北嶋勇の心霊事件簿5~魂喰らい~

しをおう

旅人

 俺は北嶋…北嶋 勇。北嶋心霊探偵事務所の所長だ。

 心霊探偵事務所ってなんだって?

 それはだな、人に仇なす悪霊を問答無用でぶちのめす。まぁ、悪霊退治が生業だな。

 何?探偵じゃないじゃんだって?

 そう言う小さい事を気にしていたら、デッカい人間になれないぜ?

 俺は気にしないからハードボイルドなのさ。

 そして、今台所でカチャカチャ昼飯を作っているのが、俺の嫁候補兼恋人兼ナビゲーター兼相棒の神崎 尚美。

 髪の長い華奢な身体だが、出ている所はちゃんと出ている…と思う。無理やり思い込んでいるが正解だが。

 俺に相応しい良い女なのさ。

 何?いつもぶん殴られてんじゃんだって?

 フッ…

 女の我が儘を己の肉体で受け止めるのもハードボイルドなのさ。

 まぁ、詳しくは前作を読めばいいさ。

 如何に俺が大した男か、如何に神崎が俺に惚れているか解るだろう。

 俺は煙草に火を点ける。決して動揺を隠す為じゃないぜ?ハードボイルドは煙草を吸うのさ。

 何?

 動揺と、わざわざ言うのが怪しいって?

 だからな、細かい事をだな…


 もう夏が来た訳だが、相変わらず神崎と婆さんが仕事をバカスカ入れやがるおかげで、未だに海に水着を見に行けない状態だ。

 夏と言えば怪談ではないか?

 怪談と言えば海ではないか?

 何故海の方から依頼が来ないんだ!!

 久しぶりに苦悩する俺!!

 水着のネーチャンも見れずして、何が夏なんだ!!

「北嶋さん、お昼よ~」

 神崎が昼飯に呼んでいる。

 丁度いい、水着のネーチャン…もとい、海岸で何か依頼が入っていないか聞いてみようか。

 俺は昼飯を食いにテーブルへ向かった。

「素麺か…飽きたな…」

 テーブルには素麺とネギと生姜が、まだまだ有るぜ!!と言わんばかりに山盛りになって置かれていた。

「お中元で一杯貰ったからねぇ」

 神崎も、もういいわ、と言わんばかりの表情をしている。

「婆さんに送り付けてやろう」

 ナイスアイデアと思った。

 婆さんに感謝の気持ちと銘打って、大量の素麺を送り付けてやろうと言う作戦だ。

「師匠からもダンボール一箱送られて来たのよねぇ」

 流石だ婆さん…先手を上手く取りやがったな…

 素麺と言う食い物は、最初に食う時に 「ああ!夏が来たなぁ!」と、テンションを上げる食い物だが、何故夏場に、こう連チャンで無理やり食わせられるのだろうか?

 更に、たまに混ざっている赤い素麺…

 最初に発見した時の喜びは、まさに天下を取ったような喜びに満ち溢れるのに、何故徐々にイラっとしてくるのだろうか?

「北嶋さん、赤い素麺好きだったよね?はい」

 神崎が赤い素麺と共に、俺に素麺の八割を押し付けて来た。

 これか…

 赤い素麺にイラついて来ている訳では無い。

 白いノーマル素麺が、赤い素麺を『あげる』と言う名目で大量に付属してくるからだ。

「神崎、俺は実は素麺はもう飽きたんだ…」

「私だってそうだよ…」

 神崎は顔も上げずに素麺をつついてばかりで、口に運ぼうとしない。

 俺はそんな神崎を可哀相に思い、無理やり素麺を平らげた。

「…夜も素麺にする?」

 神崎が悪魔のような問い掛けをして来たが、俺は素麺を口一杯に頬張っているので、返事をする事が不可能だった。

 つか、素麺なんか食っている場合ではない。

 水着のネーチャン…もとい、海辺の怪現象の依頼は無いのか、神崎に聞かなければならない。

 夏の正義を守る為だ。

 決してカニとか、カキとか、アワビの為、ましてや肌を露出したネーチャンを見たい為では無い。

「あ、ねぇ、海辺のリゾートホテルから依頼が入っているんだけど」

 ブホォ!!

