第五章 向き合うためのはじめの一歩

第37話 まさかの再会は……

 37...




 広島についてからも、コウの様子はいつもと違ったままだった。

 私の手を引いて乗った電車は当然、見慣れないもので。

 神奈川の海と似ているようで違う景色を眺めながら、向かった先は宮島。


「ちょっとだけ寄り道な」


 人差し指を立てて笑うと、コウはあたしを船にのせた。

 運搬船は夏休みだからか結構な人だかりで、荷物をたくさん持った私たちはちょっと場違い……なんてこともなくて。

 島に着いたら、入り組んだ道を進んで古びたおうちを横切って。

 坂道をのぼって、進んで――……やっと辿り着いた。


 コウが足を止めた場所から見える海はとても綺麗だった。

 青いの。水面に反射するきらきらもなにもかも、私の知っている海では見られないもの。


「歩かせてごめんな」


 私の手から荷物を引き取って、深呼吸をする。


「母さんが好きな場所らしいんだ。死ぬ前に目撃された場所で」


 少し汗ばんだ額を手で拭って、まぶしそうに海を見つめる。


「がきの頃、親父たちの田舎に帰ると必ず来た場所なんだ」

「そう、なんだ」


 声を掛けるのを躊躇うような……苦しみだろうか? 悲しさ?

 それとも……懐かしさ。


 コウは何かを受け止めようとしていた。

 だから寄り添うことしか出来なかった。


「……親に連れてこられずに、初めて来た」

「どう?」


 不用意な質問だったと思うのに、コウは軽く笑って言うの。


「なんてことねえな。綺麗でさ、景色が……懐かしくて」


 けど、そんだけだ。

 呟いて吐き出した気持ちは潮風に溶けていく。


「もういないんだ。なのに自分で勝手に引きずられて、千愛(ちあ)にも親父にも迷惑ばかりかけて……馬鹿みたいだ」


 もう一度、深呼吸。

 吐き出したら、あたしの手を握る。


「うまいもん食べて、したらまた戻って……墓参りしよう」

「うん……」


 だいじょうぶ、って聞けなかった。

 コウの笑顔は見慣れているはずで。

 実際いまのいままで、知っている顔ばっかりだったはずなのに。


 今のコウが浮かべている吹っ切れた笑顔は、あたしの知らない強さを持っていた。

 そしてそれはあたしの勘違いじゃなかったの。


 ◆


 コウオススメの穴子丼のお店に行って、まさかの二人と再会した。

 イケメンと野々花が、隣の席に座ってケンカをしていたのだ。


「なんで俺がお前のわがままに付き合わなきゃいけないんだ」

「許嫁って面倒よね。周囲が何もかもを押しつけて」


 あたしたちに気づかず言い合っている。

 結構、声おおきい。

 だから否応なく二人が知っているあの二人だってわかるし、気づかれなくて逆に不安になる。


「の、野々花?」

「……あら」


 あたしを見て目を見開くと、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「お、お前ら、なんで――」


 そしてイケメンが何かを言おうとした時、咳払いをしたのは……コウだった。


「彼女と旅行中。俺の千愛だから、今後二度と声をかけんなよ」

「な――」


 イケメンに一言いって、すっきりした顔でメニューを開く。

 怒ると言うよりも驚いて言葉もないイケメンに、ドSな笑みを向けるあたしの友達。


「あら、浮気?」

「ちが! 俺とお前は、勝手に親が――」

「そうね、勝手に決められただけの縁でしかない。私は別にあなたと付き合ってはいないのだし、ここへきたのも宿で暇だったから」


 流し目でコウを見る野々花に、コウがすーっと顔を背けた。


「俺を見るな。プールの話は忘れよう、お互い」

「あらそう」


 なんの話だろう。

 半目になるあたしに「後で言うから」と返すコウ。

 まあ、それならいいけど。


「なんで俺を連れ回すんだ」

「あなたに嫌がらせをするのが楽しいからに決まっているじゃない」

「辛辣すぎないか!?」


 二人がぎゃあぎゃあ言い合って盛り上がっている。

 店員さんにやんわりと注意されて、野々花がイケメンを煽る煽る。

 けれどコウは構わずに、あたしと二人で穴子丼を楽しむだけでした。


 あたし?

 あたしは……。


 漫画で見るような「俺の彼女に手ぇ出すな」に、思いのほか、単純に、やばいくらいきゅんときてました。


 今までのコウなら言ってくれてただろうか。

 ……少なくとも、今日が初めてなのは間違いないよ。


 何か言いたそうなイケメンを鋭い一言で黙らせる野々花と別れた。

 テイくんのはじめてとか。

 野々花とイケメンの関係とか。

 山ほど気になることはあるだろうけど、それはそれぞれの物語。


 あたしは……コウに寄り添っていたい。

 だから、歩いて行くコウと手を繋いでいく。


 何があっても、そばにいれるように。

 あたしもまた……知りたいのだ。


 コウのこと。コウのおかあさんのこと。

 もしかしなくても変わったコウの決意……これからの未来を。




 つづく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る