第11話―「なかなか雰囲気の良い店だな」
最近、海が恋しいアホウドリ亭には一人の吟遊詩人が居座るようになっていた。
彼の唄う恋の歌は大変に人気である。
理由は簡単で、アホウドリ亭に間借りして商売をしている、出会い掲示板ファインド・ラブの成功談、失敗談を元に、大量の新作を作り続けているからだ。
もちろんサイゾーに聞いたわけではなく、酒場に流れる噂を元にしている。真実かどうかはあまり関係が無い。掲示板を通じて起こる悲喜こもごもを面白おかしく歌にするのだ。これがこの酒場で受けないわけが無い。
サイゾーから個人が特定できないようにだけして欲しいとお願いされていた。今までそんな気遣いを考えた事も無かった吟遊詩人は、酒場を追い出されるリスクを冒す必要は無いと、それを承諾した。
それまでの英雄譚や恋愛譚は、人物名がハッキリと現れ、その人物を称えたり貶したりするのが普通だったが、主人公像がぼかされた新しい歌は、逆に聞き手が感情移入しやすく、これまで以上に人気が出た。
吟遊詩人の名はレオパルド・ムノーク。
ニックネーム「たゆたう波に煌めく月光」だった。
「おい……昨日もレオの奴、素人を喰ったみたいだぞ」
「どうしてあいつばっかり……俺なんて10回に1回会えれば良い方なのに……」
「会えてるだけマシだっつーの! 俺はどうしてか悪戯ばっかりなんだよ……」
今日もやっかみの言葉が飛び交う酒場。最近は掲示板関係の話題で溢れかえっていた。
素人喰いのレオ。
これがこの酒場で影ながら噂されている彼の通称である。掲示板に登録する女性には様々な人間がいる。だが、彼女たちの大半は金や奢りが目当てで、それ以上となるとなかなか難しい。
いや、これは男性の目的が悪いのだが、その辺が理解できる男性にまともな女性が付き合ってくれるわけも無く……(閑話休題)
ある日、レオが吟じている時にその女性はやって来た。金と銀が美しい鎧に身を包んだ銀髪の女性だった。それは掃き溜めに舞い降りた戦女神ヴァルキリーであった。
それから数日すると、彼女と出会ったという男たちの噂が耳に入るようになる。個人情報を漏らすなどマナーに反することを……。
いつの間にか日本的な考え方を身につけたレオがやれやれと肩をすくめた。
だが彼にとってそれこそが飯の種。聞き逃すことは無かった。
そうやら見た目通りヴァルキリー殿は堅物で落とすどころか、まともに会話することすら難しいらしい。もっとも玉砕している奴らは、彼が「ダメンズ」と内心で呼んでいるダメ男たちばかりだったのだが。
それから数日、とうとう彼の元へ、待望の手紙がやって来た。
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初めまして、私はキシリッシュ・ソードという
王宮騎士だ。
ただ現在は王城と王宮を行ったり来たりしてい
る。
男性の多い職場なのだが、周りは基本的に騎士
しかいない。
王城に勤める騎士は皆真面目で勤勉。もちろん
私もそうだ。
しかしそれ故に出会いという物が存在しない。
貴殿の掲示板の書き込みを拝見し、興味を持つ
ようになった。
三日後であれば時間を空けられる。
予定が合うようなら、一度お目にかかるのはど
うだろう?
三日後は満月ではないが、月見酒とは風流だ。
ぜひ一緒に時間を過ごそう。
明後日までに場所と時間を指定していただけれ
ば対処出来る。ただし王都に限る。
自分勝手なお願いだとは思うが、王都を離れら
れない騎士の宿命だと理解して欲しい。
それでは返答を期待している。
キシリッシュ・ソード
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レオは受け取った返信メールを丁寧に畳んで懐にしまった。
さて、ダメンズたちとの違いを見せつけておきましょうか。
彼は爽やかな笑顔で恋と別れの唄を歌った。
■
彼が選んだのは深夜営業のバーで、予約をしておけば屋上を貸してくれる。
「なかなか雰囲気の良い店だな」
銀髪を靡かせて、ヴァルキリーはそうのたまった。
美しい。
素直にレオはそう思った。今まで何人もの女性をこの手に落としてきたが、これほど美しい女性が他にいただろうか?
レオは優しく微笑んだ。
「常連しか知らない穴場なのですよ。ここならリュートも弾けますしね」
彼は弦を弾いてメロディーを鳴らす。ヴァルキリーはうっとりとそれに聴き惚れていた。
レオは確信した。
いける! と。
■
次の日。片目に巨大なアザを作った吟遊詩人が、仏頂面で酒をかっくらっていた。
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