 俺は勢い余って素麺を吹き出してしまった。

「キャアアアア!!何せているのよっ!!」

 神崎は俺の素麺攻撃を喰らわなかった。

 助かった…素麺が神崎に掛かったりでもしたら…

 毎日毎日鼻血を噴射している俺だが、基本Mでは無いので殴られるのは避けたい。

「んもう!で?請けるの?」

 神崎が怒りながら、素麺を片付ける。

 流石神崎…俺の吹き出した素麺を嫌な顔一つせず…

 いや、かなりしているが。

 まぁ、兎も角、愛ゆえに片付けているのだ。

 俺は感激で天を仰ぎ、涙した。

「請けるのかって聞いているんだけど」

 感涙している俺に神崎は返事を促した。

「ふ、困っている人を助けるのがハードボイルドさ」

「請けるのね。ハイハイ」

 神崎はハイハイ言いながら素麺を片付け始めた。だが、ちょっと待て。

「まだ食っているんだが」

 このアホみたいに茹でた素麺を食わなければならないだろう。お残しは勿体ない。例え飽きた素麺だろうとも。

「請けるんでしょ?じゃあ早く準備しなきゃ?ご飯食べている暇なんて無いでしょ?」

 飯食っている暇が無い?どう言う事だろうか?

 考えろ!!考えるんだ俺!!ジッチャンの名に掛けて!!

 因みに俺のじいさんは単なる農業だ。ジッチャンの名にかける事は関係無いと思うだろう?

 これがハードボイルドのワビサビってもんさ。

「早く着替えたら?出発するわよ」

 俺があれこれ考えている間、神崎はよそ行きのワンピースにチェンジしているではないか。

「まさか今から出発するって意味か?」

「そうよ?リゾートホテルに泊まるの久し振りぃ~」

 神崎がはしゃいでいる。

 どうやら神崎もバカンスに非常に興味があったようだ。


 依頼の場所までは神崎が当然ながら運転する。

「遂に手に入れたわ!!だけどこれは経費ね。了承してね」

 自分のBMWを持っているにも関わらず、欲しかったアルファロメオを遂に購入した神崎。

 これのおかげでアホみたいな労働をさせられたんだよな…

「これで夏場も快適だわ!北嶋さんも車酔いしなくなるよ!」

 屋根を開ければ外の空気を吸い込み、それにより車酔いはしなくなる。だからオープンカーが必要なのだと。

 そう神崎は釈明したのだが…

「金の管理は神崎に任せてあるが、俺の給料が上がらないのは何故だ?」

 俺の給料は何故か小遣い制である。月5万円しか貰っていない。

 車も現金で買ったし、俺の給料を縛るものは無い筈なのに。

「そりゃ、北嶋さんは所長だからね。先ずは会社優先でしょ?」

 まぁ…確かにそうだ。そうだが…

 何か釈然としない気がするのは気のせいだろうか?

 つか、車買った後でもかなりコキ使われているような感があるが…

「何ブツブツ言っているの?早く行きましょう」

 神崎は白いワンピースをフリフリさせながらアルファロメオに乗り込んだ。

 バカンス気分か?バカンスなら水着は持って来たんだろうな?

 俺はそれが気掛かりで気掛かりで仕方なかった。

「ん?んんん?」

 俺は神崎の白いワンピースをマジマジと見た。

「な、なによ?」

 神崎は身体を固くし、身構える。

「そのワンピース…初めて見るな」

「あ、解る?買っちゃったぁ!!」

 上機嫌でワンピースをプリプリ見せびらかす神崎。

 いい!!

 薄手のワンピースが透けるか透けないかのギリギリが、たまらなくエロチックだ!!

 じゃなくて!!

