもらう。これでいい?」
「しょうがないわね、いいわよ。それじゃ何本かクスリを持ってくるからよろしくね」
「了解、お嬢様」
「それじゃこれを渡しておくわ。ドアを開ける時に必要になるから持ってて。それとこれが終わったらアナタの質問に答えてあげる」
なんだ、分かってるんじゃないか。いい性格してるよ。
こうして僕は金属で出来たプレート状の物を受け取り、泥棒退治に向かうのだった。
果たして物置に滑り込んだ僕は、目の前の光景に思わず呆けてしまった。
一人は物置の中央でドアの方に背を向けて、どうやら膝を抱えて座り込んでしまっている。
もう一人は奥にある大きな箱に頭を突っ込み、何やら夢中でガサゴソと漁っている最中だ。というか箱の縁にぶら下がって足がプランプランしてる。
ライトグレーの髪を後ろで束ねた姿と見覚えのある上着。
よく見ると箱から飛び出してる足元もどこかで見たことが……
「オレはダメだ……リーダー失格だ……」
「むふふふ……スゴイです、これは何をする機械なんですかね?」
「タオ? それにシェインも、どうしてここに!?」
退治しなくていいことが分かってホッとする気持ちと、はぐれた仲間と再び合流できた安心感から脱力してしまったが、どうも様子がおかしい。
「僕だよ、エクスだよ。ねえ分からないの?」
僕にまったく気づいていないという以前に、正気を失っている。まあシェインはいつも通りな気がするけど。
やっぱりみんなこの屋敷に辿り着いていたんだ。
それで屋敷の主が仕掛けておいた罠にかかってこんな有様になってしまったという訳か。
とりあえずブツブツと呟き続けるタオはおいといて、幾分かマシそうなシェインに声をかけてみる。
「ねえシェイン。レイナとファムは一緒じゃないの?」
「おお〜、これはきっと全自動芝刈り機ですね! どうやって動かすんでしょうかね?」
見るからにおかしいタオは無理もないとして、まさかシェインまで手のつけようがない状態とは思いもしなかった。
困った。これなら泥棒退治のほうが幾分か簡単だったかもしれない。
クレアと待ち合わせした大広間に連れて行くにしてもこれじゃちょっと無理がある。
早く薬を飲ませるためには、このままここに放置していく訳にもいかないだろうし、他の部屋を捜索している間に逃げ出しかねないし。
引きずって歩くのは流石にできそうもないな……
なんとか宥めて連れて行くために、僕は一計を案じた。というか策を練る、謀を企てたと言うべきか。
「やあタオ、さっき向こうの部屋に男のロマンがたくさんあったけど、一緒に見に行かない?」
「……オトコの浪漫……! オウ、行く! 絶対に行く! 連れてってくれ! 誰だかわからないけど恩に着る!」
言っていて自分でも馬鹿馬鹿しいと思ったのに、タオあっさり成功。
てかやっぱり僕のことも分かってなかったか。
突然立ち上がり僕の袖をしっかりと掴んで離さない。
さっきまでの死んだ魚のような目が嘘のようにキラキラしている。
この調子でシェインもいこう。
「ねえ、ここにあるのもすごいけどさ、あっちの部屋へ一緒に行ってくれたら、もっとすごい機械を見せてもらえるって聞いたよ。一緒にどう?」
「分かりきったこといちいち聞かないで下さい。さぁ行きますよ、モタモタしないで下さい」
箱から素早く飛び出してきたシェインは、……元からキラキラしてたので良くわからない。
本人たちの名誉のためにちょろいと感じたことは胸の奥に仕舞っておこう。
「それじゃ二人共、僕についてきて」
こうして一つ目の課題クリアと、仲間二人との合流に無事成功した。
あくまでも予想だけど、レイナとファムも何処かにいるはずだ。
次は、とりあえず一番近い食堂と厨房だ。
食堂と厨房が隣接する廊下にタオとシェインを誘導して来た。
この様子じゃ多分二人を当てには出来ないので、上手く言いくるめてここで待っていてもらおう。
倉庫から持ってきちゃった何かの機械を嬉しそうにいじくり回してるシェインは大丈夫そうだけど、さっきから僕の袖を離そうとしないタオを何とかしないとね。
「タオ、男のロマンを見に行く前にちょっとだけ用事があるから、それを済ます間シェインと一緒に待っててくれるかな?」
「シェイン?」
「あはは……このお姉ちゃんだよ」
「分かった。ここで待ってればいいんだな! スグだぞ? 約束だからな!」
「二人共大人しくしててね」
床に座り込んで機械を愛でるシェインと、壁に寄りかかっておとなしく待つことを約束してくれたタオを残し、僕はカードキーで扉を開け食堂の中に入った。
食堂の中には立派な長机があり、燭台が並んでいる。
両側に並ぶ椅子もこれまた豪華な作りで、見るからに重そうだ。
音を立てないように当たりを伺っていると、どうやら厨房の方から物音がする。
というか物音と一緒にすすり泣くような声が聞こえてきた。
ここからではよく聞こえないのでコッソリと近づき、いざ泥棒と対面、もとい残り二人のどっちかと再会を果たそうと厨房を覗き込んだ。
「お腹空いたよ〜……ふえ〜〜〜〜〜ん」
そこには調理台からコンロと思しき物、はては食材を入れておくものだろうか? よく分からない巨大な箱まで到る物が金属で出来ている見たこともないような調理場があり、その低い唸りを上げている箱の前で座り込みさめざめと泣き濡れるレイナがいた。見なかったことにしてあげたい。
というかここほんとに厨房なの?
