スタートは慎重に
意中の女性と恋仲になるにあたって、私は人間として行動するべく初めの一日は考察に費やすことにした。だがしかし、この日一日でさえ無駄な結果に終わることは許されない。しかし、考察するにも何を考えればよいのか? 私は試しに聞いてみることにした。
「時雨君、仮にもし恋仲になりたい異性がいたとして、
まずはその人のことを研究しようと試みるとする。
君ならまず何を研究するかね」
「なんですかいきなり。
まぁでも、普通はその人の好きなものとか、
誕生日とか、趣味とか……ですかね?」
「それがもう研究済みならどうすればいい?」
「あぁ、ある程度知れた仲と言うことですかね?
だとしたら……ないですね。
ある程度知れている中なら、後はその人の悩み事を聞いたりとか、
一緒にどこか出かけたりですかねー」
「ふむ、なるほどな。わかった、ありがとう」
今一参考にはならなかったが、一つ分かったことは、私はある程度彼女と発展はしているようだということだった。今になって思ったことだが、当時の私は、彼女に聞いたのは大きな間違いだということに、気付いていなかったのだろうか。
次に私は円花さんに聞いてみることにした。円花さんは大人の女性だから、何かヒントのようなものをご教授していただけると思ったのだが、思いのほか時雨君と同じ答えだったことには驚いた。
しかし、円花さんにはどうやら私の意中の女性が分かっていたらしく、始終「あの子なら」と話してくれていた。途中からそのことを察した私は、最後に内密にしていただけるようお願いしようとしたが、円花さんはその前に「あの人じゃないので安心してくださいね」と微笑みかけてくれた。やはり出来た女性だ。
さて、問題のその「あの人」には、当然聞かなかった。昼食の際に私が居なかった理由をニヤニヤしながら聞いてきたが、円花さんと居たことを話すと予想通り「浮気か!?」と聞いてきたので話をそらすことには成功した。
業務を早く済ませ、夕方に空き時間を作った私は靑羽さんにも相談した。よくよく考えると、当時の私には男の知人が少なかったため、女性の相談相手には困ることはなかった。
待ち合わせ場所へ行くと、そこには二人の女性がいた。一人はお呼びした靑羽さん、もう一人は靑羽さんに頼んで来てもらった八足だ。
「あ、岩崎さんこっちこっち」
「わざわざありがとうございます。八足も、突然呼んですまないな」
「ホントですよ、
あなたって人はホントよくわからない……」
「で、私たちに話って、なんですか?」
「あぁ、実は相談したいことがありまして……」
私は時雨君や円花さんに話した内容とほとんど同じことを聞いた。
「ふ~ん、媛遥さんに意中の女……ねぇ……」
「なに? 知朱、信じられないの?」
「信じられるわけないでしょ? 経験者としては」
「あぁ……あぁ!」
その時は私は八足を呼んだのは間違いであることに気付いた。そして、あの時の八足が本気で私と付き合おうとしていたことにも気が付いた。と言っても、動機が不純だったこともあるので、別段八足と別れたことを後悔している訳ではないが、すまないことをしたと罪悪感は抱いた。八足はばつが悪そうに答えた。
「まぁ、いいわ。
そうね……う~ん、
あなたはまず女の子の喜ばせ方というものを知らないわね」
「褒めるだけじゃなダメなのか」
「あなた褒めることさえ途中から飽きたでしょ。
褒めるだけが女の子の喜びじゃないの。
一番大切なのは、優しさと強引さの融合なのよ」
「また奇怪なことをお前は言い出すな」
「聞きなさい。
聞いた話と私の見た感想じゃ、あなた、時雨ちゃんに休みあげてないでしょ」
「いや、しっかり週休二日、有給休暇も消化してもらっているぞ」
「そういうことじゃないの。
たまにはどこか遊びに行こうとか、研究と称して旅行することぐらい、
あなたなら軽いもんでしょ?」
「知朱あなた……」
「伊達にこの人と三か月も付き合ってないわ」
八足はそこから長く話してくれた。私に足りないのは、もっと遊ぶことだそうだ。言われてみれば私は人間になってから遊んだことがない。個人的には読書が究極の娯楽なのだが、そうではなくレジャーやアクティブなどの遊びが大切なのだそうだ。その時に意中の異性を連れて行くことが、恋愛の発展方法のようだ。
大変参考になる意見を言ってくれた八足に感謝を感じつつ、それをどこか寂しそうに話す姿に申し訳なさを感じていた。その様子に、本来主軸になると思われた靑羽さんが何も話さずにいた。
「ありがとう、八足。参考になった」
「あ、あと、それ」
「……?」
「女の子の名前、杉下ちゃん……だったわよね?
ちゃんと下の名前で呼びなさいよね」
「あぁ、彼女のことは『時雨君』と呼ばさせてもらっている」
「そうなの……」
八足の顔がいっそうに寂しそうになった。そういえば、付き合っている最中、私は八足のことを「知朱」と呼んだことは一度もなかった。
「すまない、……知朱」
「今更無理して呼ばなくていいわよ。
八足って呼びなさい、今まで通り」
「わかった。ところで八足、呉白とは今どうしているのだ?」
「結婚したわ。
でも、当時みたいにお金目当てじゃない。
あなたと別れた時に気が付いたの、
お金がないことよりも、愛がないことの方がよっぽど寂しいことがね。
あなたはお金があったけど、あなたに愛してもらおうと頑張った結果、
いつしかお金よりも愛が欲しくなって、
それが得られないことの虚しさを知ったわ。
私は今まで他の男性にそんな思いをさせてたのかと思うと、
正直つらかった。
でも、呉白さんは、一公さんはそんな私に『つらかったね』と言ってくれた。
軽い女と思うはずなのにね。
だから、私はこの人に愛を注いだわ。
そして彼は返してくれた。
だから、この人と一生一緒に居ようって決めたの」
「……そうか」
「あなたとの三か月は、決して無駄じゃないわ。
そりゃ確かに沢山傷ついたし、たくさん落ち込んだわ。
でもね、得たこともあるし、
きっと今の私はあの時の私よりもっといい女になってるって思うもの。
だから、今の私なら、あなたのこと、応援できるわ」
「……ありがとう」
そこからしばらくは彼女たちの日常を聞いた。あの後二人とも異動して別々の化粧品会社で働いていたこと。靑羽さんが現在開発部のチーフになっているのは知っていたが、八足が独立して小さな会社の社長になっているのは初めて聞いた。夫の呉白のバックアップもあって順調に伸びているそうだ。
靑羽さんを会社に誘ったそうだが、ライバルとして頑張りたいという彼女の言葉を大切にしたそうだ。たまに二人でカフェで互いの近況を話すらしく、この時も二人で楽しく、私を挟んで話していた。女子の会話は長く短い。
もっと聞きたかったのだが、残りの業務を片付けないといけないため、先に帰ることにした。
「すみません、残りの仕事を片付けないといけない、
またお話を聞かせていただいてもいいでしょうか」
「あぁ、わかりました。お仕事がんばってくださいね」
「ありがとうございます。八足、今日はありがとう、元気にな」
「あ、媛遥さん」
「なんだ?」
「……何かあったら呼びなさい。
手伝うくらいはしてあげる」
「ありがとう」
二人に別れを告げると、私は研究室に戻った。時刻はもう7時を過ぎていた。
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