「それ、いくらしたんだ?」

「安かったよ。10万くらい?」

 おおい!!俺の給料の2ヶ月分じゃねぇかよっ!!

 高そうに見えた訳だよ!!ふざけんなよ神崎ぃ!!

 俺は神崎にビシッと言う。

 所長として、男として、彼氏としてナメられる訳にはいかないからだ。

「神崎!そんな高い買い物をだな!」

「お給料で買ったんだから文句は言わない!!」

 …そりゃその通りだな。自分の金で何を買おうが自由だ。俺もうまい棒買っても 神崎に何も言われないし。

 それならば更に追おう。常々疑問に思っている事を!!

「神崎の給料はいくらなんだ?」

「35万円くらいかな?」

 俺の給料の7倍ではないか!!

「俺より何でそんなに給料高いんだよっ!!」

「さて、出発するわよ。早く乗って」

 神崎は明らかに『しまった』と言う顔をしながらドスルーしやがったではないか!!

「話を逸らすな!!説明をして貰おうか!!」

「帰ってから教えてあげる」

 神崎は『面倒だなぁ』と言う表情をし、助手席をパンパンと叩き『早く乗れ』と言わんばかりのジェスチャーをした。

「帰ってからだぁ?おい神崎…はうっ!!」

 神崎が右拳を握り固めながら、『あ?』と言う表情をしている。

 俺を毎日毎日大量出血(鼻血)を 噴射させている、黄金のグーを作っているのだ!!

 俺はあの黄金のグーで、謂れも無い虐待を毎日受けているのだ。

 風呂覗いたと言われて殴られ、部屋に侵入したと言われて殴られ、着替えを覗いたと言われて殴られ…

 神崎は俺が穏やかな人間なのを承知で虐待しているのだ!!

 風呂も部屋も着替えも、俺は見る権利があると言うのに!!

「帰ってからちゃんと説明はするから!早く乗る!」

 俺が苦悩し、のた打ち回っていると、虎のような目で俺を睨む。

 俺は非常に怖いので、素直に助手席に項垂れて乗り込んだ…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋さん感づいてしまったわね。私のお給料が北嶋さんよりはるかに多い事に。

 一応理由はあるんだけれど、いい気分は確かにしないからね。

 軽い罪悪感を覚えながらも、アルファスパイダーのキーを捻り、屋根を開け、フルオープン状態にする。

「行くよ北嶋さん。屋根開けたから車酔いは大丈夫だとは思うけど、酔っちゃったら言ってね?」

「…………………おう………」

 北嶋さんのテンションが下がっている。やはり少しはお給料をアップするべきよね。

 だけど…まぁ、いいわ。帰ってから考えましょう。

 車を走らせる私。テンション激低の北嶋さんが気になって目を向ける

 …俯いてボーっとしているわ…理由はあるんだけど可哀想過ぎる!!