調理台の上から鍋やヤカンがぶら下がり、食器棚もあるから間違いないと思うけど。
とりあえずレイナをここから連れ出そう。もちろん例の手を使って。
「レイナ、もうすぐみんなとご飯にするから、一緒に行こう?」
「……ホントに?」
何この生き物カワイイ……つぶらな瞳でまるで僕にすがるように見上げてくる。
こんなレイナの仕草今まで見たこともなかったので、場違いだけどつい顔がニヤけてしまった。
案の定本人の関心事で声をかけるとすぐさま反応するみたいだ。
「待たせてごめんね」
手を差し出すと鼻をすすりながらスカートのお尻を払い、照れ笑いのような泣き笑い顔で僕にしがみついてきた。
こうして三人目とも無事合流。残るはファム、多分バスルームにいるはずだ。
廊下で待たせていた──待っていてもらったタオとシェイン、それと恥ずかしそうに僕の背中にしがみついてるレイナを連れて、廊下を少し進んだところにあるバスルームへと着いた。
途中トイレに行きたいとぐずりはじめたレイナをシェインに任せたので、多少時間がかかってしまったとは言え、もしも泥棒退治だったことを考えると、かなりの短時間で問題解決していることになるはずだ。
三人に声を掛けて再び廊下で待ってもらうお願いをしてから、僕はバスルームの扉を開けた。
幾分か緊張しながら。
緊張の理由は二つ。
まずファムにどんな言葉が有効か見当がつかない点。
これは付き合いの長さとかじゃなく、普段からファムが自分のことをまったくと言っていい程口にしないためだ。
三人みたいに丸め込む自信がない。最早行き当たりばったりでやるしかないことを意味する。
そしてもう一つの理由は場所。そう、バスルームだ。
もしもファムが入浴していようものなら対処のしようがない。
またニヤけてるって? いくら何でも女性の入浴中に覗くなんて男のすることじゃないよ。
僕は断じてそんなことはしないぞ、うん。
今までの三人を見る限り、何て言うんだっけ。思考が幼くなるやつで……そう、催眠術みたいなもので幼児退行を起こしている可能性が高い。
だからファムは優雅に入浴中とかそんな事態になっていない、風呂場で水遊び程度であって欲しいと願い、足音を忍ばせると、いろんな意味で中の様子を伺いつつ僕は歩みを進めていく。
どうやら脱衣所に脱ぎ捨てられた衣服は見当たらない。
バスルームの中からは鼻歌と水の流れる音が聞こえる。
やっぱり幼児退行して服のままバスタブで水遊び!?
もう頭の中であんな姿やこんな姿が……ってそういうの見たことないので思い浮かばないけど。
僕はマナーとしてきつく目を瞑り、勢い良く扉を開け放った!
「あら、どうされたんですか?」
……悲鳴でもはしゃぐ声でもない、何故かとても穏やかな声が聞こえてくる。
「申し訳ありません、まだお掃除は終わっていないんです」
お掃除?
ゆっくりと目を開くと、そこには腕まくりをして風呂場の掃除に勤しむファムの姿があった。
僕があっけにとられていると、ファムはにこやかに微笑みながらとんでもないことを口にする。
「あと少しで終わるので待っててくださいね。そうしたらお背中でも流しますから」
「え? え〜!?」
何これ? 何が起こってるの? ファムって何者なの?
テキパキと準備を終えて僕の服を脱がせにかかるファムを慌てて静止する。
「ちょ、ストーップ!」
「もう、遠慮なんかしなくてよろしいのに……」
「……ファムごめん!」
ゴインッ!!
「うきゅ〜……」
僕は手近にあった湯浴み用の手桶で、しなだれかかってくるファムの後頭部に一撃を加えた。
やっぱりファムは良くわからない!
きれいに伸びてしまったファムを担ぎ上げ、僕はバスルームを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます