ザリガニパイセン
戮藤イツル
準備体操(序章)
「中二病とか恥ずかしくないんですか?」
特に悪意は無い。純粋な疑問を口にしただけだ。
なのに周囲は静まり返る。
入学式の翌日、声を掛けてきた四回生は顔もルックスも最早モデルだった。声を掛けてきた理由は『サークルへの勧誘』。見学だけなら、と足を運んだ後だらだらと所属することになってしまった。
そして声を掛けてきたイケメン。
入部したのは演劇サークルだった。そこの花形役者。
俺の何が気に入ったのかやけに絡んで来て、講義の取り方を教えてもらったり、親切にしてもらった。そして三日ほど経ったある日、一緒に帰る事になった。
俺はそこで見た先輩の姿をいわゆる『中二病』と判断した。だから、訊いたのだ。
「いや…」
静かに口を開く先輩。
「俺なんかが中二病って言ったら、本当の中二病患者に大変申し訳ないと思う…」
俺が昨日、目撃したもの。
身長185cm(恐らく自動販売機)、細身だが筋肉質なボディ、無駄に長い手足、そして当たり前のように据えられた端正な顔。
その持ち主が、河原でザリガニと戦っていた。
「先輩は、中二病では無いんですか」
「中二病では無いな。もっと下だ」
当たり前の様に言っているが、中二より下は小学生である。小二病は聞いた事あるが、女性ではないのか?
「小二…」
「違う!もうちょっと上!」
いずれにせよ小学校高学年である。
先輩は昨日、河原でザリガニと戦っていた。
正式には、先輩はザリガニの兄だった。いや、何を言っているのか解らないと思うが、先輩の『設定』では兄だった。
昨日は先輩の家に遊びに来ないかと誘われたのだ。だから、普段は通らない川沿いの田舎道をとろとろ歩いていた。
いきなり静止した先輩は、舗道から飛び出し、土手を駆け下りた。何かあったかと思ったら、河原の淵を埋めるくらいザリガニがひしめいていた。ザリガニは飛んできた先輩に向かって威嚇するが、先輩は無視して叫んだ。
『フハハハハ!勇敢にして愚かなる紅き戦士達よ!烏合の衆がこの私、魔帝カーマインに挑もうとは…実に嘆かわしい!』
この時点で色が赤しかない。
『大いなる力に勝てぬと解っていながら、貴様等は無駄な足掻きばかりする…潔く我が僕となれ。我が、力の糧に…!!む…今踏み出した貴様。よもや…蛮勇クリムゾン!』
ここまで来ても色が赤しかない。
その後なんやかんやして先輩が負けたらしい。
ザリガニに。
別に勝敗など興味も無いのだが、いきなり何故ザリガニ相手に悪の頭領を名乗り始めたのかも解らないし、その演技がまた鬼気迫るもので、周辺で遊んでいた子供達は怯えて帰った。俺も帰りたかった。
『ふ…この俺を倒すとは……!さすが我が弟よ…』
先輩、ここで唐突にわさわさ居すぎてどれを指しているかもわからないザリガニの兄になる。
『ふん、そんな事も知らなかったのか…父上は…』
ここで延々と設定を述べていたが呆気にとられていたのでよく覚えていない。
そして最終的にどろどろの渦巻きの中心で悪に走った兄(先輩)は善なる弟(ザリガニ)に倒された。
までは、まぁ、いいとしよう。
その後先輩はおもむろに立ち上がると、レッグホルダーからビニール袋を取り出した。次の瞬間、先輩は迷い無くザリガニを掴んでその中にポイポイと放り込んでいく。
『ザリガニどうするんですか?』
『決まっているだろう、蛮勇クリムゾン率いる郎党はこの魔帝カーマインの血肉となり新たなる力を手に入れる』
『要するに食べるんですね』
『カラッと揚げる』
『揚げる』
『塩は多め』
『多め』
『レモンは高いからアクセントはみかん』
『みかん』
嫌な予感しかしなくて、俺は急用ができたので失礼しますと一方的に告げて帰って来た。
これを、中二病と言わないだと?
確かに心は少年、純粋かも?しれないが?
確かに中二病と呼ばれる方々に失礼?かもしれないが?
もうなにがなんだかわからない。
「アンドゥ、あんまり人のデリケートな所は刺激しない方が…」
「う、うん、高階くん、ちょっと不思議系かも知れないけど」
デリケートな人はザリガニを下処理せず揚げて食わないし、そもそもザリガニをダース単位で捕獲しない。不思議系では無く電波な気もする。
「そうだ。昨日は急用間に合ったのか?」
「あれ、嘘です」
「え!?」
「あのままだと先輩のおもてなしはみかん果汁と塩のハーモニーの揚げたザリガニしか出てこなさそうだったので」
「そのつもりだった」
「いけしゃあしゃあと」
「我が家のごちそうだぞ」
「それにしたってあの演技は」
「演劇部だからな、次回の演目のテーマが『悪人、悪党、その心、過去の闇とは』だから試しにやってみた」
とりあえずやってみる、食ってみる、試してみる、ほんとに小学生か。
これからどんな大学生活が待ち受けているのか。
先輩を見ていて自分のこの先に不安しかないし、できたら遠目で見ていたい部類だが、俺の目標に影響を及ぼさなければ問題ない。
俺は平均的に生きて、平均的に死ぬ。
そう決めて生きてきた俺を親は「アベレージマン」と呼んだ。
それでいいんだ。それが俺の決めた道だから。
何もかも、一定量あればいい。過度を望むのは愚者のすることだ。両手に持ちきれないほどのものを抱えて、こぼれ落ちるものに捨てられるのは自分。だからこの両手におさまるだけあればいい。
先輩。
真面目なこと考えてる隣で麦チ〇コのために後輩に土下座しないでください。殺意が湧く。
俺の大学生活、いや、こらからの人生。
だいぶ暗雲が垂れこめた気がする。
【NEXT 1hit!! coming soon…】
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