 何か話をしてこの重い空気をどうにかしなきゃ…

 いじけている北嶋さんのフォローを何となく意識しながら話題を振った。

「水着持って来た?」

「…………………ああ」

 暗い!何て暗いんだ!そんなにショックだったのかしら?ショックよねそりゃ。5万は頑張って無理やり飲み込めるとしても、私の35万はねえ…

 だけど、だけど、お金の管理も仕事の交渉も、ぶっちゃけやらなくてもいい家事もやっているんだから35万は譲れないけど。

 その思いを飲み込んで力付くで話題を続ける。

 このおかしな空気に、一番居た堪れない雰囲気を感じているのは、私なのだから。

「私も持って来たよ!海自体久しぶりだからね~!」

「…どんな水着だ?」

 お?反応したわ。

 流れで話を続ける。

「パレオ付きのビキニ。水着も久しぶりに着るんだぁ」

 危なく「水着も新調した」と、言いそうになった。ヤバいヤバい。

「ほう……色は?」

 北嶋さんが乗ってきた。やはりこの手の話題は大好きなようだ。

「白よ~。白好きだし」

「白だと!透けてしまうだろう!アレか?神崎は露出願望があるのか!」

 北嶋さんがセクハラ発言をしてきた。

 いつもならば殴っている所だが、今回は何か負い目を感じているから殴らないでおこう。

 それに、おニューのワンピースを鼻血の返り血で汚したくはない。

「透けないよっ!北嶋さんセクハラよ!」

 一瞬北嶋さんの方を向いた。その時、偶然バックミラーに目が行った。

「バイクだわ…凄いスピードで追ってくる…?」

 いや、追って来ている訳では無いか。ただカッ飛ばしているだけ。

「ハーレー?アメリカンビッグバイクのようだけど…」

 ぐんぐん接近してくるバイクは遂に全体が見えるまでになった。

「BOSS HOSS!!嘘でしょう!?」

 私のアルファスパイダーをアッサリとブチ抜き、前に出た!!

「上等じゃない!!」

 私の闘志に火が点く!!

「やめろ神崎!!本当にやめてくれ!!」

 北嶋さんが慌てて私を止めた。

「…仕方無いわね…っ!?」

 アクセルを踏む足を緩めた。

 北嶋さんに止められたからじゃあない。

 BOSS HOSSに乗っているライダーの後ろ姿に鬼が視えたからだ…!!

「うわぁあ…助かったぁ~…」

 北嶋さんが心から安堵していた。

 そんな北嶋さんを無視し、私は鬼の姿を、BOSS HOSSが視界から消えるまでずっと目で追っていた。

「神崎?どうした?何を呆けている?」

 北嶋さんに声を掛けられ、我に返る。

「今のバイク…」

「ああ、ハーレーか。凄ぇスピード出していたな。気は確かかあいつ?」

「違うわよ!!ハーレーじゃないわ!!BOSS HOSS のBHCー3ZZ4SSよあれは!! V8エンジンの380馬力オーバーの化け物バイクよ!!限定車で日本に10台あるかないかよ!!」

 じゃなくて!じゃなくて私!バイクは確かに化け物だけど、その背中にくっ付いていた鬼っ!!

 私が訂正しようとしたその時!!

「ふーん……アレと神崎どっちが速いんだ?」

「勿論私に決まっているじゃない!!」

 じゃなくて!だからじゃなくて私!私が背中の鬼について言おうとしたその時!!

「解ったから、スピードは絶対出すなよ。ゲロまみれになりたくなかったらな」

「もの凄いハンディよね。こっちには北嶋さんが乗っているし!!」

 …またまた鬼の話から逸れてしまっていた。

 北嶋さんが『クッ』と奥歯を噛み締める音を出した。

 私は鬼の話を諦め、北嶋さんがいじけるのをフォローする事に専念した。


 高速から降りて海沿いを走って程なく、例のホテルに気が付く。

「一目で解ったわ…あのホテルね…」

 立地条件が悪いのか、はたまた後天的な物なのか、そのホテルは冥界の闇に浸かっているが如く、冥く、冷たいオーラを発していた。

「ほおおお!なかなか立派はホテルじゃないか!あそこに泊まれるのかな?」

 北嶋さんは『見えない、聞こえない、感じない』のだから、今、目に写っているホテルは普通のホテルに見えるのだ。

 だが、おそらくお客さんはあまり居ないだろう。いても安価な価格に惹かれてやってきた人達だ。結果、後悔してホテルから逃げ出す人達が多いだろう。

「取り敢えず行きましょうか…」

 真夏だというに、そのホテルは冷たく、軽く鳥肌が立ってくる。

「晩飯豪勢かなぁ?確かプールもあるんだよな?」

 北嶋さんが陽気にホテルに入っていく。

 北嶋さんの後を追う私の足が止まった。

 BOSS HOSS!!

 私をぶっちぎってカッ飛ばして行ったアメリカンバイクが、そこの駐車場に置いてあったのだ!!

「あの鬼を背負っていた人のバイク…」

 間違う訳はない。

 あのバイクは、そこら中にある訳がない。

 何故このホテルに?

