第9話―夢の形


(そう。これは詐欺のやり口さ。彼女はちゃんとそれに気づいてる。だけどな……ヘルディナは断れない)


 サイゾーはニヤリと笑った。


(詐欺で肝心なのは相手を信用させることじゃない。相手に欲を掻かせることだ。そして彼女の最大の欲は……)


「……本当に、この店が、客で埋まるんだね?」


 ヘルディナは声とうさ耳・・・を震わせながら尋ねた。それこそが彼女の欲だった。


「ああ。間違いなく。……なあに。仮に集まらなかったところで二ヶ月したら掲示板は撤去するし、金貨も返せとは言わないさ。冒険者ギルドで契約書も作るぜ?」


 ヘルディナはサイゾーの切り札に衝撃を受けた。


 事実上の民事裁判を受け持つ冒険者ギルドで契約書を作るなど、詐欺師であれば絶対に言わない。何と言っても契約を破れば、クソしつこい冒険者たちが賞金目当てにゴキブリのように湧き続けるからだ。少なくともこの王都では二度と商売など出来ない。


「て……手数料は……」


「もちろんこちら持ちだ」


 冒険者ギルドで契約を組むのはかなりの手数料を取られると聞いたことがある。もちろんヘルディナはオーナーとですらそんな契約を結んだことが無い。まだまだ一般的に普及している方法では無いのだ。


「……じ、実は闇ギルドとかってんじゃ……」


「74地区の冒険者ギルドだよ。一緒に行って、ギルド長に頼む」


「え?! ギルド長に?!」


 ヘルディナは素っ頓狂な声を上げた。それはそうだろう、感覚としては警察署の署長に直接雑用を頼むと言っているに等しい。


「ああ、知り合いなんだよ。さすがにそれ以上の人間を出せと言われても出せないが」


「いや……十分だけど……あんたって一体何者なんだい?」


「普通の商人だぜ? いや、親方株を買ったから商会長だな。一応」


「へえ……若いのに凄いねぇ」


 商業ギルドの親方株は、鍛冶ギルドや裁縫ギルドの親方株に比べればかなり手に入れやすい。それでもおいそれと手が出せるシロモノでは無いのだ。


「色々あったんだよ……。それで、どうする?」


 サイゾーは、テーブルに片腕を置いて、少しだけ体重をかけた。


「……決まってるだろ……受けるさ」


「そう言ってくれると思ってたぜ。それじゃ……」


 サイゾーがパチンと指を鳴らすと、二人のドワーフが巨大な板を持って麗しの女神亭に乱入してきた。


「ちょ……ちょっと!」


「大丈夫だ。五分で終わる。頼んだぜ」


「へーい」


 二人のドワーフはヘルディナの制止を無視して、もの数分で巨大な掲示板を壁に、小型のカウンターをその隅に設置してしまった。


「ちょっと!」


「ああ、契約書はこれな。明日までに読んでおいてくれ。金貨は契約時に証人の前で渡す。先に設置させてもらったのは、こちらもギルドの人間に確認してもらうためだ」


「それなら先にそう言ってくれれば!」


「なに、ちょうどオープンの時間だろ? 俺たち野郎は退散するさ……おっと、明日のオープン1時間前に冒険者ギルドに来てくれ。頼んだぜ」


 サイゾーはヘルディナの返事を聞かずに麗しき女神亭を出て行った。


 ヘルディナはうさ耳を揺らしながら「もうっ!」と悪態をついた。が、その顔に嫌悪感は無かった。


(お客さんが……本当に戻ってくるのかな……)


 ■


 一ヶ月後。麗しき女神亭はオープン当初以上の賑わいをみせていた。

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