「神崎、早く入ろうぜ」

 私の思考は北嶋さんの一言に邪魔された。

「え、ええ…そうね…」

 フロントに向かう私達。フロントには、先にチェックインしようとしている男性が、何やら話し込んでいる。

「一番安い部屋だ。出来れば海側がいい。いや、海側じゃないと困る」

 男性は、夏に見ると暑苦しい程の太いドレッドの髪を鬱陶しそうに後ろに撥ね避けて交渉していた。

 革のジャンパーを肌蹴て、熱を逃がそうと扇いでいる。

「なんだあいつ…やけに暑苦しい奴だな」

 慌てて北嶋さんの口を手のひらで塞ぐ。

「北嶋さん!声が大きい…」

 しかし時は既に遅く、ドレッドの男性がこちらを睨み付けていた。

「暑苦しいとは俺の事か?」

 サングラス越しでも解る目力…

「ああ、聞こえちまったか。悪気は無いんだ。暑苦しい格好だな、と思ってな」

 北嶋さんが全く悪びれもせずに普通に話をし出した。

「単車だからな。仕方無ぇさ。ところでアンタ等…ここに泊まるのか?」

 ドレッドの男性は、特に気にした様子も無いようだ。意外と心が広いのか?

「泊まるつもりがなきゃフロントに来ないだろう?」

 此方はいちいちトゲを感じる返答だった。喧嘩を売っているように見られても仕方がないよね、これ。

「北嶋さん、少しは言葉使いに気をつけてよ!!」

「ハッ、そうか。親切心で言ってやるがな、このホテルはやめておけ」

 ドレッドの男性はフロントから鍵を取り、エレベーターに向かおうと歩き出す。

「そう言うアンタもこのホテルに泊まろうとしてるじゃないか?」

 ドレッドの男性はこちらを振り向き、ニヤリと笑った。

「餌に困ってたんでな。ここは絶好の狩り場なのさ」

 そう言うと、エレベーターに笑いならが乗り込み、ボタンを押し、扉を閉めてしまった。

「餌…狩り場…?」

 扉の閉じたエレベーターをボンヤリと見ていた。

 四階で止まった。

 どうやら彼は四階に宿泊するようだ。

「神崎、ボケッとしてないで、チェックインしてくれよ」

 偉そうな北嶋さんに少しカチンと来ながらも、フロントに問い合わせた。

「あの、依頼を請けて来た北嶋心霊探偵事務所ですが」

 フロントマンが怪訝な顔になりながら、予約を調べている。

 やがて、「し、少々お待ち下さい」と言われ、フロント近くのソファーに腰をかける。

「タダだろうな?」

「当たり前でしょ…って、そんな事声出して言わない」

 そんなやり取りをしばらく続けていると、一人の年配の男性が私達に近付いて来た。

「北嶋心霊探偵事務所の方ですか?」

「ああ、そうだ」

 年配の男性はホッとした表情になり、私達に名刺を差し出した。

「お待ちしておりました。私が当ホテルの支配人、大村おおむらでございます」

 そう言うと、深々と私達に頭を下げた。

「ここでは何ですから、支配人室にお願いできますか?」

 お客様が少ないとは言え、流石に除霊のお願いの話はロビーでは無理だろう。

「解りました。では案内をお願いします」

 毅然とした態度で接する。

「格好つけているが、バカンス気分のワンピースぐわっ!!」

 余計な事をいちいち突っ込む北嶋さんのお腹に手刀を突き刺す。

「解りました。では此方へ…」

 促されてエレベーターに乗ろうとエレベーター前に移動する。

「いてて…ん?」

 手刀を喰らって蹲っていた北嶋さんが、革製のケースを発見した。

「免許証ケースみたいね」

 支配人の大村さんに渡し、開いて中身を確認して貰う。

「解りました。フロントに届けて参ります」

 振り返る大村さんが持っていた免許証が偶然目に入った。

「さっきの暑苦しい奴の落とし物か」

「葛西…葛西かさい きょう…大型自動二輪…」

 あのBOSS HOSSの所有者なのだろうか?そうなら、あの鬼を背負っていた人になる。

 餌、狩り場…

 何か不安を感じずにはいられなかった…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「401号室…ここか」

 一番安い海側の部屋を希望したが、シングルなら値段は変わらないとの事だから、欲しかった四階を希望した。

「ハッ!居る!居るぜ!!当分餌には困らねえな!!」

 繁盛しない訳だ。

 海から無数の亡者が、このホテルに向かって歩いて来ている。

 特にここ四階は、霊道かと思うばかりに亡者が列を成し、四階に向かい歩いて来る。

「先ずは荷物を降ろして風呂にでも入るか」

 401号室を開ける。

 と、同時に備え付けの電話がけたたましく鳴った。

「亡者も俺を歓迎してくれているのか?」

 いわく付きの宿に宿泊した時に度々起こる現象の一つに、亡霊からの電話と言うのがある。

 電話を取ったら、電話向こうから亡者の呻きが聞こえたり、恨み言が聞こえたりと言うヤツだ。これもそんな類だろう。

 俺は電話に出た。

 亡者を求めているのは俺の方だからだ。

「ふ、どうした?」

『葛西様、葛西様の落とし物をフロントにお預かりしております。今からお届けに参ってもよろしいでしょうか?』

「………いや、取りに行く…」

 俺の勘は…

 よく外れる…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「北嶋さん、みっともないから、お風呂にでも入って来てよ!私が聞いておくから!」

 支配人のオッサンの話を上の空で聞いていた俺に、神崎は小声で俺を労うような配慮をしてくれた。

 俺は神崎の深い愛を感じ、お言葉に甘え、大浴場とやらに行く事にした。

「大浴場を調査してくる。俺の部屋は?」

「ええと…411号室でございます」

「じゃあ、終わったら部屋に戻る。それでいいか?」

「上がったら携帯に電話して」

 神崎はハイハイと言う感じで、これまた俺の声を一刻も早く聞きたいと言わんばかりに連絡を要求してきたではないか!!

 それ程俺と離れたくないのなら、一緒に大浴場で入浴すればいいのに。

 俺は支配人のオッサンに思い切って聞いてみた。

「このホテルには混浴は…」

「あっても入りません」


 そんな訳で、俺は一人で大浴場へと向かっている。

 大浴場は地下にあるらしい。

 露天風呂もいいが、とりあえず大浴場だろ?

 更に、そんな訳で、今俺は大浴場の脱衣場ですっ裸になっているのだ。

「誰もいないな。貸し切り状態だ」

 俺は思うがまま大浴場を堪能する。

 泳いだり!!

 泳いだり!!

 泳いだり!!

 このホテルは温泉らしいが、疲れが取れるどころか、疲労が蓄積される程、俺は泳いだ。

「いわく付きらしいが、いわく付きの方が客いなくてゆっくりできるなぁ」

 だから俺に依頼してきたんだろうけどな。

 しばらく堪能していた俺の耳に、脱衣場から話声が聞こえてきた。

「お客様!大浴場は使用禁止です!」

 え?そうだったの?俺入っちゃっているがな。

「亡者が居るからか?」

「そ、それは…」

 まぁ、幽霊ホテルらしいからな。だからこそ俺に依頼が来たんだが。

「気にするな。先客も居るようだしな」

 俺の事か?まぁ俺しか入ってないけど。

「そ、その人は当ホテルがお呼びした霊能者でして…」

 そうそう。俺はキミとは違い、依頼を受けて来たのだよ。

 多少優越感に浸る俺。腕を組んで大きく頷いてみる。

「霊能者?ハッ!!このホテルが霊能者如きに救えるかよ!!」

 何?俺を愚弄しやがるのか?

 俺は大浴場から飛び出した。

 俺を愚弄した馬鹿野郎に何か言わないと収まらなかったからだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「テメェは…」

 大浴場から出て来た男を見て、俺は唖然とした。

 ロビーで女と居た男…俺を暑苦しいと言った男だ。

 しかし問題はそこじゃあない。

 大浴場の壁と言う壁から、亡者がこの男の周りに群がり、湯船に浸かっている亡者が、この男を湯船に引き摺り込んで溺死させようとしていたのだが、この男は意にも介さず、快適に大浴場で寛いでいやがった!!

 俺を止めようとしたホテルの従業員も、亡者の群れを見てへたり込んでしまっている。

「ん?さっきの暑苦しい奴か?お前俺を愚弄しやがったな?」

 亡者の群れに纏わり付かれながらも、素っ裸で俺を威嚇するよう見据える男。

 身体の中心…下腹部にテメェの大事なモノをブラブラさせて!

「愚弄?」

「霊能者如きに救えるかよの件だ」

 暫く考え、恐る恐る聞いてみる。

「もしかして…テメェが依頼された霊能者か?」

「そうだ!!」

 男は恥ずかし気もなく、ブラブラさせているイチモツを中心に『どーん』と手を腰に当てて仁王立ちをした。凄ぇ偉そうだ。

 それは兎も角、この亡者も視えない男が霊能者!?

 いや、視えないまでも、多少なりとも感じなければおかしい程の亡者の群れの中、全く感じる気配すら見せずに、平然と振る舞っているこの男が!?

「ハッ…!!ハッハッハ!!どうやら詐欺師を呼んでしまったらしいな!!」

 俺はホテルの従業員を皮肉混じりの目で一瞥した。

「ひ、ひっ!あわわわわわ…」

 従業員は亡者の群れに怯え、すっかり腰を抜かしている。俺の皮肉も耳に入らねえ程動揺してやがる。

 今度は優しく忠告してやる。

「支配人に言っておきな。依頼した奴を間違ったとな」

 俺は男の前にゆっくり歩き、立った。

「詐欺師、名は?」

「詐欺師だぁ?暑苦しい分際でこの北嶋 勇を詐欺師だと?」

 詐欺師っつう単語に憤慨しているようだが、結果名を名乗った。この男は馬鹿なんだろう。

 しかし、北嶋…北嶋 勇…

 どこかで聞いたような名だ。

 まぁいいか。取り敢えず…

「良く見ておけよ?」

 従業員に目を向け、言う。

 従業員はビビっていながらも、首を縦に振った。

「見ておけだ?お前の暑苦しい格好は見飽きたぜ!!」

「テメェには言ってねぇよ?いちいち反応するんじゃねえ」

 俺はこの男を心から鬱陶しく思った。

 改めて亡者の群れに目を向ける。

 最初の狩りとしては打って付けの亡者の数だ。

 俺の背中で相棒がまだかまだかと騒いでいる。

「喰え、羅刹。堪能しろよ」

 俺は背中の相棒に『許可』を出した。

 相棒が喜々とし、亡者の群れに襲い掛かる。

「はぁ?喰え?何言ってやがるんだ?」

 北嶋は俺の相棒が全く視えていないようだ。

「やはり詐欺師か。まぁいいさ」

 テメェの後ろの大浴場で亡者が片っ端から捕まり、喰われている事なんか解る訳も無ぇ。

 詐欺師なんだからな。

「おい、見たか?」

 従業員はションベンを漏らし、ウンウン頷いている。

「依頼を変えた方がいいんじゃねぇか?」

「は、話してみます」

 相変わらず腰を抜かしながら言った。

 俺は満足に頷きながら「大浴場、使ってもいいだろう?」と、従業員に確認を取る。

 従業員はただウンウン頷いているばかりだった。

「聞いての通りだ。俺も入らせて貰うぜ?」

「お前は暑苦しいから、是非とも入ってサッパリしろ」

 俺も大概失礼な男だが、今日程上には上がいると思い知らされる事は無かった。

 身体を洗い、湯船に浸かる。

 相棒が亡者を『喰った』から、今は平和な大浴場だ。

「おい、俺を愚弄した件だが」

 一度大浴場から出た北嶋っつう詐欺師が、再び湯船に戻って俺の横で浸かった。

「ん?ああ、北嶋だったか。テメェ、霊が視えないんだろう?」

 視えない分際で祓うなど詐欺師の所行だ。

「ああ、見えない。それが何か?」

 キッパリと肯定しやがった!!

 なかなか肝が据わっている詐欺師だな。

 視えないとは言え、気配くらいは感じるだろう?普通?

 先程の亡者の群れには、虚勢で強がっていたかもしれないしな。

 俺は威嚇の為、相棒に号令を出した。

「羅刹、殺す気で威嚇だ」

 俺の背中の相棒が北嶋の首に手を掛ける真似をし、本気で殺そうと睨み付けた。

 視える奴には解るだろうが、相棒は目が真っ赤に血走り、牙を剥き、禍々しい息を吐く。

「つかお前、バイクで来たのか?地元の人間じゃないだろう?」

「な、何!?」

 驚愕した!相棒の本気の威嚇を全く気にせず、普通に世間話を持ち掛ける北嶋に!

 俺の相棒も引き攣り気味に驚いていた!!

 北嶋の首に掛けている相棒の手が若干強まる。

「やめろ!本当にるな!退け!」

 慌てて止めると、相棒はスッと背中に戻る。

 何とか惨事は免れた。

 風呂に浸かっている身体に、違う種類の汗が流れた。

「お前さっきから何独り言をブツブツ言っているんだ?」

 北嶋がアブナイ奴を見るような目で俺を見ている。

「テメェ、本当に感じないんだな…さっきの質問だが、俺はバイクで全国を旅している。狩り場を探す為、そして金を稼ぐ為だ。それとな、俺の名は」

「葛西…葛西 亨だったか?表のデカいバイクもお前のだろう?」

 驚き、立ち上がる。

「何故俺の名を!?」

 北嶋は凄く嫌な顔を拵えながら言った。

「俺は探偵、心霊探偵北嶋だからさ。つか、俺は他人のモノを間近で見る趣味は無いんだがな」

 心霊探偵…北嶋…

 やはり聞いた事がある名だ…

 俺の名を知っている事と言い、こいつ…本当はただ者じゃないのでは…?

「だから!俺の目の前でブラブラさせんなよ!」

 俺の驚きを余所に、北嶋は俺の大事な一部分にクレームを入れていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 つか、さっき免許証をチラッと見たから解ったんだが、葛西だっけな、こいつの驚く様が心地良い俺は、心霊探偵として名を当てた事を貫く事にした。

 その前に!!俺の目の前でブラブラ揺れてるコレ!!

 第三者が見たら、ボーイズラブと間違われそうな構図だろ!!

「湯船に浸かるか、前をタオルで隠すか、どちらかにして貰おうか?」

 本当は思い切りビターン!!とか平手を打ちたいくらいだが、こいつが本当にあちら側の住人だったら、もっと平手を強要されそうなのでやめた。

「あ、ああ」

 葛西は湯船に肩まで浸かった。どうやらボーイズラブと勘違いされずに済みそうだ。

「気を付けてくれよ全く」

 俺は湯船から腰を上げる。

「ど、どうした?」

「出るんだよ。風呂上がりにはコーヒー牛乳をグイッといきたいもんだ」

 俺のとっても紳士な対応に、いきなり葛西が食らい付く。

「風呂上がりにはフルーツ牛乳だろうが!!」

 俺は鼻で笑ってやった。

「フン、子供か?」

 葛西は湯船から出て俺を睨み付けた。

「コーヒー牛乳なんて時代錯誤もいい所だ!!テメェの頭の中身は昭和に置き去りにしてきたのかよ!?」

 俺達は大浴場の洗い場で、すっ裸で睨み合った。

 その前に、風呂上りにはビールだろ、とも思ったが、銭湯ならコーヒー牛乳だと頑なに信じているので此処はコーヒー牛乳で押し切ろう。

 温泉だし、問題は無い筈だ。


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